無我夢中で走ったのはいつぶりだろうか。前世でも走ることは少なかったし、無我夢中で何かをすること自体あまりなかったと思う。
いつもの雑草が生えている獣道を走る。無我夢中で走走る。
なぜこんなことになったんだろうと頭の片隅で考える。
いつもいつもこうだった。重要なことは後になって始めて気づく。どうでもいいことはすぐに気づくのに、重要なことはいつも気づかない。
なんでこんなにこの体は動かないのだろうか。もっとはやく動かないのか?
「ちょ、ちょっとだけ待って...すこしだけ休憩させて」
後ろを見るとさとりは息が相当乱れていた。さとりはもともとあまり運動をしないタイプだった。それもあるが、自分の身体を見てみると自分もさとりと同じような状態であった。ただ無理し過ぎただけだった。
「さとりお姉ちゃん、ごめん」
「うんうん、後少しだからちょっとだけ休憩しよう」
そういうとさとりは地面に座りこんでしまった。
俺は今後について考える。今家に行ったとして、俺たちに何ができるだろうか?そもそもこいし達は無事なのだろうか?お父さんは無事なのだろうか?考えれば考えるほど深い闇に深まって行くようだ。
(・・・とりあえず、家に行こう)
確かに何をすべきかわからないが、行動しないよりはましだと思う。
「もうそろそろ行きましょう」
「・・・分かった」
そして俺たちは煙が上がっている家の方へ走って行った。
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家に着くとそこには異様な光景があった。
燃えている家の前で何十人という人が歓喜している。よく見るとみんな知っている人だった。
その中でも見たことのない人がいた。背は170くらいで、黒髪短髪の20歳くらいの男。服はこれぞ陰陽師といった格好。凛とした顔は正にイケメンだろう。
その男から他の人間とは違う強大な力を感じる。これは恐らく霊力と言われるものだろう。
霊力とは妖力とは反対の力。だから人間が妖力を使うことは出来ないし、妖力が霊力を使うことは出来ない。
村人達のこころを見る限りまだお母さんとこいしはまだ捕まっていないようだ。
「さとりお姉ちゃんどうする?」
「どうしたら、みんなと合流できるかしら?」
いや、質問に質問で返されても困るんですけど。
俺はん〜と唸りながら考える。その時後ろの草からガサガサと音がなった。
「「!!」」
急いで逃げる準備をする。しかし、そこから出て来たのは以外な人物だった。
「僕!僕!お父さんだから!」
そう、お父さんだった。というかなんでここだと分かったのだろうか?
「お父さん無事だったの?」
さとりは一瞬で切り替えて質問までしている。
「まぁ、無事だよ」
「なんでここにいるって分かったの?」
さとりは本当に俺のこころを読めるんではないだろうか?
「それは家が燃えてたら、家に向かうかなと思ったからだよ」
「で、これからどうするの?」
なんでさとりはこんなに冷静なのだろうか?
「とりあえずついて来て。こういう時の場合に備えて集合場所があるからそこに行こうと思う」
なぜその集合場所を俺たちに教えなかったのか?さっきから疑問しかわかないんだけど。そして考えるのをやめた。
「こっち」
お父さんは俺たちの手を取り進む。進みながら、8年間過ごしてきた家をもう見る。8年間過ごしてきた家はもう跡形もない。終わりは突然だった。前振りさえなかった。
「ありがとう」
俺はなんとなく呟いた。勝手に涙が出てくる。なんでだろうか。別にあの家に何かを置いてきたわけでもないのに、なぜこんなに悲しいのだろうか?
ふいに、前世で聞いた言葉を思い出す。
『大切なものは無くなって初めて気づく』
こんなにも近くにあって、自分が唯一安心できる場所。村人達のこころを読まなくて済む安心できる場所。
本当に近くにあり過ぎて大切なもの、いや場所さえ気づかなかった。
(ありがとう、そして、さようなら)
俺はもう振り返らなかった。振り返えったら足が止まってしまう気がした。
一瞬、一瞬だけ家から目を離す瞬間、陰陽師の男と目が合ったような気がした。
#
お父さんについて行くと辿りついた場所は森の中でも一番大きな木がある場所だった。
そこにこいしとお母さんがいた。
「やっとみんな揃ったね。今から出来るだけここから離れようと思う」
お父さんは感動の再会も無しでいきなりそう言った。
でもその前に俺は言わなければいけないことがある。
「家を燃やしてしまって、ごめんなさい」
俺は謝った。突然の謝罪にみんな目を大きくしている。
それもそうだ。実際は、俺が燃やしたわけではない。だが、家の場所を教えたのは俺たちだった。
まず、俺たちが何時ものように村に遊びに行ったとき、なぜこいしに恋をしていた少年しかいなかったのか?
あの少年は囮だった。あの少年には俺たちが妖怪ということ以外伝えずに俺たちを村から追い出すようにし向けた。村を追い出された俺たちは当然家に帰るだろう。そこを村人達は付いてきたという寸法だった。
結果は見事にはまり、家が無くなってしまった。
まったく人間とは小賢しいものだな。
「ことり、いいのよ。みんな無事なら。どうせ家は捨てなきゃいけなかったからいいのよ。まずは、さっさとここから出ましょう」
「うん」
そう言うと俺たちは村のある方と逆の方向に歩き出す。森は深く暗いから、ここを通ればもう見つかることはないだろう。
「ちょっと待ちな。妖怪」
凛とした男の声だった。振り返る瞬間、膨大な霊力が後ろの方から迫ってくる感じがした。
「危ない!」
「え?」
そう言うと母さんは俺を庇うように包み込んだ。そして場面が変わったように景色が変わった。周りの光景が逆さまになっていた。いや、俺の身体が横たわっていた。
何をされたかさえ理解出来ない。
「ここは僕が時間を稼ぐ。先に行け!」
俺は急いで身体を起こす。すると陰陽師の男と向かい合うお父さん。どっからどう見ても実力はハッキリしていた。勝てるはずが無い。
「はやく行くんだ!!」
その言葉でハッとした。さとりとこいしもは呆然としていたがその言葉で意識を取り戻したようだった。
俺は自分を庇ってくれたお母さんを探す。するとお母さんは俺の後ろにいたが意識がなかった。
俺はお母さんを背負いながら移動しようとした。が、無理だった。子供に大人の体重は重過ぎた。
(動けよ!動けよ!なんで動かないんだよ!!)
なんで妖怪は差別されるのだろうか?確かに妖怪は悪かもしれない。でも俺たちは何かをしたのか?ただ、平和に暮らしたかっただけなのに。なんで奪われないといけない?
悔しかった。何もできない自分の無力さが悔しかった。
「・・・お母さんのことはいいから先に行って」
「え?」
「お母さんはもうダメだからもう行って」
「やだ、絶対にやだ!!」
突然ドサッと人が倒れる音がした。見るとお父さんが倒れていた。1分ももたなかった。
「お、お父さん!」
こいしがお父さんに近づく。
「哀れだな。妖怪」
陰陽師の男が言った。
もうここで終わりだ。俺たちではこいつから逃げることが出来ない。
(東方の世界さえ入れずに終わるのか)
本来だったらさとり達は生きることができたかもしれない。でもイレギュラーがいた。俺だ。東方の世界にいなかった俺がいたからこんなことになったのだろう。
「見逃してやろう」
陰陽師の男がニヤリと笑いながら言った。俺の第三の目が陰陽師のこころを見た。そしてゾッとした。
だが、こいしはこの状況からか陰陽師の言葉を信じたように目に希望を宿していた。
「だが、手ぶらで帰るわけにもいかない。だから・・・」
陰陽師は腰から短剣を抜き出した。そして、それをお父さんの首に当てる。
そして引き抜いた。
血が舞った。近くにいたこいしの顔にはお父さんの血が飛び散っていた。
「悪いね。これも仕事なんでね」
そう言うとお父さんの首を切り取った。お父さんの生首はあまりにも現実味がなかった。でも、首から流れる血が現実を語っていた。
陰陽師は首を布で包み、去っていった。
残されたのは、首が無い死体。そこから流れる赤い水の滝。濃厚で鉄臭いこの水は元はお父さんだったもの。
涙さえでない。あまりにも現実味がなさ過ぎた。
さとりとこいしも呆然としている。
生き残ったという喜びはなかった。
目の前の深くて暗い森はこれからの未来を表しているかのようだった。
#
あれからみんなでお母さんを近くの川に運んだ。お父さんはあの場所に埋めてきた。
お父さんの血の匂いで野良妖怪がたくさん集まってくるだろう。だから川の近くに行った。
この川に来てからもう三日経った。毎日川で魚を採ったり、火を炊いたりして過ごした。
お母さんはどんどん衰弱していった。ピンク色の髪は日が経つにつれて、どんどん白くなっていった。それはまるで寿命がなくなるのが目を見えるようだった。今ではもう真っ白だった。
「今までありがとうね」
そして今日、かすれた声でそう呟いた。
みんなで魚を食べてる途中だった。その弱々しい声は不思議と耳に届いた。
「え?」
俺は思わず箸を落としてしまった。
急いで呼吸を確認する。だが...
「さようなら、お母さん」
俺はお母さんを抱きしめた。気づくとお父さんの時には出なかった涙がポロポロと出ていた。
「嘘だよね?ことりお姉ちゃん」
こいしは目に涙を溜めながら俺を見つめた。それに俺は首を横に振った。
「う...ぐ..やだよ...やだよ。私を置いていかないでよ...お母さん」
こいしはお母さんに抱きつきながら、わんわんと泣いた。
「・・・」
さとりは静かに目を閉じながら佇んでいた。
「お母さん..お母さん...やだよぅ...いなくなっちゃやだよぅ...」
こいしの泣き声は一日中響いていた。俺も泣きながらずっと抱きしめていた。
#
その次の日の朝、お母さんをお墓を作った。場所はお父さんの隣だ。
「お母さん、お父さん...」
俺は墓の前でなんとなく呟いた。俺はその後にこう心の中で続けた。
(_____絶対こいしとさとりを守るから)
「ことりお姉ちゃんはなんて言ったの?」
俺の目の前をいきなりこいしがニコニコしながら顔を覗かしてきた。その笑顔はいつもの笑顔のようで、俺からするとどこか作り物めいていた。
「いや、なんでもない」
俺ははこいしの頭を撫でる。そして、こいしは目を細める。
こいしはあの日から変わってしまった。仕草も笑顔もどこか作り物めいたものになった。そして一番変わったのは...
「こいし、第三の目は大丈夫?」
「うん!大丈夫だよ!!」
こいしの第三の目が閉じてしまったのだ。
東方の世界ではさとり達の親は出なかった。そして、こいしの第三の目は閉じていた。ある意味これは必然だったのかもしれない、と考えることがある。もしかしたら本当はことりという存在は存在していたけど、実はあの時死んでいた運命だったのかもしれない、とも思う。
今までこういうことにを考えていなかったわけでは無い。だが、いつまでもあの生活が続くのではないかとどこかで思っていて、そこから目をそらしていた。
「さとりお姉ちゃん...」
「分かってる」
さとりは墓の前で手を合わせていた。
あの夜、さとりは泣かなかったが、俺は知っている。みんなが寝た時に、一人外で泣いていた事を。
「さぁ、行きましょうか」
俺たちは今日、村から離れる。もうこの墓を拝めることは出来ないかもしれない。それでも進まなければいけない。
目の前にある深くて暗い森は、俺たちの未来を表しているようだ。でも朝日で、所々照らされているこの道は、とても幻想的な光景に見えた。