ここは、どこだろうか。
身動きがままならない狭い場所の中、遠山キンジは目を覚ました。
爆発に巻き込まれたところまでは覚えている。それからの事は気絶していた為、どうなったのか分からない。
「・・・あれ、さっきの・・・女の子?」
目の前には自分を救ってくれた女の子の顔があった。
キンジは先刻の救出劇を思い出した。
○
透と別れた後、打開策が浮かぶことなく、キンジは第2グラウンドめがけて自転車をひたすら走らせていた。
今の時間帯、第2グラウンドには誰もいない。考えたくはないが、万一の時には周りを巻き込むことにならずに済みそうだ。
絶望しつつ、半ば諦めかけた時だった。
キンジはあり得ない光景を目にすることになる。
グラウンド近くの女子寮の屋上に女の子が立っていたのだ。
武偵校のセーラー服に、長い、ピンク色のツインテール。
その女の子は唐突に───
(飛び降りた!?)
屋上から飛び降りるとは自殺志願者なのだろうか。もしそうなら、是非とも立ち位置を替わって欲しい。
君は死にたくて、俺は死にたくない。両者にとって好都合じゃないか。
チャリジャックに、飛び降り。あり得ない状況下でさらにあり得ない光景を目撃したキンジの脳は正常に働いていなかった。
真実は違う。
女の子は確かに飛び降りた。但し、それは自殺する為ではない。
キンジを
女の子はパラグライダーを巧みに操り、キンジめがけて降下していく。
「バ、バカ! 来るな! この自転車には爆弾が仕掛けられてる!」
女の子の狙いにようやく気が付いたキンジは叫んだ。
「バカはそっちよ! 武偵憲章1条! 『仲間を信じ、仲間を助けよ』!」
女の子はそう言うと、取っ手部分に足を引っ掛け逆さまの体勢になった。
「ほらっ! 全力でこぎなさい!」
「マジかよ・・・!」
そんな体勢で助ける気か。キンジは戸惑った。だが、他に方法はない。
腹を括り、キンジは全速力で女の子に向かっていく。
みるみるうちに距離が縮まる。そして、そのまま二人は抱き合い、宙を舞った。
直後。
閃光と轟音、そして爆風。これらが二人を襲い、遠くへ吹き飛ばす。
飛ばされた二人は体育倉庫に突っ込み、跳び箱の一段目を吹っ飛ばし、見事中にハマってしまった。
その時、二人は既に気を失っていた。
○
女の子の活躍によって、晴れてチャリジャックから解放されたキンジ。
しかし、一難去ってまた一難。彼にとってはある意味、チャリジャック以上の危機を迎えていた。
(女子と、密着しすぎだ・・・!)
狭い跳び箱の中、二人はキンジが女の子を抱っこしているという形で収まっていた。
体温が上昇していくのを感じる。彼は女子と密に接する事を禁止していた。
「・・・お、おい」
早くこの状態を逃れたいと、声を掛けてみるが、女の子は未だに気を失っている。
「くそっ・・・!」
若干の苛立ちを覚えながら、少しでも密着しないような姿勢になろうともがいていると、何かが目に入った。
「神崎・H・アリア・・・?」
それは名札だった。
キンジは直ぐに疑問を覚えた。
(なんでこんな高い位置に名札があるんだ?)
徐々に視線を下ろしていく。
「──っ!」
彼は見てしまった。
彼女のブラウスが思いっきりめくれ上がり、ブラが露になっているのを。
(だ、大丈夫だ。このサイズなら問題ない)
キンジの動悸が早くなったが、『あのモード』になる事はなかった。
彼にとっては不幸中の幸いだったかもしれない。もし、アリアの胸が大きく、顔に押し付けられでもしていたら、問答無用で『あのモード』になっていただろう。
「・・・・・・ヘ・・・・・・ヘヘ・・・・・・」
「おっ」
ちょうど良かった。いい加減この状態にはうんざりしていた頃だった。
キンジはそう思い、目が覚めたアリアに声を掛けようとするが───
「ヘンタイ───!」
「・・・は?」
アリアはブラウスを慌てて下ろすと、キンジの頭を何度も何度も殴り始めた。
「このチカン! 恩知らず! 人でなし!」
アリアはブラウスがめくれ上がっていたのは事故ではなく、キンジの仕業だと思っているらしい。
「ち、違う! これは俺がやったんじゃ───」
キンジの弁解を遮るように、体育倉庫内に突然、大きな音が鳴り響いた。
「まだいたのねっ!」
アリアはキンジを殴ることを止め、キッと跳び箱の外を睨んだ。
「『いた』って何が!」
「あんたもさっき襲われてた二輪! 『武偵殺し』のオモチャよ! しかも7台いるわ!」
跳び箱が防弾製で中が比較的安全とはいえ、狭い箱の中、鳴り止まない銃撃の中、何ができるだろうか。
(ムリだ。
その時だった。
(ああ、これは・・・アウトだ)
銃を撃つ為、無意識に前のめりになったアリアが、胸をキンジの顔に押し付けていた。
射撃に集中している為、アリア本人はこの事に気が付いていないのだろう。
(女の子って、ちゃんと柔らかい膨らみがあるんだな)
キンジ自身、気が付けば『あのモード』になる感覚を感じていた。
(ダメだ。なってしまう。なっていく)
自らの心に課したタブーを破った彼は遂になってしまった。
──
「やったか」
弾切れを起こし、弾倉を挿し替えるアリアにキンジは訊く。
その声は低く、冷静であった。
「射程圏外に追い払っただけよ。奴ら、並木の向こうに隠れたけど、きっとすぐに出てくるわ」
「強い子だ。それだけでも上出来だよ」
「・・・は?」
キンジの突然の変わりようにアリアは眉をひそめる。
「ご褒美に──」
「きゃっ!?」
キンジはアリアの細い脚と小柄な背中に手を回し、立ち上がる。
「──ちょっとの間だけ、お姫様にしてあげよう」
いきなりお姫様抱っこされたアリアは顔を真っ赤にした。
そんな事を気にすることなく、キンジは跳び箱の縁に足をかけ、一気に倉庫の端まで跳んだ。
そして、未だ赤面状態のアリアをマットの上に座らせる。
「な、なな、なに・・・!?」
キンジの余りの変わりように、アリアは動揺を隠せないでいる。
「少々汚い席だが、姫はそこでごゆっくり」
「あ・・・アンタどうしたのよ!? おかしくなっちゃったの!?」
慌てまくるアニメ声に被せるように、再び倉庫内に銃声が響き渡る。
「あ、危ない! 撃たれるわ!」
「姫が撃たれるよりずっといいさ」
「さ、さっきからなに急にキャラ変えてんのよ! 何をする気!?」
「何って・・・」
キンジは半分だけ振り返り、アリアに告げる。
「アリアを、守る」
○
(あいつらはここか?)
一方、セグウェイ5台を捌ききった平川透は第2グラウンドへ来ていた。
途中、爆心地を通ったがそこには誰一人としていなかったので、もしかしたらと考えてその先にあるグラウンドまで足を運んだ。
どうやら透の考えは当たっていたようだ。
その証拠として、セグウェイ7台が体育倉庫へ乱射していた。恐らく中にキンジとアリアが居るのだろう。
さすがにやり過ぎだ。透がそう思った時だった。
銃撃が一旦止まり、キンジが倉庫の中から出てくる。だが、先程自転車をこいでいた彼とはどこか雰囲気が違う。
「HSS《ヒステリア・サヴァン・シンドローム》か・・・」
セグウェイからすればキンジは格好の的だ。その的に向けて撃たれた弾はいずれも頭部照準。
だが、
否、
ヒステリアモード時の彼にとって、銃弾はスローモーションのように視えてしまう。
避けることなど造作でもない。キンジは上体を大きく反らし、一斉射撃をやりすごす。そして、その姿勢のまま間髪入れず、拳銃──ベレッタ・M92F──を抜き、左から右へ凪ぐ形で応射する。
ベレッタから放たれた7発の弾。その全てがUZIの銃口に飛び込んでいく。
先程までの乱射がなかったかのように、セグウェイたちは沈黙した。
動かなくなったのを確認したキンジは再び体育倉庫に入っていった。
(あれが、遠山キンジか・・・)
銃撃を全てかわす身体能力。不安定な体勢で相手の銃口に弾丸を撃ち込む正確無比な射撃。
どれも見事と言わざるを得ない。
(お前ならアイツを・・・)
いや、時期尚早か。透は頭に浮かんだ考えを忘れるように首を振りセグウェイから降りた。
そして、二人の喧騒を見ることなく、新しいクラスへと向かった。
防弾製の跳び箱とか、一体どんな素材で出来てるんでしょうか・・・