透と理子との関係が少しだけ分かるようになります。
8話です。どうぞ。
キンジの部屋にプレゼントを置いた翌日。透は女子寮の前の温室に来ていた。
「理子」
「あっ、トオルン!」
バラ園の奥から理子が駆け寄り透に抱き付いた。
「その呼び方は辞めろ」
そして離れろと言いかけるが、思いとどまりそのまま抱かせておくことにした。
ここの温室はいつも
もし映像を見た誰かに読唇術で内容を読まれでもしたらここに来た意味がない。
「・・・感度はどうだった?」
透は口元がカメラの死角となり映らないよう理子の耳元で囁いた。
「トオルンってば、えっちいー。そんな甘い声で『感度は?』って囁かれたらどんな女の子もイチコロだよぉ!」
「何の話をしている」
「トオルンってホントこういうことに鈍いよねー。それもトオルンの魅力だけど」
えっちい。イチコロ。魅力。理子は一体何の話をしているのか、透には理解できなかった
「よく分からないが、結局どうだったんだ」
「うっうー! もぉばっちし! 完璧だったよぉ!」
そうか。透は理子を離して近くの柵に腰を下ろした。
「なら約束通り持ってきた美沙の情報を教えてくれ」
平川美沙。透の一つ下の妹だが、2年前から行方不明で今もまだ見つかっていない。
理子は
「んー、あるにはあるけど、ないんだよねぇ」
「? どういう意味だ」
ちょっと言いづらいんだけどと前置きをして、理子は透の隣に座った。
「久しぶりにトオルンの戸籍を調べさせて貰ったんだけど、家族構成に妹なんていなかったんだよ」
「・・・え?」
透が理子の言葉を理解するのには数秒の時間を要した。
「そんなはずはない! もう一度調べてくれ!」
戸籍がないという事実を受け入れられず、珍しく声を荒げる。
「何度も調べたよ。それでも同姓同名が引っ掛かるくらいでトオルンの捜してる美沙りんとはなんも関係なかった」
なぜ、どうして。そればかりが透の頭に浮かぶ。
「美沙が何かしたっていうのか・・・?」
戸籍を消され、その存在を抹消されてしまう程とんでもないことをしたのだろうか。
「透、これは間違いないよ」
おふざけの調子が一転、理子の表情に真剣さが浮かぶ。
「・・・そうだろうな」
ヤツらが関わっているのは間違いない。
そして最悪の場合、既に人知れず死んでいるかもしれない。
「・・・理子」
「なに?」
「調査は終わりだ」
透は顔を伏せ、悔しそうに告げた。
これ以上の調査は理子自身にも危害が及ぶ可能性が出てきた為の発言だ。
「トオルンは優しいなぁ。でもでもぉ・・・だいじょぶだ! 問題ない!」
当然、理子も事の重大さは理解している。その上で理子は調査を続けると言っているのだ。
「いや、これ以上俺の私情にお前を巻き込む訳にはいかない」
「理子だって私情でトオルンを巻き込んでるよぉ?」
それはそうだか・・・。ここまで言いかけるもその先の言葉が思い付かない。
「だいじょぶだいじょぶ。りこりんに任せろやー!」
いつものようなお調子者に戻った理子がバンバンと透の背中を叩く。
「・・・わかった」
こんなにも引き下がらないで調査を続けると言ってくれているのだ。ここは理子に任せてみよう。そんな気持ちが言葉となって透の口から漏れでた。
「ただ、もし身の危険を感じたらすぐに調査を中断してくれ。約束できるか?」
「うー、らじゃー!」
理子は立ち上がったかと思うと、背筋を伸ばして両手で敬礼のポーズをビシッと決める。
「そんじゃ、そろそろ行った方がいいと思うよ。キーくんが来る頃だから」
「キーくん? キンジと待ち合わせてるのか?」
「そう! アリアの情報を教える代わりにギャルゲーを買ってきてもらってるんだよぉ!」
服装から分かるように、理子はオタクである。特に自分と同じようにヒラヒラでフワフワの服を着たヒロインが出てくるギャルゲーに強い関心を示す。
ギャルゲーのほとんどはR-15指定からの物で、当然理子も15歳以上なのだから、本来は買うことができる。しかし先日、ゲームショップも兼ねている学園島のビデオ屋に訪れたところ身長で中学生と判断され、売ってもらえなかったそうだ。
そこで今回、依頼の報酬は現金ではなくギャルゲーならOKということで引き受けたようだ。
「この件が片付いたらまた一緒にプレイしようね」
「勘弁してくれ・・・」
一度だけ透も強制的にギャルゲーなるゲームをプレイしたことはあるが、
「俺の行き着く先は全てゲームオーバーだっただろ」
「りこりんが乙女心をレクチャーしてやるぞよ」
「・・・考えておく」
透は柵から腰を上げて、誰にも見られていないうちに温室を出ていった。
○
第3男子寮に戻ると、キンジの部屋のドアの前で、何か作業をしている人物がいた。
長いピンク色のツインテールから一目でアリアと分かる。よく見るとカードキーの挿し込み口をいじっていた。偽造して部屋に入ろうとしているのだろう。
「アリア」
作業に集中している為か、近付いていってもなかなか気付かずに、声をかけてようやく気が付いてもらえた。
「合鍵」
そう言ってアリアに差し出したのはキンジの部屋の合鍵。昨日、キンジからカードキーを預かった際にアリアの物と自分の物と二枚作っていた。
「作ってたなら、どうして今まで渡さなかったのよ!」
「すまない。忘れていた」
昨朝、遅刻して登校した透はアリアに合鍵を渡そうかと考えていたが、当の本人はキンジに朝から付きっきりで、午後も探偵科の
キンジのいる前で渡す訳にもいかないので、部屋でも渡せずじまい。そして、今朝になる頃には合鍵のことなど当に忘れていた。
「・・・まあいいわ。手間も省けたことだし」
アリアは透からカードキーを受け取り、当たり前のように部屋の中へと入っていく。
遅れて透も部屋に入ると、既にアリアはリビングのソファーに座って、手鏡を覗きながら枝毛を探していた。最早、自室のようにくつろいでいる。
「アリア、話がある」
透はそう告げて、アリアの向かい側に腰を下ろした。
「なによ改まって」
「単刀直入に言うが、俺はお前のパーティーに入ろうと思っている」
そのセリフにアリアは驚き、視線を手鏡から透へと移した。
「ホントに?」
「だが、こっちからも条件を付けさせて欲しい」
「なに? あたしに出来ることなら何でもするわ!」
「俺がお前のパートナーになっても、俺がお前の求めているパートナーじゃないと思ったなら、迷わずに切り捨ててくれ」
「どういうこと?」
「同情する必要はないということだ。お前が俺をドレイにしたかったわけじゃなく、俺がお前のドレイになりたかった。そう考えてくれればいい」
これは透なりの配慮であった。
例えば、一組の男女が付き合うことになったが、やはり性格が合わずに別れたいとなってしまった場合。プロポーズした人間が別れを告げると言うのは余りにも一方的であり、少なからずお互いに傷付いてしまうものである。
なので透は万一に備え、アリアの心理的ダメージを減らすために自ら告白する側を選んだのである。アリアが自分を切り捨てても傷付かないように。
「あんたの言いたいことはなんとなく分かったけど、それであんたにメリットでもあるの?」
「一応な」
遅かれ早かれ間違いなく切り捨てることになるはずだ。だから、これでいい。
「それで、条件は呑んでもらえるか?」
「あんたがあたしのドレイになりたくて、あたしがそれを認めた。これで良いのね?」
「ああ」
透が頷くと、アリアは上機嫌になり再び手鏡を覗き始めた。
しばらくの時間を過ごしていると、ガチャガチャと玄関の方から音が聞こえた。
「遅い」
帰宅した家主にアリアから一言浴びせられる。
「どうやって入ったんだよ、お前たち・・・」
「透に鍵を作らせたのよ」
「他人に作らせて、勝ち誇った顔するな」
キンジは不機嫌さのアピールとして、鞄をアリアの隣に放り投げた。だが、アリアは気にした様子もなく、上機嫌に手鏡を眺め続けている。
「さすが貴族様。身だしなみにもお気を遣われていらっしゃるわけだ」
キンジは洗面所に入り、嫌みったらしく言い放った。するとアリア、初めは驚いていたが、
「あたしのことを調べたわね?」
と嬉しそうに洗面所に向かった。
「ああ。本当に、今まで一人も犯罪者を逃がしたことがないんだってな」
「へえ、そんなことまで調べたんだ。いよいよ武偵らしくなってきたじゃない」
でも、とアリアは壁に寄り掛かり話を続ける。
「こないだ、一人逃がしたわ。生まれて初めてね」
「へえ。凄いヤツもいたもんだな」
理子の情報にも間違いがあったか、なんて考えながらうがいを始める。
「あんたよ」
ぶっ! とキンジはうがいの為に口に含んでいた水を盛大に吹き出してしまう。
「ゲホッ、ゲホッ・・・お、俺は犯罪者じゃないぞ! なんでカウントされてんだよっ!」
少量の水が器官に入りむせながらも必死に反論する。
「
「だからあれは不可抗力だっつてんだろ!」
「うるさいうるさい! とにかく!」
びしっとアリアは顔を真っ赤にしながらキンジを指した。
「あんたなら、あたしのドレイにできるかもしれないの!
「あれは・・・あの時は・・・偶然、うまく逃げられただけだ。俺はEランクの大したことない男なんだよ」
「ウソよ! あんたの入試の成績、Sランクだった!」
アリアが出してきた情報にキンジは顔を歪ませる。
「つまりあれは偶然じゃなかったってことよ! あたしの直感に狂いは無いわ!」
「と、とにかく・・・今はムリだ! 出てけ!」
「今は? ってことは何か条件でもあるの? 言ってみなさいよ。協力してあげるから」
協力してあげるとアリアは気軽に言ったが、キンジからすればそれは爆弾発言であった。
「うっ・・・」
やめろ。キンジの脳裏にアリアが自分を性的に興奮させようと頑張っている姿が一瞬よぎった。
追い討ちをかけるように目の前には詰め寄って来るアリアがいる。上目遣いで見てくるその
(マズイ・・・!)
全身が、体の芯が、熱く、血がたぎっていくような感覚に襲われる。
「キンジ」
しばらく黙って見ていたが、さすがにその様子を見かねて透は助け船を出すことにした。
「一回だけならどうだ?」
「一回?」
「一回だけ強襲科に戻ってみるのはどうだ」
透の提案にキンジは少し考える。
「そう・・・だな。一回だけ強襲科に戻ってやるよ。ただし、組むのは一回だけ。戻ってから最初に起きた事件を、一件だけ一緒に解決してやる。それが条件だ」
透の提案を受け入れたキンジはアリアに条件付きで降伏することにした。
「だから転科じゃない。自由履修として、強襲科の授業を取る。それでもいいだろ」
「・・・いいわ。あたしにも時間がないし、その一件であんたの実力を見極めることにする」
「どんなに小さな事件でも、一件だぞ」
「OKよ。その代わりどんなに大きな事件でも一件よ」
「分かった」
「ただし、手抜きしたりしたら風穴あけるわよ」
「ああ。約束する。全力でやってやるよ」
通常モードの全力でな、と心の中で静かに呟いた。
その後、アリアと透は当初の約束通り、部屋から出ていった。
居候がいなくなったその夜、キンジの部屋に平穏が戻った。