俺“達”の家族がこんなに可愛いわけがない   作:武太珸瓏

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なんだか『大介さん&佳乃さん夫婦と、その愉快なお孫さんたち』みたいな話になってしまってます…。

うーん………。






その弐《豪雨》

 

「明かりもつけないで、なにしてたの?」

 

懐中電灯を消灯させた彪瑠が、ひょこひょこと部屋に入りながら訊いてきた。部屋の照明の光を受けて、彼の微妙に濃淡のある髪が美しく反射している。

 

「本を読んでいたのよ」

「あの暗いなかで?」

「さっきまでは晴れてて明るかったのよ。そんなことよりも、あなた何か用があって来たんでしょ?」

「うん、あのね…」

 

話そうとする弟を私は制して、

 

「まずは座りましょ。お互い立ち話じゃ落ち着かないでしょう?」

 

現在外出中の姉、悠璃の机へ向けて顎をしゃくった。

 

「はーい」

 

彪瑠は、テテテと悠璃の机まで行くと、そこの椅子にピョコンと座った。その勢いで彼の髪が一瞬フワッと(なび)く。

私も自分の椅子に腰掛けて、隣の弟の方へ身体を向けた。

 

私たちの弟、彪瑠は、基本的にはアルバムの写真で観た幼児期の父親とよく似た面差しだ。

そこへ少女時代の母親と、若き日の祖母の面影が少なからず融け込んでいるため、中性的な印象を与える顔立ちになっている。

いや、どちらかと云えば、私には女の子にさえ見える。

そして、その頭上には、父母の特徴を奇跡的に両方とも受け継いで配色された髪を蓄えている。

そんな弟が今、母親譲りの眼差しを此方に向けてきている。

床に届かない足をぶらんぶらんと揺らしながら。

 

「ふう、あなたって、相変わらずチビなのね。本当に小学三年生?」

「はあ!? いきなりなに?」

「別に良いのよ。小さい方が可愛いから」

「よくないよ!! これでもけっこう気にしてるんだから!そんなことよりも用件!」

「そうだったわね。何かしら?」

「えっと、まずは非常用の懐中電灯。ハイ」

「ありがとう。でも、LEDのペンライトを持っているから大丈夫よ」

「そう、じゃあこれ、自分用にしようっと」

「ほかには?」

「お父さんとお母さんたち、もしかしたら帰るの遅くなるかもってさ」

「でしょうね。こんな天気じゃ…」

 

私は土砂降りに時たま稲妻が走る窓外に目を移した。

 

「今どこにいるの?」

「まだ会場にみんなといるって」

「それならとりあえず安心ね。むしろ久々に会えた友達と一緒にいる時間が増えて結構じゃない?」

「そうかもね。桐乃おばさんは『予定の飛行機にまにあわない!』って、かなりあせっているみたいだけど」

「目に浮かぶわね。たぶん母さまが巧く(なだ)めているのでしょうけどね」

「さっき電話でお母さんとモニターごしに話したとき、奥の方で、ヤケになった桐乃おばさんがお父さんをつかまえて、デュエットで唄ってるのが映りこんでたよ」

「そう…まあそういうのも、たまには良いんじゃない?」

「お母さんも、おんなじことをいってたな。ちょっとあきれてたけどね。

でも、なんだかんだで、みんなとっても盛りあがってたみたいだよ。『厄年なんか、ぶっ飛ばせーっ!』ってさけんだりしてさ」

「そういえば、あの場に居る内の女性の何人かは、その年頃なのね。確か一昨年、桐乃おばさまたち皆で、わざわざ府中の神社までお祓いしに行ってたわね。

でも、そんな迷信とは縁がなさそうな人たちばかりだけどもね。母さまのときも、幸い後厄も含めて何事もなかったし」

「うん、感謝、感謝だね。それに、本当にそんなもんぶっ飛ばしたり、軽くいなしたりできそうな人たちばっかりだし、あと、みんなスッゴく若くみえるよね?

ぼく、友だちがお母さんや桐乃おばさんと会うときとか、ウチの家族とあやせさんたちが友だちなこととか、けっこう誇らしかったりするんだ。

前に、みんなが集まったときの動画をクラスメイトに見せたら『スゲーッ!!』っていわれたよ。

でも、ちょっとエッチなゲームをつくってる人たちと知り合いなのがバレちゃったときは、かなり恥ずかしかったけどね」

「皆いつも希望を失わずに、活き活きとしているから若く見えるのかしらね。こうして足留めになったことさえも楽しんでしまうような人たちなのだから。

どの道この雨では、桐乃おばさまが気にしている飛行機どころか、そこへ行くまでの交通機関も遅延しているでしょうし、それに、あの場に出席している人たちで忙しい身なのはあの人だけじゃないものね」

「だね。お父さんたちの周りって、なんであんなにスゴい人ばっかり集まったんだろう?」

「本当よ。私たちの家系には、人を集める特殊な重力の場でもあるのかしら?」

「麻奈実さんも行ければ良かったのにな」

「あ、それを聞いて思い出したわ。彪瑠、悠璃から…姉さまからは何か連絡はあったの?」

「あ、それがね……」

 

一気に彪瑠の顔が曇った。

私の胸を不安がよぎる。

 

「《たむらや》さんとこに電話してみたら、ついさっきまではお店にいたみたいだけど、そのあとすぐに帰っちゃったって……」

「……そう」

「麻奈実さんたちは、雨がふりそうだからって引きとめようとしたみたいだけどね」

「電話は通じないの?」

「それが、家においていってる」

「姉さまったら……」

「お姉ちゃんらしくないよね」

「そうよ。何でよりにもよって、こんなときに……」

「それでね、おじいちゃんがスゴく心配してイライラして『俺が迎えに行く!』って言いだして、今おばあちゃんともめてる」

「それで、さっきから騒がしいのね。気持ちは分かるけど、もし行き違いになったら余計な心配事を増やすことになるわけだし、それに──」

 

私は、窓ガラスに映る、姉とよく似た漆黒の髪の少女と眼を合わせた。

気のせいか、彼女は此方に向けて仄かに微笑みかけてきたように視えた。

姉よりも若干髪の長いその少女と見つめ合っているうちに、不思議と、先程まで胸中を支配していた不安感は薄まっていった。

 

「──姉さまのことだから、無理してこの雨の中を動こうとはしないで、今頃どこか安全な所で雨宿りしている…そんな気がしてきたわ」

「双子のテレパシーってヤツ?」

「ん? まあ、そんなところかしらね」

 

そこまで話したとき、玄関の開く音がした。私は眼の焦点を窓ガラスから窓外に切り替え、視線を玄関の方へ向けた。

姉が帰ってきたのかと思ったが、そうではなかった。レインコートに身を包んだ祖父が豪雨の中へ飛び出し、そのすぐ後から傘をさした祖母が慌てて追いかけてきて、祖父を捕まえて何か必死に訴えている。恐らく説得しているのだろう。

祖父は何度か祖母を振り切って行こうとしていたが、やがて根負けしたのか、祖母に背中を押されて家に戻ったようだ。

 

「ちょっと見てくる」

 

彪瑠は突然そう言うなり、私の返事も待たずに椅子から飛び降り部屋を出て、玄関へ向かって走って行った。

全く、はしこいヤツだ。これでも昔と比べると、随分と落ち着いた子になったのだけども。

少なくとも、慌てて動いて物に身体をぶつけて壊したり、運んでいる食器を落として割ったりはしなくなった。

帽子で頭髪を隠さなくなった。

あの子が一年生とき、夏休み前に喧嘩していた友達とも、千葉に帰ってからすぐに仲直りしたようだし、先程の話に出てきた『ちょっとエッチなゲームをつくってる人』と知り合いなのが友だちにばれても、そのせいでまた苛めが再開した様子もない。

二年前のあの二週間は、彼にとっては有益な期間だったようだ。

私たちは、少し寂しかったのだけれどもね。

 

そう思ったら、またあの和洋折衷な容姿の女の子のことが脳裏に浮かんできた。

あの()は一体何者なのだろう?

年齢的には、彪瑠と私たち姉妹の間くらい。ポニーテールに纏められた髪は黒かったけど、何処となくエキゾチックな顔立ち、母さまよりも白い肌、冗談みたいな剣道着姿。

ただその一方で、あのとき初めて会ったのに、何処かで見たことがあるような気がしてならない。誰かに似ているのだけれど、焦点が定まらない。

 

(うーん、気になる!)

 

何より気になるのは、あの彪瑠と異様に仲が良さそうだったこと。

駅での別れ際、彪瑠が改札内のその()に、

 

『じゃあね~♪』

 

と手を振った途端、それまでにこやかにしていた彼女が豹変した。

そして、改札を挟んでの激しくも幼稚な

口喧嘩(バトル)が始まった。

 

『何よ、年上の先輩に向かってその態度は? Oh, how rude you are(失礼ね)!』

 

喧嘩の口火を切ったのは少女だった。

何故か英語混じりで。

 

『なんだい!“もっとフランクリーにしていいんだぜィ♡”って親指たてていってたのは、そっちじゃないか?』

 

彪瑠もすかさず反撃した。

わざわざ演技まで交えて。

あとはもう泥沼だ。

 

『それは違う! あれは()()のことを“Flunky”だって言ったんだ!“Franklyにして良いよ”なんて言ってない! 今度()()()に会ったときにNativeな英語を教えてもらいやがれ! それに親指も立ててないし“だぜィ♡”なんて、ウチのお父さんみたいな喋り方もしてない! 』

『してましたーっ! ていうか、たった今だってしてたぞ! ここに来るまでの電車の中でもずっとねっ! だいたい、ついさっきまで“さびしくなるね”とか“またあえるよね”とかいっててちょっとカワイかったのに、なんでここまできたら急に態度がかわるの? どうして?』

『ひゃっ? い、言ってない! しょんなこと、い言ってみゃしぇん!!』

『あーかんだー、今かんだー』

『うるさい! 何が“Calm down”よ! この Noisy brat(クソガキ)!』

 

少女は何か聞き違いをしたようだ。

全く子供の喧嘩だ……って実際子供か。

そこへ、一緒にいた母さまたちが仲裁に入って、何とかその場は収まった。この時点で、私達一家は周りから大注目されていたのだ。

 

彪瑠を宥めるときに、きょうすけがこう言っていた。

 

『彪瑠、今やってたこと、お前がもう少し大きくなってから思い出したときに物凄く恥ずかしくなるから、もうやめとけ、な』

 

本当そのとおりだ。

見てるこっちが恥ずかしくなった。

周囲の視線が痛かった。

駅員さんたちが、強張った顔で私たちを見ていた。

私は、隣にいた姉と顔を見合わせて苦笑いした。

 

『あの子、本当に修業してたの?』

 

つくづくそう思ったものだ。

 

因みに、謎の少女の方を見ると、母さまと仲良く談笑していた。母さまの人柄の為か、それとも二人の相性が良いのか、ほとんど瞬時に打ち解けたみたいだ。

 

別れ際、きょうすけに諭されたためか、彪瑠は少女に向かってしぶしぶ軽くお辞儀をしたのだが、少女の方は、あろうことかアッカンベーをしてきた。

それを見た彪瑠もムッとしてアッカンベーで返し、きょうすけに拳骨を喰らっていた。

 

 

 

そして今、この回想の主役が戻って来た。

何故だか顔が少しニヤついている。

 

「どうしたの? 何か(たの)しいことでもあったの?」

「うん、それがね──」

 

弟はそこで、まるで大昔の映画か漫画のように口を抑えて吹き出した。

その芝居がかった仕草に私は若干呆れながら云った。

 

「笑っているだけじゃ分かりませんよ。一体何があったの?」

「あ、ゴメン」

 

彪瑠は、空席になっている悠璃の椅子に、まるで指定席のようにピョンと乗っかって、此方に身体を回した。

 

「えっと、おじいちゃんが、お姉ちゃんをこのどしゃぶりン中さがしに行こうとして、おばあちゃんに引きとめられたのは知ってるよね?」

「ええ」

「でね、カサをさしていたとはいっても、この雨だから、おばあちゃんはびしょぬれになっちゃったわけ」

「それはそうでしょうね」

「そしてね、おじいちゃんが着ていたカッパがボロかったうえに、あわてて羽織ったもんだからキチンと着れてなくて、実はおじいちゃんもびしょぬれになってたんだ」

「あらまあ」

「おじいちゃんは、ビショビョなおばあちゃんに、

『そのままでは風邪をひくから、早く風呂に入りなさい』

っていったんだ。

そしたら、おばあちゃんが、

『あなただってそうじゃないの』

ってこたえたの。

おじいちゃんが、

『おれはお前のあとに入る』

っていったら、おばあちゃんに、

『あなたがもし体をこわしでもしたら、看病するのはわたしたちなのよ』

って返されちゃった」

 

彪瑠は身振り手振りを交えながら、まるで一人芝居でもするように愉しそうに語る。

それはそれで情景が浮かび易いのだけれども、

 

「じれったいわね。結局のところ、どうなったの?」

「結局、おじいちゃんとおばあちゃん、一緒に入ることになった」

「え?」

 

意外な展開に、私は一瞬言葉が出なかった。

 

「おじいちゃんは、まるでお酒を飲んだときみたいにまっ赤になってギリギリまでしぶってたんだけど、おばあちゃんに『これがいちばん理にかなってるのよ』っていわれて、手を引かれながらお風呂場に連行されていったよ」

「連行って…元警察官がそれじゃあ世話がないわね……」

「ほんとだよ。で、廊下ですれ違うとき、おじいちゃんと目があったんだけど、そのときの顔といったら……!」

 

弟はそこでまた吹き出した。

 

「それは見たかったわね」

「うん、あれは見せたかった!」

 

彪瑠は愉しそうにニカッと笑うと、回転式の椅子を悠璃の机の正面へ戻し、機嫌良さそうに身体を左右に軽く揺すりながら、机の棚に並ぶ本を眺め始めた。

 

「それにしても、こうして机にある本を見てると、悠璃お姉ちゃんと璃乃ねえって、カオはそっくりだけれども、性格はゼンゼン違うよね」

 

気紛れに話題を変えた弟に、私は問い返した。

 

「それって、どういう意味?」

「だって、お姉ちゃんのもっている本は、ほのぼのしてるっていうか、やさしいっていうか、フツーの話が多いじゃん」

「へえ、それはつまり私が読む本は普通ではないって言いたいわけね」

「え?」

「姉さまの本には文句云わないくせにね?」

「ええと…悠璃お姉ちゃんの本でも、ときどき読んでて恥ずかしくなるときがあるよ。転校してきた男の子とヒロインがどうのこうの、とか…。

ただ、璃乃ねえが貸してくる本ってムズカシい字やコトバが多いし、なんだかコワいのが多いし。

それに、男の子が女の子の格好をしたり、男の格好をした女同士がキスしたりするよね?」

「ま、そういう場面もあったかしらね」

「こないだ本を借りたときも、ぼくがいつも読んでる本と同じ人がかいた小説だっていわれたから期待して読んだら、好きなキャラクターのイメージにギャップがあって、あれはちょっとショックだったな……」

「確かに、あれはあなたには未だ少し刺激が強すぎたかも知れないわね…」

「うん。何だか全体的には、お母さんや珠希おばさんがむかし好きだったのと似た雰囲気だったし、ところどころは(うしお)っちのおばさんが好きそうな感じだったし

…」

 

今の彪瑠の話に出てきた『(うしお)っち』とは、きょうすけの友達の赤城さんの子供で、前述した、彪瑠が喧嘩してから仲直りした男の子のことである。今ではこの子たち二人は親友同士だ。

そしてその子の叔母さん──つまり赤城さんの妹さんも、両親や桐乃おばさまたちの共通の友人で、私たちとも面識があるのだが、その人も世間から見れば少々マイノリティな扱いを受けている嗜好の持ち主なのだ。

付け加えておくと、皆それぞれ自分の愛する世界を楽しんでいるし、社会人としても真っ当な生活を送っている。

 

尤も、その人たちの歩んでいる道は非常にバラエティーに富んでいる。

我が父きょうすけのように地道な職に就いている人もいれば、メディアに名前が出る程の大物もいる。

自分の趣味を活かした仕事をしている人もいれば、趣味と仕事をきっちり分けている人もいる。

私のような子供が云うと些かマセて聞こえるかも知れないけど『人生は人それぞれ、幸福も人それぞれ』といったところか。

 

話を戻すと、私たちは生まれたときから、そういった多彩な人たちに囲まれて育ったわけだし、私の耽嗜する世界には、母さまや珠希おばさまから受け継がれた要素もあるので、重なる面があるのは否定しきれない。

だけど──

 

「私を含めた全員の名誉の為に弁明させてもらうけど、私たちの嗜む世界は、部分的に重なるものはあれど、それぞれ全く違うものよ。一括りで語られてしまうのは失礼千万だわ。これからは気をつけなさい」

「ごめん、よく分からないんだけど……」

「そう感じるのは、あなたがまだまだ子供だってことよ。もう少し大人になれば、あなたにも解るようになるわよ」

「そういうもんかなあ?」

「そういうものよ。それに趣味に関してなら、タッくん、あなただって人のこと云えませんよ。何世紀も昔に書かれた冒険物語を、敢えて紙媒体の本で読んだりする小学生なんて、そう沢山はいないのではないかしら?」

「そうかなあ?」

「別にそれが悪いとは云わないわよ。私だって紙製の本は好きだし。

ただ、地球上の何処の密林を幾ら探索しても本物のティラノサウルスなんていないし、民間人の探偵の未成年の助手が大事件で活躍できたわけないのに、そういったことを承知の上で楽しんでいるあなただって、けっこうレアな子よ」

「うーん、そうかなあ……?」

 

彪瑠は、まだ納得し(がた)そうに首を傾げている。

 

「ですから、タッくんもそのうち、私たちの享受しているものを理解できるようになるわ、きっと」

「でも、悠璃お姉ちゃんも、璃乃ねえのシュミはよく分からないっていってたよ」

「…それは確かにそうなのよねえ、不思議だわ」

「双子で、おんなじ家でそだったのにね」

「同じ遺伝子を持ってはいても、魂が違うのかしら?」

「タマシイって、本当にあんのかどうかなんて、ぼくにはゼンゼンわかんないけど、ナカミがおんなじ人なんて、二人も三人もいないんじゃないの?」

「どういうこと?」

「ええと…たとえば、お姉ちゃんたちみたいに双子でも、ナカミがちがうんだから、性格もちがって当たりまえなんじゃないかな?…ってこと」

「ふうん…」

 

弟の云う“中身”とは、俗に云う“個性”のことだろう。

全く同じDNAを持っていても、完全に同じ人間にはならない。

つまり、倫理的な問題は別にして、仮に誰か、または何かのクローンを造ったとしても、全く同じ存在にはなりえないということか。

“分身”イコール“分心”ではない…といったところかしら。

 

「だから、だれかと完全におんなじ性格の人は、世界中どこ探してもいないんじゃないかな?」

「…それはつまり、たとえ同じ遺伝子を持つ“きょうだい”だとしても、結局、遺伝子なんてただの器で、それぞれ別の人間に過ぎないというわけ?」

「……うーん、えーと…そうなんだけど、でも“きょうだい”ってのは、ぜんぶが同じじゃなくても、ぜんぜん関係ない他人ってわけでもないんじゃない?

さっき璃乃ねえが悠璃お姉ちゃんの何かを感じてたときみたいに、何かでつながってるのかな……って思うんだけどね。

ゴメン、自分でいってて、よくわからなくなってきたよ」

「そうね、だんだん話が眉唾っぽくなってきてるわよ」

「とにかく、何がいいたいかっていうと、ぼくには、悠璃お姉ちゃんと璃乃ねえを比べてどちらが良いなんてはいえないってことだよ。ぼくにとって、二人とも大切な“きょうだい”なんだから」

 

彪瑠が不器用な言葉遣いで懸命に伝えようとしているのは所謂、“絆”のことだろう。

 

それは私が、存在の確かさに不安を感じていたもの。

失うことを恐れていたもの。

 

そんな(ところ)へ、この弟は前向きな想いを伝えてくれた。

 

確かに将来、私たちは今ほど一緒にはいられなくはなるだろう。

でも、バラバラになんてはならない。

 

きょうすけと桐乃おばさま──

母さまと日向おばさまと珠希おばさま──

そして、両親の結婚によって親族となった、高坂・五更両家の人々──

それに、元々は赤の他人同士だった、両親と桐乃おばさまの共通の友人たちだって、こうしてずっと繋がり続けているではないか。

 

“絆”──

確かにそれは、ともすれば泡のように消えてしまうような儚いものであるけれども、それを大切に護ろうと想う気持ちがあれば、そう簡単に失われたりもしないのだ、きっと。

そして、その時それは、おそらく何にも代え難いものになっているはずだ。

 

ましてや、血の繋がった家族同士なら尚更のことだろう。

 

そういう希望を込めた見方を、拙いながらも私に示してくれた彪瑠の言葉は、正直とても嬉しかった。

 

一方で、この弟のあまりに純朴で率直な物云いに、何とも表現し難いこそばゆさも感じてしまった。

この胸の中に住みつく天邪鬼の所為だ。

そして私は敢えて、そのこそばゆさを誤魔化そうと、つい憎まれ口で応えてしまう。

 

「あなた、そういう考え方が出来るのに、どうして私の貸した小説の魅力が解らないのかしら?」

「しらないよ!」

「それとタッくん、何度も言うようだけれども、あなたは何故、悠璃姉さまのことは“お姉ちゃん”と呼ぶのに、私のことは“璃乃ねえ”とか、良くても精々“璃乃ねえちゃん”という呼び方をするの?」

「だから、しらないよ!!」

「私のことを“姉さま”と呼ぶ気はないの?」

「だーかーらーっ、その呼び方は恥ずかしいからイヤだって何回もいってんじゃん!」

「あなた、しつこいわよ!」

「どっちがだよ!」

 

このまま続けても、どうやら不毛な争いになりそうなので、今度は私の方から話題を変えることにした。

今、最も気になっていることに…。

 

 

 

 

 

《つづく》

 

 

 

 

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