前話で予想だにしない攻撃でやられてしまった透ですが・・・?
第25弾です
「バッドエンドのお時間ですよー。くふふっ。くふふふっ」
理子はどこからか用意したらしい鍵で、スィートルームのドアを開けてきた。
そして、ナイフを握る髪の毛を手のように使って扉を押さえつつ、両手に銃を携え、笑いかけてくる。
「あはっ! アリアと何か
人が変わったように冷静になったキンジの表情に気付いたのだろう。
理子は実に嬉しそうに、左右の拳銃とナイフをカチンカチンとぶつけて鳴らした。
「で? アリアは? どこに行ったのかな?」
髪のナイフでベッドを指しながら、わざとらしく理子が言う。
そこは枕と毛布を詰めて、人がいるように見せかけているだけの膨らみだ。
「さあな」
チラ、とキンジが眼だけで横のシャワールームを見ると、理子は目ざとくその視線を追った。
「そっちこそ、透はどうした」
「んー。トオルンはぁ、あんまりにもしつこかったから、勢い余って殺しちゃった」
てへ、と理子は可愛らしく舌を少し出し、拳銃を持った手で自分の頭をコツンと軽くぶった。
(嘘だな)
キンジは即座に理子が言った事が嘘だと見抜いた。
アリアを動揺させて、姿を現させる為の嘘だと。
再び、横目でシャワールームを見る。
───
「透ならもっと上手く嘘をつけていたと思うぞ」
「嘘かどうかはあの世に行ってから、確かめな」
『武偵殺し』の顔に戻った理子はキンジに拳銃を向けてきた。
引き金を引こうとした瞬間、キンジはベッド脇に隠しておいた非常用の酸素ボンベを盾にするように掲げた。
「───!」
撃てば、爆発する。
それを悟った理子の手が、一瞬、止まる。
その一瞬で十分だった。
キンジはボンベを投げつけながら、理子に飛びかかろうとする。
ゼロ距離になれば体格で圧倒できるからだ。
キンッ、と手のひらの中で音を立て、隠していたバタフライ・ナイフを開く。
「───!」
理子が眉を寄せた、その瞬間。
「うっ!?」
ぐらっ、と飛行機が突然大きく傾いた。
足元が大きくブレて、姿勢を崩したキンジの目に、斜めに傾いた部屋の中で、笑う理子のワルサーがこちらの額を狙うのが見えた。
(マズイ・・・!)
引き金が引かれるその前に、キンジの目の前の床にどこからともなく、日本刀が飛んできて突き刺さった。
「そいつを掴めッ!」
見覚えのある刀に聞き覚えのある声。その指示に従い、日本刀を掴んだ。
その刹那、ワルサーの銃口から鉛弾が放たれ、こちらに飛んでくるのが視えた。
しかし、その銃弾は不自然に、キンジの額から逸れて行き、カーブを描くようにして、キンジを
「動くな!」
キンジ自身も驚いたが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
キンジは日本刀を離し、ベレッタを抜いて、理子に向けていた。
理子の背後には、コンバットマグナムを理子に向けている
「アリアを撃つよ!」
理子がベッドとシャワールーム両方に、ワルサーを向けた時。
がたんっ!
ガンガンッ!
理子の左右のワルサーを、精密に手から弾き落とした。
「!!」
さらにアリアは空中で拳銃を放し、背中から流星のように日本刀を2本抜く。
「───やっ!」
そして抜刀と同時に、振り返った理子の左右のツインテールを切断する。
「うっ───!」
茶色いクセっ毛を結ったテールが、握っていたナイフごと床に落ちる。
理子は両手を自分の側頭部にあて、初めて焦ったような声を上げた。
アリアは刀を納め、流れるような動作で拳銃を拾い上げる。
「峰・理子・リュパン4世───」
「───殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」
「・・・・・・」
理子は、にやぁ、と満面の笑みを浮かべてキンジとアリアを交互に見た。
「そっかぁ。ベッドにいると見せかけて、シャワールームにいると見せかけて───どっちもブラフ。本当はアリアのちっこさを活かして、キャビネットの中に隠してたのかぁ・・・すごぉい。ダブルブラフって、よっぽど息が合ってないとできない事なんだけどねぇ」
「不本意ながら一緒に生活してたからな。合わせたくなくても合うさ」
「2人とも、誇りに思っていいよ。理子、ここまで追い詰められたのは初めて」
「追い詰めるも何も、もうチェックメイトよ」
「ぶわぁーか」
憎々しげに言うと、理子は髪を・・・わさわさっと全体的に
「やめろ! 何をしている!」
キンジは理子を捕らえようと、踏み出した。
その、瞬間────ぐらり!
また機体が大きく傾いた。急降下しているようだ。
姿勢を崩したアリアが、壁にぶつかる。
キンジも倒れないようにするので精一杯である。
「ばいばいきーん」
次の瞬間、理子は
「理子!」
その後を、体勢を立て直した透が追いかけていく。
おかしいとは思っていた。この飛行機は
理子は恐らくあの髪の中にコントローラーを隠し、遠隔操作していたのだ。
ANA600便は、台風の雲の中を、恐るべき勢いで降下している。
こんなに高度を下げて、いったいどうするつもりなのだろうか。
キンジが、乗客たちの悲鳴を聞きながら廊下を走り、階段を降りると───
理子はバーの片隅で、窓に背中をつけるようにして立ち、透と話していた。
「あの麻酔薬を浴びて、よく戻って来れたね。どうやったの?」
「俺は何もしてない。目が覚めたら5分しか経ってなかった。間違えた薬を持ってきたんじゃないのか?」
キンジは警戒をしながら、理子にベレッタを向け、近付いていく。
「キンジ、それ以上近付くな」
透に止められ、隣に並んだ場所で歩みを止める。
壁際には理子を取り巻くようにして、丸く輪のように粘土状のもの───おそらく、爆薬───が貼り付けられてあった。
「ご存知の通り、『
理子はスカートをちょこんとつまんで少しだけ持ち上げ、
「ねぇ透。イ・ウーに戻って来る気はない?」
「・・・何度も言ってるが、俺に戻る気はない」
イ・ウーに戻る。その会話から推察するに、透は現在、イ・ウーの人間ではないということなのだろうか。
「それに理子。今、お前も戻ればただじゃ済まないはずだ。アリアに負けた事を『アイツ』に知られたら何をされるか・・・」
透は理子に近付いていき、理子に向けて手を差し出した。
「俺たちと一緒に来い。お前は後戻りできない、引き返せないって言ってたが、今からでもやり直す事はできる。俺も協力するから」
透のその説得に、穏やかな表情をした理子も手を伸ばして───
───透を突き飛ばした。
「ばいばい透。お互いに生きてたらまた会おっ」
ドウッッッ!!!
いきなり、背後に仕掛けていた
「っ!」
壁に、丸く穴が開く。
理子はその穴から機外に飛び出て行った。
「りっ・・・」
透は、理子! と叫ぼうとしたのだろうが、できない。
室内の空気が一気に引きずり出されるようにして、窓に向かって吹き荒れる。
機内に警報が鳴り響き、天井から酸素マスクが雪崩のように飛び出した。
バーにあった
紙や布。グラスや酒のビン。そして、理子に近付いていた分、透も。
「───!」
キンジは咄嗟に透の手を掴み、床に据え付けられたスツールにしがみつくと、天井からは自動的に消火剤とシリコンのシートがばらまかれてきた。
トリモチのようなそのシートは空中でべたべたとお互い引っ付き合い、理子が開けた穴に蜘蛛の巣を張るようにして詰まっていく。
「・・・すまない。助かった」
透が無事だったところで、キンジは手近な窓にしがみつくようにして、外を見た。
理子が背中のリボンを
最後に見えたのは、下着姿になった理子がこちらに手を振りながら雲間に消えていく姿だった。
「───!?」
その、理子と入れ違いに、この飛行機めがけて、雲間から冗談のような速度で飛来する2つの光があった。
(───ミサイル───!?)
ドドオオオオオオンッッッ!!
轟音と共に、今までで一番激しい振動がANA600便を襲った。
突風や落雷とは明らかに違う、機体を巨大なハンマーで2発殴られたような衝撃。
「何があった!」
透が窓にしがみつくキンジに近寄って来る。
「・・・ミサイルだ」
翼の2基ずつある左右のジェットエンジンのうち、内側を1基ずつ破壊されていたが、外側にある残りの2基は無事だ。
血のような煙の帯を引きながらも、辛うじて飛んでいる。
「透、操縦室へ行こう」
急いで向かわなければ。
何とか耐えたとはいえ、ANA600便は急降下を続けているのだから。
2人は1階のバーを飛び出し、2階の操縦室へと向かう。
機長と副操縦士は、理子に麻酔弾を撃たれたらしく
「───遅い!」
彼らから取った非接触ICキーで操縦室に入ったところらしいアリアが、やってきたキンジと透に振り返りつつ犬歯をむいて叫んでくる。
アリアはその小さな体をスポッと操縦席に収めると、ハンドル状の
「アリア───飛行機、操縦できるのか」
「セスナならね。ジェット機なんて飛ばしたことない」
言いながら、アリアは大胆に操縦桿を引く。
それに呼応して、ANA600便は目を覚ましたように機首を上げた。
「上下左右に飛ばすくらいは、できるけど」
「着陸は?」
「できないわ」
「・・・透は? 操縦の経験は?」
「いや、したこともない」
「───そうか」
機体が、水平になったのが分かる。
キンジが窓に視線を戻すと、この機体がヒヤッとするほど、海面近くを飛んでいた事が分かった。
「透、どこへ行く」
振り返ると、操縦室を出て行こうとする透がいた。
「俺がここにいても出来る事は少ない。俺は乗客の安全確保に専念する」
「───透」
再度、出ようとした透を、アリアが呼び止める。
「あんたには、聞きたい事がたくさんあるの。帰ったら覚悟しておきなさい」
「・・・ああ、その為にもこの飛行機を無事に着陸させてくれ」
「透、乗客は相当パニックを起こしているはずだ。この先、飛行機がどうなるかも分からない。・・・大丈夫なのか?」
キンジの脳裏には
───
日本船籍のクルーザー船・アンベリール号が沈没し、乗客1名が行方不明となり、死体も上がらないまま捜索が打ちきられた不幸な事故。
死亡したのは、船に乗り合わせていた武偵・・・
キンジの
警察の話によれば、乗員・乗客を船から避難させ、そのせいで自分が逃げ遅れたそうだ。
正確には、これは事故ではなく、『武偵殺し』によるシージャック事件なのだという事を先ほど知ってしまったわけなのだが。
乗客たちからの訴訟を恐れたクルージング・イベント会社、そしてそれに焚きつけられた一部の乗客たちは、事故の後、金一を激しく非難した。
───船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった、無能な武偵。
その時と少し被って見えてしまうのだ。
もし、無事にこの飛行機を着陸できたとしても、自分は、アリアは、透は、兄と同じように非難されてしまうのではないだろうか。
そして、事件の真っ最中の今、乗客と関わってしまえば、透はすぐにでも標的にされかねない。
「───『嘘も方便』」
「?」
「こういう事は得意なんだ。お前たちを、金一さんと同じ目には合わせないよ」
心中を見抜かれていたらしい。
不思議なものだ。先ほどまで自分たちを悩ませ、苦しめてきた『嘘』が今はとてつもなく頼りに感じる。
「だから、安心して着陸させてくれ」
そう言い残して、透は操縦室を出て行った。
乗客に関して悩む事はもうない。後は、この飛行機を無事に着陸させる事だけだ。
キンジはもう片方の席に座り、最後の大勝負に打って出るのだった。
○
相模湾上空からパラシュートで降下していった理子は、台風の脅威に晒されながらも、無事にチェックイン済みのホテルの屋上へと着地していた。
自らがハイジャックを起こした、ANA600便は今どこを飛んでいるだろうか。
機長と副操縦士が不在の状態でどのような対応を取るのか。無事に着陸する事はできるだろうか。透は助かるだろうか。
「・・・ま、ヒスったキーくんがいるし、なんとかなるっしょ。びちゃびちゃになっちゃったし、お風呂入ろーっと」
さすがに下着姿のまま、ホテル内に入るわけにはいかないので、パラシュートと化した制服を元に戻し、着替えようとしていると───
ざっ、ざっ、と背後から足音が聞こえてきた。
「誰だ!」
2丁のワルサーを抜き、振り返り様に構えると、ヒュッ、ヒュッ、と風を切るような音が聞こえ両手に衝撃が走る。
「───!」
両手に握っていた拳銃の銃口に、それぞれ矢が突き刺さっていた。
屋上に明かりはない。周りにも高いビルがないので、
辛うじて弓を構えている様子だけは分かる。
この暗闇と強風の中、拳銃を向けられてから時間をかけずに、ほぼ同時に銃口を射抜いたその腕。
理子の本能が告げている。コイツはマズイ奴であると。
「峰理子さん」
高音ながらも、こもったような声。女であろうか、と思われる人物が少しずつ近付いてくる。
不明瞭であったシルエットが次第にハッキリしてくる。
その女はどこかの学校のブレザー制服を着ていた。
顔には狐の面を着け、手には弓が握られている。セミロングくらいの長さであろう髪は荒れる雨風に晒されていた。
身長は目測で5cm程、理子より高い。
「お前は、誰だ・・・!」
理子のその質問に、狐面の女は少々間を空けてから───
「───
狐面の女の回答に理子は目を大きく見開いた。
────『イ・ウー 執行部隊』
理子もイ・ウー内の噂でしか聞いたことのない話ではあるが、イ・ウーのメンバーが他組織の人間や一般の武偵などと対決して、敗れた場合、執行部隊に『執行』されると。
目的や執行内容などは不明なのだが、これだけは分かる。
次は自分が『執行』されるのだと。
「安心してください」
と、狐面の女から意外な一言。
「もし、ANA600便が墜落して、神崎・H・アリアが亡くなれば、あなたは執行対象にはなりえません」
それに、と話を続ける。
「私たちは殺生を良しとはしません。なので『執行』は各自やその状況にもよりますが、死ぬことはありません」
「でも、それって死ぬより辛い拷問もありえるって事でしょ?」
雨に打たれ続けたが為の身体的な冷えと、恐怖という精神面からくる冷えが理子の身体を震わせる。
「そんな
「『烙印』?」
「いわゆる『傷』です」
余計に分からなくなってしまったが、これ以上は詮索しない方が良さそうだ。
今は、どうにかしてここから逃げる手段を考えなければ。
「ずっと下着でいるのもお寒いでしょう。服を着て頂いて結構ですよ。東京にいる仲間から連絡が入るまでは、理子さんの『執行』はしませんので」
着服の許可を出してくれた。幸い、制服はまだパラシュート状態。隙を見て屋上を飛び降りれば逃げられるのではないだろうか。
「逃げようとは考えないでくださいね。後が面倒なので」
「・・・っ・・・!」
仮面を付けているので、表情こそ伺えないが、何とも言えない威圧感を感じた。
逃げる事は叶わなそうだ。仕方なしに大人しく制服に着替える。
「あ」
そう呟いた狐面の女は、携帯を取り出した。
「もしもし・・・はい。はい・・・・・・はい。分かりました。失礼します」
東京の仲間からの連絡であろう。
「理子さん」
狐面の女の宣告を、理子は息を凝らして待つ。
「残念ながら、ANA600便は無事に着陸したそうです」
その宣告と共に、理子は狐面の女に襲いかかった。
仮面に向けて放った掌底だったが、
すぐに立ち上がろうとしたが、
「遅い」
狐面の女が放った矢が、理子の左肩を
「ああああぁぁぁ──!!」
辺り一帯に理子の叫び声が響き渡る。
狐面の女はこれ以上の関与はしないのか、
「イ・ウーに弱者は必要ない」
言い捨てて、う、う、と
「・・・透、ごめん・・・」
理子がボソッと言った一言に、狐面の女は足を止めて、
「透?」
何か一考する素振りを見せてから、その場を去っていった。
最後にまた新キャラが出てきましたね。
理子を一撃で仕留めた彼女の正体とは・・・?
まあ、ある程度予想は付いてしまうとは思いますが・・・
次回更新は早めにできるよう頑張ります。