とある魔術の禁書目録にARMSを入れてみた(仮)   作:コウ・カルナギ

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錬金術師の男は言う。

少女を救う為に吸血鬼の力が欲しい。

まずは事情の説明を。

そして男は知るだろう。

全ての魔術師の天敵を。

全ての超能力者の天敵を。

その少年が、少女を救う鍵だということを。


「会合」

 黒嶺と上条が白雪と話をしていた頃。

 一人の少年は闇の中にいた。

 

 少年の名は、『一方通行(アクセラレータ)』。

 

 本名は姓が二文字で名前が三文字のどこにでもあるような名前らしいのだが、その名を知る者はいない。

 故に誰もがその通り名で彼を呼ぶ。

 粒子加速装置の異名を持った――学園都市でも指折りの超能力者(レベル5)だ。

 そして、全学生の頂点に座す第一位の称号を持つ少年である。

 しかしその実態は、知らぬ者が見れば侮ってしまうものだった。

 白髪に赤い目。

 アルビノではあるが、虚弱ではない。

 中性的な体格で、何も知らない人間からしてみれば病弱な少年と間違われても仕方のない容姿をしていた。

 どう控えめに言ってももやしっ子の称号が似合うような体格だ。

 そのせいか、頻繁に彼は下剋上を狙う少年たちに襲撃を受けてしまう。

 しかし。

 学園都市第一位という肩書は伊達では無いのだ。

 その全てを少年は何もせずに弾き返した。

 文字通り、手も足も出さずに、だ。

 それ程の力を持っている。

 だから。

 この少年がまだ幼い小学生の頃――彼一人を抑えるために学園都市は戦車やヘリを持ち出した。

 言うなれば、個人対軍隊だ。

 

 ――『一方通行』は、人の姿をした化物である。

 

 そう、大人が判断を下したのだ。

 どこまでも身勝手で、醜悪な言葉だった。身勝手もここに極まりないと言えるだろう。

 だが、どこかで彼はその言葉を肯定していた。

 でなければ。

 そう――でなければ。

 

 彼の足元で動かなくなった少女は何の為に――自分に殺されたと言うのか。

 

 

 

 初めは、一人。

 

 次は、一〇人。

 

 更に、一〇〇人。

 

 今度は、一〇〇〇人。

 

 そして、一万人。

 

 

 

 箱庭の中に更に区切られた煉獄で、少年は地獄絵図を作り上げた。

 科学者に言われたから。

 新しい可能性に必要な犠牲だから。

 絶対の力を欲したから。

 言い訳なんぞ、幾らでも浮かんでくる。

 だが、もう始まっている。

 止まれない。

 止まってはいられない。

 これは「人形」だ。

 血と肉と骨、それに装置によって知識を植え付けられただけの――人形。

 科学者たちは言う。

 単価は一八万。それだけの価値しかなく――自分に殺される事が存在理由だと。

 言われるままに。

 望まれるままに。

 既に一万を殺した。

 やっと――折り返し地点。

 摩耗した人としての倫理観。最早悲鳴も慟哭も枯れ果て、嘗ての自分の願いなど、覚えていない。

 何故「絶対」の能力者になりたいのか。

 答えは既に血の河に汚れ、骨の山に埋もれてしまった。

 それでも、『先』が見えた。

 「絶対能力者(レベル6)」へと進化すれば、きっとその願いも思い出せるだろう。

 煩わしい馬鹿共も突っかかってこなくなるに違いない。

 超能力者でも届かない孤高の一。

 そこまで上がれば――。

 見えない『糸』で操られた学園都市の怪物は、静かに(わら)う。

 絶対の力を求め、今日も少年(かいぶつ)は血に染まる。

 死者の血で舗装された道を、今日も往く。

 例え一万人以上を殺そうとも、未だに軋み悲鳴を上げる『心』を自覚せずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白雪と再会した翌日。

 昼過ぎまで眠っていた黒嶺たちは、そのまま地下街へと向かった。

 黒嶺は無論日光を浴びると危険な白雪を『黒渦穿孔(ブラックホール)』を使って転移させている。既に彼女は黒いドレスを脱いで、黒嶺の私服を借りて着ていた。

 しかし、その美貌が陰ることはない。

 男の七分丈の大き目の象牙色のズボンから伸びる細く長い脚には地下街を歩く女性陣の羨望の視線が突き刺さるし、黒嶺の青いワイシャツを突き上げる双子山には男の視線が注がれる。中に着ている黒いTシャツで谷間はそこまで見えないとは言え、その質量は服の上からでも容易に想像出来た。

 そして、その肌は白磁のように白く、異国情緒溢れる銀髪碧眼の美少女。

 注目を集めているが――しかしナンパをしようとする男は現れない。

 隣に黒嶺がいるからだ。

 上条は平均的な身長だからそこまで脅威は感じないだろうが、しかし黒嶺は違う。

 この男は、派手だ。

 二メートルを超える長身で、筋肉の鎧を纏い、獣のような風貌をしている。

 顔立ちも彫りが深く、まるで獅子や熊に喩えられてもおかしくはないような顔つきをしていた。

 明らかに荒事に精通していると人に認識されそうな風貌だ。

 そしてそれは間違いではない。上条も黒嶺も殴り飛ばした人数は数えた事は無いがそれなりだ。

 例えその事実を知らなくとも、カツアゲをしようとする人間を道中のついでに殴り飛ばすような人間のツレに手を出すような勇者など――そうはないだろう。

「ぐぶぇ!?」

 潰れた蛙のような声を上げて引っ繰り返るチンピラ。他の連中も倒れている。

 黒嶺と上条の後ろには、カツアゲされていた学生の姿があった。身長や顔立ちから察するにまだ中学生なのだろう。白雪の腕の中に守られるように抱き締められ、中学生の少年は顔を真っ赤にしていた。

 即座に二人は警備員(アンチスキル)に通報。警備員が来るまで起きないくらいの強さ――具体的には半日以上は起きないような威力で殴ったのでこのまま放置で良いだろう。他の通行人も面白がって写メを撮り始めている。

 何故なら、黒嶺が黒い渦から取りだしたビニール紐で雁字搦めに拘束された上で、「ボクらはカツアゲしようとした人間のクズです」と書かれたプラカードを首から下げて人目に晒されているからだ。

 中学生の少年は、三人に頭を下げて去っていった。

 勿論黒嶺たちもそのまま買い物を続ける為に歩を進める。あんなチンピラに使う時間など一秒も無い。今日の夜には三沢塾でドンパチやるかもしれないのだ。

 だから三人はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 通報を受けた警備員は地下街にやって来た。

 そこにはビニール紐で縛られた恥ずかしい馬鹿共の姿があった。

 首にはプラカードがあり、何故こんな事になったのかを如実に説明されてある。

 周囲にいた見物人や店の従業員にも話を聞いて裏付けを取り、連行する事になった。

「ほら、さっさと起きるじゃんよクソガキ共」

 上条たちの高校の教師でもある黄泉川愛穂(よみかわあいほ)を始めとした警備員たちに叩き起こされ、チンピラ共は御用となった。取り合えず未遂なので留置所にぶち込まれるだけで終わるだろうが、彼等の受難はそれだけでは終わらない。

 既にネットには、カツアゲをしようとしていた事実と殴られて無様を晒した写真が掲載されており、笑い者になっているのだ。

 

 後日それを知った彼等はこの元凶である二人を見つけようと躍起になり、絡んだ鉢巻きをした旭日旗風のTシャツの少年にブン殴られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ブティックや下着売り場を巡り、必要なモノを買い集める白雪。

 本人の好みがやや男物っぽい服だと言うが、それが誰の影響なのかは上条にはすぐ解った。

 実際、今日の黒嶺は黒の長袖のTシャツの上から灰色をした半袖のワイシャツ、若草色のカーゴパンツを着ている。本人はピッチリした肌に密着するような服が苦手だった。だからタンクトップのようなタイトな服は一枚も持っていない。

 しかし白雪にはそういった服も気に入っていたようだ。買い物カゴにはその手の服も入っている。

 ファッションに一喜一憂する白雪を見ていると、とても吸血鬼だとは気付けない。

 どこにでもいるような普通の女の子だ。

 ……人目を惹く美しさは目を見張るものがあるが。

 そんな時だ。

 

「成程。彼女が「カインの末裔」か」

 

 そんな声が、背後から聞こえた。

 咄嗟に店から出る。

 店先から聞こえた声は、男らしい低い声。

 しかしどこか年若くも聴こえた。恐らく、十代後半。十七より下ではないだろう。

 即座に二人は、警戒する。

 そこには、緑の髪をオールバックにした白いスーツ姿の男がいた。

 どこか神経質そうな顔。

 違和感。

 この科学の街において、何かがズレた雰囲気を男か感じる。

 具体的に言えば――白雪と似ているような。

 

 

 

 ――良いか、黒やんカミやん。十中八九、三沢塾を魔術師が乗っ取ったみたいだぜい。

 

 土御門の言葉を思い出した。

 

 ――そいつは、「アウレオルス=イザード」って魔術師――いや、錬金術師だ。

 ――もし、そいつと街中で遭ったのなら、即座に伊須那っちを連れて撤退を勧めるぜい。

 

 咄嗟に白雪に眼を遣る。こちらには気付かず楽しい買い物タイムを満喫しているようだ。清算の為にレジに並び、金を払っている姿が見えた。

 無防備な背中。

 無論、彼女も魔術師――いや、呪術師の端くれ。例え背後からの攻撃でも自衛手段は持っているだろう。

 しかしそれでも、初撃で致命傷を受ける可能性もあるのだ。

 警戒する黒嶺たち。

 そんな彼等を尻目に。

 錬金術師は、何かをするでもなく――白雪をただじっと見ていた。

 その表情からは、まるで長い旅路の果てに、目的のモノを発見した探検家のような雰囲気が感じられた。

 そしてそれが――黒嶺と上条の不安を煽る。

 

 ――ヤツは、「反則技」を持ってる。それがもし使えるようになってたら、世界がヤバい。

 ――「黄金錬成(アルス・マグナ)」っつってな。

 

 その言葉が、脳裏を過ぎったからだ。

 

 ――『世界の全てを思い通りに出来る』魔術が使える可能性がある。

 

 何かをされるよりも早く。

 黒嶺が動く。

 『黒渦穿孔』を発動させようとして――

「待て」

 その緑の髪の男は手と言葉で制した。

 穏やかな声。

 少なくとも、ここで荒事にしない分別くらいはあるようだ。

 しかし。

 黒嶺も上条も気付いていた。

 アウレオルスという男が、「決壊」寸前だという事に。

 今はまだ表面張力で保っているようだが、何か一つでも間違えば溢れ出す。

 そう、見て取れた。

「亮然。吸血鬼の知人と見受けるが……少し話をしないか?」

 自然体だ。

 これは、「勝てる」と確信している態度ではない。

 これは――「必ず勝つ」と、決意した男の態度だ。

 二人はその態度に警戒の度合いを一つ上げる。思い込んでいる人間は、それだけで脅威だ。

 何をするのか解らない。

 しかしこのままではいけない。何が導火線になるかは解らないが、それでも確認が必要な問題が一つ。

 話すにしても、確認しておかなければならない事があった。これは最優先事項だ。

「話をする事には構わねぇが……『吸血殺し』はどこだ?」

 そう。

 目的であり、警戒対象である『吸血殺し』がここにいれば、白雪の理性は飛び、血を吸ってしまうかもしれない。

 例え彼女が吸血鬼のハーフであろうとも、その少女の血を吸えば死ぬ。

 そう聞いている以上、居場所を訊く必要があった。

「当然。ここには連れてきていない」

 その言葉を聞いて、黒嶺と上条はほっと胸を撫で下ろした。

 どうやらこの男も、白雪と『吸血殺し』の邂逅には慎重を期しているようだ。

 そんな時だ。

「いやー。地下街っていいねぇ。いつも通販だけど、こうして自分で買うってのは最高だね!」

 白雪が服を買ってご満悦の表情で出てきた。

 だから黒嶺は、気に入った服を買えてご満悦の白雪に、

「白雪、『吸血殺し』の関係者だ。ちょっと話があるって事だから、先に部屋に戻ってくれねぇか」

 彼女は即座に満面の笑みを消して、切り替える。

 状況を理解したようだ。

「了解だよ。ボクはちょっと部屋に戻っておくから、門を開けてくれないかな?」

「ほら」

 黒嶺の生み出した人がすっぽりと入る大きさの黒渦に、手にした紙袋ごとそのまま飛び込む白雪。

 渦の向こうで、「うにゃー!?」といった素っ頓狂な声が聴こえた。大方バランスを崩して転んだのだろう。先に荷物だけ門を通過させれば良かったのでは、と黒嶺は思ったが、こうなった以上は仕方ない。

 唖然した様子の錬金術師に黒嶺は提案した。

「……なあ。こんな往来じゃあ、盗み聞きされる可能性もあるからな。河岸を変えねぇか?」

「了解。それではどこに?」

 それに上条が案を出した。

「喫茶店で良いだろ」

 別に戦うような空気でもない。

 ここ素直に情報交換をした方がどちらにとっても有益だろう。

 故に、上条の提案は受け入れられた。

「まあ、それもそうか」

「欣然。こちらとしてもその方が有り難い」

 こうして、男三人の会談が成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し歩き、路地裏にある小さい趣のある喫茶店に入る。

 上条が言い出した以上場所を決めるのは当然だが、少々この小洒落た内装はこの男の趣味には合わない。

 となると。

「なんだ? また女を引っ掛けたか」

 そんな友人の言葉に上条は言い返す。

「そんなんじゃねぇよ。ほら、例の常盤台の超能力者(レベル5)だって。アイツ、事ある毎に俺をこういった店に連れ出してメシを食うんだぜ?」

 だから覚えていただけだ、と上条は言う。

 しかし黒嶺は、内心では「それってデートじゃねぇのかね?」とは思ったが口には出さなかった。

 何度か会った事のある金髪で巨乳の女子中学生。

 瞳の中に星型の痣があるのが特徴の美人な女の子だ。

 ……そして、上条に惚れている少女の一人。

 まあ、それはいい。

 本題に入ろう。

 黒嶺は、黒い渦をテーブルの上に生み出した。

「聴こえるか、白雪?」

 その渦の向こうから、返答の声が聴こえた。

「うん。聴こえているよー」

 上条やアウレオルスには見えていないが、黒嶺には渦の向こう側の様子が見えているのだ。そこには白雪の他に、土御門と『バロール』の姿もあった。

 錬金術師に存在を気取られないように、静かに同席しているのである。

 場合によっては筆談で指示を受けた黒嶺が応対する手筈になっていた。

 早速、土御門から質問が飛んだ。

 ――『何故、学園都市に来たのか、改めて質問してみてくれ』。

 店員に注文を告げ、黒嶺は土御門からの質問を実行に移す。

 実は自分的にも気になってはいたのだ。

 土御門は「機密だから話せない」の一点張りで、事情を知る事が出来なかった。

 である以上、本人の口から語られた方が良い。

「じゃあ、まずは俺から質問いいか?」

「亮然。構わん。――いや、少し待て」

 アウレオルスは運ばれてきた珈琲を手に取り、口に運ぶ。

 それと同時に懐から取り出した鈴を鳴らした。

 すると、店の従業員やまばらにいた客が次々と支払いを済ませて店を出ていくではないか。

「『人払い』の鈴だ。鈴を見ていない者は全員この場から退席する効果がある」

 これで堂々と魔術の話が出来る。

 だからまずは上条が質問した。

「んじゃあ、……なんでアンタは学園都市に――いや、なんで学習塾を乗っ取ったんだ? 吸血鬼になりたかったのか?」

「否」

 しかしそれは言下に否定される。 

「皆目。私の目的は一つだ。その目的の為にあの学習塾を利用している」

 上条と黒嶺は首を傾げる。

 魔術師が学習塾を乗っ取って何の目的を達成しようと言うのか。

「……なんだアンタ、学生に魔術でも教えようってのか?」

 上条がそう問い掛ける。

 それを聞いて意外そうな顔をするアウレルオス。

「……お前達は知らんようだな」

 黒い渦の向こうで白雪も土御門も厳しい顔をしており、それを『バロール』が興味深そうに見上げている。

「超能力、という力を得た以上――その者は魔術を使えない」

「なんでだ?」

「当然。超能力とは『才能』だ。しかし魔術はその才が無い者たちの為に作られた」

 故に、と前置きして。

「我等は、火だろうと水だろうと、概念ですら準備をする事で操れる。まあ、規模や質にも差異はあるがな。しかし――そこの巨躯の少年が空間を黒い渦で繋げたが、そんな事が簡単に出来るような魔術師はそうはいない」

 準備を整える事で万象を操れる魔術と、準備無しで決められた異能を操れる超能力。

「故に、科学の力で異能を発現させた者にとって魔術は爆弾と言える。身体の機能が違うのだ。使えば、肉体の一部が内から爆ぜる。出来の悪いロシアンルーレットのようなモノだ。弱い魔術でも反動は相当のものだと聞く。もし仮に大規模な魔術を使用すれば――まあ、命の保障は出来ん」

 淡々と、そう説明するアウレルオス。

 ……そうか。

 黒嶺と上条は理解した。

 土御門がどんな思いでこの学園都市に来たのかは知らない。

 しかし手にした力を捨てなければならないのだ。それがどれ程辛かっただろうか。

 いつもおちゃらけた友人の内心を想い、密かに上条は歯を軋ませ、黒嶺は両手を壊れる位に強く握り締めた。

 黒嶺の部屋で苦笑する土御門の顔には、心配してくれる嬉しさと申し訳なさが浮かんでいる。

 そんな彼は、当初の予定を放り投げて、渦の向こうにいる錬金術師に声を掛けた。

「アウレルオス=イザード」

 その声を聴いた瞬間――錬金術師は驚いた顔を見せた。

「唖然。……その声、イギリス清教の」

「ああ。必要悪の教会の構成員、土御門元春だ」

 しかし直ぐに気を取り直し、

「……成程。私の経歴を教え、超能力者が魔術を使う危険性を教えなかったのは貴様だな。魔術に詳しい協力者がいるとは思っていたが、ある種妥当だ」

 合点がいった様子でアウレオルスは頷く。

「……一応、ボクも呪術師なんだけどねぇ」

 白雪がそう言うものの、しかし彼女は在野の呪術師であり、組織に属しているわけではないのだ。組織に所属していた人間を詳細に知らないのも当然と言えた。

「ここからは俺の質問に答えろ。アウレオルス=イザード」

「了解。それもまた良いだろう」

 しかし土御門は躊躇うように、少し逡巡し――言った。

 

「お前は――『黄金錬成』を使えるのか?」

 

 この返答次第では、土御門はアウレオルスを殺さなくてはならない。

 それ程までに危険な質問だった。

 しかしアウレオルス本人は実にあっさりと答えた。

「無論。我が祖が遺した資料を基に研究を重ね、『黄金錬成』は完成した。…………いや、『完成しかけている』といった所か」

 黄金錬成。

 それは、錬金術の到達点の一つ。

 世界の全てを脳内でシュミレートし、それ等全てを脳内から引っ張り出す魔術だったか。

「元々人の身で数百年の時間が掛かる膨大な呪文だ。ならば、その呪文を分散させればいい。一人ではなく、一〇人に。一〇人ではなく、一〇〇人に。そして――私は今現在、二〇〇〇人の生徒を操り――詠唱させている」

 今、この男は何と言った?

 二千人もの生徒に、反動で身体が破裂するような魔術を使わせている――だと?

 意思を奪い、詠唱するだけの人形に変えている――とでも言うつもりか?

「ストップだ、カミやん黒やん」

 立ち上がりかけた友人二人に土御門の声が静止を訴えた。

「だけどよ……!」

「流石に人が死ぬような目にあってんのを見逃す理由にはならねぇぞ」

 二人の抗議の声。

「解ってる。なあ、アウレオルス。お前が学園都市に来たのは、二日前だな」

「その通りだ」

「なら、詠唱させてんのは――昨日からか」

 

「そうだ。まだ半ばもいっていないが――それでもほぼ全員が血に染まっている。一人として死ななかったのは偶然だが」

 

 瞬間。

 黒嶺の腕が即座に伸び、アウレオルスの胸倉を掴んだ。

 これは、許していいような問題ではない。

「テメェ……!」

「なんなんだよ。何がしてぇんだよテメェは!?」

 上条もまた怒り、詰問する。

 アウレオルスは、己の行いに罪悪感を感じているのか、微かに視線を逸らし――しかし毅然とした態度で言う。

「本然。私の目的は、ある少女の救済だ」

 その言葉に、更に上条は激昂する。

 誰かを犠牲に少女を救う。

 字面は素晴らしいが、犠牲になる方からしたら冗談では済まされない。

「ふっっざけんじゃねぇぞ! 誰かを助けるのに、二〇〇〇人を犠牲にするってか!? それじゃあ、助けられた人間がその二〇〇〇人分の十字架を背負う事になんだろうがっ!」

「大丈夫だ。既に魔術で傷は癒してある。少なくとも命に別状はない。……現状では、だがな」

 努めて淡々と喋るアウレオルス。しかし、その言外の意味は容易に読み取れた。

 つまり、呪文が後半になれば、死ぬ可能性も高くなる――ということだろう。

 しかし。

「……それじゃあ、アンタもその女の子も救われねぇだろ! 他人の命食い潰して、それで救われたその子が幸せになれるとでも思ってるのかよ!?」

 上条がそう言うと、それが引き金となった。

「貴様等に何が解る……!」

 アウレオルスが激昂したのだ。

 胸元を掴んでいる黒嶺の丸太のような腕を逆に掴み、吠えた。

「その少女は、一年毎に記憶を消さねば生きていけぬ! 一〇万三〇〇〇冊という膨大な魔導書を読み、『禁書目録』と呼ばれる少女は「そうなって」しまっているのだ!」

 アウレオルスは憎々し気に黒渦の向こうにいるイギリス清教の人間を睨む。

「貴様等イギリス清教が、あの幼気な少女に魔導書を読ませたせいで、彼女の脳は圧迫されているではないか! 彼女の脳の容量は全体の八五パーセントが魔導書によって圧迫され、一年毎に記憶を消さねば死ぬ体質なのだ! 完全記憶能力を持つせいで、彼女は忘れる事すら侭ならない! ならば、人以上に、吸血鬼になれば――脳の容量も増え、記憶を消さずに済む筈だっ!!」

 それこそが、錬金術師が吸血鬼を求める理由。

 たった一人の少女のため。

 しかし。

「「「……んー?」」」

 上条黒嶺土御門は首を傾げた。

 黒嶺など、アウレオルスから腕を引いたくらいだ。

 どうにも違和感を感じる。

 具体的に言えば、完全記憶能力の下りで。

 如何に魔道書・邪本悪書が読んだ人間に害を齎すかを知らなくても、その説明には科学の街で暮らす学生には看過出来ない違和感があった。

 それの正体にいち早く気付いたのはやはり土御門だった。

「……成程な」

「土御門、シリアスしてるとこ悪いけど、俺の通学鞄から脳科学の教科書取って」

 土御門が説明出来ない事も解っているので、黒嶺は言う。

「おう、悪いな黒やん。ほれ」

 渦に手を突っ込んで土御門から「脳科学」に関する記述のある教科書を受け取る。

 改めて二人は教科書を読み込んだ。

 クラスでも指折りの馬鹿で知られる三人だが、それでも教科書の内容を読んで解る事もあった。

 要するに、脳には幾つもの部屋があり、そこには様々に区分分けされた記憶が修められる。

 完全記憶能力を持つ人間もこれの例外ではない。

 これだけ解れば十分だろう。

「なあ、アウレオルスとやら」

「なんだ?」

 教科書をテーブルに投げ出し、促す。

「読んでみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愕然。……まさか、このような事が…………」

 教科書を持つ手が震えている。

 そこには、イギリス清教より聞かされていた禁書目録の記憶障害が『作られたもの』であるかもしれない、とアウレオルスに疑念を抱かせるには十分な内容が書かれてあった。

 科学が発達しているこの学園都市。

 脳を開発して超能力を発現させるのだ。脳科学の造詣は、学園都市外のどこの大学、どこの病院研究施設よりも深い。

 故に説得力があった。

 アウレルオスは力が抜けた様子で崩れ落ちる。

 根が純粋なのだろう。

 どうやら敵対――はしていないが、味方ではない科学サイドの人間が手渡した教科書を信じている錬金術師を見て黒嶺たちはそう思った。

 呆然となったアウレオルスは、しかし即座に疑問に思う。

「――ならば、誰だ?」

 誰がそんな呪い――いや、枷を禁書目録に施した?

 考える迄もないだろう。

「――憤然。貴様等の仕業か、イギリス清教」

 怒り心頭といった様子でアウレオルスが黒渦の向こうの土御門を睨む。

「……まあ、そうだな。俺には知らされていないが、そういう事なんだろうぜ」

 苦々しい思いを敢えて隠さずに土御門は嘆息した。

「おい、土御門に当たんなよ。こいつは学園都市にずっといるんだぞ。その禁書目録って娘の事情だって詳しく知ってる筈ねぇだろ!」

 上条がそう言うと、黒嶺も同意する。

「それに、どっちかっつーと現場の人間は、この事を知らない可能性もあるな。善意でその子の記憶を消してる――っつう可能性が出てきたぞおい」

 それはなんて滑稽で残酷な事実だろうか。

 アウレオルスは知っている。

 嘗て、彼女の友であったという二人の魔術師。

 そのどちらもが涙を呑んで彼女の記憶を殺してきた――と言うのに、それが茶番かもしれないのだ。

 これでは救われない。

 赤毛の少年も、黒髪の女も。

 これでは道化だ。

 自分は良い。

 どうせいずれはローマ正教に殺される。裏切者の末路などそんなものだ。

 だが、その前に彼女を救えさえすれば。

 どんな拷問を受けようと、どんな苦痛に苛まれようと、どんな死に方をしようと――悔いはない。

 だからアウレオルス=イザードは決意した。

「……『黄金錬成』の詠唱を破棄する。ただし」

 最早ここまで来たら、一蓮托生だ。

「彼女の『枷』を破壊出来るならの話だ。――その前に彼女のリミットが来るのなら、私は二〇〇〇人を犠牲にする事を厭わない」

 そう言って、アウレオルスは学生二人と、黒い渦の向こうにいるであろうイギリス清教のスパイ、そして吸血鬼に訊ねる。

 自分に提示出来る選択肢はあるのか、と。

 その答えは直ぐに示された。

「アウレオルス」

 黒渦の向こうの魔術師が言った。

「壊れてもいい礼装、持ってるか?」

「……ああ」

 一つの礼装を取り出す。鎖のついた黄金の鏃だ。

「これは?」

「刺されたものを灼熱の黄金へと変える鏃だ」

 その言葉に少年たちは顔を見合わせる。

 どうやら疑っているようだ。

 なので。

「見ていろ」

 その鏃でカップを刺すと、カップが灼けた黄金へと変わる。

 しかもその黄金はアウレオルスの意思で自由に形状を変化していくではないか。

「……成程。確かにオカルトだ。俺等の能力じゃあ、これは出来ない」

 黒嶺は納得した様子で頷く。

「でも、それ壊していいのか?」

「平然。所詮、錬金術を戦闘用に組み替えただけの礼装だ。あと数十はストックしている」

 それを聞いて上条は安心した様子を見せた。

「よし解った。じゃあ、その鏃を貸してくれ」

 差し出された右手。

 その手に鏃を手渡すと――パキン、と音が鳴り、鏃は壊れた。

「な、に――?」

 愕然とした。

 触れただけで礼装を破壊する手など、聞いたことがない。

 触れたモノ全てを黄金に変える『ミダスの手』は御伽噺で聞いたことがあったが、しかし魔術を打ち消す手など聞いたことがなかった。

「呆然。その手は何だ?」

 上条はその問いに、

「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。超能力だろうが魔術だろうが、問答無用で消しちまう厄介な右手だよ」




会合は終わる。

交渉は成立した。

次は、

『吸血殺し』の少女と吸血鬼の少女による、過去の清算。

黒髪の少女は知っている。

己が如何に吸血鬼を殺していたかを。

銀髪の少女は知っている。

『太陽の血』の制御法を、その能力を。

全ては日の出が昇る数十分前の勝負。

賽は投げられた。

今、二人の少女の運命が変わる。
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