NERO ~MAKAI SENKI 魔界戦鬼~   作:sibaワークス

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 『闇に潜む悪魔、デビル。
  これは魔人、デビルを狩る、魔界騎士の物語だ――消して目を離すな』









 第一話 「魔哭」

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 真夜中の酒場、長いコートを着込んだ、銀髪の男が、ふらりと店に入ってきた。

 タバコの煙で靄のかかった店内を歩くと、カウンターの一席に腰掛けた。

 

 「ご注文は?」

 バーテンダーがグラスを磨きながら尋ねる。

 

 「スシとサケ――」

 あるか、とも聞かずに、コートの男は言った。

 「お客さん?」

 突飛な注文に、バーテンダーは顔を顰める。

 「そんなもんがある店に見えるかよ?」

 「格好つけたいならもっといい店でやんな」

 「ちょっと、お客さんたちも……」

 テーブル席でポーカーに興じていた客もヤジを飛ばした。

 バーテンダーが苦笑する。

 「そういうメニューはウチに無いんですよ」

 「そうか……残念だ。 父親の好物だったんだがな」

 「へぇ……ニホンの生まれの方ですか?」

 「いや……」

 コートの男は、その懐からある物を取り出した。

 それは、どこに隠していたのかバーテンダーが検討もつかない、1メートル超の、日本刀――。

 「魔界の生まれだ」

 

 

 そして、男は、鞘から刀を抜刀する――刹那!

 

 「グォオオオオ!!」

 カウンター席の背後から、この世のものとは思えない、獣の様な咆哮が聞こえた。

 其処にいたのは人間ではなかった、尖った角、割けた口。

 

 それは正しく悪魔(デビル)であった。

 

 

 「――フン」

 悪魔は、コートの男を掴もうとする。

 

 だが。

 

 「!?」

 悪魔は、違和感を覚える。

 

 男を掴もうとする自分の腕が――消えた。

 

 「ガァッ!?」

 しかし、途端に激痛と、視界にあるものが映って悪魔は状況を理解する。

 目の前にあるのは、宙に舞う、自身の腕――。

 

 男の刀によって、悪魔は腕を切断されていたのだ。

 

 「キサマ、其ノ銀髪、太刀筋マサカ……! スパーダノ直系……!」

 

 悪魔が、男の正体を悟る。

 この男は……あの伝説の……。

 悪魔は咄嗟に、その男の名前を叫ぼうとした。

 「……黙れ」

 

 だが、その言葉が悪魔の口から漏れる事はなかった。

 

 ”気が付いたら、自分は男の真上にいた”

 そして、声が出ない。

 

 違った。

 

 

 自分は、男に、目にも留まらぬ速さで、首を斬られていたのだ。

 

 

 ガンッ!

 

 バーの床に、悪魔の首が転がる。

 

 「ガッ……ガァッ……」

 悪魔の首は、ドス黒い血を流すと、まるで酸が揮発するように、泡と煙を立てて消えていった。

 

 「ヒ、ヒィイイイ!!」

 バーテンダーが絶叫をしてカウンターの中にうずくまる。

 周りにいた客達も、その様子を見て、悲鳴を上げて椅子から立ち上がった。

 

 だが、その客達は――目に怪しい輝きを発して、人間の皮を、肉身を破って、鋭い角と羽――醜悪な悪魔の姿を晒し始めた。

 彼らもまた、悪魔だったのだ。

 

 「……生きていたのか!! 魔哭騎士!! ……ダンテッ!」

 先ほどの悪魔が、叫ぼうとした名前を、店の一番奥に居た悪魔が代わりに叫んだ。

 

 ――シュッ!

 

 「ウガァッ!?」

 次の瞬間、その悪魔の首が飛んだ。

 

 

 周りの悪魔たちが、その方向を振り向くと、そこには、日本刀を投げやりの様に投げつけられ、壁に磔にされた悪魔の首が――。

 

 「ッ!?」

 

 

 それは、異様な光景だった。

 見るものを畏怖させ、恐怖させ、時には絶望させるであろう、大勢の凶悪な悪魔達の姿。

 その中を、ロングコートの男が平然と歩いていく。

 

 恐怖していたのは、男ではなく、悪魔たちだった。

   

 

 男は、壁に突き刺さった日本刀を引き抜いた。

 と、同時に磔にされた悪魔の首が空気に溶けて浄化されていく。

 残った半身も、同様だった。

 

 

 「グ、グワワアアアアア!!」

 

 その異様に、悪魔のうち、一匹が堪え切れず、ロングコートの――ダンテと呼ばれた男に牙を剥いて飛び掛った。

 

 だが、

 「フンッ!」

 「アガッ!?」

 

 ――一閃。

 

 飛び掛った悪魔の体が、日本刀によって両断されていた。

 

 ロングコートの男の太刀筋には全く迷いが無い。

 それは闇を切り裂き、一条の光にも見えた。

 

 

 

 仲間を二匹、秒殺された悪魔たちが、やがて男を取り巻くように囲み始めた。

 一度に飛び掛って、数にモノを言わせて食い殺すつもりなのだ。

 ――すると、

 

 「おい、バージル。 面倒だ。 鎧を召還して、一気にやっちまえ」

 悪魔のものでも、男のものでもない声が、その場に響いた。

 その声は――コートの男が左手に身に着けていた指輪から発されていた。

 

 その指輪は骸骨を模したデザインをしていて、鈍い銀色に輝いていた。

 そして、驚くべき事に、その指輪は、”独りでに動いて、喋った”。

 

 「言われずとも分かっている。 黙っていろ、ギルバ」

 

 コートの男。

 ”バージル”と呼ばれた男が指輪――”ギルバ”に返した。

 

 キン!

 

 バージルが、一度日本刀を鞘に収めてから、再度、力を込めて抜刀した。

 途端に、剣から凄まじい圧の様なものが生じた。

 

 「コ、コレハ……!!」

 「鎧ヲ呼ブノカ……!?」

 

 バージルは、刀を頭上に掲げ、虚空に円を描いた。

 

 ――刹那、その円が、形となり、発光する。

 その光は、あたりを照らし――しかし、次の瞬間、それは今度は深い闇を呼ぶ。

 

 

 ブワアアアア!!

 

 

 円は、魔界への穴を空けた。

 途端にそこから、何か、力が――物体が――鎧の様なモノが飛び出してくる。

 

 

 「殺してやるよ( you shall die)!!」

 

 バージルが、呟いた。

 

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 ――その日、真夜中の繁華街の片隅で、何かが哭く声が人々に聞こえたという。

 この世のモノではない、何かが。

 

 

 全てを終えて、バージルは店を出た。

 頭上を見上げると、見事な円月が浮かんでいた。

 

 

 

 バージルは、店のドアを閉めた。

 

 そして――。

 

 「今度店を開くときは、サケとスシくらいは用意しておくんだな」

 

 バージルはドアに日本刀を突き刺した。

 

 

 「グ、グアアアア……」

 ドアをぶち破って、店の中から、バーテンが出てきた。

 

 薄汚い、血を吐き出しながら、バーテンはその場に倒れこむ。

 と、やがて、バーテンの顔が崩れ、皮が破れ、中から醜い悪魔の姿が現れた。

 彼もまた、悪魔だったのだ。

 

 

 「終わりだな(This is the end)

 「飲みなおすか、兄弟?」

 「……」

 指輪――”ギルバ”の言葉には返事もくれず、バージルはコートを翻し、夜の街に消えていった。

 

 

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 夜が明けたスラムの外れ。

 老朽化したビルの壁に、控えめな看板が架けてある。

 

 ”DMC”事務所。

 とだけ書かれていた。

 

 それは、何かの法律相談所の様に見えた。

 

 建物の中も、品のいい事務所といった内装になっていた。

 持ち主の生活スペースと、仕事場が一体になった配置をしており、高級そうな机やコート架けや電話といった家具と、沢山の書物が置かれている。

 

 弁護事務所と言われれば、人はそう信じるだろう。

 

 しかし、その部屋はどこか殺風景だった――部屋を飾る装飾めいたものが殆ど無いのだ。

 

 実用的なモノしか置かれていない部屋。

 あるとすれば、机の上に飾られた、女性と幼い二人の兄弟が映った写真だけだろうか。

 

 そんな部屋の中心にバージルは居た。

 軍隊が食べるようなビスケットと、少量の薬の錠剤を飲んで、彼は食事を終えた。

 

 「毎度毎度、――人の食いもんじゃないな」

 机の上に置かれた指輪のギルバが言った。

 

 「……」

 バージルはギルバを無視して、食事を片付ける。

 と――。

 

 

 「開店前だ」

 バージルは、不躾に事務所に入ってきた男の影に言った。

 まだ、朝の早い時間だ。

 滅多にやらない、表の仕事の時間にもなっていない。

 

 「前に来た時と、店構えが随分違うな……」

 「身内から経営を引き継いでな」

 「そうか……急な用件なんだが、それでは引き受けてもらえないかな?」

 

 バージルは男を眺める。

 金髪のオールバックにひげを蓄えている。

 「開店前だ、出直してもらおう。 それに……」

 バージルは、一歩踏み出すと、日本刀を手に取り鞘に差したまま、男の喉もとに突き出した。

 

 男は、”本”でそれを受け止めた。

 「不快な”魔界法師” デビル狩りの頼みなら、”魔剣所”経由にしてもらおうか」

 「ハハッ……参ったな」

 オールバックの男が口元を歪めた。

 

 男が、胸元から赤い封筒を差し出した。

 

 「逆さ……魔界騎士バージル。 私は”魔剣所”の使いで来たんだ。 ただの教団騎士では、太刀打ち出来ん案件でね」

 「……」

 バージルは無言で封筒を手に取った。

 「そうそう警戒するなバージル。 こいつはJ.D.モリソン。 前の経営者の時の常連だ」

 ギルバが言った。

 モリソンはギルバが喋った事についてなんら不思議に思った様子が無い。

 こういった世界の住人であるということだった。

 

 バージルは、胸元からライターのような―、奇妙な道具を取り出した。

 そのライターの様な道具からは、蒼白い炎が噴出して――あろうことか、バージルは封筒に火をつけた。

 

 ――と。

 

 ボウッ!

 

 封筒は一瞬のうちに燃え尽きて――封筒の中から、光を放って、”文字”が飛び出してきた。

 ルーン文字と呼ばれる、魔術に使われる特殊な文字である。 

 闇と魔と戦う者たちが扱う、特殊な暗号だった。

 

 

 「これは……!」

 バージルが、その内容に目を見張る。

 「伝説の騎士の遺産を狙うデビルの兆しあり。これを発見し、殲滅せよ……か」

 ギルバが、バージルに代わってその内容を読み上げた。

 

 「最近この地区に、デビルが異常に現れている。 人間たちの悪意に取り付き、人を魔人(デビル)に変える悪魔――」

 モリソンが呟いた。

 「その一連の動きが、あの騎士……あの伝説の騎士の力を狙ったものだとしたら――」

 「フッ、こいつは調べる価値がありそうだな、バージル」

 モリソンの言葉に、ギルバが笑ったように言った。

 「……」

 バージルは黙って、コート架けに架けたロングコートを取り出して、着込んだ。

 そして、日本刀を握り締め、ギルバを左手にはめた。

 「そういえば……君のその刀もスパーダの遺産。 人と魔を分かつ刃、閻魔刀(やまと) だったな――私は教皇庁付きの魔界法師モリソン。 以後お見知りおきを」

 モリソンは手を差し出した。 

 が、バージルはそれを無視して支度を始めた。

 モリソンは苦笑すると、事務所を出て行こうとした。

 だが、

 「そうそう、手始めに、この街の外れにある教会の近くで、人が行方知らずになる事件が頻発しているそうだ――何か関連があるかもしれんな」

 と、最後に呟いていった。

 

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 夕暮れの教会。

 その庭で、10歳になるかならないくらいだろうか――少年と二人の少女たちが話していた。

 

 「最近、夢を見るの。 お母さんが出てくるんだけど――」

 それが、最後には怖い夢になるの、と少女の内の一人、金髪をしたパティが言った。

 「悪魔が出てくるの」

 「ばかみてえ」

 少年が呆れたように呟いた。

 「ちょ、ちょっとそんな言い方ないでしょう!」

 「パティちゃん、ごめんね、許してあげて! ちょっと、謝って……」

 「悪魔とかなんとか、キリエもまだ信じてるのかよ――」

 少年が、二人の少女の方を見て、呆れたように言った。

 だが――。

 「悪魔は、居ますよ?」

 「うわっ!?」

 少年が、驚いて倒れた。

 

 彼の背後に、夕日を背にして、真っ黒な陰になった男がいたからだ。

 「アーカム神父様!」

 パティが言った。

 この教会の神父、アーカムだった。

 

 大柄で、頭を剃髪にしており、左右で目の色が違った。

 また、顔には火傷の様な痣があり、はっきりと言えば、異様な風貌をしていた。

 しかし、その柔和な性格で、子供たちにも、地域の人間にも好かれている人物だった。

 

 「さあ、皆さん日が暮れないうちにお帰りなさい。 人の心に悪魔は住むのです――そういえば、このあたりで最近人が行方知れずになっているとか。

  危ないですから、キリエと君はこの教会の裏の道を通って、パティは森を抜けて真っ直ぐ行きなさい。」

 「はーい、神父様」

 子供たちは、アーカム神父の言うとおりに、帰路へと向かった。

 

 「……お気をつけなさい。 悪魔は少女を生贄にささげるものなのですから……」

 神父はそう呟くと、教会の中へと入っていった。

 

 

 

 

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 「――ここだな」

 教会から少し離れた森の中。

 バージルが歩いていると、不意にギルバが口をこぼした。

 「見ろ、教会の十字架が光を浴びて陰を伸ばしている――それに、森の木々の陰と重なって――”逆十字の魔方陣”に見える」

 足元には、ギルバの言ったとおり、歪んだ十字の文様が現れていた。

 「それにこのロケーション、邪悪な儀式(パーティ)にはもってこいだ。 どっかの馬鹿が、呪術でコイツを邪悪なオブジェにしちまったのさ。

  コイツは思い人を呼び出す方陣に似ている。 差し詰め、死んだ人間を呼び出すか、無理やり誰かの心を手に入れようとしたんだろう」

 

 デビルは、魔界から地上に降臨するのに、ある物を必要とした。

 

 邪心や、それを誘導するオブジェ――魔法使いが悪魔を行使するのに使う、魔方陣や札や宝玉が代表的なものである。

 ああいった人の心を惑わす力を持ったものが、悪魔をこの地へ誘うのである。

 

 そうしてこの地へと呼ばれた実体を持たない邪悪な魂、悪魔は――邪心に染まった人間に取り付き、肉体を得て、”魔人(デビル)”と化すのだ。

 

 

 「……? マズイぞ、誰かがこの森の中に入ってきた。 ――子供だな」

 「……」

 

 バージルは、コートの中から、閻魔刀を取り出した。

 翻ったコートの内側は深い闇になっていて――まるで、その裏地は、底なし沼の様に見えた。

 事実そうなのだ。 コートの内側は、小さい魔界になっていて、悪魔狩りに必要な道具をそこに仕舞っておけた。

 

 「誰かに誘導されたか? ――におうぜ、バージル」

 

 バージルは刀の柄を握り締めると、ゆっくりその方向に歩き出した。

 

 

 

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一人で森を歩きながら、パティは最近よく見る夢の事を思い出した。

 

 劇場のホールの中心、舞台の上で母は歌を歌っている。

 パティはそれを最前列で、うっとりと眺めてる。

 その時は、最高に幸せなのだ。

 いつまでもそうしていたいと思う。

 

 だが、その幸せを引き裂いて、悪魔がやってくるのだ。

 蒼白い炎を身にまとった悪魔が、母の体を引き裂いてしまう――。

 

 その悪魔は、蒼い光を身に纏いながら、漆黒の鎧に身を包んでいる騎士の様な姿で――。

 

 

 

 パティは、いつもそこで目が覚めた。

 

 

 

 母の話は、友人によくする。

 しかし、その実、パティは母の事を覚えては居ない。

 

 友人のキリエも、そのまた友達である少年も、父親はいるが母親が居なかった。

 母無し子、三人。

 そんなワケで、いつのまにか一緒に遊ぶようになっていたのだ。

 ……パティは孤児院暮らしで、父親も居ないのではあるが。

 

 

 

 「……?」

 と、パティは、突然ある事に気が付いた。

 

 おかしい。

 あたりはまるで迷いの森の様に、深い樹海に覆われていた。

 

 木の葉が、枝が夕日を遮って、パティの周りをすっかり暗くしている。

 

 「あれ……!?」

 ここは、どこ?

 とパティは思った。

 

 この森は、そこまで広くない。

 子供の自分でもくるりと回れる位の距離であるはずだ。

 第一、此処まで、深く、暗くない筈だ。

 

 ここは、どこなのか?

 

 

 

 ――と。

 

 

 ヒタ、ヒタと、前から歩いて来る影が見えた。

 

 「あっ……」

 パティは、息をのんだ。

 それは、毎晩夢に見る――蒼い炎にそっくりな――。

 

 

 「悪魔!?」

 パティは、絶叫した。

 

 「きゃあああ!!」

 

 恐怖に駆られ、パティは叫んで、走り出した。 

 

 

 

 「……うるさい」

 「――ひっ」

 

 だが――。

 「いやあ! な、なんで!?」

 パティの目の前に、さっきまで後ろにいた筈の影が居たのだ。

 蒼いロングコートに身を包んで、刀をもった男――。

 

 「あ、悪魔!!」

 「……」

 男は、片手でパティの体をひょいと、軽く持ち上げた。

 「きゃあ!?」

 子供といえど、自分はもう、片手で持ち上げられるような年齢、体格ではない。

 なんという腕力なのだろうか、パティは思った。

 「誰が悪魔だ……」

 男は恐ろしい形相でパティを見詰めた。

 「ひ、ひ……!」

 パティは恐怖で声が出ない。

 だが……。 

 「安心しろ……」

 と、男が何か言おうとしているのにパティは気が付く。 「え?」と、パティは、男の瞳を見た。

 眼光は差すほど恐ろしく、冷たい。

 だが、意外にも、その奥の輝きは穏やかな色をしているように感じた――。

 

 だが、次の瞬間、パティは別のことで目を疑う事になる。

 「安心しな、お嬢様、こいつはそんな怖い奴じゃないからさ」

 自分を掴んでいる手につけられた指輪が、突然喋りだしたのだ。

 「ゆ、指輪がしゃべったぁ!!」

 パティは絶叫して、身を捩じらすと、必死で男の手を振り解いた。

 「キャゥ!」

 持ち上げられていたため、パティは、しりもちをついた。

 痛みを堪えつつ、パティは全力で走った。

 

 

 

 「ギルバ……!」

 「わりぃ」

 一人残された男、バージルは頭を抱えた。

 「……とうとう日が暮れた――待ってはいたが、まずい事になった、このままじゃあのお嬢ちゃんが、デビルに出くわしちまう」

 「……」

 バージルは駆け出した。

 「そういえば、あの子――エヴァに似てるな。 金髪でやかましいところが」

 「……だまれ」

 「あんたも後学の為に、子供と仲良くなる方法を知っといたほうがいいんじゃないのか?」

 

 ギルバの余計な一言に、バージルは不快そうに眉間に皺を寄せた。

 

 

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 パティは必死で走った。

 

 暗い森の中をどれだけ走ったか分からない。

 (お母さん……)

 助けて、お母さんと、パティは念じた。

 

 

 悪魔――キリエは信じないだろうが、パティは確かに聞いたのだ。

 

 

 「母は、悪魔から逃げており、パティを巻き込まないために、孤児院に預けた」 

 院長が、話しているのを、パティは聞いた。

 

 あれはきっと悪魔だ。

 母を追いかけている悪魔――自分を迎えに来たのか。

 

 (だとしたら――)

 あの悪魔に捕まれば、母に会えるだろうか。

 

 それとも母は、夢の通り、あの悪魔に――。

 

 

 (お母さん、会いたい――お母さん――)

 

 

 パティは、いつの間にか涙を流していた。

 涙を流しながら、歩いていた。

 

 すると――。

 

 

 「えっ……」

 

 今度は――金髪の女性が、目の前に現れた。

 

 

 「おかあ……さん?」

 確かに、見た覚えのある人だ。

 柔らかく、あたたかい感触のある人。

 

 パティは走った必死で走った。

 

 近づいていく。

 顔の輪郭が徐々に明らかになる。

 「お母さん! お母さん!!」

 

 母の姿だ。

 目の前にある。

 きっと願いが通じたのだ。

 あの悪魔から、自分を助ける為に、やっと迎えに来てくれたのだ。

 

 「お母さん!」

 

 パティの手が、母に届きそうになる。

 

 しかし、パティは違和感を感じる。

 これだけ近づいたのに、母の顔が見えない。

 ぼやけているのだ。

 

 「お母さん――?」

 

 パティは、母親の顔を覗こうとした。

 

 

 ――そこにあるのは、ただの暗闇だった。

 

 

 「え!?」

 闇は、母の顔から一瞬にして広がり。

 ブラックホールのように、パティの周囲を飲み込んだ。

 

 パティは、暗闇につつまれた――。

 

 

 「あああっ……?」

 

 パティはあたりを見回す。

 母の姿は無い。

 変わりに居たのは――。

 

 

 「ひぃっ……」

 

 ぽっかりと、母の顔の真ん中に穴が空いた異形のバケモノ。

 パティは、思った。

 悪魔(デビル)と。

   

 

 「いやっ……いやぁあっ!! おかあさん!!」

 パティは、叫んだ。

 

 だが、声は闇に呑まれていく。

 

 目の前の悪魔が呟く。

 「イイカラダダ。 コレナラ、カノジョモ、ヨミガエル。 タマシイハ……」

 

 イタダキマス。

 

 ゾッとするような声が、パティに聞こえた。

 

 「いやあああああああああああああああ!!」

  

 穴の空いた母の顔が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

 その穴に、パティの魂は吸い取られていく――。

 

 

 

 しかし。

 

 

 カッ!!

 

 パティの瞳に蒼白い炎が瞬いて、闇を切り裂いた。

 パティの魂は、パティのカラダへと戻っていく。

 

 そして、

 

 

 ズバアアアアアアアアアア!!

 

 

 凄まじい閃光が、母の形をしたバケモノを引き裂いた。

 それは、パティが毎夜見た、夢と同じ光景だった。

 

 

 引き裂かれた闇の裂け目から、一人の男が現れる。

 先ほどの、蒼いコートを来た男だった。

 

 「来い!!」

 男は、パティの腕をとって、ぐい、と引っ張った。

 

 

 バアアアア!

 

 強風のような衝撃がパティの体をつつんだかと思うと――パティは暗黒から、それよりかは幾分かは明るい、夜の森へと移動していた。

 

 「あっ……ここっ……元の森!?」

 パティがあたりを見回す。

 やはり今まで居たところは、普通ではなかったのだ。

 

 パティは視線を前へと向けた。

 コートを着た男が居る。

 男は、鋭く、冷たい目つきでどこかを睨んでいたが、一瞬だけ、パティを振り向いて

 「逃げろ」

 といった。

 

 その目に、なぜか優しいものを感じて、パティは、立ち上がった。

 

 

 パティは、恐る恐る、後ずさった。

 

 

 と――。

 

 

 パティと、男の視線の先に――奇妙なものが現れた。

 

 

 宙に浮かぶ、暗闇。

 暗闇の球だ。

 

 

 「バージル。 こいつは影の魔人(デビル)、”ドッペルゲンガー”だ。 惑わされるなよ」

 暗闇の球は徐々に大きくなっていった。

 

 そして、最終的には、男――バージルと全く同じ形、大きさになった。

 その手には、同じように、影で出来た刀を携えている。

 

 

 パティは、慌ててそこから逃げようとする。

 

 しかし、闇の塊――”ドッペルゲンガー”がそれを追わんとする。

 「ヒィ……」

 息を呑むパティ。

 

 しかし。

 

 「お前の相手は俺だ」

 バージルが、閻魔刀でそれを遮った。

 「いけ!」

 バージルの声にパティはうなずいて、走った。

 

 

 「殺してやる(you shall die)!!」

 バージルは閻魔刀を振りかざして、ドッペルゲンガーを切り裂かんとした。

 だが、ドッペルゲンガーはバージルと全く同じ動作をして、それを受け止めた。

 

 「フンッ!」

 二三手、さらに剣撃を繰り出す。

 だが、それすらもドッペルゲンガーは受け止めた。

 「バージルこいつは影だ。 普通にやってたらラチがあかないぜ」

 ギルバが言った。

 「――なら、真似出来ないことをするか」

 バージルは、ドッペルゲンガーから、距離を取る。

 

 すると、頭上に閻魔刀を掲げ、虚空に円を描いた。

 ――刹那、その円が、形となり、発光する。

 その光は、あたりを照らし――しかし、次の瞬間、それは今度は深い闇を呼ぶ。

 

 蒼白い闇と光。

 

 その両方が、バージルの体を包んだ。

 

 

 

 

 「あ!?」

 ふと、逃げていたパティは足を止めた。

 その輝きに見覚えがあったからだ。

 

 

 

 夢で見た、蒼白い炎。

 そして、その中心にいるのは。

 

 「……鎧」

 

 緑がかかった艶やかな漆黒の鎧。

 兜には巨大な角。

 背中には、紫色の骸骨をあしらったマント。

 ――それは邪悪な悪魔の様にも見え、正義の騎士のようにも見えた。

 

 魔界を往きて、魔界を制す。

 

 伝説のみに名を残す、魔界騎士。

 

 「コノチカラハ――ナンダ!?」

 暗闇、ドッペルゲンガーが呻いた。

 

 

 

 パティにも何となく分かった。

 その騎士が、いかに強大な力を持っているかを。

 いつの間にかパティは、その姿を食い入るように見ていた、魅入られていた。

 

 

 

 「我が名は、涅路(ネロ)!! 闇哭騎士(あんこくきし)!」

 

 

 

 ――闇哭騎士ネロ。

 

 

 伝説の魔刻騎士、守刃仇(スパーダ)に次ぎ、現存する騎士の最高位、魔哭騎士断帝(ダンテ)とも肩を並べる最強の称号であった。

 

 

 「グ、グガ……」

 ドッペルゲンガーが、闇の体を震わせて、その体、動きを再現しようとするが上手くいかない。

 何とか鎧の形だけは真似たものの、ネロの力が強大すぎて、動きをコピーできないのだ。

 ドッペルンゲンガーが、混乱したように真似た姿で剣を振った。

 

 ガン!!

 

 影で出来た剣が、ネロの肩に触れた――が、鎧には傷一つ付いていない。

 それどころか――。

 

 「グガアア!?」

 影で出来た剣のほうがバラバラに崩れた。

 「ハッー!」

 「こうなっては相手にならんな、バージル。 99.9秒しかないんだ。 さっさと仕留めるぞ」 

 「フン!!」

 すると、ネロが、手に持った閻魔刀を振った――と閻魔刀は、その姿を一瞬で変えて、巨大な大剣へと姿を変えた。

 「ハァアアアアアア!!」

 

 ネロが念じると、剣は猛り狂う、蒼白い炎に包まれた。

 

 炎は、強い光を生んだ。

 そして光は、暗闇そのものである、ドッペルゲンガーの体を強く照らしつける!

 

 「グ、グアアアアア!!」

 角ばった、ネロの鎧の形をしていたドッペルゲンガーは、光に照らされ、その形を奪われていく。

 そして暗闇は徐々に少なくなっていき、最後には小さな球体だけが残る――。

 「そいつがコアだ! やれ! バージル!!」

 「――!」

 ネロは、剣を構えると――真っ直ぐに剣を突き出(スティンガー)した。

 

 

 ガッ!!

 

 

 球体に、深々と剣が突き刺さった。

 

 

 「大当たりだ(Jack pot)!」

 ギルバが叫んだ。

 

 

 「ギギ……ガガガガァアアア!!」  

 球体――ドッペルゲンガーが、断末魔の叫びを上げて――弾け飛んだ。

 

 バアアアアアアア!!

 

 それは血飛沫のようだった。

 

 「あっ!?」

 パティが悲鳴を上げた。

 血飛沫は、パティの体目掛けて飛んできて、そのまま――。

 

 ビシャアア!

 

 「え……?」

 

 

 ――パティは、全身に悪魔の返り血を浴びた。

 

 

 「あれ……!?」

 と、パティは眩暈を覚えて、その場に倒れこんでしまった。

 

 

 「……!? 何故逃げなかった!?」

 ネロが振り返り、倒れたパティを見つけた。

 と、ネロの鎧が、バージルの体から独りでに剥がれた。

 剥がれた鎧は、呼び出されたときと同じく、空間に避け目を作って、何処かに消えていった。

 

 バージルはパティに駆け寄る――。

 

 

 

 

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 パティを抱えながら

 バージルは夜の街を歩いていた。

 

 「何をためらっている? 魔人(デビル)の返り血を浴びた人間は斬るのが掟――だったよな?」

 ギルバがバージルに言った。

 「この娘が浴びた血の臭いに誘われて、悪魔や魔人たちが次々に現れる筈だ。 つまりコイツを生かしておけば、今後も狩が楽に進む」

 「チッ……エサとして使うということか……」

 やや、残念そうに、ギルバが言った。

 

 

 

 月が、バージルたちを照らしていた。

 パティの寝顔は、月の光を蒼白く反射していた。

 

 

 「終わったな(This is the end)

 

 

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 パティは夢を見ていた。

 

 あたたかい場所だ。

 傍らには母も居る。

 そして、自分は誰かに抱かれている。

 ――ああ、あの優しい目をした騎士だ。

 

 




 まさか自分は悪魔に憑依されないなんて思って無いだろうな?
 奴らはお前らの心の隙間をいつ時でも狙ってるんだぜ?
 次回「縁魔!」
 
 ――お前の心にも闇がある。
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