オーバーロード--漆黒の英雄の名は……シン-- 作:小説はどうでしょう
「それじゃあ、僕は先に魔獣の登録を済ませてきますね」
「分かりました。では後ほど僕の家で」
「今夜はとことん呑むとしようぜ」
エ・ランテルの街に辿り着いたのは既に夜も更けた頃合だったろう。
賢王のおかげで薬草の採取は思ったよりも多くの成果を上げることが出来たのは幸いだった。
漆黒の剣の皆がンフィーレアと共に荷下ろしを済ませてる間にシンは賢王を自分の使い魔として登録に向かったというわけだ。
そして――出会う。
一瞬だけ大福にしようとしかけたが賢王の名前をハムスケと命名し登録したシンが組合を出ると、そこに待っていたのは大勢の見物人と、人影。
「お前さんが連れておるそれは、もしや森の賢王ではないか!?」
「? 今は僕の使い魔のハムスケですけどね。あの、貴女は?」
声を掛けてきた老婆は笑顔を見せる。
「わしはリィジー・バレアレというもんじゃ。お前さん、孫のンフィーレアと一緒に行った冒険者じゃないのかい?」
「ンフィーレアさんのお婆さん、でしたか」
乗っていたハムスケから降りると笑顔を見せた。
「高い所から失礼しました。確かに僕はお孫さんに雇われた冒険者です。でもどうして僕がそうだと?」
シンにはンフィーレアが自分の事を祖母に話す時間はなかったかと思うが。
だがリィジーにとっては
「孫が向かったのはそこの賢王のテリトリーじゃったからの。それにお前さんに近付いてみては? と持ちかけたのはわしじゃ」
「そうでしたか。なるほどです。僕はシンと云います。貴方が僕に聞きたい事はお孫さんが知っていますのでそちらから伺ってください。それで……そちらは?」
「おぉ。昼には帰ってくる筈じゃったお主等が帰ってこんかったのでな。実は孫を探してきて貰おうと思って冒険者を雇ったばかりじゃったんじゃよ。胴のプレートではあるんじゃがその腕前は凄くてのぉ。絡んできた鉄プレート五人を一瞬で蹴散らしたのは痛快じゃったわ。紹介しよう、
リィジーが左手で促した先に佇んでいるのは一人の美しい女性
「ナーベさんじゃ」
「…………」
無言で立つ美女はそれだけで周囲を圧倒しそうな空気を醸し出していた。
一瞬彼もたじろぐが、んん! と気を持ち直して歩み寄れば
「初めまして。貴女と同じ胴のプレートの冒険者、シンと申します。よろしく」
「…………?」
差し出された右手を不思議に見詰めるだけのナーベに、握手を求めた事を下心とでも取られたのかと苦笑いをすると、シンはそのまま指で自分の頬を掻く。
「その……ま、まあ、一緒に依頼でもこなす事でもあれば、ですよ。その時はよろしくお願いします、と」
「あぁ。なるほど。はい、その時はせいぜい足手まといにならないでいただければそれで結構です」
「ど、努力します」
どうやら自分は彼女に嫌われたらしい。
もっとも、何をした訳でもないんだが、とシンも頭を掻くが今は考えない事にする。
気持ちを切り替えリィジーに向かうと
「僕はこれからお宅へ伺う事になっているのですが、宜しければご一緒に行かれますか?」
「そうさせてもらおうかの。既に解決はしてしまったのじゃが、わしもナーベさんに報酬は払わんといけんからの」
「私は何もしていませんが」
「それはお前さんの責任ではないのでな。わしはお前さんに依頼し、お前さんは依頼を受けてくれた。そして孫が帰ってきたという結果があるのだからお前さんには報酬をだそうさね」
「そういう事でしたら異存はありません」
勝手に解決はしてしまったのだがそれはナーベには関わりのない事だ。
既に依頼の契約は済ませたのだからそれが解決された上は報酬は発生するだろう。
無論、なにもしていないのだからという議論を起こせば金額には変動もあるのだろうが、ナーベはその辺りには頓着せずにリィジーに任せるという感じであるし、リィジーとしても腕の立つナーベとの関係は良好なものを構築したい。
せっかく駆け出しの時点のナーベと接点を持てたのだから、ここで心象を良くしておいても得はあっても損はないのだ。費用対効果を考えれば、ここで報酬を契約通り払う事は双方にとっての利の一致を見ているのだろう。
「それでは話が纏まった様ですので……ハムスケ」
「はい! でござる」
言うやハムスケが地面に伏せる。
「どうぞ御二人はお乗りください。馬とは違いますが、まぁなかなかの毛波ではありますよ」
「ほう。よいのか? しかし」
賢王に対する畏怖を感じたのか
「問題ありません。彼は僕の制御下にありますよ」
「それがしは殿の忠実な臣下でありますれば、殿の命に背く事は決してないでござる」
「そ、そうかい」
おそるおそるハムスケによじ登るリィジーに軽く手を貸し、ついでナーベに手を差し伸べるが
「無用な気遣いです。
「…………ぇ?」
「なにか?」
「いや……いまなん」
「殿方の手を借りる必要はありませんと申し上げました」
「そ、そうでしたか。聞き間違いか」
「ええ、そうです」
きっとそうだろう。こんな美女が嫌われる事をした訳でもない自分の事を
「分かったら黙って歩きなさい
「聞き間違いじゃないっ」
「言ってません」
「否定早っ!」
まさかの害虫認定をされたシンが呆然とするなか、ナーベはスタスタと歩き出したのだった。
ナーベに先導される様に歩きだした一行。
(え~…………まさかねぇ。いや、でも確かに薊馬って、こっちの世界にもそんな害虫いるのかな……いやまさかねぇ)
「なにか?」
つい見てしまったシンの視線に振り返られると慌ててしまう。
それほどに彼女の美貌は他を圧倒しているし、その腕前も聞く限りではかなりのものだろう。おまけに
「その、そんなにお美しいのにお強いと聞いて、たいしたものだなぁと」
「私の美しさも私の強さも貴方に褒められる為のものではありません」
「あぁ、はい。そうです、ね」
「分かったら黙って歩きなさい馬車馬の如く」
「お、おぅ」
おまけに大層な毒舌家の様だった。
◇ ◇ ◇
バレアレの家に到着したシン達三人だが、足早に家の中に入っていくリィジーに続いて入ったシンとナーベの歩が止まる。
「…………気配が妙だ」
「ここに人間が?」
「どうしたのじゃお主達?」
雰囲気が変わったシンとナーベに怪訝な顔を見せながらリィジーは「ンフィーレアや~……おかしいのう。いったい何処におるんじゃら」と家の奥に入っていこうとするが
「っ! なんじゃ?」
リィジーの前を手が遮る。
「……この先は?」
「薬草の保管庫じゃが」
「失礼しますよ」
先に立って歩きシンは進むと静かに扉を開ける。
そこには――
「…………やってくれたなぁ」
――――ゆっくりと起き上がる漆黒の剣の姿がそこにはあった。
その姿は血にまみれ生気を失い何の言葉も発しない存在。
ゾンビとなって立ち上がり、生者であるシンに向かって近付いてくるのみ。ただ生者を羨み引き摺る為に。
「ごめんね、みんな」
戦いを行なったであろう痕跡を見詰め静かに謝罪を口にすると、刹那、シンの姿が霞む。
ペテルだったゾンビの額に右手を添えれば相手はその場に崩れ落ちた。
次の瞬間にはルクルットとダインもまた同様にひれ伏す。
ゾンビの呪いを
独り起き上がらなかったニニャに近付けば
「…………そうだったのか」
静かにその顔を撫でる。
ゾンビにはされなかった。だが他の三人よりも遺体の損傷が激しくもある。
おそらくはこれらの傷は苦痛の内に刻まれたのだろう。殺す為でもゾンビにする為でもなく、きっとただ楽しむ為に。
そしてその遺体が物語るのは苦痛だけではなく
「ニニャ」
それが女性の遺体であるということだ。
まだ少女と言ってもいい年齢だろうに、と髪をすくと、髪より話した自分の手を見詰めその手を握る。
「ひぃっ! な、なんじゃこれは」
「…………これは」
リィジーとナーベの気配が背後に現れる。
「僕と一緒にお孫さんに雇われた冒険者ですよ。いや違うな……お孫さんに雇われた僕に巻き込まれた、冒険者達ですよ」
「そ、それで孫は!」
「ここには居ないようですね」
「そんな! ンフィーレア!? ンフィーレアーーっ」
慌てて家の中を捜索しだしたリィジーを見送ると
「……一応、今は私の雇い主は彼女ですので」
「そうでしたね」
言ってナーベもまた去ろうとする。が
「一つ、聞いても?」
「なんです?」
視線を合わせずに聞くナーベに、またシンも視線を向けようとはしない。
「この家に入った時、この家の中には三体のアンデットの気配がありました。だが今その死の匂いがしない」
「僕が倒しましたからね」
「倒した?」
「それがなにか」
「いえ。ただ――」
一瞬だけ強い視線を感じる。
「刀も抜かずにゾンビを倒した
「コツがあるだけですよ」
「そうですか」
視線が消え代わりに動く気配がすると今度は
「僕も初めて見ましたよ」
「っ! …………なにか?」
ナーベの身体が止まると、今度はシンから強い視線が飛ぶ。
「死の匂いなんてものを
「…………」
「随分とアンデットに精通していらっしゃるんですね、ナーベさんは」
「……失礼します」
彼女の気配は今度こそ遠ざかった。
完全に離れたと感じた後で息を吐く。
「ほんと、な~んか変な感じなんだよな~。人間、ってのとはちょっと違うと思うんだけど、それが何なのかと言われてもなぁ」
漠然と、ンフィーレアやペテル達とは違う感じはする。だがそれが何を指すのかはシンには分からない。
もしかしたらこの世界では珍しい話ではないのかもしれない。
(なにしろ巨大なハムスターが言葉を話すレベルだからな~)
改めて、この世界の情報を得る事の重要性を認識すると共に、この世界で生きる為のコネクションの必要性も感じた。
だからこそ、だ。
「ギルマスには怒られるんだろうけど、まぁちょっと現状は大分違ってきてる。ユグドラシルは存在しない。ギルドもまた存在しない。グレイハットが
いうや、シンはマフラーを外せば
「この世界の
その真なる姿を現した。
「……………………ん…………ぁ。こ……こは」
「目が、覚めたかい? ニニャ」
「シ、ンさ……ん?」
「あぁ」
そのうっすらと開けた視界に映るのはシンの顔だ。
ゆっくりと覚醒していくニニャはぼんやりと認識し、目の前の男性がシンである
「でも、その姿は」
「今は静かに。皆のところにも行かないと」
「? ……みんな?」
遠ざかるシンの姿をぼんやりと見詰めながら思考が回り始める。
「…………っ! みん!」
自分に逃げろと叫ぶ三人の背中が脳裏に浮かび起き上がろうとすれば
「っ! な」
その見える光景に絶句する。
シンと
そのゆっくりとした胸の動きが彼の生命の活動を自分に示してくれている。
「そんな……っ! ななな」
慌てて自分の衣服を見るが既にぼろぼろに敗れており、無残に切り裂かれたサラシが本来の役割を果たせずに胸の殆どが露出していた。
「や!」
「そこに毛布をおいてあります。その」
声が若干焦っている。
「すいません。少しだけ見えてしまいましたが、その……じっくりと見ていた訳ではありませんからどうか忘れてください」
「~~~~っ!」
真っ赤になりながら毛布を手繰り寄せ身体を包むと、ダインを包んだ光が消え、漆黒の剣の仲間がすべて横たえられた。
無事な姿で。
「シンさん……貴方は……」
「騙すつもりは無かったんですけどね」
その背には三対六枚の翼を持ち、その全身から零れ溢れる白銀の光りは暗闇に在ってもその煌きを失わず、その瞳は黄金の光りを帯びて静かに自分を見詰めている。
「貴方は……貴方様は、神々の御柱の一柱なのでしょうか」
「僕が?」
「……」
どこか畏敬を見せ自分を見詰めるニニャにシンはゆっくりと首を横に振れば少しだけ苦笑する。
「僕は神様なんかじゃないさ」
「でもそのお力とお姿は」
「こんなものは見せ掛けさ」
「シンさ「それでも私達を復活させるその力」ペテル!」
意識を取り戻したペテルが身を起こし、ついでダインやルクルットも顔を上げる。
「私達には貴方が、神に見える」
「ペテルさん……」
皆を見渡し視線を受けとめ、それでもシンは首を振る。
「僕は神なんかじゃない。僕は……僕等は、神様なんて立派なものじゃあなかった」
「シンさん?」
「僕達は、何でも出来ると思い上がった愚か者。自分を過信しルールを破り摂理を捻じ曲げ傲慢に振舞うだけのただの咎人で、自分自身に課した決まり事さえ守り切る事が出来ないはぐれ者。なにもかもが中途半端な――」
漆黒の剣は、その光景を忘れる事は無かった。
後に最強と呼ばれ、最高、至高とまで称された冒険者が自分の過去と向き合い決断した――
「出来の悪い
一筋の決別の涙を。