アイドルマスターシンデレラガールズ 星々の王子様 作:逆刄刀
春、それは別れの時期を乗り越えて新しい出会いを迎える季節だ。
暖かな陽気は別れで感じた寂しい心を和らげ、淡紅色のカーテンを広げる桜は新しい出会いに期待を膨らませてくれる。
しかし、いくらプラスイメージしかない春でも、万人に対してその効果があるわけではない。
街の中央に位置する一際大きな建物。複数の棟で構成され、運動場も備える場所の最上階で、春の陽気には似つかわしくない男子生徒がいる。
”1ー9”というプレートが掲げられた部屋の窓際の席で、他人からは不機嫌そうに、しかし本人としては至って平然と窓の景色を眺めていた。
自分の机に貼ってある”
……出だしから完全に転けてるよね。
高校の入学式から窓際の席で外の景色を眺めるなんてラノベの主人公じゃねえんだよ、と榊は内心で自分を非難する。
既に周囲では同じ出身校の人と話す子や、新しい友達を作ろうと積極的に話しかける子もいる。
榊はこの集団の中では後者でないといけないはずだ。地元から離れた高校を選んだため同じ中学校の生徒は校内に誰一人いない。だからこそ、入学式でなるべく多くのクラスメイトに話しかけて相手に好印象を与えなくてはならないのだが、榊はそれが失敗してしまったことを自覚していた。
仮にここで失敗しても、部活に入ればいくらでも挽回のチャンスはあるのだが、残念な事に部活に入る予定は今の所ない。
詰んでいる。テニスならマッチポイント、チェスならチェックメイト、将棋なら王手と言った状況と言えるだろう。
……高校生活三年間は、あまり楽しくないかもな。
入学式で早速高校生活諦めようとしていると、
「お前達、入学式が始まるから整列して体育館に行くぞー」
担任の先生が教室に入ってそう言うと、生徒達はぞろぞろと廊下に出ていく。
一学年が九クラスで成り立っているので榊達のクラスが最後になり、廊下に出ても他のクラスの生徒は見当たらない。
名前の順に並び身だしなみを整えた後、列は体育館に向かっていった。
体育館は別館にあるためわざわざ四階から一階まで下りなくてはならない。四階から三階に移り、二階へと下りようとした。そのときだ。
「す、すみません! 道を開けて下さーい!」
不意の大声に、その場にいた全員が声のする方に疑問の視線を向けた。榊も例外ではなく、背後に顔を動かした。
だが榊だけは、周囲とは違う表情を浮かべた。
それは自分が想定していたものとは違うことが起きた場合に浮かぶもの──驚きだ。
「おっ……!?」
突然体に何かがぶつかってきた。状況的に考えて、ぶつかってきた何かは先ほどの声の主だというのは分かる。しかし今、それは些細な事だ。
……落ちる!
このままでは確実に階段を転げ落ちてしまう。自分一人だけなら流れに身を任せてもいいかなあ、と考えてしまうが、現在列で移動しているため階段にはたくさんの生徒がいる。
そもそもぶつかってきている人だっているのだ。入学式に生徒が階段から転落事故なんて事になったら、それこそ高校生活がおわってしまう。
だから榊は落ちないための行動をとった。まずは左手で階段の手すりにしがみつき、右足を二段下まで下げて体勢を整える。
そして空いている右手をぶつかってきた人の背中に回した。
右手から伝わるなめらかな髪の感触に、始めてぶつかってきた相手が女生徒であることを知った。
「ぬ、お……!」
前後の生徒が警戒して離れていくが幸いにも女生徒は軽く、榊でも充分に支える事が出来た。
「すみません。怪我はありませんか!?」
相手が一歩離れて榊の身を案じてくれる。
平均よりも若干高い背の女生徒。
手入れのいき届いているだろう長髪が特徴で、綺麗というよりも可愛いという印象を榊は持った。
三階から来たので相手は二年生という事だ。つまり先輩にあたるわけなので、榊は頭を横に振ったあとに慣れない敬語で、
「大丈夫です。先輩が軽かったんでなんとか落ちないですみましたので」
「本当にすみません。私慌てちゃ……あ!」
話の途中にも関わらず先輩が指差しで大声を上げた。
今度はなんだ、と人差し指の差す方を見ると、
「あ……」
左胸に飾っていた花が潰れている。先輩を受け止めた時にでも潰れてしまったのだろう。
「ど、どうしましょう。せっかくのお花が……」
「いや、気にしないでくださいよ。たかが造花ですし」
「ですけど……」
確かに先輩の不注意で花が潰れたのは否定できない。
しかし、やはり榊にとってはたかが造花なのだ。綺麗だろうが潰れていようが、入学式には何ら影響がないようにも思える。
それを一々気にする様子を見る限り、先輩の人間性が見えてくる。だが、
……周囲の視線が痛いんですよね!
無理もない。いきなり大声がしてそっちを見たら、先輩である女生徒を困らせてる新入生がいるのだ。
もし榊が逆の立場なら同じように、こいつ何やってるんだ? と冷めた視線を送るに違いない。
だから早くこの窮地から脱しなければいけないのだが、先輩はいくら榊が大丈夫と言ってもなかなか納得してくれない。
挙げ句の果てには、
「島村! 何やってるんだ、入学式はもう始まるぞ」
「卯月ー! 早くしないと遅刻だよー!」
下の階から先生と友達だと思われる声が響いてくる。
まさかの催促で先輩の顔はさらに戸惑いの色を濃くし、今の状況を絵で表すなら、きっと目は渦巻き状になっているだろう。
「あの先輩、もう行った方がいいと思いますよ? 入学式が始まっちゃいますし」
「え? でもお花が……」
「これなら大丈夫ですよ。クラスに戻れば予備の花があるので、それと変えてきますので」
本当は予備なんてものはない。担任からは一つしかないから絶対なくしたりするなよ、と念押しされている代物だ。
しかしこうでも言わないと恐らく相手は納得してくれないだろう。
現に先輩は数秒迷った後、ばつが悪そうに頭を下げて、
「ほ、本当にすみませんでした! あの、後でちゃんとお詫びしますから!」
そこまでしなくても、と思いつつ、ありがとうございます、と返してしまうのは些かおかしいだろうか。
階段を駆け足で下りていく先輩は、何故か途中で立ち止まってしまった。
次は何事だ、と榊は自然と身構えてしまう。
「な、何ですか?」
「ええと、迷惑かけておいて言うのもあれなんですけど」
そこまで言うと、先輩は榊の予想に反して笑顔をつくり、
「入学おめでとうございます! これから頑張ってくださいね!」
完全に意表を突かれた笑顔と言葉に、榊はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
再び階段を駆け下りていく先輩の後ろ姿を、榊は周囲の視線を気にせず見つめていた。
……ああいう笑顔が、俺にも出来たらなあ……。
◆
入学式から早一週間が過ぎてしまった。
在校生との顔合わせ会や入学して早々の実力テストも終わり、ようやく新入生の学校生活にも落ち着きが見え始めてきた。
あと新入生に残っている大きなイベントは、
……部活動の仮入部かあ。
教室の席で仮入部お知らせの紙を見ながら、榊は頭を悩ませていた。
榊の通う高校では部活動の仮入部は平日の三日間行われ、その間に行く部活は事前に紙で提出することになっている。
仮入部は月曜日から始まり、それまでに用紙を提出しなければならない。
榊はゆっくりとした動きでカレンダーと時計に目をやる。日付は金曜日、時は三時半を過ぎて放課後になっている。つまり提出期限を過ぎてしまっているのだ。
担任にはまだ迷っているので後で職員室に提出しますと言ってあるが、用紙は依然として空白のままである。
入学当初から部活動に入るつもりはなかったので、空白のまま出してもいいような気もする。そうなると、おそらく担任からはどうして空白なんだ? ときいてくるに違いない。
そこで素直に部活動をやる気がないと言うと、文武両道が校風の一つでもあるため今度は口酸っぱく理由を聞いてくるだろう。
それはかなり面倒だ。単に部活をしたくないという理由では納得してくれないだろう。
しかし最初から入部する気がないのに仮入部だけ行くのも、冷やかしのように感じてその部に申し訳なく感じる。
……でも仮入部も参加してないと、ますますクラスで浮いちゃうよな。
ただでさえ入学式にやらかしてしまっている。別のクラスでは入学式直前に先輩を泣かせたという、根も葉もない噂まで流れてる始末である。
さすがにクラスメイトは現場を見ているので噂を信じる人はいない。けれどこの一週間自分から話しかける事を一切しなかった榊に好印象を持ってる人が一人もいないのも事実だ。
……あんな事があった後で、こっちから話しかけるのは難易度高いんだよ。
など言い訳してみるが、クラスで浮いたボッチである事に変わりない。
……高校では、不登校にならないように気をつけないとな……。
最早高校生活に絶望さえ感じた。その時だ。
「ん? あれは……」
窓から校門へ走る見知った人がいる。
絶賛ボッチ中の榊には、クラスメイト以外に知り合いは一人しかいない。
……島村、卯月先輩。急いでるけど、部活に入ってないのかな?
入学式にぶつかってきたお人好しの先輩とは、あれ以来面と向かって会っていない。
去り際に言っていた”お詫び”に期待していたわけではないが、あれから一週間も音沙汰ないと、それはそれで寂しかったりもする。
……そう言えば、高校でまともに話したの先輩だけじゃん……。
新入生にはあるまじき事実に、榊は目眩を感じずにはいられなかった。
もう帰ろう、そう決心した榊は用紙を乱暴に鞄に詰め込み、足早に教室を後にした。
◆
帰ってむせび泣くしかないと考えていた榊の視界に、妙に目立つ人物が写っていた。
猫背気味の中年男性。スーツを着ているが、小柄な体型と黒と白の混じった髪は、ビジネスマンという感じがしない。
人当たりは良さそうなのだが、校門前で辺りを見回していると、どうしても不審者では? と疑念を持つ人も多いだろう。
だが榊は、不思議と相手に対して警戒心を感じなかった。
だから榊は迷わず中年男性に向かっていき、
「どなたか探しているんですか?」
中年男性は自分に話かられていると気づくと、その柔らかい笑顔を榊に合わせてくる。
「いや、校門前で待ち合わせをしていたんだけどなかなか来なくてね。二年生の島村卯月っていう女の子なんだけど知ってるかい?」
「! 島村先輩なら、さっき走って出て行きましたけど」
「おやおや、彼女も急いでいて忘れてたのかな」
そう言うと、中年男性は困ったように頭を掻いた。
島村先輩と知人なのは間違いないだろうが、一体どんな関係なのか。
親子と言うには年が離れすぎているように感じる。だからと言って祖父と孫かと言われると年が近すぎる。
思わず品定めする目で見ていると、中年男性がはにかんでみせ、
「一応僕、怪しい者じゃないんだけどな」
「いえ! 疑ってたわけじゃないんです。ただ、島村先輩との関係が気になったというか……っておかしいですよね。他人の自分が気にすることじゃないのに」
自分でも何を言ってるか理解不能になりかけている。それでも中年男性はまた笑顔を戻して、
「君、名前を聞いていいかな?」
「……榊、榊和巳です」
「そうかい。じゃあ榊君、時間があるなら少しお茶でもしないかい? 僕も少し、君に興味が湧いてきたよ」
どうして自分なんかに興味を? と疑問を持ったが、どうせ今日は帰ってもむせび泣く予定だったのだ。
それなら気晴らしに話を聞くのも良いかもしれない。榊は二つ返事で承諾した。
◆
高校をあとにした二人は徒歩十分
程にある喫茶店に入った。
道中では大した会話もなく、中年男性からの質問に榊が淡々と答えるだけにとどまった。
喫茶店で窓際に案内された二人は互いにアイスコーヒーを注文した。
コーヒーが飲めるなんて大人だね、と中年男性は言うが、今時の高校生ならブラックも平気で飲むやつだっているのだ。
……俺はブラック苦手だけどなあ。
渡されたグラスにミルクとシロップを注ぎ、ストローで中を混ぜていく。一口飲んでみて味に問題ないことを確認すると、タイミングを見計らったように中年男性は名刺を差し出してきた。
「一応これが、僕の身分かな」
「ええと、346プロダクション……部長……今西……」
「部長と言っても、僕は名ばかりの部長なんだけどね」
こちらが思ってないのに自虐ネタを言われると、榊としては苦笑いするしかない。
だがその間にも、榊は名刺にある会社名から目を離さなかった。
346プロダクションはテレビに疎い榊でも知ってるほどの芸能プロダクションだ。
有名な女優や歌手が多数所属しているのは知っているが、もしかして彼女もその一員なのだろうか。
……あんまり女優とか歌手のイメージわかないけどなあ。
「346プロダクションの人っていうことは、島村先輩も……?」
「そうだね。でも彼女は、346の本業である女優や歌手じゃなくて、スタートしたばかりのアイドルなんだよ」
「アイドルですか……」
「まあ彼女は、ついこの間まで練習生で、最近あるプロジェクトに参加が決まったばかりなんだ。だからまだCDも出してないんだよ」
あるプロジェクト? と榊が首を傾げると、今西はおもむろに鞄から一つのファイルを取り出した。
差し出されたそれは赤字で社内機密と書かれている。
そんなものを一般人である自分が気軽に読んでいいのかと、榊は疑問の視線を今西送るが、彼は大丈夫だよ、と頷いてくる。
部長が言うなら大丈夫だろうと、榊はファイルの表紙をめくった。
……シンデレラプロジェクト……。
ざっくりまとめて言うと、新人アイドル14人を一つのグループとしてプロデュースしていくものらしい。その内の一人に島村がいるわけだ。
「ああ、やっぱりそうか」
「やっぱりとは?」
「いえ、島村先輩は女優とか歌手よりも、アイドルの方が向いてるよなと思って」
「それはなんで?」
なんか尋問されてね? と思うが、別に答えを渋る理由もない。だから深くは考えず思ったままの感想を言う。
「俺も一度しか会ったことがないんで上手く言えないんですけど、島村先輩は結構天然みたいなところがあって、女優や歌手みたいじゃない気がして」
「でもアイドルには向いてると?」
はい、と返した榊はこれから言おうとする言葉に一瞬ためらった。
自分でも恥ずかしいことを言う自覚がある。何より相手からしたら素人が偉そうに言うな、と思うかもしれない。
そう考えると言葉が喉で詰まってしまう。しかし、
「──大丈夫だよ」
まるで榊の心を読んだかのように今西が言葉をかけてくれる。
先程から一切変わらない物腰の柔らかい笑みに後押しされ、榊は照れくさそうに口を開く。
「島村先輩の笑顔は、みんなに幸せを与えてくれる感じがするんですよね。それも、誰にでも平等に。多分そういう魅力みたいのはちょっと固いイメージのある女優や歌手よりも、アイドルの方が活かせるんじゃないかと思ってみたりみなかったり……」
後押しされたにも関わらず、語尾の方ではだいぶ力が弱くなってしまった。
それでも今西の耳にはちゃんと届いていたようで、彼は満足そうに何度も頷く。
「榊君は人を見る目があるんだね。ぜひプロデューサーとして346に欲しいぐらいだよ」
「気持ちは嬉しいですけど、俺まだ15ですよ?」
「そうだったね。……じゃあ、ちゃんと現実味のある話をしようか」
そう言うと、今西は飲みかけのコーヒーをわざわざ横にどかした。
真面目な話だ。雰囲気でそう感じた榊も思わず背筋が伸びてしまう。
現実味ある話が何なのか。榊には想像も出来ないことに、期待と不安が入り混じるのを鳥肌として表面化している。
そして今西が口を開けて発した言葉は、
「君も、島村君と同じアイドルになってみないかい?」
「……?」
一瞬。いや、一秒でも十秒経っても榊の今西の発言を理解出来なかった。
それをどう捉えたのか、今西は榊の持つファイルを指差して、
「もう少し砕いて言うとね。君にシンデレラ達の王子様になってもらいたいんだけど、どうかな?」
未だ機能を取り戻さない頭で、榊は窓の方を見た。
日の光を浴びて、窓は榊の姿をぼんやりと映し出す。
榊は自分の容姿に自信がある方ではない。思考停止中のため無表情のせいもあるだろうが、世間で言うイケメンの部類に入るとは到底思えない。
髪だって普通の高校生らしく黒の短髪だ。
良くて中の中、自惚れても中の上が榊の自己判断だ。
試しに笑顔を作ってみるが、一目で作り笑顔だと分かる。
その証拠に、窓の外にいた大学生ぐらいの女性は、まるで苦虫を潰した顔で足早に去ってしまったのだ。
榊としては自分に向けてやったつもりが、女性からしたら自分に向けられたものだと思ったのだろう。
恥ずかしさが体を駆け巡り冷や汗となって排出される。
だがそのおかけで榊の思考は一気に現実に引き戻された。
……アイドル? 俺が?
今西の言ってることは理解出来たが、その意図が未だに理解出来ない。
あっけらかんと名刺と手元のファイルを交互に見ていると、今西はコーヒーに手を伸ばして、
「もちろん、今すぐにアイドルになれるわけじゃない。今度シンデレラ達の王子様を決めるオーディションがあるんだけど、ぜひ榊君に参加してみてほしいんだよ」
「ほしいと言われましても、そもそも346プロダクションですからアイドルはたくさんいるイメージはありますけど、男性アイドルなんているんですか?」
「ううん。
「そうですか。それにしてもオーディションですか……。ちなみに今度っていつなんですか?」
「ん? 明後日の日曜日だよ」
「明後日……!?」
あまりにも急すぎる展開に、榊は目を丸くする。何をどう考えればそんな直前にスカウトなんてしてくるのか。
「オーディションって言われても、それって事前に書類審査があったんですよね? それなのにいきなり参加したら駄目じゃないですか」
「大丈夫大丈夫。僕の方で特別枠として参加させるから」
……大丈夫じゃないし、それは職権乱用だろ!
そもそも書類審査を通るのだって簡単ではないのだ。テレビで得た情報だと、女子だと書類審査だけで倍率は十倍を軽く超え、有名なオーディション企画だと時には百倍や千倍にだってなるときもあるのだ。
今回は男性アイドルなので多少倍率は低くとも、346プロダクションのオーディションなら応募数もかなりの数に違いない。
それなのにたまたま部長という上の人の目に留まったからって、書類提出すらしていない自分が飛び入り参加するのはやはり気が引ける。
「別に今ここで決めなくていいよ。榊君が少しでも興味を持ってくれたなら、今日はもう充分だから」
榊が真剣な顔つきで黙っていたのを今西は脈ありと考えたようだ。
どうしたらそうポジティブシンキングに生きていけるのか。もしコツがあるのなら是非とも教えてほしいものである。
だが今日は興味を持ってもらえただけでいいとはどういう事だろう。明後日がオーディションなら、普通は今日にでも決断してもらわないといけないのではないか。
しかしそこで、今西は腕時計に目をやると、
「おやおや、もうこんな時間かい。僕から誘っておいて申し訳ないけど、もう行かなくちゃいけないんだ」
「あ、今日は素敵なお話をありがとうございました」
今西が腰を上げるのを見て、榊も慌てて立ち上がり頭を下げた。
それに対し、いいんだよ、と今西は笑い返してくれる。
「そうだ榊君。明日の土曜日は何か予定があるかな?」
「明日ですか? 特に今の所はありませんが」
今の所と見栄を張ってみたが、間違いなく明日の予定は空白だ。
そもそも、クラスで浮いてて帰ったら泣こうと思ってた人間に、週末の予定があるはずもない。
一人で街に買い物へ行くのは可能だが、それは暇だからすることであって、結局は予定がないことにかわりはないのだ。
……あれ? ただ明日の予定を聞かれただけなのに、なんで俺の心はこんなにも傷ついてんだ?
それはきっと日頃の……、いや、きっと入学式の行いのせいなのだろうと榊は自嘲の笑みを浮かべた。
そんな榊の事情を知るはずもない今西は、彼の予定が空いてると聞いて嬉しそうに笑う。なら、と前置きして、
「明日
「それは嬉しいお誘いですけど、いいんですか? もしかしたらアイドルの現実を見て嫌になるかもしれないですよ」
「それならそれでいいじゃないか。とりあえずオーディション受けてやっぱり無理でしたって言うよりは、事前に知って、その上でやめておきますと言ってくれた方が僕としては助かるよ」
何故かオーディションに受かるのを前提に話が進んでいるようにも感じるが、こんな話は普段生きてる中で滅多にないだろう。
……だったら見てみるのも、悪くないかな。
何より学校での話のネタになる。
そう思考を完結させた榊は、再度今西に頭を下げた。
「それなら、明日はお願いします」
「そうと決まれば、明日は九時には来てほしい。受付で僕の名前を言えば分かるようにしておくから」
それだけ言うと、じゃあまた明日、と言って今西は席を立った。
店の外に出るのを見送ったあと、榊はゆっくりと腰を下ろした。
……俺なんかがアイドルかあ……。
学校を出るまでは想像すら出来なかった展開に、榊は夢見心地で視線を落とした。
本音を言うと、あまりアイドルに興味はない。テレビなどでアイドルの姿を見ても、可愛いとかかっこいいと思ったことはないはずだ。
それに仮にオーディションに受かって、自分が本当のアイドルになったところで売れる自信も全くない。それなのに、
……俺は一体、何を期待してるんだ?
アイドルになったからってお金持ちになれるわけでも、クラスでのボッチが解消されるわけでもない。それでも榊は何かを期待している。
それが何なのかはよく分からない。まるでシャボン玉のように、頭に浮かんでは消えていってしまうのだ。
……だから明日は、それを確認するんだよな。
アイドルが何をしてるかよりも、今胸に抱いてるこの何かをはっきりさせたい。そう決意した榊は視線を上げる。
「あ……」
すると手には社内機密と書かれたファイルがある。すっかり返すのを忘れていた。それに、
「ここの支払いって、俺持ちかよ」
テーブルの上に置かれたままの伝票を見て、榊は思わず苦笑いをする。
やはり明日は、346プロダクションに行かなくてはいけないようだ。
一話をご覧になってくださった皆さんはじめまして。
今回”アイドルマスターシンデレラガールズ 星々の王子様”を投稿させていただきました逆刃刀といいます。
現在はデレステで菜々さんをお迎えするため奮闘中ですが、その中で少しでもこの作品を良いものにするため精進していきます。
とりあえずストックは残り二話なので、週一以内の更新を目安にやっていこうと思っています。
逆刃刀も十分注意はしていきますが、もしキャラクターの口調や性格等に違和感がありましたら、ご指摘頂けると助かります。
また応援メッセージなども頂けると逆刃刀のモチベーションにも繋がりますので、もし気が向いたら感想もよろしくお願いします。(もちろんなくても頑張りますよ!)
それでは二話でお会いしましょう。