アイドルマスターシンデレラガールズ 星々の王子様   作:逆刄刀

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投稿が遅れてすみません。
言い訳は後書きに記しますので、とりあえずは四話をお楽しみください。


四話 敵ですか?そういうのは身近にいるんですよ

 初めて訪れたラジオ局に、榊は内から湧き出る興奮を抑えるのに必死だった。

 普段はテレビよりもラジオを聞く機会の多い榊にとって、そこはテレビ局よりも価値のある場所だった。

 今西が受付で手続きを済ましている間も、榊は346プロダクションにいた時以上に周囲を執拗に見渡している。

 さすがにここで、家で聞いているラジオのMCの人に会えるという甘い考えはない。だが、ラジオ局に来たからには少なからず期待してしまうのは必然だと考えている。

 

「お待たせ。はいこれ、入館証だから首から下げておいてね」

 

 手続きを終えた今西が、手にしていた二つの入館証の一つを差し出してくる。

 言われた通り入館証を首に下げる榊を見て、今西が小さく微笑む。それの反応に対し、榊は首を傾げて、

 

「あの、何かおかしな事でもありましたか?」

 

「いや、榊君がラジオ局に想像以上に興味を示してくれていたからね」

 

「車の中でも言いましたけど、普段はテレビよりラジオを聞いてる方が多いので、自分にとっては一般人がテレビ局に来た感覚ですよ」

 

 そう返すと、今西は数度頷き、

 

「それはよかった。今日はスケジュールの都合でテレビの収録見学が出来なかったんだけど、ラジオにして正解だったよ」

 

「もしテレビ局の見学だっとしても、俺は嬉しいですよ」

 

 何事も初めて見るものは新鮮で、たとえ中身が薄くともそれだけで面白く見えるものだ。

 それは榊も例外ではなく、テレビ局だとしても今のように興味を示していたに違いない。

……ラジオ局程かと言われると、また別問題だけどな。

 それを口に出すことはせず、二人は歩を進める。

 

「思ったより道が()いてたから、収録前に挨拶ぐらいは出来そうだね」

 

 今西が時計を確認して言う言葉に、榊は心臓が大きく跳ね上がる感覚を得た。

 いよいよアイドルに会う事になる。

……菜々さんはあまりアイドルの雰囲気なかったからなあ……。

 もちろんいい意味でだ。

 それに、あの時の菜々はアイドルではなくメイドの菜々だった。

 あの人なら、オンとオフの区別ははっきりしてるだろうと、榊はそう思い込んでいる。

 だけど今回は違う。相手はアイドル活動中なのだ。

 しかもラジオの収録前という、現場の緊張感が高まってる時だ。

 そんな場所に今西ならともかく、完全に部外者である自分が入ってしまっていいものなのか。

 明らかに場違いである。ちょっと帰りたくもなっている。

 

「ほら、ここが今から見学するスタジオだよ」

 

「はい……?」

 

 そんな悠長な事を考えている内に、どうやら目的地に着いてしまったらしい。

 眼前には”第二スタジオ”と印字された青い扉がある。

 ただの青い扉──、のはずなのにその青い鉄塊は、榊に尋常じゃない威圧感を与えていた。

 

「それじゃあ入ろうか。挨拶出来ると言っても、あまり時間に余裕はないだろうしね」

 

「え……?」

 

 こちらの心情など全く意に介さず、今西はノックする。

 待って、というよりも早く、今西は青い扉を開けてしまう。

 覚悟のできてない榊は一瞬固まってしまう。しかしここで置いていかれては、とても一人で中に入れる気もしない。

……腹くくれって事ですよねえ……。

 意を決して榊は一歩を踏み出す。するとまず目に入ったのはたくさんの機材だ。

 ラジオに関心のある榊には、そこがスタジオの隣で音声の調整などをする 副調整室(サブ・コントロール・ルーム)と呼ばれる場所だとすぐに分かった。

 正面では数名の男性スタッフが集まって最終打ち合わせをしている。話が通ってるおかげか、今西は片手だけ上げて挨拶を済ませる。

 その隣に、アイドルと思われる女性が二人いる。

 一人は大分おっとりとした印象を榊に与えた。雰囲気や服装からは、少し前からブームになっている森ガールのようなイメージを持たせてくれる。

 この人が、今回見学するラジオのMCである高森藍子だ。

 そしてもう一人、藍子と楽しそうに会話をしてるのは、ツインテールの高森よりも拳一つ分程高い女性だ。

 こちらもおっとり──、というよりは天然の方がしっくりくるかもしれない。なんだか卯月のような人だと、榊はそんな感想を抱いた。

 そこでふと、正面の二人がこちらの存在に気づいた。まずはツインテールの女の子で近づいてきて、

 

「こんにちは。見学に来た方ですか?」

 

「えっ? はい……」

 

 まさか相手から話かけられるとは思ってなかった榊は言葉に詰まってしまう。

 それに対し、相手は首を傾げて、

 

「あれ? でも今日は公開収録じゃないですよね。なのにどうして見学する人がいるんでしょう?」

 

 どうしてと言われても、こちらは今西についてきた過ぎないので返答に困ってしまう。

 言葉にし難い空気が二人に流れる。すると、すかさず藍子が側までやってきて。

 

「愛梨ちゃん、打ち合わせの時に言ってたでしょ? 今日は特別に来るって」

 

「そうでしたっけ?」

 

 そうだよ、と言い聞かせように言う藍子は、すぐに榊に頭を下げて、

 

「初めまして、高森藍子です。今日はよろしくお願いします」

 

「十時愛梨ですっ。よろしくですっ」

 

「あ、どうも、榊和巳です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 アイドルから挨拶されるとは思ってもみなかった榊は、反射的に挨拶を返す。

 

「やあ二人とも、今日はよろしくね」

 

 今西が顔を見せると、二人は同じように頭を下げた。心なしか、自分の時より深く下げてるように見えるのは、きっと今西が目上の相手だからだろう。

 

「こんにちは部長さん。この子が朝話してた”期待の若手”さんですか?」

 

「そうだよ。どうだい? なかなか良い原石でしょ?」

 

 ええ、と同意する藍子を尻目に、榊は講義の視線を今西に送りつける。

 

「俺まだ346のアイドルじゃないですし、なるためのオーディションを受けるかも決めてませんよ」

 

「分かってるよ。だけど君は、僕の中じゃ立派な”期待の若手”だよ」

 

 そう言ってもらえると悪い気はしない。それと同時に、こそばゆい感じになるのも事実だ。

 

「榊君、部長さんから話は聞いてますよ。今日は色々見学して、明日あるオーディションを受けるかどうかを決めるんですよね?」

 

 どうやら藍子の方は今西から話がいってるようだ。

……見た感じ、この人は常識ある人みたいだしな。

 はい、と返す榊に、藍子は嬉しそうに頷く。

 じゃあ、と手を叩いて前置きしてから、

 

「今日の収録、一緒に頑張りましょうね。何かあっても、私と愛梨ちゃんがしっかりフォローしますから」

 

「は、はい! ──はい……?」

 

 

 

「みなさん、こんにちは。高森藍子です。今週も”ゆるふわタイム”のお時間がやってきました。今日もみなさんと、素敵な時間を共有出来たら嬉しいです。

 さて早速ですが、今日はこのラジオに素敵なゲストが来てくれています」

 

「みなさんこんにちは。十時愛梨ですっ。今日はよろしくお願いします。

 それにしてもここ暑いですね。ちょっと脱いでもいいですか?」

 

 上着に手を当てる愛梨に、正面にいる藍子は慌てて立ち上がり、

 

「だ、駄目だよ愛梨ちゃん! ここにいるのは私達だけじゃないんだから!」

 

「あ、そうでした。じゃあ今は我慢しますね」

 

 もう、と文字通り椅子に崩れ落ちた藍子は、しかしすぐに気持ちを切り替えると声を張り上げて、

 

「なんと今日は、愛梨ちゃん以外にもう一人スペシャルゲストを呼んでいます! それでは自己紹介をお願いします」

 

「あ、はい! さ、さきゃき和巳です。今日はよ、よろしくお願いしみゃす……!」

 

 上擦り、加えて噛み噛みの自己紹介に、愛梨の隣に座る榊は今すぐにでも逃げ出したい気分にいた。

……どうして俺が、ここにいるんですかねえ……。

 見学だけと聞いていたラジオ収録。それなのに何故か榊は副調整室ではなく、見学するはずだったスタジオの方にいる。

 藍子に収録に参加してもらうと伝えられた時、唖然とするしかなかった榊の隣で、今西も驚いた表情を見せていた。

 今西もその話は聞いていなかったのだろう。きっと今西から話を聞いた藍子が、独断で話を進めたのかもしれない。

 当然出来るわけがないと拒否する榊だったが、藍子と愛梨はフォローするからとスタジオの方に押し込んでくる。

 スタジオに入った後も、ディレクターらしき人に大丈夫なんですか? と確認を取ってみた。しかし彼はこちらの予想に反するかのごとく、素人が出るのも面白いんじゃない? と随分軽い承諾を得てしまう。

 ならば、と次に今西を見たが、こちらは予想通りにいいんじゃない? とあっさり返されてしまう。

 最早多数決など意味をなさない。そう悟った榊は、半ばやけくそ気味に収録に挑んだわけだが、

 

……出だしからしくじりましたね!

 顔から火が出そうとは、まさに今の状況を言うのだろう。きっと今の自分の顔は、まるで茹でタコのように真っ赤に違いない。

 手足が自分の意思と反して小刻みに震えだす。しかしこれが、緊張だけから来てるものではないのは、榊自身が理解している。

……やっぱり怖いなんてもんじゃないよな。

 目の前にあるマイクは、榊の悲惨な自己紹介をしっかりと聞き取っていただろう。それはつまり、ラジオを聞いている全員の耳に届いているということだ。

 もしかしたら学校の、さらにはクラスの誰かが聞いている可能性もあるのだ。そう考えるだけで、視界と思考が白一色に染まってしまう。

 

「────」

 

 何か喋らないと、そう頭では分かっていても、声帯が上手く働いてくれない。

 口を動かし、言葉が喉を上がってもすぐに落ちてしまう。僅か数秒の間に、何度もそれを繰り返してしまう。

 本当に逃げ出してしまいたい、心からそう思った時だ。

 

 不意に手のひらが冷たくなった。視線を落とせば、自分の手のひらの上に別の手が置かれている。

 三色の縞模様の袖を辿るように顔を上げれば、

 

「十時さん……」

 

 そこには当然愛梨がいる。

 彼女はこちらの手を握り、大袈裟に驚いた様子を見せて、

 

「わあ! 榊君の手すごく熱いですね。もし暑いなら、脱いだら涼しくなりますよ」

 

……ここで俺が脱いだら色々問題じゃないですかねえ。

 収録見学が収録体験になっただけでも笑えないのに、公然わいせつで捕まったら笑い事では済まなくなる。

 

「だから愛梨ちゃん! ここで脱いだら駄目なんだって!」

 

「ええ? だって榊君すごい汗かいてますよ。暑いなら脱いだ方がいいじゃないですか」

 

「そうじゃなくて、榊君の汗がすごいのは、初めての自己紹介で失敗しちゃったからだよ。別に暑いわけじゃないんですよ!」

 

「申し訳ないんですけど、二人ともそうやって俺の 失敗()に塩をすり込むのやめてくれますか!?」

 

 まるで先ほどのことが嘘のように、榊は大声で二人を制した。

……何がフォローしますからだよ。敵は身近にいたじゃないか!

 見れば副調整室ではスタッフ全員が笑っている。ディレクターに至っては大爆笑、それも手を叩きながらというおまけ付きだ。

 

「ち、違いますよ。誰だって間違いはありますから。気にしなくていいんですよ」

 

「そうですよ。私も自分のプロデューサーに誰の担当ですか? って聞いたことありますし、自己紹介で噛むぐらいなら可愛いから問題ないですよ」

 

「だからそう言ったら駄目だって愛梨ちゃん! 榊君だって自己紹介でうわずった声で、しかも二回噛んじゃったから、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいんだよ。それを可愛いなんて言ったらかわいそうですよ」

 

「高森さんさっきからわざと言ってますか!? わざとじゃないなら、それはそれでタチ悪いですけど!」

 

 この高森藍子というアイドル、一見常識人に見えるが実は結構危ない人物だ。天然とまではいかないが、どこか抜けているところがある。

 一目で分からないゆえに、卯月や愛梨より厄介かもしれない。

 要注意人物だな、と藍子への評価を改める。すると、眼前の藍子がわざとらしく、じゃあ! と切り出して、

 

「本日のゆるふわタイムは、ゲストの十時愛梨ちゃんと榊和巳君の三人でお送りします」

 

「高森さん、今のはわざとですよね。わざと無視しましたよね?」

 

「聞いて分かるように、榊君はまだラジオに不慣れですから、みなさん優しく見守ってあげてください」

 

 無視ですかあ、と小言を言う榊の視界にあるものが映った。

 それはガラス越しの副調整室、そこでスタッフの一人がスケッチブックをこちらに掲げて見せている。そこには短く、”そろそろ次行こう”とだけ書かれている。

…ああ、そういうことか。

 どうやらオープニングで引っ張りすぎたみたいだ。

 最近ではラジオも事前に収録したものを放送することあるが、ゆるふわタイムは生放送のため時間調整はとても重要になる。

 その役目を担っているのがMCである藍子なのだ。しかし今回は、自分の噛み噛み自己紹介というイレギュラーがあったため、スタッフから指摘されてしまった。

 ならばこちらも素直に従うしかない。手元にあるお茶で喉を潤し藍子の声を聞く。

 

「さてみなさん、今回のゲストである十時愛梨ちゃんのことはよくご存知ですよね。だけど、榊和巳君の事は全く知らないでしょう。

 ですから、普段は事前に頂いてるお便りとリアルタイムで頂くお便りの両方をご紹介してますが、今回はリアルタイムのお便りのみをご紹介させていただきます。もちろん、頂いてますお便りは次回以降ご紹介しますのでご安心してください」

 

 そう言って藍子はタブレットを取り出した。リアルタイムのお便り、多分ホームページにでも専用のページがあるのだろう。

 ここでは藍子のみがそれを閲覧可能で、その中から選んでトークをしていくようだ。

……俺と十時さんが見ても、まともに進まなそうだもんな。

 そう言った意味では、藍子だけがお便りを見れるのは正解かもしれない。

 眼前では藍子がタブレットをスクロールしながら、そうだなあ……、と目をしきりに動かしている。そしてすぐに一点に目がいくと一つ頷いて、

 

「それじゃあ最初のお便りは、ラジオネーム”コタツの猫”さんからです。

 藍子ちゃん愛梨ちゃん、そして和巳君ゆるふわー。はい、コタツの猫さんゆるふわー」

 

「ゆるふわー」

 

「ゆるふわー?」

 

「ラジオでの挨拶みたいなものですよ。お便りにはだいたい書いてありますから。ちゃんと返してあげてくださいね」

 

 言われてみればそんなものがあった気もする。一度聞いただけではやはりうろ覚えな部分が多い。

 

「それではお便りの続きです。

 和巳君の噛み噛み自己紹介とても可愛らしかったです。初めてのラジオ収録頑張ってください。だけど和巳君は一体何者ですか? できれば和巳君から改めて紹介お願いします」

 

「絶対嫌です」

 

「即答ですね。それでは私が回答します。彼は今度346プロダクションが行う男性アイドルのオーディションを受ける可能性があるんです。

 可能性というのは、今日このラジオも含めて色々見学してオーディションを受けるかを決めるようです。それで合ってますよね」

 

 ええ、と頷く榊は副調整室の今西を見る。

 346プロダクションが男性アイドルのオーディションを行っているのは社内機密と聞いていた。

 それを藍子は躊躇いもなく喋っている。

 こちらの視線の意図を理解した今西がスタッフからスケッチブックを借りて何かを書き込んでいる。

 一体何を、と思う榊に今西が見せた文字は、

 

『気にしなくていいよ。社内機密って言ったけど、あれ嘘だから』

 

……ん……?

 すぐさま今西は次の紙にペンを走らせる。

 

『オーディションしてるんだから、秘密なわけないじゃないか(笑)』

 

……言われてみればそうなんですけど、(笑)って書かれるとなんか腹立つ!

 考えてみれば、346プロダクションが初めて男性アイドルのオーディションをするのに、それを世間が知らないわけがないのだろう。

 それなのに今西の言葉にまんまと騙されていたのは、それだけ世間に関心がなかったからだろうか。

……考えても仕方ないか。

 まだ心に苦味が残ってるが、これ以上気にしても無駄なのは理解できる。だから、榊はまた噛まないように細心の注意を払いながら、

 

「まあ俺としては、色々見学出来ていいかなあとか思ってたんですけど。それが何故か、こうして実際に体験することになったわけでして……」

 

「いいじゃないですか。それによく言いますよ。百聞は一見に如かずって」

 

「愛梨ちゃん、それだと見学だけで充分になっちゃうから。──とにかく、榊君はこれからアイドルにかもしれない子なんで、みなさんもよかったら覚えておいてくださいね。それでは次のお便りです。ラジオネーム”桜吹雪”さんから、

 ゆるふわタイムのみなさん、ゆるふわー。はい桜吹雪さん、ゆるふわー」

 

 藍子の言葉に合わせて、榊も同じように言葉を返す。

 

「榊君上手ですね」

 

 愛梨が拍手で褒めてくれるが、それを素直に喜ぶことが出来ない。

……挨拶で褒められるって幼稚園児かよ。

 それは藍子も理解しているのか、こちらに苦笑を見せてくれるのがせめての救いだ。

 

「では榊君の挨拶がきちんと出たのでお便りの続きです。

 いきなり知らない男の子が出てきてびっくりしましたが、なんとアイドルの卵だったんですね。ぜひアイドルになれるように頑張ってください。ちなみにアイドルの卵ということで、藍子ちゃんと愛梨ちゃんはどうしてアイドルになったんですか? 榊君と同じようにオーディションですか、それと街でスカウトされたからですか?」

 

……ん? これって……。

 奇遇にも、今日出会うアイドルに聞こうとしていたことを、この桜吹雪さんが質問してくれたようだ。

 これはまたとない機会だ。そう思った榊は便乗するように声を出して、

 

「確かにそれ、俺も気になりますよ。お二人がどうしてアイドルになったのか」

 

「そうですか? 本当なら榊君に色々答えて欲しいんですけど」

 

「他にお便りはあるじゃないですか。それに、折角選んだお便りなのに答えなくちゃ、桜吹雪さんがかわいそうですよ」

 

 半ば強引に話を運ぼうとしている榊をどう思ったのか。藍子がくすりと笑うのが見えた。

 こちらの意図を読まれてるのではないか、そんな一抹の不安も感じた。しかし藍子はそれ以上その事に触れようとはしなかった。

 それじゃあ、と前置きして、

 

「私の場合は、今のプロデューサーさんにスカウトされてアイドルになったんですよ。公園をお散歩してる時にお会いしてその時に。

 最初はこれといった特技とかもないんでアイドルなんて向いてないと思ったんですけど、プロデューサーさんが私の優しさを個性と言ってくれたんです」

 

「優しさが個性……」

 

 奇しくもそれは、榊が今西に言ってもらった事とよく似ていた。

 

「私その時思ったんです。もし私の姿や声を、ファンの人が見たり聞いたりして優しい気持ちになってくれたら、それはとても素晴らしい事なんじゃないかって。だから私は、アイドルになる事を決意したんです」

 

 藍子の話を聞いてすごいなぁ、と感心する反面、どうしてそういう考えになるんだ? という疑問もある。

 榊は今西に思いやりがあったからスカウトしたと言われた時、それを素直に受け取る事が出来なかった。それがアイドルにどう必要なのか理解出来てなかったからだと今は思っている。

 だが藍子の話を聞く限り、彼女はすぐにそのプロデューサーの言葉を信じ、アイドルになったように思える。

 

「……あの、藍子さん?」

 

「はい、なんですか?」

 

「ちょっと、一つ思ったんですけど……」

 

 何? と返してくれる藍子に榊はどうしようか悩んだ。

 これから言おうとしてる事は、わざわざこの場で言う必要があるのか。むしろ雰囲気を壊す可能性だってあるのだ。なら、ラジオが終わった後にでも聞けばいいじゃないか。

 でも、

 

「高森さんは、スカウトされた時に優しさが個性っと言ってもらえてアイドルになったと言ってましたが」

 

 この場を逃して後で言えるほど、自分に度胸がないのは誰よりも分かってる。

 

「失礼を承知で言いますが、優しさなんて、大抵の人が持ってるじゃないですか」

 

 そもそも、当初はラジオの収録見学だったのに、それをいきなり参加させてきたのは向こうなのだ。だから、

 

「そりゃあ、そう言ってもらえるのは嬉しいとは思いますけど──」

 

 言ってしまえ。

 

「どうしてそんな言葉を間に受けられるんですか?」

 

 言ってしまった。

 人によっては言葉の続きに、馬鹿じゃないんですか? と思われても仕方のない発言だ。

 完全に空気を壊してしまった気がする。心なしか、副調整室にいるスタッフの表情もよくない。

 子供だから許されるなんて甘い考えはない。しかしこれで、現場の雰囲気どころか、自分を連れてきた今西まで被害が及ぶかもしれないと思うと、やはり今の発言は軽率だったかもしれない。

 今更発言を取り消すことなんて出来ない。それに今西は言っていた、346の子は皆優しいから、と。

 榊の視線はずっと藍子に向けられている。その表情は先ほどと変わらず笑顔のままだ。

 だがまだ油断出来ない。女性の笑顔は何よりも読みにくいものだと誰かが言っていた気がする。表面では笑っていても、内面ではどう考えてるなんて分からない。

 次の発言に榊が身構える。無意識のうちに体に力が入ってしまう。

 

「榊君は──」

 

 藍子がゆっくりと口を動かす。

 

「どうしてアイドルオーディションに応募したのかな?」

 

「どうしてって、それは……」

 

 部長さんに誘われたから、と言いそうになる口を榊はすんでのところでつぐんだ。

 いくらオーディションが社内機密ではなかったとしても、オーディションには応募するのが普通だ。それを部長さんに誘われたからと言えば、コネと言われてしまう可能性が高い。

……まあでも、書類審査を免除されてるから、コネと言われても間違いじゃないんだけどね。

 それでも言わないに越した事はないのだ。

 榊はすぐに代わりとなる言葉を脳内で模索する。自分から応募したではすぐにボロが出る。それ以外に今の自分に状況が似ているのは、

 

「……友達が勝手に応募してて、そしたらたまたま書類審査を通ったんです」

 

「わあ! それって私と同じじゃないですか!」

 

 愛梨が仲間ですね、と喜んでいるが実際には違うので、榊はちゃんとした返しをしない。

 

「その人にどうして俺を応募させたのか聞いたら、思いやりがあるからって言われて……」

 

「榊君はそれが納得出来なかったんですね?」

 

「一応。でもその人とは理由とか含めて色々話したから今は割り切ってます。ただ、高森さんの話を聞く限り、俺みたいに反発してなそうなんで、すごいと思う反面、なんでという疑問も出てきました」

 

 うんうん、と頷く藍子は、その穏やかな表情を少し崩して、

 

「私も、榊君と同じ考えだと思うな。優しさとか思いやりって誰にでもあるものだもん」

 

 でもね、

 

「その誰にでもあるものをあえて褒めてもらえるのは、実はとってもすごい事だと思うの。だから私はその言葉を疑わなかったし、アイドルになるのに迷いもなかったよ」

 

 そんな考えなど、榊の頭には一片もなかった。

 誰にでもあるから嬉しくない自分と、誰にでもあるからこそ嬉しい藍子。

 多分、自分はアイドルになるにはナンバーワンにならないといけないと考えていた。だけど藍子はそうではなく、どちらかというとオンリーワンを目指しているように感じる。

 だからこそ、藍子は自分とは真逆の考え方を持てるのだ。

 

「もちろん、榊君は男の子だから、私と考えが違うのは当たり前だよ」

 

 それには同意出来る。だからと言って素直にそれを受けとめる事は出来ない。

 

「──あのね榊君、時間も押してるから、私からは一つだけ言わせてもらうね。

 アイドルである以上、魅力はたくさんあって大きい方が良いに決まってると思うよ。……でもね」

 

 でも、と藍子はあえて同じ言葉を繰り返した。

 

「たとえ少しのファンの方しかいなくても、その人達は確かに私達を見て幸せな気分になってくれるんだよ。それが百人でも十人でも、たった一人だとしても、私達が普段の生活だと絶対出来ない事なんだよ」

 

「普段の生活だと、絶対出来ない事……」

 

 うん、と笑みで頷く藍子はなぜか突然立ち上がった。

 不意の出来事に副調整室のスタッフが困惑の表情を浮かべた。だが藍子はそんな事など気にもとめず、テーブルの横を通り榊の目の前で止まった。

 なんだ? とたじろぎそうになる榊を尻目に藍子はこちらの両手を包み込むように握った。

 やわらかい、と悠長な感想を頭に浮かべる榊に藍子は、

 

「大丈夫、アイドルは榊君が思ってるより怖くないよ。それに、榊君は自分が考えるよりも魅力溢れる人ですから」

 

 嘘だあ、と即座に榊は思った。

 今西でさえ大した事は言ってもらえなかったのだ。それを藍子に言われても今一ピンとこない。

 しかし、こうしてアイドルに両手を握られて笑顔で言われると否定出来るわけもなく、

 

「はい、ありがとうございます。何が魅力なのか全然分からないですけど……」

 

「こんなにアイドルに対して真剣に考えてるだけでも、私は魅力の一つだと思うけどな」

 

「そうですよお。私なんて今でもよく分からないままアイドル続けてますよ?」

 

「だから愛梨ちゃん! そう言ったらここまで悩んでる榊君が馬鹿みたいじゃないですか!」

 

「あの高森さん? そうやって暗に馬鹿って言われるぐらいなら、直接馬鹿って言ってもらう方が俺のメンタル的には嬉しいんですが」

 

 え!? 違いますよ! と否定する藍子と、いじめたら駄目ですよお、と便乗する愛梨を見て、榊は自然と口端が上がるのを自覚していた。

 

 

 

 

「さてみなさん、今週のゆるふわタイムもそろそろ終わりの時間が迫ってきました」

 

 藍子の締めの挨拶をするのを聞いて、もうそんな時間か、と榊は時計に目をやった。

……一時間があっという間だったな。

 あれからもたくさんの事があった。

 藍子と愛梨の水着の写真集を出してほしいというお便りが来た時に、藍子のテンションが異様に下がったこと。

 愛梨はケーキ作りが趣味らしく、何ケーキが得意ですか? というお便りの時には、もし自分がアイドルになれたら愛梨が手作りケーキを振舞ってくれることになった。

 それ以外にも約一時間の間にたくさんのお便りが読まれた。そしてそのほとんどには、ぜひアイドルになってほしい、と自分に対しての励ましのメッセージが添えられていた。

 中にはもうファンになってます! というお便りよりもあり、さすがにそれには照れ隠しをせずにはいられなかった。

 

「それでは最後に榊君から感想をいただきたいと思います。榊君、今日のラジオ収録はいかがでしたか?」

 

「はい。ラジオ収録なんて普段なかなか出来ない事ですから、今日はすごい楽しかったです」

 

「本当は色々なコーナーもあるんですけど、今日はあえてお便りコーナーだけにしてみました。他のコーナーは、榊君がアイドルになった時にまた来てもらうということでよろしくお願いしますね」

 

 なれたらですよ? と返す榊に、なれますよ、と即座に返してくる。

 

「それじゃあみなさん、良い週末をお過ごしください。ゆるふわー」

 

「ゆるふわー」

 

「ゆるふわー」

 

 

 暫しの沈黙の後、スタッフさんからOKの指示が出る。

 その瞬間に榊の緊張の糸が簡単に切れ、伸ばしきっていた背筋も折れてあごをテーブルに乗せる形になってしまう。

 

「お疲れ様。どうだったかな? 初めてのラジオ収録は」

 

 副調整室から今西が入ってきて、(ねぎら)いの言葉と感想をきいてくる。

 だから榊は、なんとか上体を起こして今西に向き直してから、

 

「どうと言われても、とにかく今は疲れたとしか言えないですよ。それに部長さんも、収録体験だって知ってたなら教えてくださいよ」

 

「いやあすまないね。僕もてっきり見学だと思ってたから、高森君から言われた時は驚いたよ」

 

「私の方からディレクターさんにお願いしてみたんです。何事も経験かと思いまして」

 

 それはナイスプレーだね、と親指を立ててみせる今西に、榊は蔑んだような目で見る。

 

「そう機嫌を悪くしないでおくれ。高森君だって君の事を思ってやってくれているんだから」

 

「別に悪くはしてないですよ。ただ事前に教えてくれてもいいと思っただけで」

 

「藍子ちゃん榊君を驚かそうとしたんですけど失敗しちゃいましたね。これって余計なお世話って言うんですよね」

 

……そこまで悪く言ってないですよ!?

 なぜこの人は事態を悪くするような事ばかり言うのか。天然だとしても悪意の塊にしか見えない。

 

「あの……、高森さん……?」

 

 榊が恐る恐る視線をやると、そこには(こうべ)を垂れた藍子がいる。

 嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。

 出来ることなら知らんぷりをして逃げ出したい。だがそんな事を今西達がさせるわけないし、なによりしたら人間として終わってる。

 どうしてこうなる、と向けようのない不満を抱きながら藍子に声を掛けようとすると、

 

「私は……、ただ榊君に喜んでもらいたかっただけなのに……」

 

 藍子が先だった。

 その声は途切れ途切れで、それは誰が見てもすすり泣いてるように見える。

……え? 今の泣くところなの? 俺何も言ってないけど。

 全く以って理解出来ない。だが理解などする必要などないのだ。とりあえず今はこの場を何とかしないといけない。

 

「た、高森さん。俺別に迷惑なんて思ってないですから」

 

「…………」

 

「それに俺普段からラジオ聞いてるのですごい楽しかったですよ」

 

「…………」

 

……怖い怖い! 無言が一番怖い!

 

「部長さんからも何か言ってくださいよ!」

 

「それはよくないな。榊君も自分の言葉には責任持たないと」

 

「俺そこまで言ってないですよ。どっちかと言うと止めの一撃は十時さんの一言ですよね!?」

 

「榊君、自分のケツは自分で拭け、ですよ」

 

「十時さんアイドルがそんな言葉言ったら駄目だと思いますよ!? それに俺は──ひっ!」

 

 視線を離してる一瞬の隙に藍子の両手が榊の肩に置かれていた。

 払い除けたいのにそれが出来ない。理由は色々出てくるが、とにかく威圧感が半端じゃない。

 

「高森さん落ち着いて。俺は本当に無実ですよ?」

 

「…………」

 

「こ、こういう時こそ心を整えないと」

 

「…………ぷっ」

 

「ぷっ、て今はそういう事言ってる場合じゃ……ん?」

 

 榊が異変に気付いたのと、スタジオが笑い声に包まれたのはほぼ同時だった。

 唖然とする榊でも、この状況から察せる事がある。

 

「騙しましたね……!」

 

「ごめんなさい。榊君が意地悪言うからつい仕返ししたくなって」

 

 申し訳なそうに舌を出してみせる藍子の姿はとても可愛らしく、それだけで怒る気をなくしてしまう。

 

「高森君もだいぶ上手くなったね。これなら次のオーディションも大丈夫なんじゃないかな?」

 

 オーディション? と首を傾げる榊に、藍子は少し照れ隠しするようにはにかんで、

 

「実は今度、舞台のオーディションを受ける事になってるんですよ。その役には泣く演技もあるのでそのために練習中です」

 

「舞台のオーディション……」

 

「あ、でも舞台と言っても小さいものだから。テレビでやってるようなやつを想像したら駄目ですよ」

 

「何言ってるんですか。舞台に大きいも小さいもないですよ」

 

 そこまでアイドルに詳しくない榊だが、時々アイドルが主演のドラマを見かける機会はあったが、お世辞にも演技が上手いとは言えないものばかりだ。

 そういったものは大抵そのアイドルが主演をするのが決まっているのだろうと、榊は勝手に決め込んでいる。

 だが藍子は違う。確かに小さな舞台かもしれない。しかしオーディションをする以上、そこには女優の卵だって受けているのだろう。

 アイドルよりも専門職であるその人達と競い合おうとしている。それは榊にとってとても、とてもすごく、

 

「かっこいいと思いますし、アイドルの先輩として心から尊敬します」

 

「かっこいいなんて、そんな事言われてたの初めてですね」

 

「それに榊君、アイドルの先輩って言うけど、君まだアイドルじゃないからね」

 

「な、なったらの話ですよ」

 

 そういう事にしておくよ、と意味深に言う今西を無視して榊は藍子に頭を下げる。

 

「今日はありがとうございました。オーディション頑張ってください。素人目ですけど、今の高森さんの演技なら大丈夫だと思いますよ」

 

「ふふ、ありがとう。榊も、アイドルのオーディション頑張ってくださいね」

 

「私も、榊君みたいな子が仲間だと嬉しいなあ」

 

「まあ……、善処します」

 

「おやおや? 榊君はまだオーディションを受けるか決めてないんじゃないかな?」

 

 先ほどからやけに一言多い今西に、榊は明らかな不機嫌を視線で訴える。

 これには今西も何かを感じたのか、苦笑いして、

 

「それじゃあ、僕達も次に行こうか」

 

 それだけ言って足早にスタジオを後にした。

 逃げやがった、と小言を漏らす榊は、ため息混じりに再度頭を下げて、

 

「すみません、部長さんが行っちゃったので俺も行きます。本当に今日は貴重な体験をありがとうございます」

 

 いえいえ、と笑みで返す藍子は、しかし榊に近づくとそっと耳打ちで、

 

部長さん(お友達)にもよろしく言っておいてくださいね?」

 

 え? と思った時には、藍子は人差し指を口に当てている。

 おかげでどうして? という疑問を口に出さなくて済んだが、

……何で分かったんだ……?

 どこかで言い間違えていただろうか。いや、緊張で記憶は多少はあやふやだがそれはあり得ない。

 もしそうだったなら今西に何かしらの指摘をされてるはずだ。

 

「ほら、部長さんが待ってますよ。早く行かないといけないんじゃないですか?」

 

「え? あ、はい。失礼します!」

 

 合格したら教えてくださいね、と見送ってくれる二人に三度目のお辞儀をして、榊も今西と同様に早足でその場を去った。

 やっぱり高森藍子というアイドルは油断出来ない。終始それを教え込まれた収録体験だった。




四話 敵ですか?そういうのは身近にいるんですよ はいかがでしたでしょうか? 今回は高森藍子のラジオを自分なりに書いてみました。皆さんのイメージと誤差があるかもしれませんが、そこはお許しを。

さて、約一週間で投稿といいながら三週間近くかかってしまいました。一応理由としては、モバマスのヴァイスが発売されてそれにがっつりはまってしまった事。それと今回文字数が一万三千文字を超えてしまい、予定ではこれの半分くらいの文字数での投稿を考えていたので結果としてここまで来てしまいました。
途中で話を切れればよかったのですが、それが上手く出来ず結果として待たせてしまい申し訳ありませんでした。
これからはしっかりやっていきたいと思ってますのでこれからもよろしくお願いします。

それと蛇足ですが、お気に入りが100件を超えました。
一応100件を目安にやっていましたが、まさか三話で越えるとは思ってませんでした。これもひとえに読者の皆様のおかげと思っております。
二期の放送も終了して、若干燃え尽き症候群気味の逆刃刀ですが頑張って二期終了、最悪でも一期終了までは投稿していきたいとおもってますので、これからも変わらぬ応援をよろしくお願いします。
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