緋弾のアリア~灰色の武偵~   作:ソニ

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GW中に一本投稿するつもりだったのに、いつの間にかGWが終わってしまっていた…


間に合わなかった分、今回はボリューミーとなりました。
最後まで読んで頂けると幸いです。


第43弾です。




第43弾~ケースD7~

何度も通い、見慣れてしまった殺風景な面会室。

 

アリアの隣には八代がいる。今日は約束した通り、かなえと八代を会わせる為に新宿警察署を訪れていた。

 

少し待っていると、いつものようにアクリル板を挟んで、奥のドアからかなえと2人の管理官が出てきた。

 

「アリア、今日はどうしたの? そちらの方は?」

 

「ママ。こいつは探偵の八代白夜。ママと話がしたいって言うから連れてきたの」

 

アリアに紹介された八代はニコリと笑い会釈(えしゃく)をする。

 

「初めまして、八代です。お時間があまりないようなので、単刀直入に聞かせて頂きたいのですが、その前に・・・」

 

八代はそこまで言うと、視線をかなえから後ろにいた管理官達に移した。

 

「あなた達には少し眠ってもらおうか」

 

八代が指をパチンと鳴らすと、2人の管理官は一瞬だけ身体をビクッと震わせた。

 

しかし、それ以外見た目に変化はない。八代は何かしたのだろうか。

 

アリアはそれについて尋ねたかったが、3分という短い面会時間を無駄にしないためにも、ここでは黙っておくことにする。

 

「さて、これで僕たちの会話は彼らには聞こえません。遠慮なく尋ねます。神崎かなえさん、あなたは本当は無実ですよね」

 

「・・・・・・」

 

八代のこの質問にかなえは目を逸らし、口をつぐんだ。

 

「大丈夫。後ろの彼らに僕らの会話は聞こえない。それとも、僕の身を案じて黙っていてくれているのなら気にしないでください。『イ・ウー』の事でしたら少しは知っています」

 

この八代の発言にはアリアもかなえも目を丸くする。

 

「それでも口にしたくないのなら、首を縦に振るか横に振るかだけでも構いません。答えてください。あなたは無実ですか」

 

「それは・・・お答えする事はできません」

 

「どうして!? ママは無実なんだから正直に話してよ!」

 

八代の質問に何故か頑なに答えようとしないかなえに対してアリアは声を荒げて話す。

 

「そうまでして答えたくないのは()()・・・ですか?」

 

「イロカネ・・・?」

 

聞き慣れない単語にアリアは首を傾げるが、対称的にかなえは先ほどよりもさらに大きく目を見開いていた。

 

「どうして、あなたがそれを───」

 

「おっと、どうやら時間みたいですね」

 

「───知っているの」と聞きたかったのであろうかなえの言葉を遮るように八代は再び指を鳴らした。

 

管理官たちは身体をビクッとさせると、何事もなかったかのように動き出し「時間だ」と告げ、かなえを連れ出そうとする。

 

「待って! ママ、なんで正直に話さないの!『イロカネ』って何!?」

 

「アリア、あなたは何も気にしなくていいの。あなたは透さんとキンジさんとの関係を大事にして・・・!」

 

「ママ待って! 離せ! 離しなさいよ!」

 

今日の面会内容に付いていけなかったアリアは困惑気味にアクリル板を叩く。

 

だが、アクリル板も管理官もその訴えを受け付けず、かなえはそのまま連れ出されてしまった。

 

「・・・あんた、一体何者なの? それに『イロカネ』って何?」

 

「僕はただの探偵だよ」

 

「ふざけないで! 指を鳴らしただけであいつらをおかしくしたり、イ・ウーの事を知ってる奴が()()()()()なわけないじゃない!」

 

「そんな事言われてもねぇ・・・あれ、携帯鳴ってない?」

 

話をはぐらかすように八代はアリアのポケットを指差してきた

 

しかし、実際にバイブしていたので、さっと取り出すと、武偵高からの周知メールであった。

 

「・・・!」

 

 

────ケースD7

 

 

『ケースD』とは、アドシアード期間中の、武偵高内での事件発生を意味する符丁(ふちょう)だ。

 

しかし、『D7』となると、『ただし事件であるかは不明確で、連絡は一部の者のみに行く。なお保護対象者の身の安全のため、みだりに騒ぎ立ててはならない。武偵高もアドシアードを予定通り継続する。極秘裏に解決せよ』───という状況を表す。

 

そして、その内容は白雪が失踪したというものであった。

 

「・・・また連絡するわ」

 

八代を色々と問い詰めたかったが、今はそんな事をしている場合ではない。アリアはその場を飛び出した。

 

()()()

 

その背中を見送る八代は異様な笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

急いで駅に向かいながら、アリアは透に電話を掛ける。

 

『アリア!』

 

1コール目で出た透の息遣いは少し荒れていた。

 

透も走り回りながら白雪を捜索しているのだろう。

 

「透、D7よ! 魔剣(デュランダル)が現れたわ!」

 

『ああ、こっちも今会長を捜しているところだ』

 

「あたしが戻るまで約1時間。それまでの間、頼んだわよ!」

 

アリアは一方的に要件を伝えると、すぐに電話を切った。

 

 

 

 

 

「1時間か」

 

携帯を閉じ、呟いた透は足を止める。

 

アリアのいないこの時間が魔剣(デュランダル)にとっては好機。

 

できれば、今のうちに白雪を連れて学園島から立ち去りたいだろう。

 

───どうやって立ち去る。

 

魔剣(デュランダル)は姿を変えられるが、白雪は隠しようもない。誰にも気付かれずに学園島からいなくなるにはどうしたらいいか。

 

───そもそもどうやって侵入した。

 

姿を変えて堂々と侵入したところで、白雪と一緒に消える手段はない。あらかじめ誰にもばれないような往復の手段を考えて来ているはずだ。

 

(『海』・・・か?)

 

考える透の視線の先は東京湾。

 

例えば、潜水艦などで夜に来ていたとすれば誰にも気付かれず容易に侵入できるだろう。

 

そして、帰りも誰にもバレずひっそりと立ち去る事ができる。

 

それなら、人目の多いこの時間帯なら逃げる可能性は低いだろうか。

 

いや、その考えに甘えていては裏をかかれる可能性だってある。

 

どちらにせよ、まずは退路を塞ぐ事が第一手。

 

透は再び携帯を取り出し、電話をかける。

 

『もしもし』

 

「武藤、メールはきたか?」

 

発信先は武藤。今回、白雪の護衛の事を知っていた武藤なら周知メールを受け取っていると思い電話をした。

 

『ああ、星伽さんが失踪したんだろ。俺も捜すつもりなんだが、キンジと連絡がつかねぇ。先にそっちに行く』

 

武藤も連絡しているのに繋がらないとは、キンジの身にも何かがあったのだろうか。

 

「・・・それが終わったら東京湾に出て、見知らぬ船か潜水艦とかを探してくれないか。会長は恐らく誘拐された。その誘拐犯が乗ってきた物がきっとどこかに隠されていると思う」

 

『星伽さんもそこにいるのか?』

 

「いや、恐らくだが、会長も誘拐犯もまだ学園島内にはいると思う。だから、まずは犯人の逃走経路を潰しておきたい」

 

『分かった。そういう事なら任せておけ』

 

「頼んだぞ」

 

武藤との通話を終え、透は次に不知火に電話をかける。

 

『もしもし、平川君? 僕もちょうど連絡しようと思ってたんだ。周知メールの事だよね?』

 

さすがは不知火。透が説明する前に状況を把握してくれている。

 

「ああ、会長は誘拐された。そして、犯人は会長と一緒にどこかに隠れている。潜伏先は武偵高の地下のどこか・・・まあ、全て俺の予想に過ぎないが」

 

白雪のような目立つ人物を連れているとなると、屋外にいることは考えにくい。

 

せめて屋内。さらに言えば、まず人が寄り付かない地下に身を潜めるのが一番確実である。

 

『さすが平川君。もうそこまで事態を把握していたんだね。それで、僕は何をしたらいい?』

 

「不知火には周知メールが届いた生徒を捜して、その生徒たちと協力して地下階のある建物、それから排水溝の周囲を見張っていて欲しい」

 

『そこから、もし人が出てきたら誘拐犯の可能性が高いって事だね』

 

透の次なる一手は地下に潜んでいるであろう魔剣(デュランダル)の動きを封じるもの。

 

「人目の多い強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)付近は固めなくていい。俺は今から地下に向かう。地上の事は頼んだぞ」

 

『分かった。任されたよ』

 

不知火との通話を終えた透は一息つく。

 

現状でやれる事はやった。捜索範囲も地下だけに絞った。

 

地下も2階~7階とだだっ広いがこれ以上は絞りようがない。

 

とりあえず下から上へ追い込んでいくのが無難だろう。

 

透の最初の目的地は決まった。

 

(まずは、地下倉庫(ジャンクション)からだ・・・!)

 

 

 

 

 

『キンちゃんごめんね。さようなら』

 

その1通の新着メールは、キンジの背筋を凍らせた。

 

ケースD7の事を知らせに来てくれた武藤に言われ、慌てて武偵高からのメールを確認しようとしたところ、この白雪からのメールが届いていたのだ。

 

この文面は明らかにおかしい。幼なじみのキンジには分かる。

 

白雪の身に何か、良くない事が起きたに違いない。

 

武偵高からは失踪とされているが、武藤はどこから得た情報なのか、誘拐されたと言っていた。

 

恐らく、その情報で間違いない。白雪は誘拐された。

 

迂闊(うかつ)だった。

 

油断しすぎた。

 

白雪は、本当に狙われていたのだ。

 

キンジは先日アリアに怒鳴った、自分のセリフを思い出す。

 

『お前は敵がいた方がいいと思ってる、だからそれがいつの間にか「いる」に変わってるんだ!』

 

あれは逆だ。

 

自分の『いない方がいい』という考えが、『いない』に変わっていたのだ。

 

(くそっ・・・何やってんだ俺は・・・!)

 

武偵高の路地に出たキンジは、何の手がかりもないただの道路を、見回すことしかできずにいる。

 

状況はD7。無闇に聞き回っては、逆に白雪の身に迫る可能性がある。

 

一体、どうやって探せばいいのか。今のキンジには全く見当もつかなかった。

 

白雪は当然、音信不通。アリアにも電話をかけてみるが、コール音は鳴るもののどういう訳か繋がらない。

 

すがる思いで着信履歴にあった透へも電話をかけるが、繋がらない。電源が入っていないか、電波が届かない場所にいるようだ。

 

(アリア・・・! 透・・・!)

 

最初の予定通り、3人で白雪をきちんとガードしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

だが、2人がいなくなったのは自分のせいだ。

 

アリアの直感を信じず、透の話を信じず、結果的に自分が追い出してしまったようなもの。

 

(俺が・・・最低最悪に、バカだったんじゃねえか!)

 

白雪は、そんなキンジを『信じてる』と言っていた。

 

キンジが1人で白雪を守り始めた夜にそう言われていた。

 

それなのに、その信頼を裏切ってしまった。

 

ただひたすらに道路を走り回って、路地に出ては周囲を見回す。

 

時間だけが、10分、20分───無意味に過ぎていく。

 

自分の無力さ、不甲斐なさを痛感しながらも、武偵高の南側を息を切らしながら走っていたキンジに電話が入った。

 

むしり取るように出ると、

 

『キンジさん。レキです。いま、あなたが見える』

 

相手はレキであった。

 

『D7だそうですね。狙撃競技(スナイピング)のインターバルに携帯を確認しました』

 

「そうなんだ! レキ、お前は今どこにいるんだ!?」

 

『狙撃科の7階です』

 

「狙撃科────」

 

言われたキンジは、北を向く。

 

狙撃科には、地下にある細長い狙撃レーンと、学園島の北側に飛び出た地上棟がある。

 

携帯から、ガラッ、という窓の開く音。そして、タンッ! と銃声が響いた。

 

「レキ!?」とその名前を呼ぼうとした次の瞬間、パリンッ、とキンジのそばにあった街頭が1つ割れた。

 

焦ってウロウロとしていたキンジは、驚いてその場に静止する。

 

『キンジさん、落ち着いて下さい。冷静さを失えば、人は能力を半減させてしまう。今のあなたが、まさにそれです。落ち着きましたか』

 

「あ・・・ああ」

 

がちゃっ、という弾倉再装填(マガジンリロード)の音が聞こえてくる。

 

狙撃科棟からここまで、ほとんど2kmある。それを電話しながら古びたドラグノフ狙撃銃で、よくこんな精密な狙撃ができるものだ。

 

白雪さん(クライアント)は見当たりませんが───海水の流れに違和感を感じます。第9排水溝の辺り』

 

人工浮島である学園島の外周には、28の排水溝がある。

 

雨などで島内に不規則に入り込んだ水を、ポンプで排出するための穴だ。

 

「ど、どっちだ」

 

とキンジが聞くと、

 

『───私は・・・一発の銃弾───』

 

レキが集中する際のクセ───呪文のような、その言葉が帰ってきて、ビシッとキンジの足元から少し離れたアスファルトに、狙撃銃の弾が傷をつけた。

 

続けて、ビシッ。

 

ビシッ、ビシッ、ビシッビシッ。

 

ドラグノフの速射能力を活かし、レキはアスファルト上に何かを点描(てんびょう)している。

 

できあがったそれは───

 

『その方角です。調べて下さい。私は引き続き、ここから白雪さん(クライアント)を捜します』

 

───30cm四方に収まるほどの、矢印だった。

 

 

 

 

 

排水溝から出る水の流れには、何も不審なところは見て取れなかったが、第9排水溝のフタは一度外されて無理に繋ぎ直されたような跡があった。

 

キンジはこの排水溝がどこに繋がっているのか、武偵手帳で調べる。

 

地下倉庫(ジャンクション)!?」

 

呟いた自分の言葉に汗が流れる。

 

地下倉庫(ジャンクション)は、強襲科・教務科(マスターズ)に並ぶ3大危険地域の1つに数えられている。

 

マズイ。よくない予感がする。

 

キンジは、(はや)る気持ちで地下へと向かう。

 

武偵高の地下は船のデッキみたいな多層構造になっていて、地下2階からが水面下になる。

 

キンジはそこまで階段を駆け下り、さらに下の立ち入り禁止区画に続くエレベーターに飛びついて、緊急用のパスワードを打ち込むがエレベーターは動かなかった。

 

おかしい。普段通りじゃない。それは確定だろう。

 

キンジは変圧室に入り、その片隅にある非常ハシゴから固い保護ピンを抜いた。

 

マンホールのように床に設置されているハシゴ用の扉は浸水時の隔壁も兼ねており、3重の金属板で出来ている。

 

パスワード認証、カードキー、それと武偵手帳に内蔵されている非接触(コンタクトレス)ICを使って扉を開け、ハシゴをおろして下の階へ行く。

 

降り立ったボイラー室でも同様にハシゴを使い、地下3階、4階、5階と降りていく。

 

ハシゴは錆びており、急いで降りるキンジの手の皮は擦りむけ、傷ついていく。

 

痛いが、そんなことを気にしている暇はない。

 

白雪がここにいる可能性が少しでもあるなら、全速力で降りる。

 

その思いで、ようやく降り立った地下7階───

 

地下倉庫(ジャンクション)

 

ここは、武偵高の最深部。第9排水溝はここに繋がっている。

 

無論、排水溝を伝ったところでそう簡単に入れる場所ではないが、やればできてしまう。

 

武偵高はそのだだっ広い構造上、外部からの侵入に対してそれほど堅牢ではない。ただ、武偵が何百人もうろついている島に不法侵入しようというバカがそんなにいないだけで。

 

地下倉庫の片隅、今はもう使われていないらしい資料室に着いてからキンジは気付いた。

 

暗い。音を立てないように扉をそっと開けて廊下を見るが、やはり真っ暗だ。

 

電気が落とされている。

 

()いているのは、赤い非常灯だけだ。

 

できるだけ足音を殺して通路を走り、白雪の姿を探す。

 

廊下は広く、左右に弾薬棚を連ねている。

 

武偵手帳を携帯の灯りで確認すると、この先は大広間みたいな空間になっている。

 

地下倉庫(ジャンクション)の中でも最も危険な弾薬が集積されている、大倉庫と呼ばれる場所だ。

 

「・・・!」

 

そこから、人の気配がした。

 

言い争っている。

 

言葉までは聞き取れないが、誰かがいることだけは確かだ。

 

キンジはベレッタに手を伸ばし、グリップに触れて───その手を引いた。

 

赤色灯で薄暗く照らされた周囲には、『KEEP OUT』や『DANGER』などの警告があちこちに書かれている。

 

()()()()()()()

 

もし、マズイものに跳弾が当たりでもして、誘爆を起こしたら武偵高が吹っ飛んでしまう。

 

比喩表現ではなく、本当に魚雷の直撃を受けた戦艦みたいなことになる。

 

もし、誘爆が誘爆を呼んだら、武偵高の教員、生徒、アドシアードの選手───世界各国の優秀な青年武偵たちに、多数の死傷者が出る。

 

それだけでは済まない。アドシアードの競技には報道陣も来ている。何百人もの高校生がバラバラになって吹っ飛ぶ未曾有(みぞう)の大惨事が報道されかねない。

 

とにかく、ここで銃は使えない。

 

代わりに、キンジはポケットからバタフライ・ナイフを取り出し、音を立てないように開いた。

 

そして、刃を即席の鏡にして、そっと角の向こう側をチェックしたキンジは、息を呑んだ。

 

赤い光の下、約50mほど離れた壁際、山積みになった弾薬の脇に───

 

巫女装束(みこしょうぞく)の、白雪がいたのだ。

 

かなり不規則に並んだ・・・いや、意図して並べ替えたのだろう、火薬棚の向こう側に潜んでいるらしい、姿の見えない誰かと会話しているようだ。

 

すぐさま飛び出ていきたい衝動にかられたが、それをなんとか抑える。

 

まずは、状況を把握しなければ。

 

曲がり角ギリギリまで体を寄せて、耳をすます。

 

「どうして私を欲しがるの、魔剣(デュランダル)。大した能力もない・・・私なんかを」

 

怯えきった、白雪の声。

 

魔剣(デュランダル)・・・白雪は確かにそう言った。

 

実在していたのだ。透の言う通り。アリアの直感通り。

 

だが、後悔している暇はない。

 

「裏を、かこうとする者がいる。表が、裏の裏であることを知らずにな」

 

少し時代がかった、男喋りの女の声。

 

「和議を結ぶとして偽り、陰で備える者がいる。だが闘争では、更にその裏をかく者が(まさ)る。我が偉大なる始祖は、陰の裏───すなわち光を身に(まと)い、陰を謀ったものだ」

 

「何の、話・・・?」

 

「敵は陰で、超能力者(ステルス)を錬磨し始めた。我々はその裏で、より強力な超能力者を磨く───その大粒の原石───それも、欠陥品の武偵にしか守られていない原石に手が伸びるのは、自然な事よ。不思議がることではないのだ。白雪」

 

「欠陥品の、武偵・・・? 誰のこと」

 

白雪の声に、怒りの色が混じる。

 

対する女は、少し(あざけ)るような声になった。

 

平透(たいら とおる)とホームズには少々手こずりそうだったが、この2人を遠ざける役割を、私の計画通りに果たしてくれたのが遠山キンジだ。ヤツが欠陥品でなくて、何だと言うのだ」

 

「キンちゃんは───キンちゃんは欠陥品なんかじゃない!」

 

「だが現にこうして、お前を守れなかったではないか」

 

「それは・・・ちがう! キンちゃんはあなたなんかに負けない! 迷惑をかけたくなかったから・・・私が、呼ばなかっただけ!」

 

フンッ、という笑い声が白雪の叫びを(さえぎ)る。

 

「迷惑をかけたくない、か。だがな白雪。お前も、私の策に一役買ったのだぞ?」

 

「私・・・が?」

 

「〝すぐ来てくれ白雪! 来い! バスルームにいる!〟」

 

「───っ!」

 

その陰から聞こえた声に、キンジは心臓が止まりそうになった。

 

(俺の声───!?)

 

今の声は、魔剣(デュランダル)がキンジの声を真似したものなのだろうか。

 

「透とアリアは無数の監視カメラを仕掛けていたが、お前たちの部屋を監視していたのは私の方だ。お前はリビングの窓際にいて、遠山が入っていたバスルームの灯りが消え・・・そこにちょうど、アリアが帰ってきた。私は、そういう好機を逃さない性格でな」

 

キンジは先日での屋上の出来事を思い出す。

 

あの時、透は白雪にかかってきたというキンジからの電話は魔剣(デュランダル)の仕業だと言っていた。

 

白雪の勘違いだと思い込んでいたが、透の言っていた事は正しかったのだ。

 

「キンちゃんのフリをして私を動かして───キンちゃんと、アリアと、平川君を・・・仲間割れ、させた・・・の?」

 

「後は転がる石のように、だ。数日も経たずして透とアリアはお前たちから離れた」

 

ずっと見ていたのだ。

 

忍び寄っていたのだ。

 

───魔剣(デュランダル)は。

 

それを透もアリアも気付き、警告してくれていたのに。

 

自ら隙を作ってしまっていたのだ。

 

私に続け(フォロー・ミー)、白雪。だが・・・お前は我々の一員になる前に、まず遠山に幻滅するべきだ。お前のような逸材が見も心も捧げるべき人物は、別にいる。私が今から連れていってやる───イ・ウーにな」

 

イ・ウー。

 

かなえに懲役864年もの冤罪を着せ、そして『武偵殺し』こと峰・理子・リュパン4世を使って───

 

キンジの兄───遠山金一を殺した。

 

透は、金一はまだ生きていると言っていた。

 

本当なのか嘘なのかは分からない。

 

いずれにせよ、イ・ウーはキンジから奪ったのだ。

 

小さい頃からの憧れの人で。

 

誰よりも強く、賢く、そして優しかった兄を。

 

頭に血が上って行くのが分かる。

 

握りしめた拳が、バタフライ・ナイフをカチカチと震わせている。

 

「・・・それともう1つ。今回の事に1つだけ誤算があった。お前の性格を読み違えていたようなのだ。約束は、守るタイプだと思っていたのだがな」

 

女の声が、少しだけ明瞭(めいりょう)になった。

 

「・・・何のこと・・・?」

 

「『何も抵抗せず自分を差し出す。その代わり、武偵高の生徒、そして誰よりも遠山キンジには手を出さないでほしい』───お前は確かに、そう約束した。私は確かに、聞いた。だが、その裏で()()()()()()()()()()()

 

最後の一言は、声を放つ方向が変わっていた。

 

明らかにこちらに向かって言っている。

 

気付かれた。そう思った次の瞬間、キンジは、

 

「白雪逃げろ!」

 

叫ぶと同時に、白雪たちの方へと駆けていた。

 

「キンちゃん!?」

 

驚いた白雪の声が、大倉庫に響く。

 

「来ちゃだめ! 逃げて! ()()()()()()()()()()()!」

 

悲鳴のような叫び声に続いて、キンジの足元に、ガツッと目にも止まらぬ速さで飛来した何かが突き刺さる。

 

「うおっ!?」

 

ダンッ! と倉庫に音を響かせ、キンジはつんのめって前に倒れた。

 

足元の床には、優美に湾曲(わんきょく)した銀色の刃物が突き立っている。

 

ヤタガンと呼ばれる、フランスの銃剣。細長い古式銃の先端につける、サーベルのような小剣だ。

 

「『ラ・ピュセルの枷(I'anse de la Pucelle)』───罪人とされ枷を科される者の屈辱を少しは知れ、武偵よ」

 

女の声に続いて、銃剣を中心に何か白いものが広がっていく。その白い何かが、パキ、パキ、とキンジの足を床に張り付けていく。

 

「───うっ!?」

 

起き上がろとした肘にも、その白いものが広がっていき、動く事ができない。

 

(なんだ、これ・・・氷・・・!?)

 

銃剣にはなんの仕掛けも見当たらない。足元も、ただのリノリュームの床。

 

何をどうやったのかは分からないが、キンジは()()()()()()()()()()()

 

「我が一族は光に身を(まと)い、その実体は、陰の裏───策士の裏をかく、策を得手とする。その私がこの世で最も嫌うもの、それは『誤算』でな」

 

未だに姿を見せない敵の声に続いて、フッ───

 

と、室内の非常灯が消えた。

 

周囲は完全な闇に包まれる。

 

「・・・い、いやっ! やめて! 何をするの! ───うっ・・・!」

 

ちゃりちゃり・・・という金属音が白雪の方から聞こえる。

 

「白雪!」

 

キンジの叫びに、白雪は答えない。

 

焦るキンジだが、氷に縫い付けられた今となっては、何もできない。

 

シャッ!

 

という、次の銃剣が空を切る音。

 

(ああ・・・)

 

暗闇の中でも分かる。

 

(俺は、また何もできなかった・・・)

 

あれは自分を──殺す刃──!

 

 

ギンッ!

 

空中に一瞬、火花が散った。

 

(生きてる・・・?)

 

何だ。一体、何が起きたのだろうか。

 

「タイミングを見計らっていたのにお前のせいで台無しだ」

 

そのセリフと共に、ちか、と部屋の片隅の天井で電気が(とも)った。

 

その光が、パッ、パパッ、パパパパパッ。

 

大倉庫を一周するように、次々と灯っていく。

 

「・・・だがまあ、()()()()にしては頑張った方か」

 

コツ、コツ、と足音を立てて前に出たのは───

 

「透!?」

 

であった。

 

「そこにいるんだろ、ジャンヌ」

 

透は既に鞘から抜いていた『鎌鼬』を火薬棚の裏にいるであろう魔剣(デュランダル)に向けて言い放った。

 

「ジャンヌ・ダルク30世───未成年者略取未遂の容疑でお前を逮捕する」




八代、2回目の登場にしてめちゃくちゃ怪しい動きをしてますね。
まさかの色金についても口に出すし、結局面会も自分から切り上げるような形でしたし。

今後の彼の動きにも要注意ですね。


一方、我らが主人公透はようやくジャンヌとご対面。
ぼちぼち第2章も終わりに近付いて来ているのかと。

投稿ペースは毎度のことながら遅いですが、今後ともお付き合いよろしくお願いします。

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