オーバーロード--漆黒の英雄の名は……シン--   作:小説はどうでしょう

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第1話 異変

 森の中にある小さな泉のほとりで腰を下ろしているのは一人の侍大将(マスター)

 もちろんそれは二千百年を大きく超えたこの現代においての話ではない。

 

 DMMORPG ユグドラシル

 

 まるで仮想世界の中に実際に入り込んだような感覚を楽しめる、この現代においては普及しているゲームの一つ。

 そのユグドラシルの中にある泉の傍に侍大将(マスター)

 

 名を――シン――という。

 

「そうですか……結局最後までモモンガさん独りだったんですね」

『まぁ、分かってはいたんですけどね』

 メッセージと云われる念話通信で会話をしている相手はモモンガという。

 アインズ・ウール・ゴウンというギルドマスターをしている者であり、シンとも多少の面識はあった。もっとも、フレンドリストに名を連ねる程の仲でもないのだが。

 そんな彼からいきなり通信が来た時にはモモンガも驚いていたものだ。基本、フレンドリストに登録されていなければ個別通信は出来ない筈だったのだが

『それにしてもどうやって僕にメッセージを送ったんですか?』

「ん? それほど難しい話じゃないんだけど、プレイヤーの位置情報さえ分かればね。もっとも、大概は運営の邪魔も入るんだけど」

 不意に夜空を見上げる。

「最後ですからね。運営も本気で監視はしてないんじゃないですか? 僕がインしてるのに放置もいいとこですし」

『はは。まぁ貴方達は結構暴れましたからね』

「自業自得って事なんでしょうけど」

『他の皆さんは?』

「来てはいないみたいですね。僕ももうユグドラシルから手を引いてたんですけど、まぁ今日が最後だっていうから覗いてみただけで」

『ギルドの開店休業はうちだけに限った話でもないってことか』

「そうですね」

 

 気の合う仲間が集って創るギルド。

 モモンガにアインズ・ウール・ゴウンがあるように、シンにも所属するギルドはある。

 

 それが――グレイハット――

 

「もっとも、僕らのギルドは……モモンガさんのところみたいにイイものじゃないですけどね」

『シンさん……』

 

(本当に……ろくなもんじゃぁなかったんだよなぁ)

 

 

 シンは自分達のギルドを思い出しては苦笑いを抑えきれない。

 ギルド・グレイハットとは、ただのハッカー集団でしかなかった。

 

 ようするに、チーターの集まりだ。

 

 シンも含めてギルドの中の誰一人として()()()()ゲームを楽しもうとする人間は一人も居なかった。

 否、楽しむ、という事では楽しんではいたのだろう。

 彼らの楽しみとは、いかにして運営のシステムに侵入しデータを改竄するか、に限られていた。

 

 どうやって侵入するか。

 どのように改竄するか。

 どこまで改竄するか。

 

 それだけが、彼等にとってのユグドラシルの楽しみ方だった。

 無論、数え上げるのも馬鹿馬鹿しい程の垢バンを喰らうのだが、そこに何の問題も感じて居ない。

 彼らにとってアカウントの取得など造作も無い事であるし、結局のところゲームそのものを楽しむ気が無いのだ。プレイで得たアイテムもプレイで得たレベルも、プレイした思い出すらない。

 彼らにとってゲームプレイとはユグドラシルに自分だけのチートキャラを創造することに尽き、運営側を如何に出し抜き、彼らのセキュリティを如何にして突破するか、それに尽きるのだ。

 何時だって運営側との攻防は絶え間なく続き、その攻防自体が彼らにとっての楽しみでもあった。

 

 だが、運営との攻防とは逆に、他のプレイヤーとの間に険悪な雰囲気というものはそれほど無かった。

 というのも、彼らグレイハットは基本的にユグドラシルには不干渉を貫いていたからでもある。

 彼らはどんなイベントにも、アイテムにも、モンスターにも興味を示さなかった。

 彼らの興味はルールの埒外である自分達をユグドラシルに存在させる事に尽きている。その気になれば、たとえばいつも気分次第でしかインしないギルドメンバー72人が本気の意思統一を図ったのならば、ユグドラシルのゲームそのものを破壊出来ると云われている彼らにとって、運営が用意したイベントやアイテムなどに興味が沸くはずも無い。

 そして彼ら自身も自分達がルール違反を犯している認識は充分にあるのだ。

 自分達の技術向上を目的として新しいセキュリティ、最新のシステム、高度なプログラムに挑んでいるだけで、ゲームを楽しむ人達に含む感情はひとつもない。

 プレイヤーの楽しみを奪う気は彼らには無かった。よって、彼らからプレイヤーに干渉する事は一切しない。向こうから仕掛けてきた時は話が別だが。

 

『その……なんかすいません』

「っと」

 少しだけ雰囲気が落ちた気がした。

「気にしないでくださいよ。別にユグドラシル(ここ)で顔を合わせなくなったってだけで皆とは繋がってますから」

 今はゲームではなく世界最大のSNSのシステムに入り込んだりしている。

 最近、中東で暴れているテロリスト集団に対して、彼らの情報の漏洩や資金源の封鎖を競い合うのが自分達のトレンドだ。

 自分も昨夜、テロリストのフロント企業の情報を一般サイトにリークしてからその社内のPCをクラックしたところ。

 そんな話をすると『相変わらず危ない橋を渡ってますねぇ』などと呆れられるが、まぁ楽しいのだから仕方が無い。

 仲間の半分はもうちょっとダメージを与えようとしているようだ。残る半分はそれぞれ仕事の様。だいたいがホワイトハット組だろうが。

 企業ハッカーなどの職業としての活動やどちらかといえば善良なハッカーをホワイトハット。悪意あるハッカーをブラックハットというのだが、このギルドにはそのどちらもがごちゃ混ぜで共存し活動する。それゆえのグレイハットだ。 

 シンはただの大学生だ。

 クラッカーではあるのだがホワイトハットになるつもりはない。

 一応、国家公務員一種試験を受けるつもりだし、受かれば業界からは足を洗うつもり。ユグドラシルサービス終了とともにハッカーとしての自分も消えるのは悪い話じゃないとも思っていた。

 自分が抜けることに対しても仲間も別に何も言わない。

 世界中に仲間が居るが会った事もないハッカー集団。

 白も黒もごちゃ混ぜの快楽主義者達。

 おそらくは生涯、彼らとは面識を持たないのだろうと思っている。

 

 空気を変えるべく話題を変えてみた。

「そうだモモンガさん」

『はい?』

「ユグドラシルも最後なんですし、どうせだから僕と一戦やりませんか! 僕がそちらに攻め込む形で」

『へ?』

 流石に面を喰らった声を出すモモンガだったが

「たっちさんに聞いたら動かした事もないNPCも居たっていうじゃないですか。せっかく創ったんですし存分に動かしてみてはどうです?」

『あぁ、そういえばシンさんはたっちさんとはリアルで知り合いでしたっけ。たっちさんは元気ですか?』

「元気ですよ。奥さんもお子さんも」

『それは良かった』

 シンも一度はユグドラシルに誘ってはみたのだが、彼は明日も早いらしい。それに子供と一緒に眠るのは彼の楽しみの一つでもあるのだから邪魔も出来ない。

『でもシンさんは御一人でしょう? ソロでダンジョンでは』

「僕なら直ぐに軍勢創れますよ? 前に試しで創ったものもありますしもう最後です。ユグドラシルに無理やりブッこんだって消されるまでには充分楽しめますよ」

『いや、それ怖いから』

 どんな軍勢を突撃させてくるのか末恐ろしい。

 ルール無用の軍勢が攻めて来たらさすがにひとたまりもないだろうに、とはモモンガだ。しかし――

『……そうですね……一応皆にはメッセージ出したんですけど結局は誰も来てはくれませんし……いっそのことそれでも良いのかも知れませんね』

「じゃあさっそく準備」

『あっ! え? ……っ! ヘロヘロさんっ!』

『やぁモモンガさん。お久しぶりです』

『よく来てくれましたねヘロヘロさん。お待ちしてましたよ』

『その、随分とご無沙汰してしまいまして』

『いえいえ、とんでもないです』

「…………」

 

 シンは黙って通信を切った。

 

「良かったですね……モモンガさん」

 夜空を見上げ、嬉しそうな声を聞かせたモモンガに独り祝福の言葉を送った。

 

 立ち上がり浮かぶ月を見上げる。

 

 その姿は幻想的なものだ。

 背には三対六枚の翼を持つ天空人。

 その身には白銀に煌く光の粒子を絶えず纏い、その瞳は黄金の光りを僅かに放っていた。

 白く、煌き、眩しい。それがユグドラシルにおいてのシンの姿だ。

 グレイハットのルールにより、どうせなら天界を統べる様な親族を模そうと決めた。ゆえに様々な仲間の姿があった。

 北欧神話のオーディンの様な者も居たし金色の竜の姿もあった。天使を模し仲間は数人居たので、皆で外装を統一したものだ。同じ翼を纏い粒子を纏う。違うのは容姿のみという格好である。

 今日を最後に、もうその仲間達の姿を見る事は無いのだろう。

 不意に、湖面に浮かぶ自分の姿をみやり

 

「…………馬鹿馬鹿しい……」

 ルールを無視して生み出した自分の姿を天使に模するなど、馬鹿な頭が考えた馬鹿な所業だ。こんな姿は紛い物だ。

 

 どうしようもなく馬鹿馬鹿しい、紛い物で

 

「……偽者の最後にしてはもったいない景色だよ……なぁ? …………ユグドラシルよ……」

 

 

 

 目を閉じ、最後の時を静かに待った…………待った……………………

 

 

「……ん?」

 

 

 そして、過ぎた。

 

 

「なに?」

 目を開けてみると視界は自分の部屋ではない。それどころか

「これは…………すごい」

 視界には満天の星空が広がっていた。

 それは今まで目にしていた作り物の映像ではなく、そして自分の知る現実世界のどの夜空よりも透き通っていた。

 

 しばし見蕩れていたシンだったが、ふ、と我に返ると

「どうなってる? サービスが延長でもしたのか?」

 手を宙に泳がすがなにも起こらない。

「コンソールが開かない? ログアウトは? …………どうなってるっ!」

 アイコンもコンソールも出ない。

 なによりゲームから抜け出せない状況だ。

「ゲームの中に閉じ込められたってのか? ラノベじゃあるまいにっ!」

 苛立ちとともに腕を振り回すと衝撃波の様な物が派生し木々をなぎ倒した。

「っ嘘だろっ!」

 自分の手を見詰めて固まる。

「僕のパラメータが、生きてる? ……だったら!」

 翼を羽ばたかせると身を宙に躍らせた。鳥よりも速く、高く、シンは雲を突き破り月と大地を眺める。

 

「まいったなぁ……こりゃすごいや」

 

 余りの絶景に見蕩れてしまう。

 止まりそうになる思考を無理やり動かし眼下を見詰める。

「……違う?」

 見下ろす大地が自分が把握しているユグドラシルのものと一致しない。

 以前にギルド長がユグドラシルの地形を変えるというウルトラCをやってのけた事があったが、その時だってせいぜい小さな島一つの話だった。ここまで広大な地形が変化させる事は出来ないだろう。

「ユグドラシル、じゃないのか?」

 地面に降り立ち暫し瞑目したシンは

「……情報が、必要だな……さしあたっては」

 不意に視線を這わせれば周囲をゴブリンが取り巻いていた。

 

 

「僕自身の、情報か」

 

 腰に帯びた剣を抜き出して静かに向き直ったのだった。

 

 

 この世界での始めての戦闘が今、幕を開ける。

 

 

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