アイドルマスターシンデレラガールズ 星々の王子様 作:逆刄刀
どうしてこうも事態は面倒な方向にしか進まないのか。蘭子の隣に座る楓を見ながら、榊は伏し目がちに思った。
「高垣さんも休憩中ですか?」
「ええ、別の階でレッスン中だったんだけど、誰かさんの様子が気になったので様子を見に来ちゃいました」
楓がジャージ姿なのを見れば、レッスンという言葉は嘘ではないのだろう。
「やっぱり受けにきたんですね」
「やっぱりって、それどういう意味ですか?」
「深い意味はありませんよ。ただなんとなく、女の勘です」
どうして大人は、こうも勘という単語を使用するのだろうか。
……まあ俺も、なんとなくってよく言うけどさ。
それは単に経験が足りないだけだ。それに比べて、今西や楓は自分なんかより何倍も色々経験している。
それを大人とか女の勘で済まされてしまうのはずるいと思う。
ただ、それを口に出すわけにはいかないので、
「流石高垣さんですね」
「ふふ、伊達に榊君より長生きしてませんから。それより──」
一度オーディション会場の方を見てから、またこちらを見て、
「オーディションの方はどうですか? 順調ですか?」
「さっきの表情から察してくださいよ」
「表情だけじゃ、どれだけよくなかったのかわかりませんよ」
だいたいわかってるじゃありませんか、と苦笑が溢れる。
だが榊としても、ここで嘘をつく必要はない。
「難しいというのは最初からわかっていましたが、実際に目の当たりにするとなかなか厳しいですね」
「でもオーディションって、大抵自分が駄目だと思ってる時の方が受かってるものですから、諦めないでくださいね」
果たしてそうだろうか、と湧いてくる疑問を口にはせず、榊は先ほどと同じ反応をした。
「それで、貴方はそんな暗い顔してどうしたのかしら?」
「ふぇっ!?」
突然話をふられたことに、蘭子は明らかな動揺を見せた。
……ああ、多分これが普通の反応なんだろうなあ。
高垣楓は誰もが知る有名アイドルだ。それはつまり多くの人達の憧れであり、同じ事務所の後輩ならなおのこと緊張してしまうのだろう。
だがここでふと、榊にはある疑問が浮かんでいた。
……先輩の前だと、どんな風に話すんだろう。
先輩の前であの話し方は失礼にあたるかもしれない。もちろん楓がその程度で怒るとは到底思えないが、それ以前にマナーの問題である。
しかし蘭子はまだ中学生。それに、オーディションでもあの話し方をしたほどの人物だ。
一体どうするのだろうか? 興味津々で蘭子の様子を見ていると、彼女はおもむろに高笑いからはじめて、
「彼の者達は我への謁見を求めた。しかし、我の禁呪前になす術もなくひれ伏していったわ…」
段々と言葉に力が入らなくなっていったが、先輩を前にあの話し方が出来る彼女はやはり只者ではない。
……もしかして菜々さんに一番近いのは、前川さんじゃなくてこっちなのかな?
どうでもいいことに思考を巡らせていると、楓がこちらを見ているのに気付く。
「榊君、ひれ伏しちゃったんですか?」
そう問われ、しかし事実であることに、榊は気まずそうに頷くしか出来ない。
それを見た楓は、そうと頷いた後に、じゃあ、と前置きして、
「榊君は早く、立ち上がらなくちゃいけないですね」
立ち上がる。その言葉を楓は、どういう意図で言ってるのだろうか。
落ち込んでいる自分に対して、立ち上がれと言ってくれてるのか。それとも、蘭子の言葉に対してだろうか。
……両方に決まってるよな。
それぐらいは今の自分でも読み取れる。ただ、それをすぐに実行できるほど器用ではない。だから、
「ええと、神崎さん……」
言葉に、蘭子だけでなく楓までこちらを見てくる。
楓の視線は、こちらへの期待感で溢れている。
そんなに期待しないでほしいと思う。だがそれ以上に、
……なんでそんなに怯えてるのかなあ。
まるで外国人に話しかけられてるかのように身構えている蘭子に、榊はなかなか次の言葉が出てこない。
別にこちらは変な言葉を言ってないし言うつもりもない。寧ろこっちが理解不能な言葉を言われて困っているぐらいだ。
……ああ、そういうことか。
こちらが相手の言葉を理解していないのだから、こちらからの言葉もある意味理解できないのだ。
だったら普通に話してほしいとは思うが、蘭子にも色々考えや思いがあるに違いない。
でも、自分はまだそこまで彼女を知らない。
「正直に言うとね、俺は神崎さんが何を言っているのか分からない。多分、それは他の人も一緒だと思う」
「心得ている。禁呪とは触れざれらるもの。しかし、我が内なる野望はこの方法でしか、なし得ることは叶わぬ」
「確かに禁呪は簡単に克服できるものじゃないないかもね」
相変わらず何を言っているのかわからない。それでも、言葉の意味は汲み取れるようになってきた。……気がする。
だから、と榊はかがんで蘭子と目線を合わせると、
「俺も、禁呪を使いこなせるようにならないといけないね」
「な、それはまことか!? 我が禁呪は想像を絶する苦難が待ち受けているぞ!」
想像を絶する苦痛がどういう意味なのか、それが分からない榊としては苦笑しかできない。
それでもやはり、蘭子の言う禁呪を使えるようにならないといけない。なぜなら、
「でも、そうしないと君の野望。意思疎通はできそうにないからね」
「っ!?」
そこまで言うと、蘭子は急に立ち上がり、脱兎の勢いで会場の方へ戻ってしまった。
間違った事を言ってしまっただろうか、と不安になるこちらに、楓は小さく笑い声を漏らす。
「見事魔王を倒しましたね」
「いやいや、倒しちゃ駄目じゃないですか」
「倒しちゃってもいいんですよ。だってそれは、榊君が彼女から逃げずに向き合った証拠なんですから。私には到底できないことです」
「何言ってるんですか。俺にできるなら高垣さんもできるに決まってますよ」
きっと俺以上に、と付け足すのは仕方のないことだと思う。
こちらの発言をどう捉えたのか、楓は少し困った表情を見せる。
「榊君は、どんなアイドルになりたいんですか?」
「どんなって、それは……、わかりません」
それは、オーディションが始まる前に今西が全員に言っていたこと。そして面接の時に、武内から全員に問われた言葉である。
榊はその質問に答えることができなかった。答えるのが最後だったからではなく、最初から答えが浮かんでこなかったのだ。
どうしてアイドルになりたいのかは、昨日の体験で見つけることができた。
なら、実際にアイドルになってどこを目指すのか。榊はそのことを全くイメージしていなかった。
自分が憧れるアイドルが目の前にいる楓であることは間違いない。だから、この後の歌唱力審査では彼女のCDを選んでいる。
しかし今になってみると、それでよかったのかと疑問が頭を離れない。
今西はどんな存在になってくれるのかアピールしてほしいと言っていた。武内も共感したからこそ、あの質問をしたに違いない。
それに対して、まだ自分は何も示せていない。他の候補者達の話を聞いていたが、どれもが自分には合いそうにないものばかりだ。
「俺って、どんなアイドルになれるんですかね」
「素敵なアイドルになれると思いますよ」
即座に、しかし大雑把な返答がきた。
こちらが求めてるものとは明らかに違う答えが返ってきたことに、榊は表情が歪むのを我慢できない。
すると、楓はまた小さく笑った。いつもこちらの心を見透かしてるようなオッドアイをまっすぐこちらに向けくる。
「私は、榊君ができないことができます。でもそれと同じ様に、榊君も、私にはできないことができます」
「それって……」
「色々ですよ。でも、私達アイドルが目指すのは一つです。それは榊君も、きっと気付いてるはずですよね」
気付いている。いや、正確には教えてもらったのだ。
「ファンの人を幸せにすること」
正解ー、と楓は拍手をする。
「だけど同じ幸せにも、たくさん種類があるんですよ。私があげられる幸せがあれば、
……俺があげられる幸せ。
それは一体どういうものだろうか。頭に浮かんだ疑問を口に出そうとすると、
「楓ちゃん! もうとっくに休憩時間過ぎてるのよ」
声のする方、廊下の奥から一人の女性がやってきた。
身長は榊や楓よりもだいぶ低いが、それと反比例するように大きな胸がグラマスな印象を与える。
顔もかなり童顔だが、楓のことをちゃん付けで呼んでるのでそれなりの年齢なのだろうか。
「あら早苗さん、もうそんな時間だったんですか?」
早苗と呼ばれた女性は、腕組みをした後にため息をこぼして、
「全く、なかなか戻ってこないから探してみれば、まさか他の階にいるなんてね。……で、休憩を延長してまでお話してるその子は誰なの?」
「オーディションを受けに来た榊君です。早苗さんも聞いてますよね。今日男の子のオーディションがあるって」
そういうば今日だったかしら、と早苗は榊を隅々まで見渡す。
あまりいい気分ではなく、榊が警戒の色を強くすると、早苗は首を捻って、
「アイドルのオーディションを受けに来たわりには、ルックスはいまひとつね」
「ぐっ……!」
榊が一番気にしていたことを、早苗は直球で投げ込んできた。
昨日も未央に言われていたが、こうも面と向かって言われると、なかなか心に刺さるものがある。
……まあ自覚はしてますけど。
だからと言って、ノーダメージというわけでもないのだ。
「まあでも、楓ちゃんが注目するぐらいなんだから、見所はあるんでしょ」
もちろん、と頷いた楓はゆっくり立ち上がる。
「それじゃあ榊君、私達は行きますから。オーディション、頑張り過ぎないでくださいね」
「え? 頑張り過ぎないで?」
「ちょっと楓ちゃん、ここは頑張ってじゃないの?」
早苗のもっともな指摘にも、楓は自分の発言を訂正しない。
「それは既に昨日言ってますので。それに、榊君はもう十分に頑張ってるのに、これ以上頑張れっていうのは酷じゃないですか」
「俺って頑張ってるんですか?」
まだまだ足りないと思うのが自己評価だ。
……頑張りが足りないから、ここまで悲惨なことになっているのに。
「今頑張らなくちゃ、オーディションに受かるわけないじゃないですか!」
言葉が強くなり、怒鳴るような口調になる。すぐに我に返るが、榊はうつむいて楓の顔を見ることが出来ない。
昨日も藍子に反発する場面があったが、あの時とは状況がまるで違う。
……自分に余裕がないから。
その事実に、榊は目頭が熱くなるのを我慢できなかった。
「頑張るのは、今じゃありませんよ」
まるで糸に引っ張られるように、無意識に榊の顔は上がっていた。
そこには当然楓がいる。困り顔の早苗とは対照的に、楓は笑みを浮かべている。
「菜々ちゃんから聞きましたけど、榊君は今日のオーディションに向けて、色々頑張ってたみたいですね」
「菜々さんとお知り合いなんですか?」
時々飲みに行きますので、と答える楓は、それで、と話を戻して、
「そこまで頑張ったなら、今は頑張らなくてもいいんですよ」
だって、
「オーディションの審査員もそうですが、ファンの皆さんも、私達の頑張ってる姿を見たいわけじゃないので」
「頑張ってる姿を見たいわけじゃない……」
「もちろん、実力は日々の積み重ねで成り立つものですから、普段の練習は頑張らなくちゃいけません。でも、本番で頑張りすぎても、実力以上のものは出ないと思うんです。
なら、こちらも楽しんで、みんなと共有したいじゃないですか。楽しい時間を」
「そりゃ楽しめるならそれがベストですよ。でも……」
「でも、今回のオーディションが最後なんでしょ?」
……菜々さんそこまで話してたんだ。
別に秘密にしてほしいと頼んでいたわけではないので気にはしない。
ただ、できることなら言わないでほしかったのも事実である。
そうですけど、と、歯切れの悪い言葉が並ぶ榊に、背後で早苗が仏頂面をしてるのも気にせず楓は一層笑みを濃くした。
「どうせこれが最後なら、せめて榊君自身も楽しんでください。オーディションは、本番でステージに立つ榊君をイメージしています。だから、頑張り過ぎて辛い貴方より、笑顔で楽しそうな貴方を見たいはずですよ」
……笑顔で楽しそう……。
それは昨日、榊がアイドル達を見ていて思ったことであり、何よりアイドルになると決断した要因の一つでもある。
自分も
それが蓋を開けてみればこの様である。
情けない、と頭に言葉が浮かぶ。
「今からでも間に合うでしょうか?」
もちろん、と返すに楓に、榊も同じように笑みを見せる。
「オーディション合格まで、もう
「ドヤ顔で言われても、反応に困るんですが」
榊君は意地悪です、と頰を膨らませる楓だったが、最終的には早苗に腕を引っ張られる形でトレーニングへと戻っていった。
……高垣さんって精神年齢低めだなあ。
一人残された榊は時計に目をやる。
時刻は間もなく一時になる。そろそろ会場に戻らなくてはいけない。
まだ心にはたくさんの不安が残っている。
ただそれ以上に、今はオーディションを楽しんでみたいという好奇心が優っている。
そのためにはやるべき事がある。
榊は速くなる鼓動にせかされるように、足早に会場へと向かった。
十三話 魔王を倒しても平和は訪れないようですはいかがでしょうか?
また遅くなりましたが、10ヶ月の後なら3ヶ月は早かったよね……はい、すみません。次からは気をつけます。
この3ヶ月の間にも色々ありましたね。
先ずは遅くなりましたが、楓さんシンデレラガールズおめでとう!今回も含めて全て総選挙で安定した順位は流石の一言です。
それに未央も2位に入り、新たに声が付くキャラも多く、個人的には満足な結果だったと思っています(欲を言えば担当の順位をもう少し…).
そしてシンデレラガールズ劇場の放送も開始されましたね。あの四コマ特有の絵が動きながら喋っているのもなかなか新鮮ですね!
さてさて、話すことはまだ沢山ありますが、ここで長々と書いてるよりは速く次書けよと思われそうなのでここで締めたいと思います。
それでは皆さん変わらぬ応援をよろしくお願いします。