百年の本の物語   作:執筆家

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月へ還る

月へ還る

 

陽の光が夕暮れの赤となり少年たちへ舞い降り、木々の影が何かを求めるように長くなってきたころ、その女神たちは忽然と現れた。

緑なす木々と夕焼けの世界に、この森の中に、それはあまりにも異質な存在として世界を一変させた、女神たちの姿はあまりにも異質で異様だったのだ。

女神たちは女性の形を成していた、成してはいたがその個々は全く違うものだった、

女性の顔の部分は金属の仮面状だった、少年は図書館の司書にそっくりだと思った。

だがそこから頭上に金属上の長い角のようなものが延び、総合的に女性のシルエットを成していたが、そのパーツはまるで空中に浮遊するかのように浮き、体のどこも、体のどことも繋がってはいなかった。

一人ひとり似かよっていたが、それぞれがまるで違った。

腕であろう部分に人の手によく似た指を持つ女神が少年と猫を見つけ声を出した。

「おや、まあ」

「おまえ、変わった子供だね、猫まで連れておいでなのだね」

鏡のような材質の顔だったが、司書よりもはっきりと表情はそこに表現された、女神は慈愛を少年に向けていた。

わずかに地面に接している足で女神達は少年の元へと歩いてきた、少年は一変した世界に飲まれ時を止めていたが我に返り慌てて立ち上がった。

「こ、こんにちは、僕たち人魚に助言を受けて」

シュレガーを見やった。

「ここであなたたちを待っていたんです」

少年はどうお願いしたものか考えあぐねていた。

腕の部分が輪っかのようなものになっている女神が微笑んで言った。

「この月のこの晩だ、きっとこの森を安全に抜けなきゃならないのだね、では我らの衣が必要だね」

「そんな不安そうな顔をおしでないよ、おまえの分も衣を織ろうね」

少年は安堵して女神に微笑み返した、母の言葉を得たような安心と慈愛に包まれる気がした。

「もうすぐ陽が沈むわ、暗くなってくるからもっとそばにおいでなさい」

腕が鋏の女神が少年を人の手の女神のそばまで優しく促した。

「私は鋏だから、妹達のそばのほうが良いだろう」

鋏の女神はそう言って笑った。

人の手の女神が少年の肩を抱きながら言った。

「今のが一番上の姉様さ、あちらは末の妹」

「私が真ん中の姉様さ」

鋏の腕の女神が空を仰いだ。

「さあ、陽が沈む、我らの仕事の始まりだ」

 

陽の赤が存在を忘れさせまいと一層増し世界を赤で包んだ一瞬の後、頭上には星々がその華を咲かせ始め月は恥じらいながらそのヴェールを脱ぎ輝きはじめた。

夜の闇に月の光が細かな粒子となって少年の目に届いたとき、少年は目を疑った。

月の光の粒はさざめき震え、やがて決められたように集まり、粒は束になり、波になった。

波打つその一回ごとに月の光の糸が空中に舞い上がり、ふわふわと漂うのだ。

鋏の女神はそのうちの一本を選び、ちょん、と鋏で切ってしまった、少年はその糸を目で追いかけた。切られた糸の一片は一瞬で弾け、細かな光の粒へと戻り、まわりの光の粒の中にあっというまに消えていった。

糸の残るもう一片は、まるで決まっているかのようにふわふわと人の手の女神の手の上に漂い集まっていった。

人の手の女神はそれを少し眺め、一本を指でつかむと、ふう、と息をかけた。

それは先ほどの糸の一片のように光の粒になって消え去った、少年はただただ目の前の光景に圧倒されて見ていた。

人の手の女神はまた一本を選び取ると、今度は水のすぐそばにいる輪の腕の末の女神に向かって、その糸をふう、とふいた。

その糸は光の粒になって消え去ったりはせず、道があるかのように末の女神の腕へとたどり着いた、末の女神はその糸を輪の腕へ通し、すっかり濃い藍色になった青の淵の水面へ光の糸を浮かべた。

光の糸は水に溶け込むようにすうっと光を失くし、そのまま見えなくなった、少年は水に落ちそうなほど身を乗り出しその糸がどうなったのかを目で確かめようと凝視した。

「気をおつけ、落ちそうになっているよ」

輪の女神は片眉をあげ、そして笑った。

シュレガーも同意し少年の背中へ言葉を投げやった。

「落ちないでよ、僕助けらんない、水って苦手なんだ」

だが少年にはその声は届いていないようだった、シュレガーはふう、とため息をついた。

シュレガーの溜息が水面を揺らしたかのように波紋が広がった、そこから水面がドーム状に丸く持ち上がったかと思うと息を飲むような光景が次々と少年の目に飛び込んでくるようになった。

水面から姿を現したのは人魚たちだった、だが先ほどの姿とは違い、豊かな長い髪を色とりどりのピンで美しく結い上げていた。

少年の時が止まるような、美しさの化身の姿だった、その瞳は大きく様々な宝石のように輝き、その瞳を縁どるまつ毛は長く空を向き、その唇は愛らしさに溢れていた。

それぞれの人魚たちはそれぞれに違った顔をしていたが皆一様に美しかった。

あまりの美しさに少年は息を飲んだ、そしてその衣の意味に気が付いた。

僅かに光が反射し、波打つ衣がその目に見えた、人魚たちは皆その衣を頭から被り、水面から躍り出た。

その尻尾の先から一滴の水滴が落ちる間に、人魚たちは次々と中へと浮かび上がり、その美しさと衣をきらきらと輝かせた。

女神たちが一連の動作を繰り返すたびに人魚たちが現れ、その身に衣をまとい、宙へと跳ね上がった。

「こんな物語読んだことなかったや」

少年は思わず声をもらした。

鋏の女神がそれに答えた。

「今この瞬間からお前の物語さ、お前の知ってる世界になったんだよ」

その言葉に人魚たちが顔を見合わせくすくすと笑った。

月からの光が一層増し、宙が光の粒に濃く覆われたころ、金色の髪の人魚が少年に声をかけた。

「じゃあ私たちもう行くわね」

少年は驚き、同時に残念な気持ちでいっぱいになった、こんな美しいものがもう行ってしまうなんて。

人魚たちは一斉に尾ひれを動かした、風のない夜に衣は揺らめき、人魚たちは次々一方向へと舞い上がり始めた。

人魚たちはそれぞれ舞い上がりながら少年に手を振った、微笑みから光がこぼれ、少年は一生懸命手を振り返した。

美しくあるためだけの人魚たちは光の粒の夜を月へ向かって舞い上がり、どんどん小さくなりやがて見えなくなった、

少年は一気に心が圧倒されその開放を得たと同時に息を大きく吐き出した。

「すごくきれいだったねえ」

シュレガーは面倒くさそうに答えた。

「そうだね」

鋏の女神が振り返った。

「さあ、お前の衣を織ろうか」

人の手の女神が続けた。

「人魚ではないからね、少し時間はかかるが」

シュレガーはちょっと無礼に声を発した。

「なるべく早くがいいなあ」

輪の女神が首をそらして笑った。

「ああ、姉様方、急いで織りましょう、あまり時間をかけるとこの方暗闇に溶けてしまいそうよ」

シュレガーは気恥ずかしそうにぷいっとそっぽを向いた、少年はその頭を優しく撫でてやった。

「ぜひお願いします」

月はもうすぐ頭の真上にくるようだった。

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