東方蒼穹弾 ~Ultraviolet from Silver Sol in Stratos.   作:影のビツケンヌ

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Phase 2. オカマ、それもまたよし

 竹林から北上を続け、ようやく人里が見えてきた。同時に、南東部に居座るそれが嫌でも目に付く。

 

 「これが…‘きゃんぴんぐかー’ですか」

 

キャンピングカーを初めて見た蘭丸の感想だ。幻想郷の住人にとって、このトヨタ自動車製の文明の利器は鉄の塊程度の認識でしかないだろう。面白いことにハイブリッドカーであることを示すマークが貼ってあったが、ガソリンエンジンや電動モーターならまだしも、回生ブレーキの原理など理解できまい。

 

「気になるのも仕方ないが置いていくぞ」

「あっ! ま、待って下さい!」

 

 思ったより軽い扉を開けると、案の定その男、ジキルはすぐ近くで待ち構えていた。ご丁寧にテーブルと椅子、茶の準備までしてある。

 

「ようこそいらっしゃい。来てくれて嬉しいわ」

 

オカマだった。無造作な茶髪、茶色の目で、コーカソイドにしては鼻が低めだ。眼にはコンタクトレンズを入れているらしい。緑色のTシャツに茶色のズボンを着、その上から白衣を羽織っていて、どれも若干くたびれている。研究以外にはあまり手の回らないタイプのようだ。知り合いに似たような輩がいた――あちらは正真正銘女だったが。

 

「四島小櫃だ。招待感謝する」

 

やはり欧米人の性か、彼――彼女というべきかはまだ定かでないので、取り敢えずは「彼」にしておく――は右手を差し出し、俺に握手を求めてくる。コーカサスでは別段珍しくもなかったから、俺は極自然に握手を返すことができた。繊細で、器用さがありありと滲む手だった。

 俺と蘭丸は用意された椅子に腰掛ける。俺はこのずぼらそうな科学者に、改めて用件を尋ねた。

 

「で、何の用だ?」

「ええ。アタシは幻想郷を今調査してるのだけれど、聞けばアナタも元は外の世界の住人だったって言うじゃない。そこでよ。アタシとしては幻想郷ライフの先輩であるアナタからお話をうかがいたいのよ」

「幻想郷の調査か…」

 

 人里の住人達から聞いた話だが、外来人の多くは帰る前に観光しようとするらしい。魑魅魍魎の跋扈するこの世界に於いてそれがどんなに危険な行為であれ、人の好奇心というのは止められぬものだ。あまつさえ彼は見て廻るだけでなく、更に一歩二歩踏み込んで「調査」したいという。

 

「面白い。その位なら幾らでも協力しよう。代わりといっては何だが、お前は見たところ科学者のようだし、研究内容について教えてはくれないか?」

 

ともあれ、俺の目的は外の技術レベルを知ること。ビジネスではないが、互いに巧く利用し合うことにしよう。

 

 「嬉しいわ。じゃあまずアタシの質問からでいいかしら?」

「あぁ」

「少し前にアナタに関する資料を見たわ。それによるとアナタの左腕は欠損状態とされていたけど…見たところ左腕には傷一つないわね。ひょっとすると幻想郷には細胞を復活させる技術があったりするのかしら…?」

「左腕?」

 

ジキルの口から出た最初の質問の意図を量りかね、俺は左腕を見やった。一見何の変哲もない左腕がそこにはあるが、スキャニングはそれの特異性を容易く見破ることができる。そこでようやく、

 

「…阿求め、怠けて更新が遅れているな」

 

俺は友人の怠惰に気付き、情報の遅さを憂いた。

 俺に関する資料として最も詳しいのは、やはり稗田家が妖怪への対策を纏め代々編纂している幻想郷縁起だろう。ジキルが読んだのも恐らくこれだろうが、しかし信用できるとは限らない。エリオットの一件――俺が左腕を失ったのもこの時だ――から俺も特殊な人間『インフィニタス』として載ったのだが、定期的に確認しに行かなかったのが間違いだったらしい。現在の当主阿求は、俺が去年の夏に初めて縁起を閲覧しに来るまで、縁起に顕在していた主観や誇張、言い伝えからの誤解を是正しようともしなかったようなのだ。今回ジキルの俺に対する認識に相違があったのは、偏にそいつのせいだ。

 

 「あら?ひょっとして何か違った?」

「…この腕は神経の通った培養皮膚を筋電義手に貼り付けてあるだけだ。それも二ヶ月も前からな。全く、幻想郷縁起に日付も記載するようあいつに言っておけばよかった…」

 

『イシュタルFV-0』と名付けたこの義手は、外の世界での一般的な義手と異なり、身体と完全に融合させてしまう為サイボーグに近い。切断された際に体内に残っていた上腕骨を取り除き、タンタル製人工骨格を用いた義手を腱と神経系に繋ぎ合わせた後、血管や神経組織を張り巡らせた培養皮膚で全体を覆い隠す。お陰で世間一般に認知されているサイボーグの姿とは一線を画した大分有機的な見た目を維持できている。輝夜の能力で『永遠』にされているので、機械のメンテナンスもいらない。

 

「皮膚組織の培養!? 驚いた。幻想郷の技術はそこまで進んでるのね」

「ああ、永琳はその技術を持っている。幻想郷縁起で見なかったか? 竹林の医者だ」

「へぇ…成程竹林の、ねぇ…今度訪ねてみようかしらね」

 

白衣からメモ帳とボールペンを取り出し、お世辞にも綺麗とは言いがたい字で何やら走り書きするジキル。彼は筋電義手の方には驚かなかった。生物系なのだろうか。

 確かに、皮膚組織をそのまま利用できる形で培養するのは大変だ。普通にシャーレで分化・増殖させるだけでは細胞が立体的でなくなるだけでなく容器底面に張り付いてしまい、一度細胞同士の繋がりを断ち切らねばならなくなる。この問題を解決する為に永琳は妙な霊薬を使っていた。…身体に悪いものではなかったと思いたい。

 

 「後もう一ついいかしら?」

 

メモを取り終えたジキルからの質問は続く。

 

「あぁ。なんだ?」

「それについて…よければ聞かせてもらえるかしら?」

「ああこれか」

 

彼の指差す先には俺の右腕(アームキャノン)。自衛の為いつも持ち歩いているものだが、ジキルが興味を持つかもしれないというのも、ここに持ってきた理由の一つではある。

 

「少々説明が長くなるが…バイオエナジー、というのは外界で聞いたことはないだろう?」

 

一応尋ねてみると、ジキルは頭を振る。当然だろう。寧ろ発見される方が困る。

 

「幻想郷縁起を見ているならわかるだろうが、俺は西暦二一二九年、今から一世紀以上先の未来から来た人間だ。その点を踏まえて話す」

 

そしてここからは、怒涛の説明タイムだ。蘭丸に説明した時はレベルを下げたが、今回はそうはいかない。

 

 「俺のいた世界線では、二〇五〇年代、とある重工業会社(インダストリー)のお抱え科学者が、生体内から特異な素粒子様の物質を発見し、‘バイオエナジー’と名付けた。それまで発見されていたどの素粒子でも構成されておらず、生体細胞内で産生、体外に取り出しても無限に補充され続け、そのプロセスは一切が不明。既存の科学装置ではその取り扱いは勿論、認識・数値化することすら不可能だ。この不可解極まりない物質は、あらゆる生物の体内を流動・循環し、それが生物の、自己増殖、エネルギー変換、恒常性(ホメオスタシス)維持を始めとしたありとあらゆる生命活動に対して相互作用する」

「な、成程。バイオエナジー、ね。面白いわ。そんなものが存在してるなんて考えてもみなかった」

 

いきなり未知の物質の存在を明かされ、ジキルは抑えてはいるようだがかなり驚いた様子だ。いい反応をしてくれる。

 

「理解が早いようで助かる。で、これが、」

 

少々格好付けても悪いことはあるまい。アームキャノンを外し、開口部を下にして立てた状態でテーブルクロスの上に置いた。

 

「先に話した企業‘Gアームズ’が巨大軍事企業にまで成長した後、独占・秘匿し続けていたバイオエナジーの取り扱い技術の粋を集め産み出した‘アームキャノン’の究極系、世界最高の携行兵器『アームキャノン・ジェネラルカスタム』だ」

 

 これでようやく本題に入ることができる。現代に於いてはオーバーテクノロジーの塊であろうこの兵器についての説明が始まった。

 

「この筒型携行兵器は、バイオエナジーを腕から体外に取り出し、それを様々な形態に変化、展開及び射出を行なう精密機器であって、正確には銃器ではない。光ファイバーや回折格子、フォトニック結晶を利用した光CPUが、バイオエナジーの状態を超高速で記憶演算処理し、プログラミング次第で、戦闘以外にもバイオエナジーの様々な使用方法の確立を可能にしている」

 

ジキルはアームキャノンを恐る恐る手に取る。シンプルで玩具臭い外見の割りに重量がある為か、白衣の腕がずしりと沈んだ。インターフェイスを指してその部位を押すよう促すと、彼はその通りそこを押し、フィーチャーフォンよろしくパカッと現れたそれに感心したような目を向ける。

 

「無論武器としては極めて有能だ。例えばバイオエナジーを弾丸化して発射する場合でも、バイオエナジー自体が無限にあるようなものだから弾切れしない、通常の銃のような給弾機構でないから弾詰まり(ジャム)も起こらない。生物に対しては体内のバイオエナジーに直接作用、内部から細胞レベルでダメージを与え破壊し、非生物に対しては分子構造の隙間にバイオエナジーの粒子が抉り込み、その結合を強制的に自壊させる。出力が一定以上なら、非殺傷兵器のレベルまで威力を落としていても、痛覚を激しく刺激する強大なストッピングパワーがある」

「成程ねえ…」

 

 このキャンピングカーの生活空間の中には、ジキルの母国にあったと思しき物品が散見された。紙袋やビニール袋、マグネット、ペーパーウェイト…俺の目に狂いがなければ、恐らくはアメリカのものだ。

 彼がここまで流暢に日本語を操っているところを見るに、元々アメリカに住んでいたのが日本に帰化したのだろう。理由はともあれ、銃社会であった米国の出身者が銃の話題(先も説明した通り()()()()銃器ではないのだが)で反応するのも無理はない。

 アームキャノンをしげしげと眺めつつ、ジキルはまた問うた。それに俺は応じる。

 

「しかし先程の皮膚の培養技術然り、このアームキャノン然り幻想郷の技術がなかなか進んでるのはわかったわ。……でもこれだけの数の弾薬や様々な機能を装備して、管理や手入れはアナタ一人では中々難しいんじゃないかしら?」

「メンテナンスなら問題ない。自分でもできない訳じゃないが、その手の専門家が友人にいるから、大抵のことはどうにかなる」

「ご友人?幻想郷のメカニックだったりするの?」

「あぁ。技術者連中だ。にとりや素子…あいつらには大いに助けられている」

 

 話はそのまま幻想郷の妖怪、固有種を始めとする生物、更に文化へと発展していき、それはとても楽しいものだった。彼と話すうちに、幻想郷と外との意外な差異に驚くなど、自分の中で新たな発見もあった。

 いい出会いをしたものだと、心からそう思う。

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