待っていてくださった方はお待たせいたしました。
第34弾です。
「ボディーガードの任務ですか?」
「ああ、明日からな。24時間体制の仕事だから、しばらくはこの部屋に戻ってくる予定はない」
その日の夜、透は505号室に来ていた千佳と夕食を取りながら、今回の依頼の話を簡潔にしていた。
「早速、部屋を空ける事になってしまってすまないな」
仮
「いえ、お仕事じゃしょうがないです。気にしないでください」
千佳は千佳で本当に気にした様子はしておらず、
「私にお手伝い出来ることがあれば、なんでもやります!」
任務には関係ないはずなのに、むしろ意気込んでいた。
「・・・そうだな。俺が留守の間、部屋の掃除をしてくれると助かる」
「分かりました。私、毎日掃除しに来ますね!」
「毎日はしなくてもいい」
張り切った様子を見せる千佳を見て、
こうして、急に一定期間家を空ける事になった時、部屋の秩序を保ってくれる人物がいるのはとても心強い。
(このメリットは盲点だったな)
そんなことを考えながら、千佳が作ってくれた味噌汁を
「留守の間、一つ課題を与える」
「はい、なんでしょうか」
「千佳の『プロフィール』をレポートにしてメールで送ってくれ」
「私のプロフィール・・・ですか?」
「俺はまだ千佳の事をよく知らないからな。
そう言った透は立ち上がり、コピー機にセットしてあった紙を1枚持ってきて、ペンを走らせる。
「ただ、いきなり自分の事を説明してみろと言われてもなかなか上手くいかないからな。だから時間を与える。その代わりここに記した内容を記載してくれ」
透は『名前』『クラス』『学科』『特技』『長所・短所』『武偵高に進学した理由』と書いた紙を千佳に手渡した。
「レポートなんて大層な言い方をしたが箇条書きでも構わない」
「・・・分かりました。透先輩に私の事分かってもらえるように頑張ってみます!」
千佳は意気込んでそう言ってくれたものの、少し自信無さげな表情が浮かんでいるのだった。
○
ボディーガードは、武偵にとって最もポピュラーな仕事の1つだ。
通常は政治家・有名人・会社役員などのVIPおよびその子供などに付き添い身辺を警護する仕事だが、命を狙われている武偵を他の武偵が守ることも、間々ある。
たいていは、警護対象の家に住み込みでやるものなのだが、今回は依頼人───白雪の強い希望により、逆に白雪がキンジの部屋に来ることになった。
現在、透はアリアと一緒に、戦場跡みたいな状態になっていた居間で、窓に赤外線探知器を設置していた。
この部屋に入ってきて真っ先に思った事は、途中で帰って良かった、である。そう思う程に酷い惨状だった。
「何やってんだ」
その突然の声に振り返ると、白雪を迎えに外へ出ていたキンジが戻ってきていた。
「見れば分かるでしょ。この部屋を
「すんなよ!」
「なに驚いてるのよ、武偵のくせに。こんなのボディーガードの基礎中の基礎でしょ? アラームをいっぱい仕掛けて、
「ぶっ壊したんだろ」
「OK。あとは天窓ね」
アリアはキンジの抗議を華麗にスルーし、手を伸ばして棚の上にある窓に探知器をくっつけようとしていたが、身長が142cmなので届かない。
「アリア、そこは俺がやっておく」
透は作業の手を進めながら、アリアに声をかける。
「分かったわ。お願いね」
アリアも自分がやるよりも、ちゃんと身長がある透に任せた方が効率的だと判断したのだろう。
そこでの作業を止めて、台所へ移動する。
「おじゃ、ま、しまーす・・・」
ここで、セリフを噛みまくりながら、白雪が部屋に上がってきた。
「こ、これからお世話になります。星伽白雪ですっ。ふ、ふつかつか者ですが、よろしくお願いしますっ!」
「あのなー・・・なにテンパってんだ、今さら」
「あ・・・キ、キンちゃんのお部屋に住むって思ったら、緊張しちゃって・・・」
あは、と白雪は、はにかむように苦笑いする。
「あの、お引っ越しついでにお掃除もするね。そもそも散らかしちゃったの、私だし」
そして白雪は、じろり・・・
「ふふっ。
と台所の窓に防犯カメラを設置しているアリアを三白眼になって睨んだ。
「・・・ピアノ線とかは、やめるんだぞ?」
「ピアノ線? なんのこと?」
作業しながら、キンジと白雪の会話を聞いていた透の手がピタッと止まる。
今、キンジは、アリアのロッカーに仕掛けてあったという
キンジの前では、従順な態度を見せる白雪がとぼけるのはいささかおかしい。
それに、今の声のトーンや雰囲気だと素でキンジの話を理解していないように感じた。
(理子・・・いや、『
その見た目は完璧で、会話などでボロを出さない限りは気付かれないほど精巧である。
以前から可能性として考えていた『もう1人の白雪』。その正体は恐らく
(一段落着いたら共有するか)
○
その後、3時間も経った頃には、部屋は粗方、防犯要塞と化していた。
荒れ果てていた部屋も、白雪がテキパキと掃除機をかけ、壁や床の弾痕をパテで塞ぎ、カーペットを敷きかえ・・・と、元の部屋以上に綺麗になっていた。
防犯設置箇所も残すはベランダのみとなっており、現在、透が警戒線を張っていた。
一通り作業の終わったアリアは純銀製の
白雪は制服の上からフリルつきのエプロンを着ており、キッチンに立っていた。
なので今、部屋にいるのは透と白雪の2人だけである。
透はさっさと終わらせようと集中して、手際よく警戒線を張っていく。
(・・・これで良いだろ)
確認を済ませて、作業を終える。
水分補給の為に冷蔵庫の前まで行くと、料理をしていた白雪と目が合った。
「あ・・・平川君、お疲れ様・・・」
遠慮がちに労いの言葉をかけてくれたものの、すぐに目を
「・・・会長、俺はボディーガードから外れた方がいいか?」
透は冷蔵庫に寄りかかり、水を飲みながら唐突に白雪に訊ねた。
「え? どうして・・・?」
「あんた、キンジ以外の男子が苦手だろ。下手に俺みたいな奴がいると返って気を張ってしまうと思ってな」
ボディーガードの任務は、依頼人を守ることは前提条件として、依頼人を不安にさせない、など心理的ケアも重要である。
自分がいない方が、白雪が安心するというならば抜けるのも一つの手段だ。
「それに、あんたはどうも俺に
白雪は恐らく人見知りである。特に男にはその傾向が
1年生の頃、同じクラスでこれと言った絡みがあった訳でもないが、男子生徒を避けているのは端から見て気付いていた。
それは透も例外ではなかったのだが、他の男子生徒のように、苦手意識で避けられていたのではなく、明らかな警戒から避けられていたのだ。
「私が警戒していたの気付いてたんだ・・・」
白雪は料理する手を止め、コンロの火を消すと、丁寧に両手を前で重ねて、透に面と向き合った。
「平川君、あなたは
単刀直入に訊いてきた白雪の質問は訳の分からないものだった。
「・・・まるで、俺が
「隠さなくてもいいよ。1年生の時も今も、あなたからは『妖気』を感じる」
白雪は星伽神社という所の
「今までは何も問題を起こさなかったので放っておきましたが、2年生になってからあなたは急にキンちゃんに近付いた。何が目的なの? もし、キンちゃんを傷付けるつもりなら今ここで・・・」
何故か戦闘モードに入りそうな白雪がお札を取り出して構えてきた。
先ほどまでのおっとりした目付きは鋭くなり、わずかながら殺気も感じられる。
白雪がどんな想像をしているのかは分からないが、ここは穏便に済ませたいところである。
「・・・会長。まず誤解しないで欲しいんだが、俺はれっきとした人間だ。それから『妖気』を感じると言っていたが、それってこれの事じゃないのか」
透は腰に
「・・・・・・」
白雪はまじまじとその刀を見て、数秒沈黙した後、
「・・・それって、『妖刀』・・・ですか?」
恐る恐る訊ねてきた。
そうだ、と答えて透は『鎌鼬』を鞘から抜く。
「それじゃあ、私が平川君から感じ取った『妖気』は・・・」
「多分、この刀だろ」
父・
古くにはそれが原因で陰陽師や巫女、
透の場合も何年も共にしている『鎌鼬』の『妖気』をその身に定着させてしまっており、それを白雪が感じ取り、勘違いしたのだろう。
「でも・・・・・・ううん・・・私の早とちりだったみたいです。平川君、ごめんなさい」
白雪は、まだ完全には納得してないと言った表情だが、とりあえずお札をしまってくれた。
「いや、別に気にしていない。そんなことよりも、会長は俺がいても構わないのか、いない方が良いのかどっちなんだ」
「キ、キンちゃんがいてくれるなら、どちらでも・・・」
闘争心がなくなった後は、いつものしおらしい白雪に戻っており、少し物怖じした態度で質問に答える。
「で、でも、平川君はいいの? あなたを疑ってた女を護衛なんてしたくないでしょ? それに、
「・・・万が一だろうと、実在する可能性があるなら、護衛は続けさせてもらう。契約だからな」
白雪に
白雪は透がイ・ウーに所属していた事を知らない。下手に
だから、白雪の前では、
「料理中に悪かった。俺は部屋全体の最終確認をしてくる」
キッチンを後にした透は、リビング、ベランダ、廊下、個室、玄関・・・と全ての防犯機器の設置の確認をしていく。
全設置箇所、何も問題なかったので、再びリビングに戻ってくると、キッチンから白雪の声が聞こえてきた。
「キンちゃん。ゴハン、もうすぐできるよ。今日は中華にしてみたの」
どうやら、キンジと通話中らしい。
透は物音を立てないように、ソファーに座り待機しておく。
「うん。待ってるね。でもお友達か誰かと一緒にいるんなら、遅くしてもいいよ」
そういえば、キンジが勝手にいなくなっていたことを先に買い物しに外に出ていたアリアに連絡しておいたが、合流できただろうか。
送信メールを眺め、そんなことを考えながら白雪の電話をなんとなく聞いておく。
「キ・・・キンちゃん? いま、アリアの声が聞こえたんだけど」
どうやら電話の向こうのキンジはアリアと一緒にいるらしい。
「──キンちゃん──」
白雪の声のトーンが変わった。
ざく、と大根か何かを切る音がした後、
「───どうしてウソつくの?」
地の底から
キッチンにいる人物を確認するが、紛れもなく白雪本人。周りには誰もいない。
(別人すぎるだろ・・・)
数秒前までおしとやかに話していたのに、あまりの
やはり白雪には、自分の事や
白雪さんが透の事をちょいちょい気にしていた理由が明らかになりましたね。
とりあえず誤解も解けたので、これから仲良くなっていただきたいものです。
次回更新も未定となりますm(_ _)m