深海戦艦と人類の戦いは常に苦しい状態が続いている、最前線に赴く提督たちは少なくない損害を強いられていると聞くし、危険の渦中にいると言っても過言ではない。
鎮守府の設備や補給自体もかなり困窮している場所も多いと聞く、実際うちの鎮守府も、横須賀のように一から鎮守府として立てられた立派なものではなく、現地にあった廃校舎を接収して利用した急場の鎮守府だ。
もっとも……非常事態ならばともかく、普段は鎮守府近海のパトロールを怠りさえしなければ、鎮守府内が危機的状況に陥ることは、まず無い……有り体に言ってしまえば『平和』、と言う事だ。
だから……俺は油断していたのかもしれない…………
「どうして……こんなことに…………」
激しい雨音の中、俺は握り締めた拳を地面に叩きつける。
周りを見渡せば、そこには……地に倒れ伏してピクリとも動かない人の数々…………
皆、わが艦隊に所属する艦娘達だ……
全員が実践経験豊富な、まさに精鋭といっても過言ではないが……場数を踏んでいるはずの精鋭たちはすでに全員が、地に倒れ伏している…………
すでに鎮守府全域には避難勧告が出され、非戦闘員や錬度の低い艦娘たちは非難区画に退避済み……つまり現状、この惨状に立ち向かえるのはもはや自分一人である……
ああ……すぐそこから死神の足音が聞こえてくる。
ドス黒い瘴気を撒き散らしながら、一歩、また一歩と近付いてくるのが俺にはわかった……
「ああ……こりゃ死ぬな…………」
最後の時を待つ死刑囚のような面持ちで、どうしてこうなったのかを俺は思い返し始めた…………
これは……わが鎮守府に起きた中でも、最大規模の惨劇の一部始終である…………
第3話『さらば提督、暁に死す!!』
その日、俺は珍しく執務室でたまっていた書類仕事を進めていた。
「20:30時……提督、少し休憩された方が良いと思いますよ?」
「もうそんな時間か……分かった、すこし休憩にするか……」
本日の秘書艦担当である比叡に言われ、休憩を取る事にした……暫く貯めていたとは言え、殆ど休みなしで書類に取り掛かっていたせいか、体の節々が痛みを訴える……
「うーん……適当に簡単なもので夜食でも作るか……」
「あ……でしたら!!」
体を伸ばし、骨から心地良い音を響かせていると、比叡が名案とばかりに声を上げ……
「今日のお夜食は私がお造り致しましょう!!」
そんなことを、自信満々に言ったのだった。
「む……比叡は料理が出来るのか?」
「ふっふっふ……これでも私は、時の天皇陛下の乗艦だったのですよ?」
「おお……それは凄いな。」
満面のドヤ顔で自信満々に語る比叡……天皇陛下の乗艦ということは当然、食事をお出ししていたわけであり……
当然、不味い食事など出るわけも無かったのだろう。
「なら任せるよ……ついでに色々と学ばせてもらおうかなぁ……」
「では期待して待っていてください……比叡、気合!入れて!行きますっ!!」
着物の裾を捲り上げ、意気揚々と執務室から出撃する比叡……思えば俺はこのときに気づくべきであったのであろう。
軍艦時代の経験と、艦娘になってからの経験とは決して、比例するものではないと言うことに…………
……………………………………………………………
「さて……提督にお出しする料理は何が良いでしょうか?」
調理設備を借りるべく、厨房に入り、比叡は考える。
「……やっぱり、カレーですかね?」
比叡自身は料理をすることが好きであり……過去に一度だけ金剛お姉さまと妹達との再開が叶った折に、料理の腕を振るった事はある。
そのときのメニューはカレーだったか……その時、榛名は元々少食なのもあってか一皿食べたところが限界だった。
霧島は何口か食べたところで、味の秘訣を探ろうと分析をはじめたこともあり、それほど多くを食べたわけではなかった。
金剛お姉さまは……口にあったのか、かなりのハイペースで3杯ほどお代わりをした後、満腹だったのか、その場で寝てしまっていた。
ただ一つ……皆一様に『おいしい』と言ってくれたのが、比叡にはとても嬉しかった。
艦娘になってからの料理経験は無かったが、それでもなお、皆に食べて欲しくて、頑張って作った甲斐は確かにあったのだから…………
提督とはお姉さまをめぐるライバルではあるものの、この鎮守府で、姉妹達と引き合わせてくれた恩は感じている。
ならば此処は、お姉さまたちにも『美味しい』と言ってもらえたこのレシピで勝負と行こうではないか。
「うーん……食材は……あ、良いのがありそうですね!!」
作る量は……提督一人分なら、小鍋一つ分位で良いだろう。
「では……気合!入れて!作ります!!」
まずは材料の下ごしらえ……カレーの具材として定番と言っても良い人参、ジャガイモの二つの皮をピューラーを使い綺麗にむいてゆく……
それを乱切りで一定の大きさに綺麗に切り揃えてゆき……
「後は……これを……」
そう言って比叡が取り出したのは……表面にいぼがついた緑色の野菜……沖縄地方で有名なゴーヤを取り出した。
疲労回復も考えて、比叡渾身のチョイスによって選ばれたそれを、半月状にカットしてゆく。
最後に用意するのはこれまた定番の、玉ねぎをみじん切りにしてゆき…………
「肉は牛のブロック……そのほかの具材は…………」
その後も手馴れた手つきで調理を進め……
「これで良し……」
完成したカレーの鍋を手に、提督の下へと向かった……
……………………………………………………………
「な……」
目の前に出されたカレー……いや、自称カレーのようなナニカが、そこにはあった
作りたての熱々であろうそのカレーは……どうやって色を出したのかが分からないが、鮮やかな青色で……その癖、マグマのような気泡が表面にゴボゴボと浮かんでいた。
これが赤色と言うならば話は分からなくは無かった、赤色ならば『ああ、辛いんだろうな?』ぐらいで済んだであろう。
しかし青……一体どんな味がするのか、いや、そもそも人間が食べて良い代物なので有ろうかすら分からないソレに、戦慄を覚えた。
「ひ……比叡、これは?」
「はい、自慢のレシピ、比叡カレーです!!」
「……」
「さあ、覚めないうちに召し上がってください!!」
覚悟を決めてスプーンを手に取り、少量を掬い取る。
見たところ形は悪くない、カレーの具材として定番のジャガイモや人参も、綺麗に切りそろえられているし、盛り付けも、それらの具材が入っていることが分かるように綺麗に盛り付けられている。
色さえ気にしなければ、見事なカレーだったであろうソレを口に入れた。
「な……なんだ!?」
瞬間、提督の目の前に暗い洞窟が広がっていた。
その洞窟の奥から……ナニカが這い出てくる……
「何が起っている……一体何が!?」
気味の悪い触手をはやした名状しがたい化物が……洞窟の奥から手招きして……
「……いとく…………提督!!」
「はっ!!」
誰かに肩を揺さぶられる……見れば、そこは先ほどまでいた洞窟ではなく、見慣れた執務室の光景が広がっていた。
「……榛名、どうして此処に?」
「大丈夫ですか、提督!!」
比叡姉様が提督に料理を見てもらうって聞いて、嫌な予感がしたので駆けつけましたが……と榛名が言う。
どうやら先ほどまでのは幻覚だったようだ……一歩間違えれば、永遠の旅に出る間際だったが、スプーンの先端しか口にしていなかったため、何とか帰ってこれたようだ。
「どうしたんですか、提督?」
一連の流れを見てもなお、状況が理解できない比叡が容赦の無い追撃を仕掛ける。
「もう少し食べてみてください、お代わりもありますので!!」
「なん……だと?」
お代わり……だと?
バカな……一口食べただけでSAN値がガリガリと削られてゆくような代物だったというのに…………ソレがまだ大量にあるだと!?
駄目だ……これは……勝てない!?
「提督、逃げてください。」
「……榛名?」
そむけた顔を上げると、覚悟を決めた面持ちの榛名が……まさか!?
「榛名が時間を稼ぎます……提督はその間に逃げてください!!」
「や……やめろ、榛名!!帰ってこれなくなるぞ!!」
「榛名は……榛名は大丈夫です!!」
そういうと、榛名は今しがた俺を打ちのめしたカレーに向き直り……
「榛名、参ります!!」
「榛名ぁぁぁああああああ!!」
雄たけびを上げながら、カレーに向かって駆け出した榛名を、俺はとめることが出来なかった。
榛名は勢いのままスプーンを手に取ると、カレーを救い、そのまま口に…………
……………しばらく、お待ちください……………
「榛名……お前の犠牲、無駄にはしないぞ!!」
勇猛果敢にあの怪物(カレー)に挑みかかり、女性として致命的な光景を晒してもなお、苦行(食事)を続けた彼女の犠牲を無駄にしないためにも、俺は執務室から逃げ出すのだった…………
仕事終わりの妙なテンションで書き上げてしまった、後悔はしていない。