跳び出した蛆の落ちる先   作:すぷりんがるど

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戦場の愚者ども

「わたしも、なかまにいれてください」

「帰れ糞ガキ」

「まぁまぁ」

 

 日差し照りつける中東の空。俺の前でガキが唸る。ちびっこい、五つぐらいのガキ。いっちょ前にどっかから拾ってきた拳銃を両手で抱えて、じっと俺たちの方を見つめている。

 

「君は確か、この村の生き残りの」

「マナ、マナ・アルカナ」

「そうそう、マナちゃんだったっけ。どうしてマナちゃんは僕たちの仲間にいれて欲しいんだい?」

 

 やさしげな問いかけにガキは神妙な顔を作ってみせる。その姿がどうにも癪に障る。自分にはまるでこれしかないとでも言いたげな顔が、俺は気に食わない。

 

「ケケケ、どーせ口だけだろ」

「ちがう」

「またまたー、そんなふてちゃってさぁ」

「さわるな」

 

 だからからかってやる。ぷにぷにほっぺたを触る俺の手をはねて、不機嫌そうにガキは言う。目付きは厳しい。譲れないのだと、邪魔するなと、明確に俺に語りかけてくる。

 

「かっちーん。おにーさんもんなこと言われると怒っちまうよ」

「じじぃ」

「誰がジジィだ? 言葉使いに気をつけろよガキ」

「辰也、子供に本気になるのはどうかと思うけどね」

「こどもじゃない、マナ」

「うん、悪かった悪かった。マナちゃんはマナちゃんだもんね」

「そう」

「うぜぇ」

「じじぃ」

「マジでうぜぇ」

 

 じろりと俺を睨むガキ。隣の柔和そうな友人には素直に答えているが、俺には売り言葉に買い言葉だ。そんなとこがガキだってのが解ってないみたいだな。どんなに取り繕うともテメェはガキでガキだっての。そんな反応がまさに、だ。

 ガキがふんと鼻を鳴らす。拳は音と一緒に突き出されていて、小さな手が俺の股間を撃ち抜いた。

 

「こここっつ」

「……はぁ、自業自得だね」

「ふん」

 

 蹲る俺を見るガキは楽しげだ。ざまあみやがれ、そんな意志が伝わってくる。

俺の様子を気にも留めず、隣の男がガキへと問いかける。

 

「マナちゃん、君はどうして仲間になりたいなんて言うんだい? 僕たちがどんな人間かは、君も分かっているはずだろう」

「せいぎのみかた」

「あははっ、そう言ってもらえたらすごくうれしいよ」

 

 跳ね返るように答えたガキの言葉に、男は膝を曲げて目線に合わせてやっていた。こんなガキにそんな真似しなくても良い――俺の想いなんて完全に置き去りだ。ただ目の前のガキと正面から語り合おうとしていた。

 

「お父さんとお母さんは?」

「うたれてしんだ。いくところない」

「だから仲間にいれて欲しいの?」

「そう」

 

 また先と同じ眼だ。自分にはこれしかない。こう生きていくしかない。そう決め切った、ちっぽけだがガキにとっては全ての自分を必死にこねくり回して出した答えだ。

やはり、そんな表情が癪に障る。だから俺はガキへと毒を吐いた。

 

「だったら孤児院いけよ。へーんなとこじゃなく、ちゃんとしたとこなんだからよ。それがいい、そうしろ、テメェ以外はみんな行くんだしよ」

「やだ」

「うわ、うぜぇ」

「じじぃ」

「やっぱうぜぇ」

「辰也、君もうざいよ」

 

 友人の言葉にへこんだ俺を視界にも入れず、男とガキの会話は進む。

 眼の前のガキの言い分を要約すると――自分は目の前で両親を殺された。そしてその時自分も殺されそうになったところを俺と隣の男、つまりNGO団体『四音階の組み鈴』の団員に救われたそうだ。だから生き残った自分が今度は誰かを救いたい。

 ガキの言い分はまぁ何ともガキらしい言い分だった。自分の死を汲み取ったヒーローに救われたからヒーローになりたいって言っている訳だ。

 NGO団体にしては実に武闘派の団体である俺の所属している組織は、主にテロリストやら妙な考えを抱いている阿保を武力介入で潰すのが役割。その後にアフターケアをする団体に助けた相手を送り届け、殺さず捕まえた相手を収容所に叩きこんでやるだけの簡単なお仕事だ。

 俺は別の団体から来ている、いわゆる派遣社員みたいなものなのだが。

 

「ケケケ、言ってやれや。ここはテメェが来る世界じゃねぇ……ってなんで泣いてんの?」

「僕は今、猛烈に感動している!」

 

 ふと隣を見てみれば涙を潤ませた俺の友人の顔。頭を少し巡らせて考えてみれば、泣いている答えはすぐに出てきた。隣の男もまた目の前のガキと同じ戦災孤児だったのだ。

 確か今俺と男が立つ世界に足を踏み入れたのも、この団体の団長に助けられたのが原因だったとは、酔っ払いながら絡んできたときの話されていたのを思い出した。

 

「マナちゃん、君のことは必ず僕が団長に話を通してあげるからね!」

「おいおい、本気か?」

「もちろんだとも。さぁ、まずは団長のところに行こうか」

「うん」

 

 ぎゅっと拳を握って振り切れんばかりに気合を入れた男をてかてかとガキが追う。

 その時ちらっと俺の方を見つめて、ガキはフンと鼻で笑って見せた。

 

 あぁ、やっぱりこのガキの目線は気に食わない。

 俺の嫌いなガキの眼だ。

 

 

 

 

 

 

 団長には殴られ、大いに怒られたが何とかマナの入団は認められた。

 

 自分ももう18になり、団長に救われてから12年が経っている。

 僕が救われた時、団長は今の僕と同じくらいの年齢だった。

 そう考えるとマナの面倒を見ても、何ら問題はないと思う。

 

 家族である団体の人たちもいるし、団長もいるし、何よりあのとき一緒に殴られてくれた辰也がいる。

 僕の我儘につき合わせてしまった形にはなってしまったが、それでも僕と友達でいてくれる辰也には頭が上がらないな。

 辰也が日本の関西呪術協会からやってきてもう一年が経つ。今度何かお礼を兼ねたお祝いをしなければ、と思う。

 

 マナについては順調に育ってきている。

 ヒーローとなる術を見つける。

 それは同時に人よりも強い力を得て、人を虐げることのできる人間となる術を見つけることに等しい。

 

 だがその使い方さえ誤らなければ、人は誰だって誰かのヒーローになれると信じている。

 そのための優しさも、マナは兼ね備えているはずだ。……相変わらず辰也とは犬猿の仲のようだけど。

 

 マナはどうやら純粋な人間ではないようだ。

 そもそもマナの村が狙われた原因も、彼女のような人外とのハーフが何人もその正体を隠して隠れ住んでいる――そんな情報がどこかから漏れ出し、戦闘兵器に、あるいは見世物や慰め物に、あるいはただ虐げるために。

 溢れんばかりの目先の欲望に囚われて、行動を起こしたのが原因なのだから。

 

 僕らが捉え、殺害した彼らもまた何か別の道があったのではないだろうか、本当はいろんな事情があって、仕方なく嫌々に、彼らはそんな行動に走ったのではないのだろうか。

 僕はいつもそんなことを考えてしまう。

 

 辰也に言わせればひどく下らないことらしい。

 相手が生きたいように自分も生きたい、相手が満たされたいように自分も満たされたい、だからぶつかるのは仕方がない。

そう言う辰也ほど僕はまだ割り切れてはいない。

 

 僕は……どうしたいんだろうか。

 真名のことを、僕自身のことを。

 

 ――ともかくと、今はマナの話。そして二冊目に手が届きそうになったこの日記も、マナのことを書くためのものだ。

 僕の話はまた、お酒でも飲みながら辰也に愚痴ろうと思う。

 

 マナは半魔族だからか、それとも元からの才能のためか、多少の魔力の扱い方は知っていたようだ。

やはり少しでも基礎を知っているというアドバンテージは大きく、僕の教えを水が綿にしみ込むように吸収している。

 

 マナはどうやら普段から魔力が身体の中を廻っているようで、それを放出する、というのは少々苦手な様子。

 その反面、供給を行えば僕たち普通の魔法使いよりもずっと効率的に魔力を体に巡らせて、身体強化を行えるみたいだ。

 マナが僕たちの仲間になってから三カ月が経ったけど、彼女はもう高位魔法使い並みの身体強化を行えている。

 

だったら魔法使いの路線は棄てて本来魔族が扱わない人間の体術をマナに覚えさせて武道家にすればいいじゃねぇか。

 そう辰也は提案したんだけど、マナはすぐさま否定した。

 

 ……そんなに辰也のこと、嫌いなのかなぁ。

 いつもいつもマナは辰也には対抗心剥き出し。普段は楽しそうにじゃれているけど……ほとんど辰也がマナをからかっているようだけどね。

 

 まぁもし武道家になったとしたら、強靭な肉体は持ち合わせているのかもしれないけれど、おそらく彼女は凡庸な人物で終わってしまうんだろう。

 純粋に肉体の強さで戦うのならば魔力や気の量が何にせよとても大事になってくるから。

 

 

 魔族化すれば話は違ってくるけど絶対的な魔力容量がマナは並ほどしかない。

 もともと外界から自分の中へと供給し、利用できる魔力量には才能が起因している。

 人間の場合長年の練磨によってその容量を少しずつ上げることはできるのだけど、半魔族のマナは成長によってその容量を上げることができないみたいだ。

いや、半魔族の彼女は上限の定められた魔族とは違って魔力をあげることは可能なのかもしれないが、僕たち純粋な人間よりもずっとその速度は緩やかだろう。

 

 と、いうことでマナを成長させる方向性を考えなければならないことになったわけだ。

 そこで注目したのは本来魔族が何らかの形でもっている特殊能力――半魔族のマナにも例外なくそれは備わっていた。

 

 マナの眼は『魔眼』と呼ばれる類のものだった。

 ギリシャ神話で有名な『メドゥーサ』のような見た相手を石化させるもの、ケルト神話の『バロール』のように見た相手を殺すもの。

 古今東西、様々な神話や物語で、そして現在僕たちの生きるこの世界でも、いろいろな魔眼が世の中にはある。

 マナの魔眼は霊体や不可視に纏わせた魔法障壁、姿を隠す魔法みたいに本来見ることのできないはずのものを見る効果があるみたいだ。その副次効果としてひどく視力も強化される。

 

 そんな中で白羽の矢が立ったのは、マナが僕たちの前に現れた時に抱えていたもの……『銃』だ。

 

 銃には本来マナ程の子供では耐えることのできない反動があるんだけど、身体強化ができるマナにはそこは問題にならない。加えて魔眼がある。

 幾重にも魔法障壁を張っていたとしても、魔法で姿を消していたとしても、魔眼があればそれを貫けるだけの弾丸を撃ち出すことができるだろう。

 

 もしも、これを完ぺきにマナがこなすことができたならば、彼女は現代の魔弾の射手としてきっと名を馳せるはずだ。

 

 だけど……銃はとても具体的な、人が人を殺すために技術の粋を集めて完成させた殺人兵器。

 彼女にこの使い方を教えるというのは、正直とても気が進まない。

 

 だけど僕は信じている。

 使う正しい心さえ伴えば、きっと銃は彼女のとても頼もしい相棒になるはずだと。

 

~高宮幸樹 ある日の日記より抜粋~

 

 

 

 ◆

 

 

 

 激しい音。褐色肌の小さなガキの手の中の鉄塊から飛び出してった弾は、百メートル先の空き缶にかすりもせず空を切った。

 

「ざまぁ」

「…………」

「無言で狙撃銃をこっちに向けんな。頭悪いんですかぁ糞ガキ」

 

 そんな言葉にぽいと狙撃銃を投げ捨てて、ガキは頬を膨らませた。

 

「やめた」

「意味わかんねーっての。テメェが練習したいっつーからわざわざ俺が缶を置きに行ってやったんだろうが」

「じじぃがいるときがちる。できない。どっかいけ」

「おまっ……自分の言ったことを思い出せや」

「おぼえてない。どっかいけ」

「かーわいくねぇの。故郷のテメェと同い年のガキはもっとかわいげがあったぞ? それに根性もあった」

「しらない。どっかいけ」

 

 元々目つきの悪い視線を更に鋭く、ガキは睨むように上を見る。その先にあるのは男の顔。黒と深緑が混じったような埃っぽい髪の毛を手で振り払いながら、男は溜め息をついた。

眼の前のガキは上手くいかないのを見られるのが嫌なのか。なるほど自分と友人の間に寝るのは恥ずかしくないくせに、失敗を見られるのが恥ずかしいのか。

 

「どっかいけどっかいけどっかいけ」

 

 年相応にガキらしい反応に、男は故郷に残した一人の少女を思い浮かべた。ちょうど頬を膨らませたガキと同世代。望郷の念が男の脳裏に現れた。

 

「……あ~わかったわかった、どっか行ってやる」

「そう……どっかいけ」

「ただ一つだけ、人生の先輩として教えといてやる。どんな物事もそうだが、練習しねぇと上達せんぞ。たとえどんな状況でも、周りになんと言われても、頑張り続ける奴が強くなるんだからな」

 

 だからその時の男は少しノスタルジックな気分だった。だからこそ捧げたいっちょ前に銃なんか抱えた少女を想った言葉は――

 

「しね」

 

 軟化しない態度によって打ち抜かれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「"魔法の射手 雷の32矢"」

 

 空を駆る幸樹の手から詠唱とともに放たれた三十二の弾丸。それに一拍遅れて、辰也は真っ直ぐと駆けだした。

 陸上選手、オリンピック金メダリスト真っ青な速度で大地を蹴る。直線状には待ち構えるように銃を構える男。標準を辰也の胸に合わせ引き金に指がかかった時、男の喉元には辰也の肘が突き刺さっていた。

 息を吐きだすことも許されず、急激に加速した速度からの肘は男を重力に逆らい一転二転、宙でくるり上下を反転させた。

 

「ふふっふ~ん」

 

 周りにいた男の仲間の銃口が辰也に向けられ、鉄の塊が音を超えて飛び出した。 

 

「仲間撃つなんざ、どーかと思うぜぇい」

 

 飛び出した弾丸は首根っこを掴まれ、肉盾にされた男を幾度も貫いた。その光景に喚く男たちの仲間を尻目に、達也は気にもせず蜂の巣の肉袋を声の聞こえる方へと投げつけた。

 紅く、温かい血潮が透明な空気を彩り地面が赤く染め上げた。男の仲間の一人がまた喉に肘を押し込まれ、くるりくるりと上下を反転させていた。

再び蜂の巣状の肉袋が出来あがる。また誰かがくるりくるりと上下を反転させた。

 

「夢の中へ、夢の中へ……逝っちまってるわ」

 

 誰かの何かが切れて、回転する男たちの仲間は狂ったように周囲に鉄雨を降らせだした。仲間に当たるのもお構いなしに。仲間たちが目の前でくるりくるり回転し、肉盾にされ、また回転し、同士討ちしていく異様な光景に耐えられなかったのだろう。

 一緒に笑いあった仲間の額から血が吹き出る。一緒に酒を飲んだ仲間の胸から血が吹き出る。一緒に色街に繰り出した仲間の腕から血が吹き出る。一緒に商品を弄んだ仲間の足から血が吹き出る。

 そんな思考を宿していた男が誰ひとり意識を保てなくなった頃、辰也はふとその場に足を止めて周囲を見渡した。

 

「探し物はなんだろね」

 

 後方で息のあるテロリストたちを捕縛魔法で捕える幸樹をちらと見て、辰也はまた駆け出した。前方で土煙が高く上がるところへ向けて。

 そこには中世の時代、馬上の騎士が持っていたようなランスを携えた大柄な男が見えた。振るうたびにひとが紙切れのように飛んでいく――そんな剛腕の主は辰也が今籍を置いているNGO団体の現団長だ。

 

「見つけられるわけねぇだろうが」

 

 団長と辰也の間に一台のトラックが疾走してきた。進行方向は辰也の想っていたのとはまるで明後日の方向。先程何人かを手玉に取った自分の方でもなく、現在仲間をお手玉のようにしている団長の方でもない。トラックの運転手の表情が目に入った――どうやら逃げる心積もりのようだ。

故に辰也は踏み出した歩幅を無理矢理縮め、直角にターンした。目指す先は走り出したトラック。速度を落とすことなく宛らバッタ能力を得た改造人間のように足の裏から突っ込んだ。防弾ガラスは粉々に砕け散り、運転手の頬骨は被さった皮膚に濡れた跡を残したままごきりと折れた。

 

「トラックの中、荷台の中に」

 

 グラリと車体が横に傾き、トラックは大きな音を立てて横転した。からからとタイヤが空に周る。もがくようなその姿が、辰也にはなんとも滑稽に見えた。

 

「探したけれど俺は狙われる」

 

 ターンと音が一つ。ターンともう一つ音。二百メートルほど先で、一人狙撃手が高台から転げ落ちるを確認して、ドアを蹴破った辰也はトラックの外へと這い出た。

 視線を後ろにやった。狙撃銃を構えたマナが辰也の目に飛び込んで来た。

 

「糞ガキも処女を捨てる」

 

 その姿に少しだけ苦い顔を作って、辰也はまた土煙の方へと駆け出した。

 

「それより俺は俺の仕事」

 

 先程の速度よりもう少しだけ速く、辰也は地面を蹴る。

 

「夢の中へ、夢も中へ、いってみたいと思いませんか」

 

 目の前にはまだ懲りず、猿のように弾丸を無駄遣いする男が一人。

 

「ふふっふ~ん」

 

 急激に加速した辰也の肘はそんなテロリストの喉元へと突き刺さった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………」

 

 見事に奴隷商人たちから奴隷を解放する事に成功した俺たちは、勝利の宴に盛り上がっている。酒瓶を投げ合って歌を唄い、笑い声が辺りで木霊する。

 それは俺たち団体のメンバーと同じように解放された奴隷たちも同じ。久々に与えられた、これからずっと続いていくであろう自由に酔いしれてる訳だ。

 

「…………」

 

 そんな周囲の状況とはまるで違って俺の目の前の二人は完全にお通夜モード。その理由は実に単純。ガキが処女捨てたから。性的な意味ではない。さすがに五つくらいの女を相手にする男は頭がおかしいのだろう。女といえば二十代前半から三十代の美人に限る。少なくとも俺はそう信じている。

 

「つーことで幸樹、せっかく任務成功した訳だし色街でも繰り出そうぜ。中東の美人さんと遊んでさぁ、ぱーっといこうや」

「今の状況を解って、それを本気で僕に言っているだったら僕は君を軽蔑するよ」

「……じょうだんですよーっと」

 

 本気で出した言葉は呑み込んで、あっけらかんと言う俺に冷たい視線を向けたのは高宮幸樹。目を伏せて暗いオーラをまとったガキの頭を撫でていた。

 戦場にいるならば、武器を持つならば、誰もが通る道。だとしても自分の気持ちは簡単に割り切れないのだろう。例えば俺のように小さな頃から人を殺すのは当たり前だ――という教育を受けておけばまた話は違ってくる。それが良いとはまるで言えないが。

 とはいえ俺の境遇は里でも特殊は特殊。

 少し神妙な顔を作ってみて、慰めの言葉でも一つ。

 

「ガキ、見てみろ。アレがテメェの守った人たちよ」

「……ん」

 

 ガキはちらりと俺のほうへと首を向けて、泣きながら笑う元奴隷たちを見つめている。

 

「辰也の言うとおりだよマナ。君は彼らを、そして僕たちを守ってくれた。そのお蔭で救えた命がある、笑えた命がある。やり方は間違っているのかもしれないけれど、マナのお蔭で今在る人たちがいる……それは誇りに思うべきことなんだ」

「ほこり」

「ありがとうマナ、僕の守りたかったものを守ってくれて。ありがとうマナ、僕の夢を叶えてくれて」

「んっ」

 

 くしゃくしゃと微笑みながら幸樹はガキの頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細めるガキ。

 とりあえずは一件落着――なのかもしれないが、先ほどの幸樹の意見は余りにも綺麗すぎる。眩しくて、眩しすぎて、俺には正面から見つめられないほどに。だからこそ俺は幸樹と仲良くなれたのかもしれない。だからこそ、俺はこのガキに伝えておかねばならない。

 

「なーんてのは良い子ちゃんの意見。俺はんなこーしょーなもん掲げれねぇからよ、俺もひとつテメェに意見をくれてやっておこう」

「いらない」

「遠慮すんなや。ま、人間何か殺さんや生きていけねぇんだ。今回偶々人間だっただけの話。お前が磨いた技術で生きていくために、もっと俗に言えば金を稼ぐために、人を殺したんだ」

「辰也、でもそれは……」

「ままま、俺が話してるから後でな」

 

 幸樹が俺の意見をふさぐように手を伸ばす。だがこれだけは止める訳にはいかない。俺の本心で、珍しくまじめな顔で、ガキの視線と交差させた。

 

「と、もかくそんな考え方は誰かに駄目だ、なんざ言われるかもしれねぇ。だけどしかたねーじゃん、それしなきゃ生きていけねぇんだから。だから俺は人を殺す。人を殺せる技術があってそれで金を稼いで良いと思っているから。報酬さえリスクと技術に見合えば仕事に貴賎なし――覚えとけ」

 

 ガキは僅かに首を上げる。怪訝そうな瞳が、俺は癪に障った。

 この先このガキがどんな意見を自分の中に立て、人を傷付け殺す戦場に光り輝く信念を持って、あるいはビジネスだと割り切って身を置こうとするのか。それとも耐えきれずに廃人になるか、その前に逃げ出すか。

 俺は未来が読める訳ではないからわからないが――

 

「じじぃはくず、それはわかる」

 

 悪態が吐けるだけの強さは持っている。そんなガキの姿勢がやはり俺は気に食わなかった。

 

 

 

 

 

 

「あぁお姉さん、貴女は中東に咲く一輪の花。良ければ訪れるであろう月夜に、俺と葡萄酒で乾杯しませんか」

「結構です」

 

 褐色肌のグラマラスな美人は辰也を振り払って先に進んでいく。

 本日、幾度の戦場を超えてもただの一度たりと勝利が無かった。さんさん振り注ぐ太陽が辰也を照らす。蒸しかえるように熱く、冷たいビールが飲みたかった。

しかし、ナンパの極意はとにかく諦めないこと。声をかけ、声をかけ、声かけあるのみだ。心を立て直して次の美人さんへと辰也は狙いをつけた。

 お次は少し厚着のお姉様。スレンダーに見えるがアレはきっと着ヤセのはず――辰也の眼はそれを見逃さなかった。懐から取り出した手鏡できりっと顔を引き締めて、再び戦場へと足を踏み出した。

 

「お姉様、俺とお茶でもどうですか?」

「結婚してますので」

「それは……ならその溜まった欲望を俺が解き放って差し上げましょう」

 

 パーンと高い音。打ち抜かれた頬がジンジン痛む。侮蔑するような瞳は深く俺の心に突き刺さった。ちょっぴり苦い気分がした。

 

「意味がわからない。やっぱりジジィは莫迦だ」

「はっ! 素敵なお姉様と一夜を過ごしたいという気持ちがわからんとは、やっぱガキはまだまだガキだな」

「ガキじゃない」

「そこで突っかかって来るのがガキの証拠だ阿呆め」

 

 何故か道端の縁石に腰をおろして、じとーとこっちを見ているガキは呆れたような口調でそう言った。

果て、どうしてここにこのガキがいるのか。ふと疑問を抱くがすぐに氷解した。幸樹が組織の幹部候補になり、会議に出席しているからだ。あの男の代わりに世話を頼まれたのだった。

 構えていたキャンプに置いて来ていたはずなのだが、置いて行かれたと思ったのか。気づけばガキは隣にいた。

ちなみに辰也は幸樹が今出ている会議に参加したことがない。この団体に来て一年半は経っているはずなのだが、やはりそれは彼が他組織から出向してきた人間だからだろう。普通の作戦会議ならともかく、団体の運営方針を定める重要な会議には完全にノータッチだ。

漏らせない案件があるのだろう。その内容に思いをはせて、辰也は少し口元を上げた。

 

「そーゆーことは好きな人とだけするべき。ジジィはやっぱり頭がおかしい」

「そーゆーことってな~んですか? 俺わからない~」

「そーゆーことはそーゆーこと。私はガキじゃないから知ってる」

「嘘ばっかり、見栄はっちまってさぁ」

 

呆れた顔はぶすついた顔へと変化していた。そして視線をぐるりと回し、ふんすと鼻を鳴らした。

 

「大きくなった男性器を女性器に突っ込む。あんあん」

「性教育間違ってんぜ幸樹ぃ。イヤ、正しいのか?」

 

自慢気な顔だ。背伸びをしているその姿は辰也に彼の地元、日の本のとある村を思い起こさせた。ちょうど同じ年ごろの少女は、果たしてどんな教育をされているのか。辰也には異様なくらいにそれが気になっていた。

 

「で、何でお前が付いて来てんの?」

「拠点の外に出る時は団体の誰かと一緒に出ろって幸樹が言ってた。ジジィ以外にはいなかった。私も不本意」

 

問いかけた声に返ってきた答えは辰也の予想通りだった。しかし刺々しい態度は相変わらずで、可愛気を見せようとしなかった。いつもと変わらないそんな態度にちょっぴり傷ついた感情を辰也は胸の奥へとしまいこんだ。先ほどの疑念と一緒くたにして。

 

「ジジィ、私は食べたい物がある」

「だったらテメェの金で買え」

「幸樹に黙っててあげる」

 

 幸樹は一穴主義だ。だから童貞だ。顔も性格も良い『偉大なる魔法使い』に近い実力者なのだが、その態度は辰也にとって非常にもったいなくみえた。ナンパをして美人を引っかけようとするといちいち幸樹は突っかかってきていた。童貞の僻みか、理想が高いだけか、そのあたりの繊細な男の気持ちは辰也にはわからなかった。

 ちなみに幸樹の好きなタイプは看護師系の白衣の天使。以前怪我した時に入院した病院の白人ナースに心奪われていた。後で病院まで恋人と熱烈にキスしているの見て灰になった姿は何とも情けなかったが。

 

「人殺しでしっかり稼いでるだろうが」

「お金は稼いでも貯まらない、貯めるから貯まる。ジジィに奢らせてやる」

「結構ですぅ」

 

 しかしこの任務は何時まで続くのか。そろそろ日本食が懐かしい頃合いだ。白米みそ汁焼き鮭たくあん。辰也は遠い故郷のおふくろの味を思い出した。

 里の味。最近ホームシックになるのは幸樹が幹部候補になって遊ぶ時間が減ったからか。久々に出来た莫迦話ができる相手。それが遠くに行ってしまい、誇らしくも辰也は少し淋しく、薄く笑った。

 

「もし、そこのお姉さん」

「はい、私でしょうか?」

 

 次に狙いを定めたお姉さんは三十路越えくらい。眉唾もののスタイルをしたおっとり系の美人だ。彼女は辰也のほうを一目見ると、ちろり赤い舌で唇をなめた。

 

「少し道をお尋ねしたいのですが……幾分と土地勘がないもので」

 

その仕草は妖艶で、辰也は惑うことなく彼女のそばへと歩みよった。

 

「あらあら、それは大変。それにしても今日は日差しが強いわね」

「よろしければ僕がいる間だけでも貴方の傘になりましょう」

「まぁそれは素敵」

「…………」

 

 無言の威圧が辰也の背中にのしかかる。

 

「ガキ、おしゃぶりでも買って帰ってろ。俺は大人な夜を過ごすからな!」

 

 その視線を軽く蹴とばして、辰也は女の肩を抱いた。重ねられた彼女の指先は辰也の手の甲を惑わすように動いていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 組織というものは必ずしも一枚岩ではない。

 むしろ一枚岩である、という場合の方が少なかったりする。十人いれば十の、百人いれば百の考えがあるのだ。トップの思想に心酔して付いていく者もいれば、求める先が同じだから付いていく者もいて、他が嫌だから何となくという者もいて、嫌いだから適当にして甘い汁だけを吸うために、という者もいて当然のはずだ。

 大きな思想はいくつもの小さな思想が寄り集まり、おぼろげな形を作り組織が出来る。これはどうしようもないことだ。

 

「なっ……!」

 

 NGO団体『四音階の組み鈴』もその例に漏れない。

 現団長の採算度外視でも苦しむ人々を人間亜人と種族に括らず救う――その思想を崇高なものとして身を粉にして活動に励む幸樹のような人物も幾人といる。

 団長自身は魔法使いではなく戦士のため彼の称号を受け取ることが出来ないが、彼の妻であり本契約の相手である魔法使いは本国より『偉大なる魔法使い』として讃えられている。

十数年ほど前に起きた戦争で連合軍が自軍の鼓舞と正当化のために打ち立てた『正義の魔法使い』に近いものではなく。ただ目の前の相手を救いたいからと足掻く『高潔な魔法使い』として。

 

「あなっ!」

 

 しかし団長のその思想に諸手を上げて賛成できない者たちもいる。

 ある者は採算度外視の行動に疑問を持つ。非営利団体であるが故に、主に募金でまかなわれる資金にはどうしても限りがある。それを無視しても戦火に飛び込む団長の姿を悪いとは言えなくとも、良いとも言えない者たちが幾人といる。

 ある者は救う順番に疑問を持つ。目の前で苦しんでいる者がいれば、その規模に関わらず団長は手を差し伸べる。その行動は否定できないが、それ以前に、少数の一を救う前に多数の十を救わなければと考える者たちが幾人といる。また逆に、重要な一を救うために凡庸な十を切り捨てなければならないと考える者たちが幾人といる。

 ある者は救う種族に疑問を持つ。過去の遺恨はまだまだ人々に根強く残っている。戦争で人間に、あるいは亜人に家族や友を殺された亜人や人間がいる。割り切っているはずで、だからこそこんな団体に籍を置いているはずなのだが、どうしても割り切りきれない部分を持つ者たちが幾人といる。

 

「死んだ……死んだ……殺したっ。これで、俺は……」

 

 不意の一撃だった。男の手に持つ西洋剣からぽたりぽたりと血が滴りテントを濡らす。

 男はこの団体の幹部の一人で、長年団長やその妻と一緒に戦場を駆け抜けた間柄。だからこそ団長は彼を疑うことなくテントに招き入れ、喉に切っ先を突き込まれて首をボトリ落とされた。骨を断ち肉を裂く軌跡はそのまま団長の妻にも襲いかかり、美しい顔は右耳から左顎にかけて寸断されていた。

 

「これでいい……これで、これでいいんだっ!」

 

 戦友を殺した衝撃に跳ね上がる心臓。震える指先を無理矢理握りしめて、男はテントを後にした。

 空には白い星屑がぶちまけられ、赤い月はまるで男を見下ろしているように光る。唇を噛み、天上の審判員から注がれる視線を避ける男は下を向く。一歩一歩の歩みは鉛のように重かった。両耳にはいつもと変わらぬ、少しうるさいくらいの喧騒が過ぎ去っていく。

 

「あれ、こんな時間に出かけるんですか?」

「少し眠れなくてな。煙でも吸いながら散歩でもしようかと思ったんだ」

「今日は星が綺麗ですもんね。では、良い夜を」

 

 にこりと笑い男を送り出した見張りに、自分が作り上げた事柄がばれているのではないかと疑心を抱く。

 足はさらに重くなる。だが歩かなければ、退路のない男に道はなかった。捕まれば、自分はどのような仕打ちを受けるか。家族同然と過ごしてきた者たちからの侮蔑と怨嗟の視線が降り注ぐであろうことは簡単に予測できる。

 捕まる覚悟はしているつもりだが、出来るならば勘弁して欲しかった。そんな事態はご免こうむりたかった。これから男の行く先には何よりも輝かしい道があるはずなのだから。その未来を信じて男は手を友の血に染めたのだから。

 

 気付けば男は街を抜け、キャンプを張っているのとは逆側の街外れに立っていた。

 息はまだ荒い。きょろきょろと落ち着きなく男は首を振る。どこか括るような視線を、自分の全てを受け止めて欲しいとでも言いたげに、揺れる瞳は右へ左へ。やがて二つの眼は一点を見つめ、ずるずりと男は歩きだした。

 

「殺した、殺したよ君のために。君の敵は俺が討ったよ」

 

 男の視線の先にいたのは褐色の肌をした美しい女だった。薄ぼんやりと月光に照らされた女は口を覆うように手を広げる。微かにその指先は震えているようだ。

 不思議な印象を男に抱かせる女だった。だが現実に在り、幾度となく触れ、抱きしめ、貪った女だ。それでもどこまでも夢幻のようで、芯の強い清廉な、実に蟲惑的な女だった。

 

「殺したの……本当に?」

「殺したよ、君のために」

「テロリストの娘が逆恨みしているだけなのよ」

「それでも俺は、君の悲しみを癒してあげたかった」

「ああっ!」

「泣かないでくれ。君に少しでも笑って欲しくて、俺はあいつを殺したんだから」

 

 泣き崩れる女を男は抱きしめる。

 肌と肌が触れ合う。輝く涙が女の頬から男の胸へと染み込んでいく。なのにいつもより女は蟲惑的で、いつもよりもっと女は夢幻のようだった。

 男は女とひと月前、この街に滞在してすぐに知り合った。一目見た途端に焼けるような恋慕を女に抱いた男は、自分の知る限り、あらゆる方法でアプローチを掛けた。そして男の情熱に女は答えてくれた。やがて、女は『四音階の組み鈴』がかつて壊滅させたテロ集団に所属していたとあるテロリストの娘だと打ち明けた。

 

 それでも愛してくれるかと、戸惑いながら男に尋ねたのだった。

 

「逃げよう、二人で……どこか遠くで静かに暮らすんだ」

「無理よっ、貴方はきっと殺される。ここで逃げ切れてもいつかきっと見つかる。あの男を殺して、NGO団体を……世界を敵に回して逃げ続けることなんてできないわ!」

「俺が必ず君を守る」

「そんな言葉……私は、私は二度と私の大切な人の死ぬ姿がみたくないのよ」

 

 頭を胸に預ける女に、男は強く肩を抱きしめる。目の前の女が消えてしまわないように、必ず捕まえておくために。

 男は女に答えて友を殺した。女の影が少し伸びる。男と女の唇が重なる。

 

「決めていた……貴方が帰ってきてくれたら、本当にあの夜の約束を果たして帰って来てくれたら……。口ばかりだと思っていたのに」

「君のためだ……俺は何にでもなれるし何でもできる」

「だったら行きましょう。二人でずっと、静かに暮らせる場所に」

「あぁ、いつまでもずっと一緒だ」

 

 男は腰にさげていた西洋剣を地面に投げ捨てた。身体を廻っていた気も完全に断った。

 二人の間にはダイナマイトが一つ。ちりり、火が点けられた。

 

 爆発の後、現場に残ったものは男の愛剣ただひとつ。

 

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