百年の本の物語   作:執筆家

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百年の本の物語

百年に一度、神様がページをめくり、世界は変わる



はずれ村

百年の本の物語

 

百年に一度、神様がページをめくり、世界は変わる

 

 

 

はずれ村

 

 

この世界は一冊の本の上のほんの1ページにすぎない。

百年に一度、この世界を綴っていた神様がページをめくり、世界は変わる。

それが皆が生まれたころからなんんとなく知っているただひとつのことだった。

皆が一様に変わる前の世界のことは知らず、変わった後の世界は知っていた。

百年の終わりはラストシーズンとよばれ、彼はラストシーズンの子供だった。

彼より後に生まれた子供はおらず、大人たちはなんとなく世界が変わるころなのだなとぼんやり思った。

彼は変わった子供だった。いつも思案気な顔をしており、子供ながらにその瞳には憂いの波が絶えず波打っていた。

彼は変わった子供であり、変わった考えをしており、同じラストシーズンの子供たちは彼を仲間とは認めず、

大人たちは彼の質問に困惑と面倒をありありとその顔に浮かべ彼に黙って背を向けた。

彼は変わった子供だった、本を読むことが彼の全てだった。

はずれ村は美しく穏やかだったが、彼は世界が恐ろしく、世界は常に彼を傷つけた。

 

 

「それでお前さんは悲しげな顔をしとるのかの」

老木のような節くれだった手でこれまた枯れた蔓草を思わせる灰色の長い髭をなでつけながら

村一番の老人は言った。

(あの物語の魔法使いってきっとこんな感じだろうな)

彼は目を伏せ、老人の質問に肯定の交じりの困惑を示した。

「ふうむ、図書館に新しい本が入ってこんとな」

「おかしいのう、いつもなあ、本は荷馬車がどこぞから運んでくるものじゃったが・・・ほれ、あの

ロバでおんぼろの車をひいてくるあの青年じゃ、そういえばわしが子供の時分からあの青年じゃったような気がするわい」

彼はますます目を伏せた、目を伏せすぎて頭までがっくりと垂れてしまった。

「むむう、いかんの、そうじゃそうじゃ、荷馬車で思い出したわい、ちと待っておれ」

村一番の老人は慌ててーー慌ててはいたがたいそうゆっくりな動作でーーー老木のような手で椅子の背をつかんで

立ち上がると、重い腰と足をひきずるようにして家の奥へと消えていった。

彼は頭をあげ、それを見送ると開け放してある窓の木枠をぼんやりと眺めた、木枠は曲がった木の枝をたいそう乱暴に

切って釘でつなげただけのものであり、なぜかその隙間にぴったりのガラスがはまっていたが、枠の木はどうしても

いびつにでこぼこしていてちゃんと閉まるのだろうかと彼は思った。

そして彼は恐ろし森の人食い樹の話を思い出した、誰も知らないところにひょっこりと森が現れ、うっかり人が森に入ると

木々の根が大蛇のように動き回りあっというまに人を捕らえ食べてしまう、その森は地中の自在に泳ぎまわる

大きく恐ろしい怪物の背に生えているもので怪物が空腹のときにだけ地上に突如として現れる森なのである。

この思い出した物語は彼の思案の種になった。

この思案の種はあっというまに彼の頭の中で目を出し、恐ろし森の樹のごとく枝葉を生やした。恐ろし森の物語

の人食い樹から、人食い怪物を倒した勇敢な騎士の物語で種は樹になり、高貴な騎士が守る純白の都の物語で木々は林

のように彼の頭に乱立し、純白の鯨を生涯追い続けた空飛ぶ船の屈強な船長、船首の女神像が歌う船の渡航記、船でしか

いけない遠い遠い竹の国の物語と、彼の一粒の思案の種は彼の頭の中で大樹がひしめく巨大な森となり、大きくなりすぎ

た木々は彼の頭上を覆い陽の光を遮った、彼は真っ暗な森の底で一人何も見えず何も聞こえず、立ち尽くしているーーー

これが彼の憂いの原因だった。

彼は常に考えていた、言葉の連想遊びのように、彼が記憶しているもの、彼が思ったこと、それが次々に頭の中で大樹に

なりもう彼の意思ではどうすることもできなかった、自分の頭のことなのにーーー

想いと記憶で頭が埋め尽くされ、言葉も動作もそれに追いつくことはできなかった。

そんなとき彼にできるのは口をつぐみ、必死の思いで足を動かし、その場から逃げ出すことだけだった。

(ほんとに頭を突き破って僕が森になっちゃったらどうしよう)

(この考えるのやめたいなあ)

落ち着こうと彼は窓の外にやっとの思いで目を向けた、はずれ川のせせらぎが耳に届き、ムクドリが互いに呼び合う声に

彼は注意を傾けることにした。

やがて部屋の奥から老人がふうふう息をつきながら戻ってきた。

「やあやあ、どこにしまったかすっかり忘れておっての、年をとると思い出すのが大変じゃわい」

老人は手に持っていたものを彼に手渡した、黒い革の表紙に同じ黒い革紐が結んであり、中には紙の束が見えた。

「本なの?!」

彼は興奮に瞳をきらきらさせ、せかせかと紐をといたが、中を見て困惑の表情を浮かべ首をかしげた。

老人は椅子にやっとのことのように座り、ぬるくなったお茶をカップからすすっている。

「これ真っ白だ、何にもかいてない」

声にも表情にも困惑の波が引いてはよせていた。

老人はカップを慎重深く皿に置くと口を開いた。

「うむ、それはな、なあんにもかいてない本なんじゃ、わしがの、変わった子供だった時分に荷馬車の青年から

もろうたものよ、変わった子供が持つ持ち物じゃそうで」

「そうじゃそうじゃ、わしも変わった子供だったんじゃ、なぜ忘れておったんじゃろうて」

老人は髭を撫で付けるいつもの動作をしながら、どこを見るともなく目を細めた。

「変わった子供だった時分はの、世界が変わるときはこの両の眼を見開いて全てを見るつもりじゃったわい」

「じゃがのう、世界はいつ変わったんじゃろうか、いつのまにか変わっておったわい、わしがこんな年寄りに

なったから変わったんじゃろうなあ」

彼は紐を几帳面にくるくると元に戻し、本をきれいに閉じていた。

「それはお前さんにじゃ、変わった子供が持つものじゃからの」

「ありがとう」

彼は見送りに立ち上がろうとする老人を制しながらお礼を言った。

老人は彼の優しさに皺だらけの顔をもっとしわくちゃにして微笑んだ。

「何に使うかわからんのじゃ、読むこともできんしの、図書館にいって司書さんに聞いてみたらいい、なんでも知っとる

生き物じゃて」

彼は扉を出ながら行ってみる、と声をかけた。

扉を閉めながら彼はもう一度お礼を言い、大きな音が立たないよう、ゆっくりと慎重に扉を閉めた。

老人は彼を見送ると残りのすっかり冷めてしまったお茶をすすり、うつらうつらをいつもの昼寝をはじめた。

 

 

 

少年は石段をゆっくり下ると、白い砂利の敷き詰められた道を図書館方面に歩き出した。

春のはずれ村は緑増す畑に風に揺れる花々の香りがほんのりと空気を染めていた、

少年が見上げると陽はまだ頭のてっぺんにあり、日暮れまではまだ十分な時間がありそうだった。

はずれ村唯一の十字路にさしかかると切ったままの木にこれまた何かの破片でも適当にくっつけただけのような

板がとりつけてある標識があった。板は二枚が縦横交差するようになっており、一つの右側に

「図書館」と書いてあったが、残り三箇所は全部「はずれ村のはずれ」になっていた。

少年はいつもここを通るたびにこの標識がなんだかおかしくて口元が緩んだ。

いつもより少し急ぎ足で口元を緩ませながら少年は右の道を進んでいった。

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