艦これ~提督のお品書き~   作:PX

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さらば提督、暁に死す!!(後編)

「提督~!!」

 

背中から迫る声を無視して、一心不乱に走り抜ける…………アレに捕まってしまえば最後、次の日の朝日を見ることは叶わなくなることだろう。

 

「待ってください~!!」

 

曲がり角を曲がって、視界から外れた瞬間、近場の部屋に飛び込んで扉を閉めた。

 

「えっ……ちょっ、提督!?」

 

「すまん叢雲、少し部屋を借りるぞ!!」

 

突然部屋の中に突入してきた提督に驚いた叢雲に説明するまもなく、扉に耳を当てる……

 

足音が部屋の前を過ぎて遠ざかってゆく…………どうやら上手く撒いたようだ。

 

「あ、アンタ……一体なにが「話は後だ、すぐさま鎮守府全体に避難警報を発令するんだ……あ、あと化学処理半を呼んでくれ、鎮守府でバイオテロが発生したとな。」ハァッ!?」

 

あきれ返ったように目を細める叢雲……どうやら彼女は事態の深刻さを理解していないようだ。

 

「良いか叢雲、事態は一刻を争う……今すぐ、駆逐艦から順番に鎮守府から退避するように警報を出すんだ、その後は化学処理半を呼んですぐさまあの劇物を処理してもらうんだ!!」

 

「いやいや、何があったのよ。」

 

「もう良い、俺が呼ぶ……劇物を処理するには…………何処に連絡すれば良いんだ!?」

 

すっかり混乱している提督を横目に、叢雲は部屋の隅においてあった艤装を探る。

 

「とりあえず……落ち着きなさい!!」

 

「ひでぶっっ!?」

 

何時もの如く、提督の頭を酸素魚雷でもって叩いたところで、頭を抱えて転げまわる提督の前で仁王立ちし、提督を見下ろす。

 

「何があったのか、一から、しっかりと、説明しなさい!!」

 

「…………はい。」

 

ようやく落ち着きを取り戻した俺は、叢雲に、執務室で起きた悪夢について語るのだった…………

 

 

第3話『さらば提督、暁に死す!!』(後編)

 

 

一方その頃、比叡は……

 

「……見失ってしまいました…………」

 

提督の姿を見失った後、一通りの場所を回って執務室まで戻ってきたものの、そこには先ほど、自分のカレーを口にした後、ぐっすりと眠ってしまった榛名以外の姿は見えなかった。

 

「提督……なぜ比叡から逃げるのですかぁ~!?」

 

執務室に比叡の声が木霊する……とそこで、執務室の扉が数回叩かれた。

 

「提督、第1艦隊が帰還したぞ……ん?」

 

「長門さんですか……提督なら行方知れずです…………」

 

扉の向こうから現れたのは長門率いる、金剛、飛龍、陸奥、翔鶴、加賀の第1艦隊の面々だ……丁度出撃が終わって帰島したところだったのだろう。

 

「行方知れず……だと…………どういうことだ!?」

 

提督が行方知れずと聞き、あわてて比叡に詰め寄る長門……彼女の脳裏では司令が何者かによって今、連れ去られている光景が浮かんでいた。

 

「ち、違いますよ!?行方知れずというか、逃げられたというか!?」

 

「長門、落ち着くネ……比叡チャン、それはどういうことデスか?」

 

比叡に詰め寄る長門を制したのは、比叡と似たような衣装を着た艦娘……彼女の姉の金剛だった。

 

彼女もまた、提督が行方知れずと聞いてすぐに詰め寄ろうとした一人ではあるが……部屋の片隅で、死んだように眠る榛名の姿と、比叡の「逃げられた」という発言から何かを感じ取り、早期に落ち着きを取り戻していた。

 

「それがですね……提督にお夜食を……「NOッ!?」」

 

お夜食と聞いた瞬間、執務室の扉に向けて猛ダッシュをかけようとした金剛を、翔鶴と加賀が制する。

 

「逃がしません。」

 

「こ、金剛さん?一体どうしたんですか?」

 

金剛のただならぬ様子に、反射的に行動を止めた加賀と、それに続いた翔鶴……金剛の行動から見て、この状況に心当たりがあるであろうことは察しがついたので、残りのメンバーが金剛を問い詰めだす。

 

「金剛さん、貴方、なにか心当たりがあるの?」

 

「答えはYESね……アノ……比叡チャン?」

 

「なんですか?お姉さま!!」

 

「ソノ……夜食は比叡チャンが?」

 

「はい!!お姉さまにお褒めいただいたあのレシピ!!提督のためにちょっと改良してお出ししました!!……のですが…………」

 

「OH MY GOD…………」

 

提督に逃げられてしまいました、と語る比叡に対し、頭を抱え蹲る金剛。

 

「こ、金剛さん……まさかとは思いますけど……」

 

「あのカレーが提督が原因で提督が逃げた……と?」

 

「翔鶴、そのまさかネ……ついでにあっちで倒れている榛名も、それが原因ヨ……」

 

忘れもしない……それはかつて比叡が着任した当初の話だ。

 

再会を喜ぶ比叡が、自分たちのために、と自慢のカレーを振舞ってくれたことがあったのだが……

 

 

 

 

「比叡お姉さまのカレー……榛名、感激です!!」

 

「ふふっ、嬉しいですね、ですが私はカレーには煩いですよ、お姉さま?」

 

そう意気込んで、食した一口目……霧島が壊れた。

 

「こ、これは、今まで体験したことが無い味で、一体何の食材を使ってぐふぅ。」

 

その後は延々と何かの計算式を呟きだす霧島、ふと隣を見れば涙目全開の榛名の姿が……

 

「あ、あれ?二人とも、どうしたんですかぁ!?」

 

何が起ったのか、ひょっとして自分のカレーは何か駄目だったのだろうか?

 

事実としてその通りなのだが、このときの比叡には思いもよらない事態だったようで、徐々に目に涙を浮かべ始めた。

 

「だ……大丈夫です、美味しいです……よ?」

 

そんな様子の比叡を気遣い、その一言を最後に、榛名は倒れた。

 

「は、榛名チャン……」

 

心優しい榛名には、比叡の料理を不味いということができなかったのだろう……最後の力を振り絞って告げたであろうその一言に、どれだけの覚悟があったのだろうか?

 

「こ、金剛お姉さま?」

 

見れば不安そうな表情で、比叡が金剛を見つめていた。

 

「これは、逃げるわけには行かないネ……」

 

覚悟は決まった、妹がアレだけの覚悟を見せたのだ……ならば、彼女たちの姉である自分が逃げるわけには行かないだろう。

 

「比叡チャン……頂くネ。」

 

とうとう一口……瞬間的に口の中に広がる冒涜的な味に怯んだのは一瞬、負けじとカレーを口に流し込む。

 

何度も意識を手放しそうになった……何度も逃げ出したくなった……しかしその度に思い出す…………

 

あまりにもショッキングな味で現実逃避に陥ってしまった霧島の無残な姿を。

 

そんなカレーに果敢に挑み、倒れた榛名の姿を。

 

そして何より……今か今かと、最愛の姉からの感想を待ち望む比叡の姿を…………

 

だから金剛は倒れない……妹たちの姿が自分の背中を後押しする限り…………

 

だって……私は彼女たちの『おねえちゃん』なのだから…………

 

 

「オ……オイシイネ……」

 

 

その一言を聞き、満面の笑みを浮かべる比叡の笑顔を最後に、金剛の意識は、奈落の底へと沈んでいった…………

 

 

 

「と、言うことがあったのネ……」

 

「…………」

 

金剛の語る話に一同唖然、それはそうだろう。

 

まさか料理が原因で生死の境をさまよう羽目になるなんて…………

 

「はっはっは……そんなわけが無いだろう?」

 

「金剛さんは、ジョークのセンスがありますね。」

 

この期に及んで、金剛の話を信じられない一同は、比叡の手にする小鍋に向かってゆく……

 

「どれ、私が試してやろう……比叡、少し貰っても良いか?」

 

「そうですね、余らすのももったいないですし…………せっかくなので食べてみてください!!」

 

そういって小さめの皿にカレーをよそう……その皿を受け取った金剛以外の一同がスプーンを握り締める。

 

「綺麗なものじゃないか、これの一体何処がぐふぅ。」

 

「あら長門、どうしたのげほっ。」

 

「瑞鶴、そんなにあわててどうしくふっ。」

 

「…………」

 

「山口司令?どうして川の向こうから手なんて振っているの?」

 

 

次の瞬間、積み上げられる屍の数々……後に残ったのは、血の気も引くような真っ青なカレーだけだ。

 

 

……………………………………………………………

 

 

「と、いうことがあってな?」

 

「……ふぅん…………」

 

正面に仁王立ちされたまま、叢雲に事の顛末を話し終える。

 

「アレはもはやカレーじゃない、口にした瞬間辛味とか苦味とかいろんな味が一斉に襲い掛かってきた。」

 

「…………」

 

目を閉じて静かに話を聞く叢雲……やがて彼女は目を開くと、俺に語りかけた…………

 

「で、アンタは逃げてきたと。」

 

「ああ……」

 

「アンタさ……それで良いわけ?」

 

 

 

「どんな物であれ、比叡は一生懸命作ってくれたんでしょう?」

 

 

 

「え……」

 

その一言が俺の胸に、深く突き刺さった。

 

「カレーの仕込みって、それなりに手間もかかるわけだし……」

 

考えてみればその通りだった、完成形はどうあれ、それなりに手間がかかっていたであろうカレー……彼女はきっと…………一生懸命作ってくれたのだろう。

 

「どんな物であれ、気持ちは篭っているはずよ……」

 

「その思いから、逃げて良いのね?」

 

そうだ……彼女が一生懸命作ってくれた料理から逃げるという事は、その料理に込められたであろう思いから逃げる事に他ならない。

 

 

……そんなことが、あって良い筈が無い。

 

「料理人、失格だな……俺は。」

 

いや、アンタ提督でしょうが。 との叢雲のツッコミは無視しつつ、俺は顔を上げる……

 

「ありがとう、叢雲……大切なことに気付かせてくれて。」

 

「別に……アンタがどうしようと、アンタの勝手だし?」

 

まあ、感謝するって言うのなら、貰っておくわ。

 

叢雲の一言に後押しされた俺は……決戦の地へ向けて、歩みを進めるのだった…………

 

 

 

「な……なんだ、これは!?」

 

比叡の足取りを追い、執務室へと戻った俺が見たのは……

 

無残にも地に伏し、ピクリとも動かなくなった第1艦隊のメンバー達だった。

 

「なんてこった……誰も生きて居ないのか!?」

 

「テ……テートク?」

 

足元から弱々しい声が聞こえた。

 

「こ、金剛か!?」

 

心なしか、げっそりした様に見える金剛……彼女の手にはスプーンと大きめのカレー皿が握られて……

 

「お前……まさか食ったのか!?」

 

「全部は食べきれまセンでした……でも、後一杯までには……!」

 

「馬鹿お前、何て無茶を!!」

 

腕の中に金剛を抱き抱え、必死に呼びかけ続ける……しかし、徐々に反応が薄くなってゆくのが、俺には分かった。

 

「無茶でも良いデス……だって、私は…………」

 

あの子の、お姉ちゃんデスから………

 

誇らしく言い切り、金剛は力尽きた……また1つ、あの劇物に挑まなければならない理由が出来てしまった……

 

「あ、提督! 何処に行ってたんですか!!」

 

「少し急用を思い出してな……カレー、まだあるかい?」

 

「は……はい!!」

 

すぐに準備しますね、と満面の笑顔で答えた比叡は、鼻歌を歌いながらカレーを準備する……

 

心境的にその鼻歌は、鎮魂歌のようにしか聞こえなかったが…………

 

「さあ、提督!!」

 

「……いただきます。」

 

全ての食材に感謝の言葉を、静かに食事の始まりを継げ、スプーンにカレーを救う……

 

「…………」

 

無言、無心、無我の境地に至った心境でもって、カレーを食べ進める……まず最初に感じるのは苦味、恐らくゴーヤの下処理の段階でワタを取っていないのだろう。

 

続いて襲い掛かるのは劇的なまでの辛味、これは……デスソースでも使ったのだろうか?

 

最後に来るのは甘みだが、前までの味の強烈さのせいで、まったく味が噛み合わない……

 

他にも酸味だったり塩味だったりといくつもの味が混沌となって襲い掛かる。

 

何度か意識が引きずり込まれそうになるが、表面上には決して出さず……そして…………

 

「ご馳走様でした。」

 

パンッ、としっかりした音を響かせて手を合わせた……

 

ふと比叡を見れば、彼女は何かを期待するようにジッとこちらを見つめている……

 

「比叡。」

 

「どうですか?」

 

数秒の沈黙の後……俺は口を開いた。

 

 

 

「不味い。」

 

 

 

そう……残酷ではあるが、それが真実だ。

 

しっかりと食べきった上で、冷静に事実を告げたところで……

 

俺の意識はとうとう、暗闇の向こうへと引き込まれた…………

 

「ひ、ヒエーーー!!」

 

幾多の屍が築き上げられた執務室の中、比叡の驚愕の叫びが木霊するのだった…………

 

…………………………………

 

 

この後、提督及び第1艦隊のメンバーは、腹痛と悪夢にうなされることとなる。

 

第1艦隊のメンバーは1週間の療養……提督と金剛、榛名に至っては2週間の療養を余儀なくされ、その間、主導者である提督と主力艦隊を失った鎮守府の機能は、暫く停止することとなった。

 

騒ぎの元凶である比叡はその間謹慎処分とされ……そして…………

 

 

「違う!! 調味料の投入はもっと後だ、勝手に投入しようとするんじゃない!!」

 

「ひ、ヒエッ!!」

 

「ゴーヤの下処理!!ワタが取れてないぞ!!」

 

「ヒエー!!」

 

朝、鎮守府内の食堂ですっかり名物と化してしまった光景を眺める金剛……

 

その視線の先には、先日の一軒を見かねた提督により、食堂の手伝いを命じられた調理エプロン姿の比叡と……その比叡を叱る提督の姿が…………

 

「比叡お姉さま……大変そうですね。」

 

「ワタシ、テートクが本気で怒ってるトコ、初めて見たヨ……」

 

修羅も真っ青な剣幕で、比叡の暴挙を制する提督……その姿を見た艦娘たちは最初のうちこそ驚いたものの、3日もすれば、またやってるな、ぐらいの感覚ですっかり慣れていた。

 

「まあ……アレも比叡チャンのことを思えばネ?」

 

普段はどんな失敗にも、比較的寛容な提督だが……今もまた、奇妙な食材?を投入しようとした比叡に、厳しい声をあげるその様子は……

 

「テートクと言うより……料理人デスネ……」

 

そんな提督の様子に、一同は今日も思うのだった。

 

 

何で、あの人は提督をやってるんだろう? と…………

 

 

 

 

 


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