アイドルマスターシンデレラガールズ 星々の王子様   作:逆刄刀

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正直今回は本気で失踪すると思った(他人事)



十四話 一押しだから

「ふう……、ナナの腰もそろそろ限界ですかねえ」

 

 太陽が真上から傾き始め、子供達がおやつだと騒ぎ出す頃。菜々はメイド姿のまま、カフェの控室でそう呟いた。

 ソファにだらしなく座る姿はアイドルとしてよろしくない格好であるのを自覚しながらも、誰もそれを咎める者がいないのでそのままだ。

 昼のピークが過ぎ、午後のティータイムを過ごしに疎らに客が出入りするのを見ると、体に疲れが押し寄せてくる。

 朝からのトレーニングを終えた彼女は、疲れで悲鳴を上げそうになる体に鞭打ってこの場にいる。

 本来なら午後は体を休めるべきなのだろうが、これはアイドルになる前から続けていることであり、こうしてメイドとして客と接するのは精神的にリフレッシュできる。

 紙コップにお茶を注いで一口飲むと、思考が仕事から別のものに変わる。

……榊君上手くやれてますかね。

 そろそろ彼のオーディションが終わってる頃だろうか。

 どうなったのか気になるところだが、昨日連絡先を交換するのを忘れていたせいで確認のしようがない。

 昼頃楓から彼についてのメールがきたが、

 

「榊君が魔王を倒したってどういう意味ですかね」

 

 疑問を口に出したところで答えが返ってくるはずがない。

 メールを送ってきた楓もトレーニング中の為か、それからメールが送られてくることはなかった。

 今夜も飲み会ですかね、と考えていると、

 

「安部ー、ちょっといいか?」

 

 声と同時に扉が開き、隙間から店長が顔をのぞかせた。

 まだ休憩時間のはずだがどうしたのだろうか。

 稀にこの時間でも客入りが多くなることがある。だからそのせいだろうと菜々は振り返る。

 

「どうかしましたか?」

 

「昨日来てた男の子が来てるけど、何か話すことでもあるのかなと思ってな」

 

「え! 榊君が来てるんですか⁉︎」

 

「ああ、アイスコーヒーを頼んでたが持って行くか?」

 

「行きます行きます! ナナにお任せください!」

 

 そう返すと、菜々は脱兎の勢いで休憩室から掛け出た。

 すれ違いざまに店長が何かを言っていたが、そんなものは耳に入らない。

 カウンターで手早くアイスコーヒーを用意すると、コップをトレイに乗せていざ彼の元へ。

 

「榊君ー! わざわざ来てくれたんで……」

 

 コップをテーブルに置こうとした菜々の手が止まってしまった。

 席を間違えたわけではない。確かに菜々の目の前には榊がいる。

 昨日と同じ席にいるが、昨日とは明らかに違い、

……完全にノックダウンしてますね。

 顔をテーブルにべったりと付け、両腕は力なく垂れている。

……ナナも他人として見ると、こうだったんでしょうか。

 菜々自身アイドルになる前は、オーディションに落ちると彼の様に脱力してることが多かった。

 場所は職場の時もあれば、近くのファミレスだった時もある。

 あの時は現実に向き合う事で精一杯だったが、今こうして見るとかなり周りに不幸を撒き散らしていたのだと感じる。

 

「さ、榊君ー?」

 

 止まっていたコップをテーブルに置いてから呼びかけると、榊は寝起きのようにゆっくりと体を上げた。

 そしてこちらの顔を確認すると、

 

「あ、菜々さん。こんにちは……」

 

 これまたゆっくりお辞儀をすると、その顔が上がってくることはなかった。

……ちゃんと返事をしてくれるだけ、まだまともですかねえ。

 当時の自分には返事する余力もなかったはずだ。

 

「ど、どうでしたかオーディションは?」

 

 わざわざ聞くべきではない話題しか触れないことに、まだ自分は彼のことを知らないのだと実感する。

 榊はすぐに答えなかった。菜々もその事を急かしはしない。

 やがて彼が顔だけをこちらに向けた。そして絞り出すように出る言葉は、

 

「疲れました。凄く、疲れました」

 

 二度も強調して出る感想に、菜々はくすりと笑いが漏れるのを抑えられなかった。

 自分も初めての時はオーディションの出来を考えるよりも疲労感が優っていたと思う。

 だから榊の言う感想は決しておかしいものではない。それでもこうして笑みが出てしまうのは、

……ナナも随分、余裕が持てるようになりましたね。

 天狗になっているわけではない。自分はアイドルとしてまだまだという自覚もある。ただ、

 

「そうですか。榊君も頑張りましたね」

 

 榊の努力に対して、菜々は頭を撫でて労っていることに、小さいながらも優越感を持っているのも事実だった。

 

「自分は子供なんで強く言えないですけど、そんな露骨に子供扱いされるのは好きじゃありません」

 

 即座に不満を漏らす榊だが、こちらの手を払い除ける様子もない。

 疲れてるせいもあるでしょうが、やっぱり榊君は優しいですね、と菜々は頭から手を離して思う。

 

「菜々さんは──」

 

 今度は榊の方から口を開いた。

 アイスコーヒーを手元に寄せて、ストローで意味もなく中身をかき混ぜながら、

 

「菜々さんは、何回もあんなのを受けてきたんですね」

 

 あんなのとは、きっとオーディションのことだろう。

 菜々は榊の正面にある椅子に腰かける。

 どう答えようか。頭では思考を続けながらも、先ずは事実として返す言葉がある。

 

「はい、菜々はたくさん受けましたよ」

 

「たくさん受けて、やっとアイドルになれたんですよね」

 

「ええ。何度も落ちて、ナナはやっとアイドルになれました」

 

 相手の言葉を少しだけ訂正すると、榊は申し訳なさそうに顔を歪めた。

……事実なんですから、一々気にしなくてもいいんですけどね。まあそこが、榊君の良いところですけど。

 

「榊君はどうなんですか? もし今回が駄目だったら、次は考えてますか?」

 

 それは既に昨日聞いている問いかけだ。

 だがそれはまだオーディションを受ける前の事。彼がアイドルの仕事を見学した後ではオーディションに対する熱意が変わったように、今回も何らかの変化があるかもしれない。

 そう期待しての言葉だったが、菜々の気持ちを裏切るように、榊は首を振った。

 

「むう。榊君も強情ですね」

 

「強情ってわけじゃないですよ。今回のオーディション、上手く出来たことより出来なかったことの方が圧倒的に多くて、今度は上手く出来るようにもう一回チャレンジしたいって気持ちも確かにあるんです。

 ただそれ以上に、今は達成感に溢れているんです」

 

「上手く出来なかったのにですか?」

 

「やっぱり変ですよね。でも俺は、今回のオーディションを通して自分がどんなアイドルになりたいのか、それがしっかり見えた気がしたんです。そしてそれを自分が見せたい人にアピール出来た。それだけでなんだか、満足しちゃってるんですよね。まあ、それで満足しちゃうあたり、俺はアイドルに執着してないんでしゃうね」

 

 そう言って笑ってみせる榊に嘘をついてる様子はない。やはり彼の気持ちが揺らぐことはない。

 これ以上この話題に進展はないだろう。そう思った菜々は自分から話題を変えた。

 

「それで、結果はいつ発表されるんですか?」

 

「今審査員達が話し合っていて、明日には連絡があるそうです」

 

「そうですか。受かってるといいですね」

 

「理想を言うならそうですけど、現実はそこまで甘くないですからね」

 

……こういう時ぐらいは素直に受かりたいと言ってもいいのに。

 声には出さない本音を浮かべると、彼は残ったアイスコーヒーを一気に胃に流し込むと、そのまま勢いで立ち上がった。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ失礼します」

 

「もう帰るんですか? まだ来たばっかりなんですから、もう少しゆっくりしていけばいいのに」

 

「昨日に続いて菜々さんの仕事の邪魔したら悪いですから。それに、なんだか今は早く帰りたい気分で……」

 

 彼の浮かない表情から、やっぱりオーディションは上手くいかなかったのだと感じ取れる。

 口では満足していると言っていた。その言葉に偽りはないと思う。

 だがそれと同じ、もしくはそれ以上に、彼には思うところがあるのかもしれない。

 ……不謹慎ですけど、ちょっと嬉しいですね。

 昨日はなんとなくで行動していたのに、今では自主的に行動し、そして結果に悔しさを感じてくれている。

 自分が何かをしたとは思わない。それでも、自分が好きだと思うことにこれだけ真剣になってくれたのは嬉しい限りだ。

 意気消沈気味の榊に、菜々はできる限りの笑みで言った。

 

「きっと大丈夫ですよ。なんたって榊君は、菜々の一押しなんですから」

 

 

 

「おや、榊君はここに来てなかったのかい?」

 

 帰宅の途につく榊を見送った後、テーブルを片付けていた菜々に話しかける人物がいた。

 顔を向ければ、それは菜々の見知った人だった。

 

「あ、部長さん。榊君ならさっきまでいましたけけど、少し前に帰りましたよ」

 

 そう返され、今西は行き違いか、と頭を掻いた。

 

「榊君に用があったんですか?」

 

「ん? いや、もしいたなら労いの言葉でもかけようかと思ったんだけど、いないならその方が好都合だ」

 

 よかったらどうぞ、と席を促す菜々に今西は素直に甘えた。

 よっこいしょ、と年相応の言葉を漏らした今西に菜々は、

 

「榊君がいない方が好都合ってどういうことですか?」

 

「実は菜々君にお礼が言いたくてね。君のおかげで、榊君が一段と面白くなったよ。ありがとう」

 

「ありがとうって言われましても、ナナには身に覚えがないのですが」

 

 お辞儀付きで言われた感謝の言葉に、菜々は即座にそう返した。

 自分が特別何かをしたという記憶がない。

 面接シートの書き方や菜々自身の面接体験を話したりはしたが、それは他の人でもやれることだ。

 ましてや今西は、菜々のおかげで榊が面白くなったと言っている。

 果たしてそれだけのことをしていただろうか。

 答えの見えない疑問に頭を悩ませていると、今西は大きく笑って、

 

「別に菜々君が何かしたわけじゃないよ。強いて言うなら、君がアイドルでいてくれたことだよ」

 

「ナナがアイドルなのがですか?」

 

「そう。今日のオーディションには歌唱力審査もあったんだけど、その内容は知ってるかい?」

 

 オーディションの大まかなことは榊から聞いてるので、その中に歌唱力審査があるのは知っている。

 ただその一つ一つの内容まで聞いていない菜々は正直に首を振った。

 すると今西は、それじゃあ、と前置きして、

 

「先ず歌唱力審査で歌う曲は346プロダクション所属のアイドルの曲であること。それと、歌う曲はオーディション前に申告しておくこと。この二つが条件としてある。ちなみに榊君は高垣君の曲を選んでいたよ。

 だけど審査が始まる直前に、彼は曲を変えたいと言ってきた。誰の曲か分かるかい?」

 

 話の流れでその答えは容易に想像できる。だが同時進行でありえないとも思った。

 期待とも不安とも言える菜々の答えを、今西はためらわずに続けた。

 

「菜々君の曲だったよ」

 

「そ、それ本当ですか?」

 

「僕も含めて、審査員は同じ反応だったよ。もちろん君の歌は良いものだけど、あの場で歌うにはなかなか度胸がいるものだからね」

 

 度胸がいるなんてものじゃない。

 あの曲は菜々にとって大切な曲であることに間違いない。

 だからと言ってわざわざオーディションで、しかも榊のような年頃の男の子がなぜ歌うのか。歌い手である菜々自身が理解不能だ。

……素直に楓さんのを歌えばいいのに。

 楓の曲は歌唱力がものを言う難しい歌だ。そのかわり比較的シンプルな為審査しやい歌だと思う。

 それと比較して自分のはどうだろうか。

 榊ぐらいの年の子が歌うのは、せいぜいカラオケで友達と和気あいあいと歌う程度のもので、とても歌唱力を審査するのに適しているとは思えない。

 彼は今回のオーディションに満足していると言っていた。達成感すらあるとも言っていた。

 自分の曲を、それも年の近い他人の前で歌うのは恥ずかしくないのだろうか。

 なぜ彼は、

 

「わざわざ変えてまで、ナナの曲を選んだんでしょう?」

 

「知りたいかい?」

 

「部長さんは知ってるんですか?」

 

「そりゃあ急な変更だからね。こちらとしては、理由を聞かないと許可できないよ」

 

「それで、榊君は何と言ってたんですか?」

 

 尋ねる先、今西はどこか得意げに話し始める。

 

「彼は言っていたよ。 楓の(あの)曲が自分の憧れであるのは間違いないし、こうなれたら最高だと思っている。だけどそれはただの理想であって、自分にできることじゃない、とね」

 

 その気持ちは菜々にも理解できた。

 楓はアイドルにも関わらず男女両方のファンが多い。

 幅広い人にファンになってもらえる。それはアイドルにとって光栄なことであり、当然菜々もそこを目指している。

 だが楓と同じことをしようとしても駄目だ。

 自分には楓のようなスタイルや歌唱力がないのは自覚している。それなのに楓に真似ようとしても、せいぜい二番煎じがいいところだ。

 憧れを持つのはモチベーションに繋がるので良いことだと思う。

 ただ注意しなくてはいけないのは、憧れと目標を同じにしないことだ。

 憧れというのは大抵自分にはないものに抱く感情だ。あまりにかけ離れている人を目標にすると、なかなかそこに近づくことが出来ず、やがてレッスンなどにも嫌気がさしてしまう。

 そして最終的にはアイドルを辞めてしまった人がいることを菜々は知っていた。

 でも、と思考の途中で生まれた疑問を口にする。

 

「だとしたら、榊君にとって菜々は何なんでしょうか?」

 

「それは僕も思ったことだよ。だから尋ねた。じゃあ 菜々の(その)曲は、君にとって何なのかな? って」

 

「そしたら榊君は何て?」

 

 唾を飲み込む音が聞こえそうなほど神妙な面持ちで問いかける菜々に今西は彼の言葉をそのまま伝える。

 

「自分はさっきまで、貴方が最初に言ったように自分に何が出来るかを考えていました。でも私は、今何が出来るかを示せるほど自分や シンデレラプロジェクト(彼女達)のことを理解してません。

 だけどこんな私でも、どんなアイドルになりたいかは示すことが出来ます」

 

「榊君は、ナナのようなアイドルになりたいってことですか? こういうのもあれですけど、菜々はアイドルとしてかなり異質ですよ」

 

 まるで榊本人に話しかけてる気分になる。

 今西もそれを感じ取ってくれてるのか、もちろん、と言葉を繋いで、

 

「彼が菜々君のような衣装や歌を歌いたいわけじゃない」

 

 ただ、

 

「菜々君のように、見ただけで分かるぐらい心からアイドルを好きになりたい。そして何より、アイドルである自分に誇りを持って楽しみたいそうだよ」

 

 今西の言葉を最後まで聞くと、菜々は身体の奥から熱くなるのを抑えることが出来なかった。

 事実から言うと、その理由なら榊は曲を変える必要はなかったと思う。

 楓だって、自分と同じようにアイドルが大好きで、その事に誇りを持っている。

 そもそもこれは歌唱力審査なのだ。榊の言いたいことは本来面接で言うべきことだ。

 建前上ではいくらでも言葉が出てくる。だが、菜々の本心としては、

……嬉しいに決まってるじゃないですか!

 

「それで、榊君は受かりますか?」

 

「僕の口からは言えないよ。それに僕個人が良いと思っても、みんなの意見を擦り合わせなくちゃいけないからね」

 

 そうですよね、と肩を落とす菜々に、今西は大丈夫だよ、と笑ってみせる。

 よっこいしょ、と座った時と同じ言葉を漏らして立ち上がった今西は、菜々から見ても分かるくらい自信満々の笑みで言った。

 

「なんたって彼は、僕の一押しだからね」


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