ついに明日かー、もちた君とのデート。
前に一度だけもちた君とケーキを食べに行ったことはあったけど、休日に二人で会おうとしたことなんて一度もなかったし、ましてや一緒にデートをするだなんて考えたこともなかった。
それはいくらもちた君が私のことを想っていてくれたとしても私の気持ちがなんなのか分からなくて見事なすれ違いをしていたせいだ。
もちた君があれだけ勇気を振り絞って告白してくれたのに、この気持ちがなんなのか確かめていくうちに段々と時間が過ぎていって……
あれだけもちた君のことを目で追いかけたり、ふとした時にもちた君はなにをしているんだろうかと考えていたのに、その気持ちはなんなんだろうだなんてなにしてたんだろう。
挙句の果てには春樹君にまで迷惑をかけて、もちた君にはいらない心配をかけてしまって……
そんな私でも、もちた君は私を好きでいてくれるのかな……
「おはよう、望月君。ずいぶんと早いんだね」
待ち合わせの時間にはまだ随分とはやい。私は待ちきれなくなって30分も早くについてしまったのだが、もちた君はすでに私を待っていた。
30分前にはもうついてるなんてもちた君は随分と変わっているなと思いつつ、あかりは自分のことを棚に上げて顔が真っ赤になっているもちたの姿を眺めていた。
青と白のボーダーの服に、茶色のカーゴパンツ。至ってシンプルな格好で、今どきの高校生なおちゃらけさとは全く無縁の服なのだが、私はそんなもちたの姿を見てかっこいいと思ってしまった。
決して格好をつけようとしているわけではないし、メインキャラクターにしてはどこかパッとしないような恰好だったが、そんなもちた君がいいと思ってしまった。
そういえば、これまでもちた君とは学校でしか会ってこなかったからもちた君の私服を見るのは初なんだ。いつもの制服姿もかっこよくて好きだが、私服姿ももちた君らしくてかっこよかった。
あれ? ということは私も私服姿をもちた君に見せるのは初めてなわけで……
「へん、かな?」
あれだけ昨日の夜に悩んで着て来た服なのに、急に心配になってきた。周りから目立ちすぎていないか、どこかに小さなシミやしわが出来ていないか……
そしてなによりも、もちた君がこの服をどう思っているのか。気が気でなかった。
「へん、じゃないと思います。むしろかわぃ……と思います。すごく……」
もちたは手で顔を覆い、茹でに茹で上がった顔を必死に隠そうとする。その程度ではもう間に合わないほどもちたの顔は真っ赤に染めあがっていたのだが……
「ありがとうございます……」
それを言われたあかりも手で顔を覆い、赤くなっている顔を必死に隠していたので、そこにはあまりの恥ずかしさで上を見上げているもちたと下をうつむいて照れを隠すあかりの二人の姿があった。
「あの、一つ寄りたいところがあるのでいいですか。すぐ済むので」
「全然大丈夫だよ。映画までだいぶ時間があるし、むしろそっちの方が僕としてはうれし……ぃです」
「え? 今なんて?」
「いえ、なんでもないです。本当になんでもないんです!!」
お互いに顔の火照りが収まり、そこから映画館のあるデパートに行ってもまだ上映開始まで1時間近く時間を持て余していた。元々がかなり時間に余裕をもって待ち合わせをしていたのだし、その待ち合わせ時間よりもかなり早く来てしまったので当然と言えば当然なのだが、私は映画が始まるまでの時間つぶしを口実に一昨日オープンしたクレープ屋さんにもちた君を誘った。
前々から大々的に宣伝していたのですごく気になっていたのだが、まだお店の軌道は上手く乗っていないらしく、私たちの他にお客さんはいない。休日の昼間であるにもかかわらず、私たちの貸し切り状態だった。
「もちた君はどれにする? やっぱりイチゴ?」
「え、うんそうだけど……。よく分かったね」
「まぁね」
本当はなっちゃんにもちた君の好きな食べ物を教えてもらったからなんだけど、それはもちた君には言わないことにした。
もちた君はイチゴが好きなことを好きなのを知られるのがあまり好きではないらしいし、なっちゃんにもちた君の好物とか好きなことを教えてもらったことをあまりよく思わないかもしれない。もしここで嫌われようものなら、一週間近く部屋から出ずにずっとベットの中で包まっていられる自信があった。
「えっと……、イチゴクレープが一つとバナナチョコを一つください」
「はい。イチゴクレープが一つとバナナチョコを一つね。ちょっと待っててよ……」
私は定番のバナナチョコクレープを選び、お店の前でしばらく待つ。このお店の中には座るところがないのでもちた君には場所取りもかねて先に向かいのベンチに座ってもらったのだが、どうやらもちた君はひどく疲れている様子だった。
あまり歩いているわけでもないのにどうしたのだろうか。もちた君が運動があまり得意でないことは知ってるんだけど、ちょっと歩いただけでも疲れるほどなのかな?
それとも、もしかしたらもちた君は風邪をひいていて、それでも自分から誘ったからって無理をして、今ものすごい高熱でうなされているんじゃ……。さっきからずっと顔が赤いように見えるし、そうに違いない。あとでそれとなくコンビニかどこかに寄って熱さまシートとかポカリスエットとかを買いに行ってから……
「……ゃくさん。お客さんってば」
「あ、はい。なんでしょう」
「クレープ、もう出来てるよ。さっきから何回呼んでも上の空なんだから」
「すみません。ちょっと考え事をしてました。えへへ……」
ほんと、なに考えてるんだろう私。なんだか顔が赤いからって勝手に風邪だと解釈して、挙句の果てには自分が看病する気満々になっていて……。もちた君はまだ私の彼氏になってくれているわけではないのに、そこまでお節介やいたら迷惑だよね。そもそも熱が出てるのではにかという発想にまで飛んでいる地点で私の方が正常じゃないよね。
今まで人からさんざん天然だのお人よしだのと言われてきたけど、今日はなんだかいつもと調子が違うような……。もしかして、私の方が風邪ひいてる?
「あの人、もしかしてあなたの彼氏さんだったりします? さっきからちらちらと見てますけど」
「彼氏さんではないんですけど……、気になっている人ではある…………かもしれないです」
「んー、まだお客さんの片思いってとこですかね。早く告白してしまえばいいのに」
「告白はしてもらったんですけど、まだ返事が出来てなくて。私の中にあるこの気持ちが好きという感情なのか分からなくて。じゃあ私は彼の友達なのかと聞かれたら、そうでもなくて」
もちた君を彼氏と勘違いされたからなのか、もちた君が彼氏になったところを想像してしまったのかは分からないが、急に顔が火照りだして自分でも何を言っているのか分からなくなる。
確かにもちた君は彼氏でもないんだけど彼氏じゃないなんて言いきったらもちた君に悪いし、散々告白の答えを先延ばしにしてきている私が彼女面なんてしたらもっと悪いだろうし、かといってただの友人で済まされるほど私ともちた君の関係は浅いものではない……はずだし。
……あれ、私たちってどういう関係なんだっけ。
「あの、私たちこれでいいんですかね。本当にこれでいいんですかね」
そんな心配からか、あかりはつい余計なことを口にしてしまった。こんなことを聞いてもなんの解決にもなりやしないのに、あまりにも自分に自信がなさ過ぎて無関係な人を巻き込んでしまう。まだ美術部にいた頃にも何度か同じようなことがあった、昔からあるどうしようもない癖だった。
「すいません、変なことを聞いてしまって。今のは聞かなかったことに……」
「これでいいとか、これじゃいけないとか。私にとってはそんなこと分かるはずがないかもね」
言われてみたらとか、冷静に考えてみればとかそういう話ではない。常識的に考えて、今日初めて会ったことのない二人の関係について分かるはずもなかった。
あまりにも変な質問をしたからなのか、私の変な質問に乗ってくれた人も呆れかけている。いつもはここまでではないのに、今日に限って発想が明後日すぎて口にしている本人も自分が何を言いたのか分からなくなるほど発想が飛躍し過ぎていた。
「でも、私的にはそれでいいと思うよ。今のままで」
「確かに今のままが楽……なのかもしれないけど、どうしてもこれで終わってはいけないような気がするんです。まだ先に進まないと……」
「そこまで焦らなくてもいいのに。そういうのはじっくりでいいんだよじっくりで」
「でも、あれからもう何ヶ月も経っているのに。まだ手もつないでなくて、そもそも彼が好きだって気づいたのもつい最近で」
「あんた、ほんっとうに人の話を聞かない子だね。ちょっと待ってな」
そういって彼女は店の奥へと戻っていき、新たなクレープを手にして私の元へと戻ってきた。すでに私の手には注文済みのクレープが握られているのだが、その差し出されるクレープを私にどうすればいいのだろうか。
え、もしかして押し売りってやつ? 二つも注文している人に? ちょっと待って、いま鞄の中にサイフを入れちゃったからすぐに出せないんだけど。このクレープどうしよう。
「はい、このクレープはおまけね。店長には内緒にしといてよ」
「え? もらっていいの? 押し売りじゃなくて」
「押し売り!!? どうやったらそんな発想になるわけ!? さっきから思ってたけど、お客さんって相当に面白い人だね」
前々から思っていたんだけど、私ってそれほど面白いことをしているのだろうか。私的には受けを狙ってそんなことをしたつもりではないのに、周りからしてみればそれが予想だにしない行動だったりするようで、昔から笑われてきた。今だって同じような理由で笑われているけど、空気を読むことが苦手なあかりにとっては普通という言葉が一番苦手だった。
普通に考えたら、普通の人ならばなんて言葉をよく耳にするけど、その普通とはいったい誰を基準にして普通なのだろうか。その人にとっての普通、世間的に見ての普通、理想的に見たらの普通。普通だけで済ませてしまってはそれだけの普通があるというのに、みんなはどんな状況から判断してその普通を導き出しているのだろうか。人より感性が違うらしいあかりにとってはそれがなによりもの謎だった。
「お客さんさ。その様子から見るとその彼氏との距離感が分からないんだよね。ならいっそのこと、一気に詰めてしまえばいいんだよ。もうぐいぐい押す感じで」
「ぐいぐい?」
「そう、ぐいぐい。話に聞く限りだとお二人ともがものすごい奥手みたいだからさ。今日は初めてのデートなんでしょ? ならもっと距離を縮めていかないと」
確かに言われてみればそうかもしれない。私から見てももちた君はなかなか自分から行動を起こしていくタイプではないし、なっちゃんたちにはよくヘタレもちたなんて言われてるぐらいだから相当な奥手だろう。現に、もちた君が告白をしてきてくれた日からすでに数ヶ月も経っていて、それでやっと二人で出かけられるぐらいにしか進歩していない。このまま攻めあぐれていたらすぐにでも大学生になってしまうだろう。
なら私からアプローチをしていかないと一向にこの関係は進んで行かないのではないのだろうか。ここ数日、ずっともちた君とどうやって距離を縮めていけばいいのだろうかと悩んでいたのだけど、その疑問は思わぬところで解決することとなった。
「だからこれあげるよ、これから二人がいいように進んで行きますようにって」
「あ、ありがとうございます」
私はおまけしてもらったクレープを手に取り、もちた君のところへと戻ろうとする。ただでさえ二つのクレープを持っていたのに、これ以上増やされたら落としてしまいそうだった。
「その代わり、これは私から
「二人への……、あぁ分かりました。しっかりと
ここまで強調して言われると、さすがのあかりでも何を言われているのか分かった。つまりは一つのクレープを二人で分け合って、さらに距離を縮めていこうということですね!!
「すいません、なにからなにまで。いろいろとありがとうございました」
「いいっていいって。ほら、早く彼氏さんのところに行ってやんな。彼氏さんがヤキモチ焼いてるよ」
言われて後ろを振り向いてみると、私の方を見ているもちた君と目が合った。なんだか気まずそうにもちた君は目をそらしてしまったが、そんな彼に私はなんとなく手を振ってみた。
クレープを持ちながらだったのでそんなに大きく振ったわけではなかったのだが、それでももちた君のはそれに気づいてしまったらしい。今度は体ごとそらしてしまい、手を口元に当ててここからでも分かってしまうほどの照れを必死に隠そうとしている。
そんなもちたを見て、私はついかわいいと思ってしまった。もちた君がなっちゃんたち以外の女子とはほとんど話せないほど女性慣れしてないことは知ってるし、ちょっと手が触れただけでもすぐに真っ赤になるし、初々しいところなんていくらでもあるけど、そんな彼を見られるのは私だけなのだと思ったらなんだか特別な感じがした。 そんなもちた君を見て、私の中のS心がくすぐり始めた。少し手を振ってみただけでこの反応である。手を繋いだときには、キスをしたときには、私からもう一度告白をし直したときには。そんなもちた君の顔をマジかで見られるのかと思うと、さっきまで心配だった事が全て楽しく思えてしまった。
「はい、もちた君の方のクレープ。イチゴでよかったよね」
「ありがとう。……そのクレープは?」
「これはちょっとおまけしてもらったの。二人で食べてって」
時間を確認してみると、映画が始まるまであと一時間もない。このクレープを食べ終わったらどこかに寄り道をするわけでもなく、映画館に向かわないともちた君が見たいといっていた映画に間に合わなくなりそうだった。
「そ、そろそろ行こうか」
もちた君も同じ考えだったのか、私たちはクレープを食べてから少し話した後、手元に残った紙くずをゴミ箱に入れてその場を立ち去った。
もちろん、おまけとしてもらったクレープは二人で仲良く
あれだけ二人で食べろと強調されたから均等になるようにちぎったつもりだけど、もしかしてそれがいけなかった? 確かに間からクリームが出てきたりしたからちぎって食べるものではないとは分かっていたんだけど、そうでもしないと二人で分け合えられないと思うんだよな。
あれほどまでに念を押され、これならこの子でも分かってもらえるだろうと念には念を入れて忠告したつもりだが、どうやらあかりにはそれが伝わっていなかったらしい。
一口あげるだとかそういうのを期待してあかりにクレープを渡したのだが、つい最近まで恋愛というものを全く分かっていなかったあかりにとってはそこまでの発想にいたることはできなかった。
「あの、お願いがあるんですけど、映画が終わった後にちょっと買いものに付き合ってくれませんか。急に買いたいものができちゃって」
だが、その枠な計らいも全く役に立たなかったのかというとそうではない。あかりはあかりなりに、もちたとの距離を縮めていこうと努力していた。
「別にいいけど……。なに買うの? 美術部に使う
「美術部はもう引退しましたよ。確かに絵具もなくなりかけてはいるけど、今日は新しい服が欲しいなって思ったんです」
「あぁ、服か。なんだか早坂さんらしいね」
運がいいことに、私たちの行こうとしている映画館はショッピングモールの中にあるようなところなので、時間を潰そうと思えばいくらでも潰すことができる。
洋服・靴・雑貨・おもちゃ。都内にしてはあまり大きなショッピングモールではないかもしれないが、一日中楽しんでいられるほどのお店と施設は十分にそろっていた。
「ということで、ぜひ私に似合うような服を選んでくださいね。私の彼氏さんなんですから」
ならそれを生かさないはずがない。せっかくクレープ屋さんが私にアドバイスをくれたのだから、距離を縮められるうちに縮めておかなくちゃ。
その日、あかりに連れていかれるままに服を選ばされた挙句、早売りをしていた水着売り場で何着もの水着姿を見せられたもちたはこれほどまでにないほど茹で上がった顔をあかりに見られるのだった。