今さらですが、ルビ振りや傍点振りのやり方が分かったので、各話修正、及び一部加筆修正を行いました。大幅な変更はないはずなので、読んでくださってる方は今の知識のままでもお楽しみ? 頂けると思います。
ここ最近の投稿の中では、比較的早めにできたかなと思います。では、第15弾~妹~ 始まりです。
少女はその少年のことが苦手だった。
少年とはほぼ毎週末に会っていたが、少年は主に少女の姉と遊ぶことが多く、少女はその少年の妹と遊ぶことが多かった。
少年の妹とは、姉と同い年であることと、自分と同じくおとなしめな性格であったことから比較的すぐに仲良くなれた。
対して、少年とは滅多に話すこともなく、姉と遊んでばかりだったので、挨拶程度の接点しかなかった。
それ故、少年は自分のことが嫌いなのではないかと思っていた。
そのような認識もあってか、少女は少年のことが苦手であった。
ある日、少女は少年の妹と山の中でかくれんぼをしていた。
少年の妹がオニとなり、少女が隠れる番となった時、初めは見つからないかと、ハラハラドキドキしていたが、1時間、2時間と時間が経つに連れて、それは不安へと変わっていく。
引き返そう。そう考えたが、足が止まってしまう。
ここはどこだろう。かくれんぼに熱中するあまり、山奥へと来すぎてしまったらしい。
どっちから来ただろうか。周りを見ても、同じ景色ばかりで方向が分からない。
地元の山とは言え、ここまで奥に来たのは初めてだった。
「お姉ちゃん! 美沙お姉ちゃん!」
震えた声で、姉と少年の妹の名前を叫ぶ。
しかし、返ってきたのは、木々の葉が風に揺れる、ざわざわとした音だけであった。
その音が少女をより一層不安にさせる。
「お姉ちゃん! 美沙お姉ちゃん!」
同じようにもう一度叫ぶが、当然返事はない。
「う、ぅぅ・・・」
よく分からない場所で、孤独という状況に立たされた幼い少女は座り込み、泣き出してしまう。
「───のかー!」
「え?」
一瞬だが、なんとなく聞き覚えのある声がした。
「ののかー! どこだー!」
少年の声である。
声のする方へ少しずつ歩いていくと、あちこち走り回っている少年の姿があった。
「ののか!」
少年が少女の姿に気付き、近付いてくる。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
荒い息をしながら、無事を確認してくる。少年をよく見ると、真冬の季節だというのに目に見えて分かるほどの汗をかいていた。
「どうして・・・?」
「え?」
「どうして、捜しに来てくれたんですか・・・?」
少年は自分のことが嫌いなはずだ。なのに何故、こんなにも必死に捜してくれていたのだろう。
「どうしてって、心配だったからに決まってるだろ」
「わたしのこと嫌いなのに?」
「嫌いって、俺がののかを?」
不思議そうな顔で訊いてくる少年に少女は目に涙を溜めたまま、こくんと頷く。
「・・・俺、ののかのこと嫌いじゃないよ?」
「え?」
少年の意外な答えに驚き、少女は少年の顔を見上げる。
「だ、だって、いつもお姉ちゃんと遊んでばかりだし、わたしとは全然お話してくれないし・・・」
少女は少年の言葉を否定するかのように、自分のことを嫌っていると思われる行動を次々と挙げていく。
「それは・・・」
少年も思い当たるふしがあるようで、一瞬言葉を詰まらせるが、
「・・・ののかとどう関わったら良いか分からなかったんだ」
恥ずかしそうに、その気持ちを伝えてきた。
「ののかとは歳が離れてるから、どういう話をしたら良いのか、どういう遊びが良いのか分からなくて、全部美沙に任せちゃってた」
ごめん、と続けざまに頭を下げる少年の姿はとても反省しているようだった。
少年の年齢は9歳。この年頃になると、子供という幼さを残しつつも、大人らしさを持ってしまう。
少年が純粋な『こども』心のみだったら、深く考えることなく少女と接することができたであろう。
『大人らしさ』の塊であったならば、大人の対応力で少女に対して、上手く付き合うことができたであろう。
いずれにせよ、少年の中途半端な大人らしさが、少女を勘違いさせる要因になってしまったのだ。
「ごめん。ののかのこと傷付けちゃってたね」
悲しげな表情で再び謝る少年の姿に少女の心は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「・・・わ、わたしもごめんなさい。わたしのこと嫌いだって勝手に思っちゃって」
「ののかは悪くないよ。俺が勘違いさせるようなことしたからいけなかったんだよ」
「でも、やっぱりわたしも・・・」
「いや、俺が・・・」
お互いに自分が悪いと相手を庇い合うという、いたちごっこが続き、耐えられなくなったか、
「くっ・・・く・・・」
「ふふ」
二人は思わず吹き出してしまい、その後、大声で笑った。
「それじゃあ、お互い様ってことで仲直り・・・いや、これから仲良くしてもらっても良いか?」
ひとしきり笑った後、少年は確認を取るように、右手の小指を差し出してきた。
「うん! お兄ちゃん!」
少女は先ほどまでの一人でいた寂しさ、少年に対する苦手意識をなかったことにするような、屈託のない笑顔で自分の右手の小指を少年の小指に絡ませた。
○
その部屋のドアを開けて、出て来た間宮ののかは、2年前より少し大人びて見えた。
肩まである黒髪、長さはそれほど変わってないが、2年前までは短めのツーサイドアップに結っており、まだ幼さがあった。
しっかり者、という印象は変わっておらず、今も部屋にあげてもらい、食卓の椅子に座った透に晩ごはんの用意をしていた。
「それにしてもびっくりちゃった。本当にグレーだったんだね」
あかりを通じて一応は知っていたのだろう。ののかは透の髪色について言及してくる。
「まあ、いろいろあってな。それに、武偵高では髪を染めるのはよくあることなんだよ」
「へー、そうなんだ」
何か訳アリと感じたのだろう。ののかはそれ以上の追及をしてこなかった。
「お姉ちゃんはちゃんと練習してた?」
はい、と手作りのオムライスを透の前と手前に置き、ののかも対面に座った。
あかりの外泊理由と透が後輩の面倒を見ていたことも把握していたのか、姉が真面目に取り組んでいたのか確認してくる。
「あかりは、乗馬マシンに乗っていたな」
「乗馬マシン?」
「俺ともう一人教えるやつがいたんだが、そいつの指示でな。まあ、真剣にやってたよ」
「おかしな練習を考える人だね」
その後も、食事をしながら思い出話や何気ない日常にあった出来事を話しているうちに、部屋を訪ねてから1時間近く経っていることに気が付いた。
「そろそろ帰るよ」
「え?」
あまり居座っていても悪いので、帰ろうと席を立ったところ、ののかが心底驚いた表情をするので、不思議に思いその足を留める。
「今日、ウチにお泊まりするんじゃないの?」
ののかのそのセリフを透は一瞬理解できずに、
「・・・は?」
と口から漏らした。
「違うの? お姉ちゃんがメールでお兄ちゃん泊まってくって言ってたから」
ののかから携帯を手渡され、メールを確認すると、確かにその旨のことは書かれていた。
「いや、俺は少しお前の様子を見に来ただけで・・・」
「・・・そっか。お兄ちゃん、忙しそうだもんね」
露骨に悲しそうな顔をするののかを見て、透はため息をつき、「わかったよ・・・」と一言。
幼少期の頃、山での迷子の件があって以来、透はののかに対して、何かと甘くなってしまう傾向にあった。
「お兄ちゃん、お着替えは持ってる?」
今度は嬉しそうな顔で、そんなことを訊いてくる。
「ああ」
透は急な外泊に備えて、着替えの類いは常にスクールバッグに入れていた。
「はい、じゃあこれバスタオル」
いつの間に準備をしていたのか、透はののかにバスタオルを手渡されると、背中を押され洗面所まで移動させられる。
「ゆっくりお風呂に浸かってね」
バタンッと笑顔で洗面所のドアを閉められた。
「はぁ」
一人になったところで、再びため息をつき、服を脱ぎ始める。
わかった、と言ってしまった以上は仕方がない。素直に泊まることにしよう。あんな笑顔を見た後じゃ、今さら断ることもできない。
「ん?」
シャツを脱ぎ、上半身が裸になったところで、一度、鏡に映る自分の姿を見る。
今、何か違和感を感じた。胸のほぼ中央、やや左寄りの位置───ちょうど
そんなところケガした記憶はない。鏡で確認すると、やはり傷などなかった。
気のせいだ。自覚症状はないが、きっと疲れてるのだろう。
そう結論づけて、透は一風呂浴びるのだった。
○
風呂からあがった透はののかに毛布だけ用意してもらい、リビングで寝ることにした。
あかりの部屋が空いてはいるが、他人のしかも、異性のベッドを使うのはさすがに気が引ける。
バッグを枕代わりにし、毛布を身体にかけ横になっていると、案の定ののかが隣にやってきた。
「こうして一緒に寝るのも久しぶりだね」
「・・・美沙とあかりもいたけどな」
2年程前までは4人で仲良く寝ることが多々あったので、ののかが隣で寝ることに大して抵抗はなかった。
「美沙お姉ちゃんは、今どこにいるの?」
「美沙は・・・広島の一般高に通ってる。弓道の強豪校に行ったんだ」
嘘をついた。美沙が行方不明だということをののかもあかりも知らない。
その事実を知れば、ショックを受けるだろう。いずれはバレてしまうかもしれないが、少なくとも今、無意味に傷つくことはない。
美沙は弓道が得意だった。その強豪校に行ったと言えば、違和感はないだろう。
実際、広島に強豪校があるのかは、透自身も知らないが、無難に東京から離れている場所で、パッと思い付いたのが広島だった。
「今度は、お姉ちゃんと美沙お姉ちゃんも一緒に寝たいね」
「・・・忙しくなかったら夏休みにでも連れてくるよ」
「うん、楽しみにしてる」
余計なことは言いたくなかった。嘘は重ねれば重ねるほど、ボロが出やすく、真実にし難い。
だが、それ以上に純粋な少女の心を傷付けたくなかった。
「そろそろ寝るぞ」
話を半ば無理やり切り上げて、眠りにつこうとする。
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
透は新たな嘘と後ろめたさを抱え、瞼を閉じた。
今回は、末っ子に甘いお兄ちゃんのイメージで、終始穏やかな透になるように意識してみました。
こんな一面もあるんだな、と感じて頂けたらと思います。
次話投稿は毎度のことながら未定ですm(_ _)m
気長にお待ち頂けると幸いです。