百年の本の物語   作:執筆家

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宵闇の森

宵闇の森

 

「シュレガーはどの道を行けばいいか知ってるの?」

少年は苔むした木の根をまたぎながら尋ねた。

「君は道があるように見えるの?」

シュレガーはぜいぜい息を切らしながら答えた。

宵闇の森は木々が鬱蒼と生い茂り、至る所に苔むした大樹の根が盛り上がっており平坦なところなどどこにもなかった。

シュレガーにとっては小さな丘を何度も上り下りするようなものだろう、いくら猫でも疲れているように見えた。

「シュレガー、さ、もし君が良ければだけども」

「僕の肩にお乗りよ、君は小さいからたいして重くもなさそうだし」

シュレガーは金色の瞳を真ん丸に見開いて、ちょっと驚いた顔をした。

だけどすぐにフフンと鼻を鳴らし、いい案だねと同意した。

少年がシュレガーのほうに屈むと、暗闇色の体が羽のように軽く少年の肩へと流れた。

絹のような毛が少年の頬をくすぐり、ほんのりと土の香りが届いた。

「で、さ」

「僕が知ってるのは僕が知ってる事だけなんだけども」

シュレガーがひくひくと鼻を動かした。

「変わった子供はどうやったってラプラス山に行きつくものなのさ、だから君が通ればそこが道になるってわけ」

「ちょっと行けば青の淵さ、森の終わりはええとーーー」

「森の終わることろ」

少年はシュレガーの言葉にちょっとほほ笑んだ。

シュレガーの話すことは少し変わってる、だけどわからなくもないし、悪い気分もしなかった。

「青の淵なら水があるのかな、少し休めそう」

少年はシュレガーに何気なく言った、だがシュレガーは思いきり口を歪めて嫌な顔をした。

「休めるもんか、青の淵には人魚がいるもの」

「人魚だって?」

好奇心の波が一気に押し寄せた、人魚の出てくる本なら沢山読んだことがある。

シュレガーはうんざりした顔を隠しもせずに言葉を続けた。

「ほうら、なんだか生き物って皆人魚が大好きなんだな、僕はちっともそうは思わないけど」

「シュレガーは見たことあるの?」

少年の瞳は好奇心できらきらと揺らめいていた、シュレガーは肯定した。

「世にも美しいって言うけどさ、でも誰も顔を見たことないんだ、彼女らっていつも髪で顔を覆ってるから」

少年は不思議に思った、知らなかったのだ、なぜ顔を髪で覆うのだろう。

「水の中で生きてるものだもの、出ちゃったら顔がパリパリに乾いちゃうんだよ」

「だから彼女らの顔を見たものは今まで誰もいないのさ」

それは少年には新しい情報だった、今まで知らなかったことだった。

シュレガーの言葉は少年の好奇心を刺激し、想像力は喜びとなり少年の心を満たしていった。

シュレガーは少年の顔が満ち足りているのを見ると、慌てて言葉を続けた。

「でも今日は早くこの森を抜けなきゃ、ラストシーズンの新月だもの」

シュレガーの慌てぶりに少年は少々驚きながらその意味を尋ねた。

変わった子供が旅立つのはいつもこんな日ーーーとシュレガーは続けた。

ラストシーズンの新月の晩には、月からの光でいつも見えない道が通れるようになり、その道を通って月の獣が狩りにくるのだ。

獣だけど狩人で、この世界にいる美しいものを狩って月に戻るのだという。

「ねえ、だから森なのに全然誰もいないだろ?」

シュレガーはひげをせわしなく動かした。

なるほど確かに、こんなに大きな森なのに、動物や鳥達、虫一匹からシルフィード達に至るまで、何一つこの森で見かけることはなかった、この森で動くものは少年とシュレガーだけだったのだ。

「だから急がなきゃ、この森抜けるのにどのくらいかかるのか知らないんだよ」

シュレガーは少年を急かした。

少年も何者の気配もしないことと、月の獣という言葉に、何とも言い難い恐怖を少し感じて歩調を速めた。

だが大樹の根は少年の足をからめとり、でこぼこの地面は少年の体力をどんどん吸い取っていった。

疲れに押し黙り、ただひたすら前に進むことに集中していた少年は、複雑に絡み合った根達を注意深く乗り越えようとしているときだった。

「あっ、ほら」

急にシュレガーが肩から飛び降り、バランスを崩した少年は、木の根に足をとられ、そのまま前のめりに転んでしまった。

「わわ、ねえちょっと大丈夫?」

シュレガーが慌てて振り返った。

少年は対して体を打ち付けてはいなかったが、すっかり疲れ切っており、両の腕に力を入れるのに心を奮い立たせなければならなかった。

体を起こし、顔をあげた先には、

「ほら、青の淵だよ」

けろっとしている暗闇色の体の向うに、波ひとつたたずに静かに、だが空よりも青い水面が少年の目に入った。

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