アイドルマスターシンデレラガールズ 星々の王子様   作:逆刄刀

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三話 若者に沈黙は厳禁です

「最初はラジオですか?」

 

 車の助手席で、榊は今西にそう問い掛けた。

 カフェを後にした二人はそのままの足で駐車場に向かった。今西が運転席、榊が助手席に座り出発しようとした時に、今西から一枚の紙を渡された。

 右手で受け取った紙を一通り見て、榊は先程の問い掛けたをしたのだ。

 そこには今日の予定が簡単に記されており、最初の項目には『ラジオの収録見学』とあった。

 車を走らせ警備員に挨拶した後に、今西は一瞬だけ榊に視線をやって、

 

「そうだよ。ちょうど 346(うち)のアイドルがやってるレギュラー番組の収録があってね。と言っても、榊君は現代っ子だからラジオは聞かないかな?」

 

「そんな事ないですよ。家だとテレビのチャンネル争いが絶えないんで、普段はテレビよりラジオを聞いてる事の方が多いです」

 

「おや、榊君は意外とアナログ派だったか。なら、”ゆるふわタイム”っていうラジオ番組は知ってるかな?」

 

 その番組名なら榊にも聞き覚えがあった。

 高森藍子というアイドルがパーソナリティーを務めてるのは知っている。しかし、榊はこのゆるふわタイムを一度くらいしか聞いたことがない。

……あまり俺には合わなかったんだよな。

 上手く言葉に出来ないが、高森藍子の話し方はすごくゆったりとしていて、聞いていてまだ十分くらいかと思っていたらいつの間にか終了時間になっていたのだ。

 まさにゆるふわタイムなのだが、榊はそれがあまり好きじゃなかった。

 だがそれを素直に口に出すことなど到底出来ず、榊は言葉を選ぶように窓からの景色を眺めて、

 

「一度だけ聞いたことあります。高森さんの人柄が出てる良い番組だと思いますよ」

 

「それは嬉しいね。でも、一度しか聞いてないって事は、榊君には合わなかったのかな」

 

「うっ……」

 

 精一杯言葉を濁したつもりなのに、たった一言の失言で勘づかれてしまった。

 やはり経験の差なのだろうか。子供の言い訳など、大人にはすぐ分かるということだ。

 

「すみません。良い番組なのは本当なんですが、俺にはちょっと合わなかったです」

 

「そんなに気にしないで、どんなに良い番組でも、本当の意味で万人受けするものなんてないんだから」

 

 それだけ言うと、今西は運転に集中してしまう。

 車内にはすぐに沈黙が落ちてきた。榊から話を振れば、今西は返してくれるに違いない。

 しかし、今の彼に積極的に話を振る勇気がない。

……悪気がないとはいえ、346の番組を批判しちゃたからな。

 今西は気にしないでと言ってくれた。それが本心であるのは榊でもなんとなく分かる。

 だからと言ってこちらから呑気に話を振ったら、まるで自分の発言の意味も理解出来てない子供のように感じる。

……そう考えてる時点で、やっぱり子供なんだろうなあ。

 ラジオ局まで後どのくらいか知らないが、この無言状態が続くならそれは最早拷問だと思った。──その時だ。

 

「ラジオ局までまだ時間かかるけど、榊君はこのままがいいかい?」

 

「えっ……」

 

 救済とも言える発言に、しかし榊は体に熱が溜まるのを感じていた。

 おそらく今西は分かっているのだろう。こちらが黙っている理由も、この状況を榊が好んでいないのもだ。

 全てを見透かされてる。その事実が榊の羞恥心を激しく刺激してくる。

 榊はすぐに返答しない。しかしそれが長続きしないのを今西だけでなく榊自身も自覚している。

 

「……話を振ってくださると、大変ありがたいです」

 

 最後は根負けした榊が赤面して言うと、そうだなあ、と今西は始めて、

 

「榊君は、どうして僕が君にアイドルになってみないかと言ったのか、理解しているかい?」

 

「俺をスカウトした理由ですか……、そういえばまだ聞いてなかったですね」

 

 展開があまりにもハイスピードで進んでいたのもあってすっかり忘れていた。

 最初にアイドルにならないかと誘われた時は、自分の顔はアイドルではないという自己判断こそしたものの、まだ今西の口からは直接の評価をもらっていなかった。

 一体今西は自分のどこを見てくれたのだろうか。先程の恥じらいよりも興味が簡単に上回り、榊は今西の顔を見た。

 今西は運転中のため視線を合わすような危ないことはしない。

 だが榊の視線を感じ取ってくれてるようで、今西は目を弓にして、

 

「榊君はなんで、僕がスカウトしたんだと思う?」

 

 質問をぶつけてきた。

 なんでと言われても、榊には思い当たる節が全くない。

 強いて言うなら平均よりも高めの身長ぐらいだろうか。だがそれも、街中を歩けば自分よりも高く、そしてイケメンに分類される人はいくらでもいるのだ。

 菜々に教えてもらいながら書いた面接カードには、いくつかアピールポイントも書いてあったが、あれは内面の話なのでここでの回答には役に立たない。

 やはりいくら考えても、自分がなぜアイドルに誘われたのかが分からない。

 榊は窓に頭を当て、投げやりに言った。

 

「あれですか、大人の勘ってやつですかね」

 

 それはないよな、と冷めた笑いを繰り返す。

 しかし榊の予想とは裏腹に、ほう、と今西は唸って、

 

「よく分かったね」

 

「え? 本当に勘だったんですか?」

 

「もちろん全てとは言わないけど、直感があったのは事実だよ」

 

 今西がそんな発言するのが榊には意外だった。

 同時に、榊は自分の心が先ほどと変わって急降下するのを感じていた。

 自惚れるつもりではないが、やはりアイドルに誘われた以上何かしらの客観的な理由があるのだと思っていた。それを、まさか今西の直感と言われてしまうと、榊としては興ざめにも似た感覚を得てしまう。

 悪い言い方をするなら、今の自分は今西の”なんとなく”に付き合わされてると言ってもいい。

 そんな榊の心情を察してくれたのか、今西は苦笑を漏らして、

 

「安心しなさい、僕だって直感という根拠のないものだけで君をスカウトなんてしないさ」

 

「なら、根拠のある理由ってなんですか?」

 

 まるで拗ねてるような言葉遣いにも今西は表情を変えない。

 ただ彼は運転中にも関わらず一瞬榊に視線をよこす。

 

「──思いやりだよ」

 

「思いやりって、そんなの見ただけで分かるわけないじゃないですか」

 

 何故か自然と語尾が強くなる。

 自分がアイドルのようなルックスを兼ね備えてないのは十分理解しているはずなのに、期待していた分苛立ちが際立ってしまう。

 

 窓から見える景色では、そこらかしこにあるアイドルの映像やポスターが街を彩っている。

 346プロダクションのアイドルや別のプロダクションのアイドル。女性アイドルや男性アイドル。

 瞳に映る誰もが一目で”かっこいい”や”かわいい”という感想が出てくる。

 思い返してみれば、菜々だって個性はかなり強かったが、容姿は文句なしにかわいかった。

 彼らの中には榊と同じようにスカウトされた人もいるだろう。しかし、榊と違って輝きを放っているアイドル達は、きっとその容姿でスカウトされたのだろう。

 それに対して、榊がスカウトされたのは根拠のない直感と容姿に関係ない思いやりだ。

 どんどん意欲が削がれている。いっそ帰ってしまいたい、そう思い始めたときに今西は言った。

 

「思いやりは、榊君には不服だったかい?」

 

 問い掛けにも榊は敢えて応えない。

 口を開けば、今西に悪態をつきそうになる。

 それにこちらから言わなくても、今西ならきっと理解してくれる。だから榊は沈黙を選んだ。

 しばらくの沈黙の後、榊の予想通りに今西は返答を聞かずに続けた。

 いいかい? と前置きした後に、

 

「先ず最初に言っておくけど、346プロダクションには、正式じゃないけどスカウトする際の基準みたいのがあるんだ」

 

 これ秘密事項だからよろしくね、と笑う今西の言葉にも榊は無反応。

 それぐらいは何となく予想がついている。個人の好みだけでスカウトするのは一種のギャンブルみたいなものだ。

 たとえその人には絶世の美少女に見えても、他の人からすればそれ程に感じることはない。最悪微妙という感想が出てきてもおかしくない。

 だから売れないというわけではないが、会社としてはそれよりもある程度の基準を設けた方が、安定して売れるアイドルを輩出しやすい。

 自分がその基準を満たしているのか、そんなことは聞かなくても分かる。現に今西の口からは、

 

「だけどね。もしその基準に則るなら、僕は榊君をスカウトしなかった。──いや、出来なかったと言うべきかな」

 

 そう言われても全く嬉しくない。

 ならいっそのことスカウトすらしてほしくなかった、そう言いそうになる口を榊はなんとか抑えた。

 今西はまだ話している最中だ。愚痴をこぼすのは彼の話を聞いてからでも遅くない、そう榊は判断した。

 車が信号で止まると、今西がまた榊に視線をやった。

 君は、と今西は笑みを濃くして、

 

「入学式に、島村君と一悶着あったんじゃないかな?」

 

「──は? なんでそれを……」

 

 今西の発言に、さすがに榊も目を丸めた。

 こちらが反応を見せたことに、今西は満足気に続ける。

 

「実は島村君が話しているのを聞いていたんだよ。入学式前に新入生の男の子に迷惑を掛けてしまったけど、その子がとてもいい子だったから助かったって」

 

「いい子って、別に俺は何も……」

 

「聞いた話だと、君は入学式の際にリボン 徽章(きしょう)を島村君に潰された時に予備があると言ったみたいだね。でも入学式には、潰れたままのリボン徽章で出席していたそうじゃないか」

 

 まさかその事が島村に知られていたのも、ましてや今西までもが知っている事が榊に驚きで仕方なかった。

 だが榊はなるべく平然を装って、

 

「それは、島村先輩が大丈夫って言っても引き下がってもらえなかったからですよ」

 

「でも、それは島村君にこれ以心配させたくない気持ちもあったんだろう? なら、榊君の行為は十分思いやりある行為だよ」

 

「……仮に思いやりがあった行動だとして、よく俺が島村先輩と一悶着あった人物だって分かりましたね。名前とか聞いてなかったでしょ」

 

 なんとなくだよ、と今西は簡単に返した。

 そのタイミングで信号が変わり、車は再び走り出す。

 

「榊君が島村 先輩(・・)と言ってたから、君が一年生なのは容易に想像がつく。まだ部活動が始まってないのに島村君の事を知っていたから、きっとこの子が(くだん)の生徒かなって思っただけだよ」

 

 それに、と今西は付け足す。

 

「周囲の生徒が僕に警戒しながら素通りしていく中、榊君だけは疑いもせずに話しかけてくれたからね。こんな優しい生徒なら、島村君が言ってたような事をしても何ら不思議じゃないと思ったよ」

 

「そうですか……。でも、もし違ってたらどうするんですか? やっぱり違ってたから無しでって言うつもりだったとか?」

 

「まさか、僕だってそんなに無責任じゃないよ。──まあ確かに、君が件の生徒じゃない可能性は十分にあったけどね」

 

「だから、そのための”勘”ですか……」

 

 そうだよ、と今西はためらわず頷く。

 

「これでも僕は長くこの業界に携わってきたからね。それなりに人を見る目はあるつもりだよ」

 

「その部長さんの目から見て、俺は売れそうと感じたんですか?」

 

「いや、売れるかどうかなんて、一目見ただけで分からないよ」

 

 最早今西の発言の趣旨が理解出来ない。

 アイドルとしてのルックスは足りない。長年業界に携わってきた今西から見ても売れるかどうかは分からないのだ。

 なら、”思いやり”というものだけでなぜスカウトしたのか。

 榊が疑問を口に出すより早く、今西は回答を述べた。遠目でラジオ局が確認できる所まで来たが、今西はその事には一切触れず、

 

「僕はね、君が件の生徒だろうとそうじゃなくても、 シンデレラプロジェクト(あの子達)には君みたいな王子様が必要だと思っている。

 もし榊君が明日のオーディションを受けると決意した場合、オーディション会場には君よりもルックス・歌・ダンス、全部が上の子ばかりだと思う。中には養成所に通っている子もいるぐらいだ。

 でも僕個人の意見としては、そういう子は今回のオーディションには向いてないと思ってるんだ」

 

「向いてないって、どうしてですか? アイドルの素質があるなら、それに越した事はないじゃないですか」

 

 また語尾が強くなっている。

 だがそれは先程までの不安をぶつけてるのではない。ただ純粋に疑問の答えを知りたいという好奇心の結果だった。

 榊は、いつの間にか自分の視線が今西に合わせているのに気づいた。

 人からの視線は感じやすいもので、今西は榊からの視線を感じ取ると、息を一つ吐いてから、

 

「これが単なる男性アイドルオーディションならそれでいいかもしれない。だけど今回は、十四人の女の子の中に 男の子(王子様)はたった一人。それも相手は、下は小学生から上は大学生までいる」

 

「それだけ聞くと、すごく気疲れしそうですね」

 

 そうかもね、と苦笑いで共感してくれる今西に、榊も同じ反応を返す。

 

「だから僕は、今回のオーディションに限ってはアイドルとしての素質だけじゃなくて、思いやりや協調性といった内面を重視したいと考えているんだ。でも書類審査だけだと、最悪そういう子は一人もいないかもしれない」

 

「そこで俺の出番ってわけですか」

 

「そうなるかな。だけどオーディションは平等だからね、周囲が他の子がいいと言えば、その子の内面に多少問題があっても採用になる」

 

 厳しいですねえ、と榊はため息混じりに言う。

 

「その中にど素人の俺が混じって、採用される可能性なんてあるんですか?」

 

「あるに決まってるじゃないか。ただ、可能性が他の子より低いだけだよ」

 

 そこはお世辞でも大いに可能性はあると言ってほしい。

……もしかしたら、お世辞で少し可能性があるって言ってるかもしれないよな。

 一々確認するという無粋なまねはしない。ただ、

 

「……部長さん」

 

 なんだい? と優しく返してくれる今西に対し、榊は篭った声で、

 

「俺がもし、奇跡やまぐれや偶然を連発してアイドルになった時、部長さんは喜んでくれますか?」

 

「当たり前じゃないか。榊君がオーディションに合格するという事は、僕の目に狂いはなかったという証明なんだから」

 

 じゃあ、と榊は、今度は力を持った声で、

 

「俺がもし、アイドルになった後全く売れなくて、王子様になれないまま引退した時、部長さんは俺をスカウトしたのを後悔しますか?」

 

「…………」

 

 今西は即答しなかった。

 気付けば、車は既にラジオ局に到着していた。今西は無言のまま車を地下駐車場に走らせる。

 車を駐車させた後、今西はやっと口を開いた。

 

「榊君と知り合ってまだ一日足らずだけど、君の悪いところが一つだけ分かったよ。──君はかなり我慢する事が……、いや、ここは臆病な性格と言っておこうかな。それも、何か新しい事に挑戦する時は特にそうじゃないかい?」

 

 そう問いかけられても、榊としては返答に困ってしまう。

 果たして自分は臆病な性格だろうかと自問してみるが、答えはすぐに出ない。

 そもそも、まだ十五年というお世辞にも長くない人生の中で新しい事に挑戦する事自体が少ないのだ。

……菜々さんならきっと、慎重な性格とか言ってくれるんだろうな。

 自分もどちらかというそう思っている。しかしそれを、今西は悪いところと言っている。

 修正すべきところなのだろう、そう榊は捉える。だが今西が続ける言葉は、

 

「あ、だけど勘違いしないでね。君のその性格は、臆病よりは慎重という方が正しいと思うし、将来必要になる要素だから大切にしてほしいよ」

 

 だけどね、と今西は車から鍵を抜く。車から出ようとしない彼に榊も合わせる。

 

「榊君はまだ高校生になったばかりなんだ。慎重になる気持ちも理解出来るけど、今ぐらいは後先考えず挑戦しても罰は当たらないよ」

 

「それで部長さんに迷惑をかけてもですか?」

 

 意地悪とも取れる言葉にも今西は笑ってみせる。

 

「子供が大人に迷惑をかけるのは一種の特権だよ。そして、子供からの 迷惑(贈り物)を笑って受け入れるのが大人の義務さ」

 

「大人って大変なんですね」

 

「大変だよ。だから今の内に子供の特権に甘えておくのがいい。もし君がアイドルとして成功出来なかったとしても、僕は笑って受け入れるぐらいの器は持ち合わせてるつもりだよ」

 

 やっぱり敵わないなあ、と榊は今更ながらに思う。

 子供が大人に敵わないのは当たり前の事。それが榊には嬉しく感じてしまう。

 

「……すみませんでした」

 

「ん? なんのことかな?」

 

 いやあ、と榊は恥ずかしそうに頬をかく。

 

「俺だけ気持ちが先走りして、部長さんに失礼な事を言ってしまったので」

 

「そのぐらいは笑ってすませるよ。それに、あれは失礼な事じゃなくて榊君の本心なんだろ? なら僕はそれが聞けて満足だよ」

 

 じゃあ行こうか、と今西が先にドアを開ける。

 それに続いて榊も外に出る。地下駐車場には春には不相応な冷たい空気が漂っている。

 だがそれぐらいが丁度いい。榊の身体は、本人が自覚するほどに熱を持っている。

 決して長くはない移動時間の間に、色んな感情が出たり戻ったりを繰り返していた。

 それが一段落ついて冷静を取り戻したからこそ、自分の身体の状態を認識出来る。

 胸の鼓動がやけに速く感じる。それが緊張と興奮のどちらなのかは、榊には判断がつかない。だが、

……それを嫌と感じないなら。きっといい傾向だよな。

 そう確信して、榊は今西の後を追った。

 




三話 若者に沈黙は厳禁ですはいかがでしょうか。もし楽しんでいただけたなら幸いです。

さてデレステの初イベントも最終日ですね。自分は仕事をしてるのでなかなか出来ず、順位も芳しくありません。
今夜は石を割って頑張るしかありません…

さて、書き留めもこれで終わりですので、これからは少しゆったり更新になりそうです。
極力週一の更新を心がけますので、よろしくお願いします。

……感想とか下さると頑張るかもしれません(チラッ)……
それでは四話でお会いしましょう。
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