東方蒼穹弾 ~Ultraviolet from Silver Sol in Stratos.   作:影のビツケンヌ

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Phase 1. その少年、郵便屋につき

 草の匂いのする、暑い朝だった。

 竹林は永遠亭の建っている場所だけ切り拓かれているので、タケに遮られない日光が容赦なく裏庭に降り注ぐ。打ち水をしてもむしろ蒸し暑くなるだけのような気がしてきた。ヒトは汗腺が発達し、水分と塩分さえ十分に摂れば高温環境下でも活動可能だが、高温への適応を汗腺のみに頼っている為、汗が蒸発しない高温多湿の環境には弱いのだ。

 

 「…ふう」

 

 二〇一五年七月二十九日。

 二一二九年の地球から、境界の大妖八雲紫の手でタイムスリップ、幻想入りし、薬師八意永琳の助手として永遠亭(ここ)で暮らすようになってから一年以上、そしてその幻想入りの理由であったブラスト・ハンドレッド排除計画――シジマ作戦から半年以上が経過している。見た目こそ変わっていないが、俺は今十八歳。‘幻想郷を救った英雄’として、四島(しじま)小櫃(おびつ)は受け入れられている。

 幻想入りしたばかりの自分は、およそこんな立場になろうとは思ってもみなかった。単なるヒトの一個体として、歴史の中に埋もれていくだけの存在だと。それが今はどうだ。稗田家の編纂する幻想郷縁起に記載され、この世界の歴史にその文化的遺伝子(ミーム)を未来永劫語り継がれる存在と化している。

 

「…俺の正義は無駄にはならない」

 

 幼い頃の俺の親友は、俺の遂行した正義を否定した。たとえ相手が寛容できぬ悪心を持った者であっても、殺してしまえば同類であると。自らの正義に基いた行為の正当性を証明しようと、元いた世界でバウンティハンター(賞金稼ぎ)として活動してきたが、それは結局死肉漁りでしかなかった。

 悪を砕き、邪を退け、不条理に食らい付く。悪事を働き他人を不当に傷付ける者全てを、地の果てまで追い詰め、塵も残さず撃滅する。新たな世界で開けた第二の人生で、己が信じてきたその茨の道を今一度突き進むと決めた。そして俺は仲間達、そして恋人の鈴仙・優曇華院・イナバと共に、ブラスト・ハンドレッド――エリオット・ウォーカーという凶人を倒し、正義を成し遂げた。悪心ある者を滅することで、英雄と称えられた。

 かくして正当であると証明された俺の正義は、これからも続けていくに足るものだ。

 

「俺は、平和を守り、平和を創る永遠の戦士として生きる」

 

己を顧み、再認識することを、俺は怠らない。それが揺るがぬ意志となり、強さとなる。

 竹林の中に、強い風が吹き込んできた。蒸し暑さをどこかへ押し退けた風は、何かの始まりを俺に予感させるものだった。

 

 

 

 

 

 この日は薬売りのシフトが入っていなかった為、午前中一杯、筋トレ以外には何をするでもなく過ごしていた。鈴仙が薬売りで人里におり、他の同居人達も出払っていたので、食卓は俺と永琳の二人で囲み、食前までと同じ自室でのアンニュイな午後を過ごす――

 

「…駄目だ駄目だ」

 

訳がない。

 退屈が嫌いとか、そういうものでは断じてないのだ。

 待つのは嫌いではない。全力で激しく動かない、例えば待ち合わせで突っ立っていたりターゲット出現まで張り込んでいたりとかなら、持久戦は得意な方だ。それにサバイバルに於いては、待つことも戦略の一つだ。

 鈴仙がそのうち帰ってくることはわかりきっているから、それに対して‘待つ’という行為は意味を為さない。つまり俺は、待つという行為には、待機行動の先にあることに多分に不確定要素を孕んだ(雨が降るのを待つ場合など)目的があって然るべきだと考えているのである。

 要するに、俺はこの余暇をどうにかして‘使う’ことを求めていた。勿論、仕事以外で。今日は一応水曜日で、普段なら人里の道場で師範としての仕事がある筈だが、寺子屋の夏期休業期間、平易な言い方をすれば夏休みに合わせて道場は閉めている。

 

 「…ん?」

 

畳の上で足を投げ出し、手を後ろに突いて、何となしに首を回したところ、自分の得物が視界に入った。

 銀白色の筒状の物体。腕を入れる開口部から銃口までの長さはおよそ五十センチメートル、銃口側に向けてほんの僅かに窄まっている。銃口からおよそ十センチ程度の場所には、幅三ミリ程の溝がぐるりと走っている。左上部――右腕にはめた時に内側に来る部分、長方形に溝が入っている所は、丁度ノートパソコンのように展開されるインターフェイス。二つのトリガーが付いた内部のグリップを握ったまま親指で三つのダイヤルを回せるように、右利き仕様でカスタムされた代物だ。

 

「そうか、それだ」

 

 アームキャノン。正式名称アームキャノン・ジェネラルカスタム。幻想入りの際持ち込んだ、未来の科学技術の賜物であり、Gアームズ社製の世界最高の携行兵器だ。この武器の根幹を成す機構『マルチシューターマシン』の内部構造は、その一切が国家機密レベルで秘匿されており、インターフェイスからアクセスできるデータベースにも情報が記載されていない。

 考えてみると、俺の生命線ともいえるこの武器について、故障した際のことを一切考慮してこなかった。去年の春に自分の身体の異常――成長・老化速度の異常な低下、それに伴う極度の長寿命化に気付き、妖獣である鈴仙と同じ時間を生きられるようにはなったものの、一方でアームキャノンが壊れた場合の危険性が飛躍的に高まってしまったのだ。マルチシューターマシンの複製、交換ができない今の状態では、()()()()()の内の、まだ巧く制御できていない一つを使わざるを得なくなる。

 幸いにも、ジェネラルカスタムを俺の為だけに直々に設計・開発したGアームズ社長ハルベルト・フランケンシュタイン曰く「メンテナンスなしで十四年保証しよう」とのこと――彼は変人だが言葉に偽るところは決してない――だ。じっくり内部構造を調べ上げようではないか。

 こういう時頼りになるのは河童達、特に友人の河城にとりだ。外界から流れ込んでくる道具をリバースエンジニアリング(見よう見真似)で再現できる技術力を持つ彼らなら、解析に十二分な設備を備えているだろうし、にとりは恐らく前々からアームキャノンに興味を持っている。喜んで協力してくれる筈だ。俺はアームキャノンを携えて部屋を出、長い板張りの廊下を歩き、靴を履いて玄関の敷居を跨いだ。

 

 「おお、あれは」

 

するとすぐに、薬箱を抱え、頭頂部からウサギのような長い耳を生やした高校の夏期制服姿の女――鈴仙を門前に認めた。彼女は目の前の男に、何やらしきりに謝罪しているらしかった。それが終わると、彼女は彼に何かを尋ね、彼は思い出したように話し始める。

 

「四島小櫃さんはご在宅ですか?」

「小櫃…ですか」

「ええ」

「どうだったかしら…今日は忙しくて朝食の時以来見かけてないんですよね…」

 

相手は身長一六〇センチ前後、郵便配達員の印が入った軽薄で目立つ赤色の帽子を被り(帽子に被られている気もする)、紺色のピーコートのような服と水色のハーフパンツを身に付け、腰から長い尻尾を生やした華奢な体つきの妖怪の少年だ。

 

 「客人か?」

「ああ、小櫃」

 

近付いて声をかけると、薄紫の長い髪を揺らして鈴仙がこちらを向いた。それに合わせるようにして少年(どうやら鎌鼬であるらしい)もまた俺に視線を向ける。黒髪で黒眼、中性的で整った顔立ちは一見すると少女のそれにも見える。彼は俺の方を見る。強張った顔でポーカーフェイスを装っているつもりだろうが、表情が建前の仮面のように顔面に張り付いているのがわかった。それを掴んで引き剥がせば、恐怖した本音の素顔が出てきそうな位だ。

 

「怯えることはない。俺は弱者の味方だ」

 

俺に関する噂、もとい武勇伝は、どうも一人歩きしている感が否めない。そのせいか、最近は俺を題材にした妙な詩まで作られている。詳しい内容は覚えていないが、俺がまるで悪意ある者に天誅を下す羅刹の如き男のように書かれていた気がする。正直なところ、俺はそこまで大層な奴ではない。あくまで俺は、虐げられる者達の叫びを代弁するだけだ。俺を見て何かを感じ取ったらしい少年には、そういった意味も込めて、微笑を浮かべつつ言ったのだった。俺の言葉に、彼は少しばかり安堵したようだった。

 

 「で、俺に何か用か?」

 

ところで、彼はどんな用向きで訪ねてきたのか。彼は心身共に不調は発見できず、細菌やウイルスへの感染、遺伝子疾患の形跡も()()()()()()。治療や検診が目的でないなら、ここの住人にもっと別な用があると考えて相違ないだろう。

 

「あぁ、ええと。あなた宛に手紙を預かっています」

 

どうやら、彼の郵便マークは伊達ではないらしい。僅かに、そう、重箱の隅を突く位の注意を払わねば感知できない程僅かに震えながらも、俺に手紙を手渡してきた。手紙などいつ振りか、と思ったが、よく考えれば去年の晩秋に紫から一度だけ手紙を貰っていた。

 

「ふむ。悪いな」

 

俺はその場で手紙を開封する。

 差出人、ジキル・グレベリア。きっかり一週間前、キャンピングカーごと幻想入りしてきた科学者の男だ。鴉天狗の射名丸文が新聞‘文々。(ぶんぶんまる)新聞’の号外が、ここ永遠亭にも配られていた。彼のような‘外来人’は別段珍しくもないが、科学者が、しかも車と一緒に入ってくるなど聞いたこともない。余程結界の管理が杜撰だったのだろう。

 

 「…なるほど」

 

 手紙の内容を要約すれば、「同じ外来人同士話がしたい」というものだった。できればすぐにでも面会したい、とも。正確には自分は外来人でなく未来人だが、俺もまた彼の研究に興味が湧いた。現在の科学技術のレベルを知り、俺の住んでいた未来にこの時間軸が繋がるか否かの判断材料とする為だ。…できるなら、俺の知る未来には到達させたくない。

 

「お返事をお届けしましょうか?」

「いや、それには及ばん。今すぐ会いたいそうだ。」

「そうですか。ではお送りしましょうか?」

「道ならわかる。それより…」

「それより?」

 

そしてもう一つ、重要な事項が。

 

「お前も一緒に来て欲しいそうだ」

 

 原文をそのまま抜き出せば、“それと、もし彼がよろしければ、この手紙を届けてくれた蘭丸君とご一緒にいらして下さい。”と、即ちそういうことである。

 

 

 

 

 

 鈴仙に出かける旨を伝えてから、俺と少年は人里への道程についた。

 (はやて)蘭丸(らんまる)というこの鎌鼬は、妖怪の山の麓付近で郵便屋を営んでいるらしい。郵便制度の存在そのものは知っていたとはいえ、コーカサスでの電話やメールなどの習慣が染み付いていた俺は、これまでどうも手紙を書く気にはなれなかった。投函してから相手に届くまでの時間を悠長に待っていられない急用、即ちバウンティハンターとしての生死を賭けた危険な依頼が、土日祝日問わず毎日のように舞い込んでいた頃の自分を拭いきれていないことが、今回改めてわかり、心中で苦笑した。

 

 「ええと、出口はどっちの方向でしたっけ…」

 

恐らく妹紅に道案内を頼んでここまで来たのだろう、蘭丸は門前に立ち尽くしたまま、あっちにこっちにきょろきょろ首を動かしている。正確な場所を把握していない者には、迷いの竹林に阻まれた永遠亭へと辿り着くことなど不可能に近い。しかし、彼にはきっともっと別の意図がある。

 

「何してる。出口なんか探さなくても飛んでいけばいいだろう」

「え、飛べるんですか?」

 

それは、間違いなく俺への無用な気遣いだ。彼には些か、俺についての知識が不足しているような気色が見受けられる。彼にとっては俺は唯強いだけの人間かもしれない。どういうことかというと、それは当然彼の言葉通り、「小櫃が飛べる筈がない」という先入観である。

 

「全く支障なく」

「大変失礼いたしました」

 

 鎌鼬らしく風を纏って上昇していく蘭丸を追い、俺もすぐに離陸を始めた。

 背中、踵、尾てい骨の辺りに、身体の芯から力を込める。するとそのそれぞれの部位から――背中と尾てい骨は服を、踵は靴をすり抜けて、ゴオッと漆黒の奔流が噴き出し、俺の身体を空中に押し出した。噴射する強さと角度を力の込め具合で的確に微調整しつつ、俺はタケの梢を抜け、蘭丸のいる高度までやってきた。

 見当違いの方向を向いている蘭丸に、俺は声をかけて人里を指し示した。

 

「人里はこっちだぞ」

「あ、はい! …え」

 

彼は俺の方を向いたが、俺を視界に捉えるなり目を見開いた。

 

「小櫃さん…その黒煙は?」

「黒煙?」

 

言われて俺は自分の身体を見、瞬時に理解する。

 

「…まあそう見えるか」

 

 自分のこの飛行方法、もとい能力が異質なものであることは百も承知だ。幻想郷の妖怪、霊力や魔力を持つ人間の一部は、翼の有無に関わらず空を飛べる者が多い。その飛行原理はまちまちだが、ある者は空間に妖力を緩く固定して浮かび、またある者は全身から霊力を放出して浮かび、そのどれもが、既存の法則に縛られない‘自由な’飛行方法だ。理詰めの俺とは訳が違う。

 

 「これは‘バイオブースター’といって、バイオエナジーを俺の身体から直接噴射し、その反作用で空を飛ぶ能力だ」

 

無謀にも、俺は蘭丸に己の稚拙な説明能力で以って講釈を垂れようとした。が、

 

「…ばいおえなじー?」

「…ああそうか。そこからだな。まずは…」

 

失念していた。彼は俺に関して、そして俺の世界に関しての知識をそれほど持ち合わせていない。…多分、俺の想像以上に。詳しい説明は稗田家の編纂する幻想郷の資料に任せることにし、俺は自分にでき得る限り簡潔に纏めた説明を始めた。

 

「生物は体内で特殊な素粒子様の物質を無限に生成・循環させている。生物のあらゆる生命活動の根幹を成すこれが‘バイオエナジー’だ。俺を始め、『インフィニタス』と呼ばれる者はこれらを媒体とした特殊能力を使用することができる。その内の一つが、このバイオブースターだ」

「な、なるほど…」

「ハハハハ、なに、すぐには解るまい。バイオエナジーは幻想郷にはなかった概念だ、愛想で話合わせは無用だぞ」

 

また、暫く話して俺の竹林の抜け方の話になった時も、

 

「先程バイオエナジーの話はしたな? バイオエナジーは本来、ある一定以上の密度を持たねば視認すらできん。だが俺の能力――‘スキャニング’を使えば、赤ないし青色の光としてそれらを視ることが可能だ。タケは地面と平行且つ広範囲に根を伸ばし、そこから新しい芽、即ちタケノコを生やしていく。一つの竹林がたった一株のタケだけで成り立っていることも珍しい話ではない。実際この竹林は僅か七、八株、人里までの最短距離なら根の上を通るのは一株半程度だ。バイオエナジーの流動から根の伸び方を視た上で、根が張られていない場所を割り出せば、俺は迷わず進める」

「そんなことまでできるんですか!?」

「あぁ。タケだって生物だろう?」

 

 長々と説明ばかりしていても、蘭丸は俺の話をよく聞き、理解しようと努力している。老人臭く思えるかもしれないが、こうして自分の話を聞いてくれる人間は好きだ。

 郵便屋の鎌鼬、颯蘭丸。彼は俺の頭の中にしっかりと書き記された。




ハイ、どうも。ビツケンヌであります。
更新が遅れるとは予測していたものの、まさかこれ程とは…

今回は二回目のコラボで、自分が小櫃視点への書き直しを担当しております。
ラケットコワスター様、そして読者の皆様、私めはこれを誠心誠意書き上げて参りますので、何卒よろしくお願いします。
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