百年の本の物語   作:執筆家

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狩人と猟犬

狩人と猟犬

 

少年は走った、少し前を行くシュレガーも一心に走り続けている。

少年の走る先、地上の根は脇によけ、木々は身をよじりその道をあけた、この森全ての小さな命を隠す木の精たちの懸命の助けだった。

早鐘のように鳴りつづける心臓と、自身の呼吸が耳に鳴り響くその後ろで、狂気が木々を揺さぶり少年を追ってくるのがわかった。

その狂気の生き物が蛙のように木々の間を飛び跳ね、狂気の呼吸と何か声のようなものが少年を追ってくる。

追ってくるのは確かに生き物だった、ただ命が違う。

自分達とは命が違う、その在り方も認め方も、少年の心は真の恐怖に凍り付きそうだった。

追い迫るその姿、槍を持つその手を、森を障害ともせぬその足を、不快な声を発するその口を、姿を、振り返りその目に見たならば、狂気は身を持ち力となって喰われてしまうだろう、そんな恐怖だった。

少年は走り続けた、少しでも腐臭混じる狩人の呼吸が後ろへ遠ざかるように、目の前に森の終わりがくるように、ひたすら走った。

だが、腐臭はどんどん近づき、あざ笑うような不快な声達はもう真後ろにまで迫っていた、少年の頭に、醜い手が伸び、自身をつかみ引きずり倒す、そんな光景が浮かんだ、途端に心は恐怖に支配され呼吸は乱れ脚は狂気にかき乱された。

そのときシュレガーが後ろも見ずに叫んだ。

「玉を!」

「あの玉を投げて」

不思議とシュレガーの声は乱れる心を静めてくれた、手には人魚がくれたあの透明な玉を握りしめている。

少年はそれを走りながら前方の地面へと投げた-----

 

柔らかな土の地面だったにも関わらず、その玉はあっけなく砕けた。

砕けたというよりも、その一部が砂糖菓子のように欠けたのだ、すかさず欠けた玉の大きな方をシュレガーが優雅に跳躍し、口に受け止めた、そしてそのまま走り続ける。

少年もそれにならった、何かもっと大きな恐怖がシュレガーを走らせていたからだった。

 

少年が欠けた破片の脇をシュレガーとともに走り抜けたその刹那、破片はキラキラと月の光を煌めかせていた、ただその一片が、自然に、この世界に、この空間に存在しない異常な角度を持ち割れた。

その瞬間、その角度より青黒い煙が吹き出し、共に狩人とも違う強烈な異臭が噴出した、煙は一気に大量に吹き出しはじめ、それに伴い異臭も辺りを埋め尽くした、その異様な空間から猟犬が姿を現した。

 

剣の舌を持ち、四足だがその姿は犬とは似ても似つかなかった。

その背からは常に青黒い液体がしたたり落ち、この世ならざる者、その猟犬はこの世界に存在してしまった。

最も恐ろしいのは猟犬が仲間を持ち、言葉を持つ狂気の狩人よりも遥かに高貴で知性高く不浄な存在だったことだ。

その存在に狩人達すら凍り付いた、そして一変、逃亡に転じた。己の姿を、存在を、猟犬に見咎められぬよう、狩人達は一心に逃げ出した。

だが猟犬はこの世界の何物にも制約を受けることはなかった、その剣の舌は悠々と狩人達を貫き、森の木々など存在せぬかのように動き、狩人の一段に立ちはだかった。

残るは更なる狂気に押しつぶされた狂気であった者たちの絶望の悲鳴だけだった。

 

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