俺“達”の家族がこんなに可愛いわけがない   作:武太珸瓏

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16/5/22~23
一部に『その壱』と同様のミスがあったので、辻褄合わせの為に台詞を修正した箇所があります。
面目ないです。





その参《 糸雨 ── いとさめ》

 

 

先程までの豪雨も大分小降りになってきた。風はまだ吹いているみたいだけど。

悠璃が何処かに雨宿りしていたならば、そろそろ出て来る頃だろうか。

 

窓ガラスに映る姉に似た少女の顔は、先程と比べると、いくらか安堵の表情に変わっていた。

私は視線を室内の弟に戻した。

 

「で、それはそうと、タッくん」

「なーに? ていうか、璃乃ねえこそ、その“タッくん”って呼び方、やめてくれないかな?」

「どうして? タッくんはタッくんでしょ? 桐乃叔母さまも、珠希叔母さまも、麻奈美さんも、みんなあなたのことをタッくんって呼んでいるわ」

「でもさあ……」

「私が貴方をタッくんって呼ぶことに何か問題あるの?」

「もんだいっていうか……」

「なあに?」

「いや、もういいよ……」

「それではタッくん」

「ハア…なんでしょうか、()()()()

「あの()、何者」

「あの子ってダレ?」

「あの娘よ。あなた前に、夏休み中に剣道の修行でしばらく家を離れたことがあったでしょう?」

「うん、けっこう懐かしい話だね」

「それを終えて東京から帰って来たときに、一緒に着いて来た女の子のことよ」

「マヤちゃんがどうかしたの?」

「マヤ()()()

何その呼び名? いつの間にあなた達そんなに親しくなったの?

小さい頃は麻奈実さんにベッタリだったくせに?『大きくなったらマナミさんとケッコンするんだー』って宣言していたのに?」

 

私の口撃を受けて、弟はみるみる真っ赤なって狼狽(うろた)えだした。

 

「そ、そんなこといってない!」

「言ってたわよ、あなた。そして麻奈実さんに『楽しみに待ってるよ~』って頭を撫でられてデレ~ッとしてたじゃないの?」

「し、してない! ていうか、そんな昔のことは覚えてないよ!」

「あなた、逃げる気?」

「そんなんじゃないよ! それに、お姉ちゃんたちだってマヤちゃんと仲よくしてるじゃないか?」

「は?」

「あれ、璃乃ねえはマヤちゃんと話したことないの? 悠璃お姉ちゃんは、けっこう連絡とりあったり、たまに会ったりしてるみたいだけど」

「何それ? 私だけ()け者ってワケ?」

「え? ちょ、ちょっとまって……。

璃乃ねえは、あのあとマヤちゃんと会ったことないの?

あれから二年もたつのに?」

「ないわよ」

「ウソ? あ、そういえば璃乃ねえは、ぼくらが東京へマヤちゃんに会いに行くときいつも、何だかんだいって一緒に着いて来なかったし、マヤちゃんがこっちに来たときにも会おうとしなかったよね?」

「そんな昔のことは忘れたわ」

「それ、今ぼくがいったセリフじゃないか?」

「生意気云ってんじゃないわよ! さっきから“マヤちゃん、マヤちゃん”って小憎らしい!」

「な、なんでそんなにおこるの、璃乃ねえ?

そんなにコワい顔しないでよ!」

「別に怒ってないわよ。怖い顔もしていないわよ。よ~く私の顔を見なさいよ。フフフフフフフフフ……」

 

私は精一杯優しい笑顔を浮かべた顔を、弟に突き出した。彼が怯えた表情をしてのけぞっているのは何故だろう?

 

「ち、近いよ、璃乃ねえ…。スゴくコワいんだけど…。また夢に出てきそう……」

「何あなた、時々うなされているのは私のせい?」

「なんで璃乃ねえが、ぼくが最近うなされているのを知ってるの?」

「そんな些細なことは、どうでも良いのよ」

「どうでもよくないよ!」

「弟のくせに姉に口答えしない! で、何者なの、あのマヤって娘は?」

「あーもうっ、降参! そんなに迫ってこなくても言うよ!」

「宜しい」

 

私は弟から身体を離し、話を促した。

 

「さあ、何もかも吐きなさいな」

「その尋問みたいな口調、やめてくれないかな? 怒っているときのおじいちゃんみたいだよ……」

 

漸く体勢を立て直した彪瑠は、回転式の椅子を軽く左右に振りつつ、少し首を傾げた。

 

「でも璃乃ねえ、あのとき駅前でもたしか、みんなの前で紹介したような気がするけど、してなかったっけ?」

「覚えてないわ」

「そう? そうか…。あの子はね、こないだまで、ぼくが教わっていた剣道の先生のお孫さん」

「へえ?」

「あの子のお母さん…つまり先生の娘さんは剣道を修めてないんだけど、マヤちゃん本人は、お祖父さんの剣を振るう姿や、普段のたたずまいを小さいころから見ていて、自分からお願いして、正統な不知火(しらぬい)流の剣道を学んでいるんだ。

小学生で女の子だけど、スゴく強いよ。

不知火流再興の期待の星っていわれてるみたい」

「そして、今はあなたのガールフレンド?」

「だからちがうってば」

「あら、私はただ“女の子の友達”って意味で言ったのだけれど?」

「ぼくは友だちだと思っているけど、そんなこと本人まえでいったら竹刀でボコボコにされちゃうよ」

「剣道という日本の伝統的な武道を嗜んでいるにしては、やけに和洋まぜこぜな容姿だったわね」

「……なんだか、おいしくなさそうな例えだね、それ。そんなこと本人のまえでいったら泣かれちゃうよ。ぼくにも、その気持ちはスゴくわかるし……」

 

彪瑠はそう言うと、(かす)かに悲しげな顔をして(こうべ)を垂れた。

彼の薄い縞模様の髪がてかる。

私はハッとなった。

 

「ご、ご免なさい! 今のは私が悪かったわ。いえ、なかなかエロチ…じゃなくて、エキゾチックな可愛らしい子だったとは思うわ。だから顔をあげて、ね?」

「うん、わかった」

 

顔をあげた彪瑠は、優しく微笑んで許してくれた。私の云いかけた恥ずかしい間違いはスルーしてくれるようだ。それとも、気づかなかったか、意味を知らなかっただけかしら?

 

「まあ、ぼくらも初めて会ったときに、お互いの見た目をいいあってケンカになったんだけどね。

だって、あの子ったら出会っていきなり、

 

『お爺ちゃん、だあれ、この虎猫みたいな頭の子は?』

 

なんていうもんだから、ぼくもついムカッときて、さっきの璃乃ねえみたいなことをいっちゃったんだ。

そのあとしばらくは口げんかだったけど、だんだんエキサイトしちゃってさ、先生に止められるまで竹刀でバシバシやりあったんだ。

本気でムチャクチャに打ちあってたもんだから、終わったらお互いにキズだらけ。

マヤちゃんには、

 

『レディの顔をこんなにしちゃうなんて、どうしてくれるのよ!』

 

ってセメられるし、先生はなぜか笑っているだけだったし……。

もう、サイアクな出会いだったよ」

 

「……あなたたち、最初からそんな感じだったのね。本当、仲が良いのね」

「今の話で、なんで仲がいいってことになるの?」

「でも、あなたはあの子のこと嫌いではないのでしょう?」

「ん? ん、まあね…」

 

弟は、そう応えて少しはにかんだ。

その顔を観て、わたしは少しムッとした。

 

「最初はイヤなヤツだな~って思っていたんだけど、しばらく一緒に暮らすうちに……」

「一緒に暮らしてた?」

「うん。マヤちゃんにはちゃんと自分の家があるんだけど、ぼくが道場にしばらく泊まるってきいたら、自分も付き合うっていってね。

しばらくは、炊事洗濯、掃除、あとはカンタンなご飯のつくりかたを教わったりしてたよ。

もちろん剣の稽古も、アザができたり皮がむけたりするほどやったし、なんかムズカシい本も読まされたっけ。

先生は、途中からはジッとこっちを見ているだけで、あまり口を出してこなくなったから、後半はほとんどマヤちゃんがぼくの相手をしていたな。

どれもさんざん文句をいわれながらだったけど、悪い子じゃないってことは、だんだんわかってきたかな。

たまにほめてくれるときに笑いかけてくれるのがうれしかったし」

 

それで、帰って来てからの彪瑠が、様々な面でスキルアップしていたのか。

弟の話を聞いているうちに、私はちょっと妬けてきた。

あくまでも、ほんのちょっとだけだが。

そして、ついさっきこいつに謝ったばかりだけれども、また少し意地悪してやりたくなってきた。

 

「まあ、それはともかくさ~…」

 

あ、わざとらしく話を逸らす気みたいだ。

 

「マヤちゃんが璃乃ねえのいうエキゾチックな顔だちなのは、えーと、なんていったっけなー? ク、ク…クォークじゃなくて……」

「クォーターのこと?」

「そう、それ!」

「あなた、クォークなんて難しい単語が先に出てきて、何故クォーターが出てこないのよ。

これだから、さっきみたいにタッくんも私たちのことを変わり者扱いできないって云うのよ。あなただって小学生の分際で小難しい用語を口にする、生意気なガキなのだから。

全く、イヤミな子だわ」

「イ、イミまではしらないよ…。たぶん璃乃ねえの本でよんだんだよ、そのコトバ。

とにかく、マヤちゃんの…あ、“マヤ”って名前は漢字ではこうかくんだけどね……」

 

彪瑠は一瞬だけ不服そうな顔を見せたが、すぐにそれを振り払って、机にあったメモ用紙にペンで『摩耶』と書いてみせた。

よく覚えていたものだ。“クォーター”は出てこなかったくせに。

 

摩耶(まや)さん…ね」

「うん。そのマヤちゃんのお母さん、たしかマキさんとかいう名前だったけど、その人が、ええと…ハーフなんだ。

マヤちゃんのおじいちゃん…ぼくが教わった先生がイギリスから日本に来てから、そのまま日本の国籍をもらって、日本人の女の人と結婚して、マヤちゃんのお母さんが生まれたの」

 

彪瑠の説明を聴きながら私は、頭の中で家系図を組み立てていった。

つまり、私のお祖父さまと彪瑠が師事した剣道の先生は、なんとも意外なことにUKから来日して帰化した人で、その人と日本人の女性との間にできた娘のマキさんが、誰か日本人の男性と結婚して、あの摩耶とかいう女の子を産んだ、ということか。

う~ん、ややこしい…。

 

それにしても、外国から来た人が日本の剣道を教えていたなんて、やはり少し珍しい話ではないかしら。

しばし沈黙して考え込んだ私の顔を見て、まるでその考えを読んだかのように、彪瑠がメモ紙に簡単な家系図のようなものを描いて補足説明をしてくれた。

 

不知火(しらぬい)先生の…あ、先生の日本人としての名前なんだけど、そのお父さんが日本が好きで、まだ子どものころの先生をつれて日本に来て、そのまま住み着いたみたい。

そして子ども時代の先生を昔の『不知火道場』に通わせたんだ」

 

ふむ。

 

「若いころの先生はめきめき剣のウデをあげていって、同門のお弟子さんの中ではいちばん強くなって、先代の先生に気にいられて、その人の娘さんとケッコンしたわけ。

あれ、逆だったかな? 先代の先生の娘さんが若いころの先生のことを気にいったのが先で、それから──」

「その辺の経緯はもう宜しい、このマセガキめ」

「あ、ゴメン。で、その道場は、ぼくの先生が入門したころからお弟子さんは少なかったんだけど、ふたりがケッコンしたころにはもう、ほとんどお弟子さんが残っていなかったそうだよ。

不知火流の稽古は、昔からスゴく厳しかったらしくて、脱落していく人が多かったことと、そもそも剣道を習おうとする若い人がどんどん減っていったのが理由みたい。

先代の先生には娘さん一人しか子どもがいなくて、その娘さんは剣術を教わっていなかったから、もう道場をおわりにしようとしてたらしいけど──」

「その帰化してきた人が道場を継いだ、というわけね」

「うん、そういうこと」

「成る程ね。それにしても驚いたわね。私達のお祖父さまとあなたに、剣道を教えた先生が外国の人だなんて」

「“もと”だからね、璃乃ねえ。先生ご自身は、じぶんのことを日本人だとかんがえているわけだし」

「そうね、失礼したわ」

「それに、おどろくのはまだ早いよ」

「何よ、その古臭い香具師(やし)みたいな云いまわしは?」

「だって、これを知ったときは、ぼくはもちろん、お父さんとお母さんは、ぼくよりも何倍もビックリしていたんだから! 一つだけでもおどろくような偶然が二つも重なったんだもの」

「へえ、どういうこと?」

 

悔しいけど、弟の話す先への興味が強まった。

 

「知りたい?」

「勿体ぶるな、チビ京!」

「チビ京って…。まあいいや、大人がよく言ってることばをマネすれば“世間って意外とせまいんですね”ってことかな?

人と人って、意外なところでつながっているんだな~って」

「そうね、むかし誰かが調べたことがあるみたいだけれど、世界中の人間の関係を『ある人の知り合いから、そのまた知り合い』という風にたどり続けていったら、意外と大きなスケールで、面識もない人たちが何かしらで繋がっていたらしいですものね」

「ふうん?」

 

彪瑠が微妙な顔をして小首を傾げた。

彼のそうする気持ちはよく解る。

 

「私もその話を聞いたときは、わざわざそんなことを調べるなんて物好きな人がいるものだと思ったし、何だか胡散臭く感じたけれど、対象を共通のものを持つ人たちに限定した実験結果に関しては、私も多少は頷けるものがあったものね」

「それって、関係者同士をたどっていくと、意外な人とのつながりが見つかることがあるってこと?」

「当たらずとも遠からず、ってところかしらね。

だから人間同士って、思いがけないところで繋がっているのかも知れないわね。

話の腰を折ってご免なさいね、タッくん。続けて」

「うん。それで、ぼくらがあの人たちの何にビックリしたかっていうと、最初はもちろん、先生の外見を見たときだよね。

璃乃ねえも言ってたみたいに、日本の剣道の先生が白人さんだなんて、想像もしていなかったもんね。

ヒゲ生やしてて、和服も似合ってたけど」

 

彪瑠の説明を聞いて、私の脳裏には写真で見た小泉八雲の姿が浮かんだが、恐らくそのままでは実物とは似てないだろう。

八雲の髪や髭をもっと伸ばして縮れさせれば、彪瑠の言うイメージに近づきそうな気がする。

 

「でね、先生はぼくらのそんな反応は予想してたみたいで、自分の経歴を話してくれたんだけど、そのときお父さんたちは、そんな経歴よりも、先生のフルネームを聞いたときに、二人そろってピクッと反応したんだ。

先生も、その反応は予測していなかったみたいで、理由をたずねてきたんだけど、どうやらお父さんたちの知り合いと先生が、同じ名字だったみたい」

「へえ」

「で、お互いの話をすり合わせると、実は先生には姪っこさんがいて、その人も日本の文化に興味をもって日本に来て住んでたらしく、その姪っ子さんとお父さんたちが知り合いだったみたい。

これが一つ目の偶然…ってことになるのかな?」

「それは確かに、あの人たちにとっては驚きだったでしょうね。

私には、いまいち実感が湧かないけれども」

「うん、ぼくにとっても、最初はそんなことピンとこなかったんだけど、実はその姪っ子さんとぼくら、会ったことあるらしいよ」

「え、そうなの?」

「うん。ぼくはぜんぜん覚えてないんだけど、もしかしたらお姉ちゃんたちは、会えば思いだすかも知れないって、お父さんたちが言ってたな。

ちなみに、その姪っ子さんが日本に来たときには、先生もずいぶんとお世話してあげたらしいね。

そもそも、その人の日本に来る気持ちを後押ししたことの一つが、昔から日本に、親戚の不知火先生がいたことだったみたいだけど」

 

今の彪瑠の話だけでは見当もつかなかったけれど、私はこのまま黙って聞くことにした。

さあ、早く続きを言いなさいな、我が弟よ。

 

「──あと、次はぼく自身がおどろいたことなんだけど、そのキッカケも、ぼくが最初にマヤちゃんの名字をきいたときだったな。

そのときぼくは『あれ?』って思ったんだ。

お父さんたちが、不知火先生の素姓をきいておどろいたことと、ぼくがマヤちゃんの生い立ちをきいてビックリしたこと。

この二つが、不知火先生をはさんでつながるんだ。

どういうことかっていうと、じつは先生の娘さんとケッコンした相手の人がなんと──」

 

彪瑠はそこまで話してから、不意にハッと何かに思い当たったように、私の顔を見たまま口を(つぐ)んでしまった。

そしてしばらくの間、真面目な顔で何か考え込んでいたようだったが、やがて悪戯っぽい笑顔を浮かべだして、こう(のたま)いやがった。

 

「やっぱり教えてあげない」

「コラッ!」

 

ここまできて、それはないでしょう!?

私はもう少しで弟の頭をひっぱたきそうになったが、自分の手が痛くなるだけなので、それはやめた。

 

「だって璃乃ねえ、さっきからぼくのことイジメるんだもん。

それに、これを知ったとき、ぼくらはスッゴくおどろいたんだ。でも、同じことにおどろけるのは一回きりでしょ?

璃乃ねえには、これからビックリする楽しみがまだのこってるじゃん。それと──」

 

彪瑠の顔に再び真摯な影がよぎる。

 

「──これはハッキリ教えてもらったことじゃないけど、()()()()()の間にはむかし何かあったみたいで、なんだか子どものぼくらには入っちゃいけないみたいな雰囲気があったんだ……。

今さらだけど、なんかぼく、璃乃ねえに調子にのってイロイロとしゃべりすぎちゃったみたいだな。あぶない、あぶない…。

だからね、この話は、これでおしまいにさせて! ゴメン!!」

「そんな! あなた約束を破る気?」

「そういういい方されると、ちょっとムネにチクッとくるけど……」

「なら、教えなさいよ!」

 

私は弟の座っている椅子をつかむと、思いっきりグルグルと回し始めた。

 

「わっ? ちょっと、姉ちゃん、やめてよ……!」

「ほーら、まーわれ回れェ~!」

 

私は椅子を回す速度を徐々にあげていった。

彪瑠は椅子の肘掛けを掴んで、必死に振り落とされないようにしている。

 

「わラった! ゆーハラ、とめヒェよォー!」

 

弟の様子がおかしくなってきた。

まだ回し始めたばかりなのに、この子ってこんなに脆弱だったかしら。

 

「おニェあい、ギブッ! こーしゃン!」

 

さすがに心配になった私は椅子から手を離した。

椅子はしばらく惰性で回転を続けていたが、やがてその速度は落ちていき、彪瑠が私の正面を向いた位置で、私が手を伸ばして完全に停止させた。

彪瑠は、まるで昔の漫画映画の中のキャラクターが目を回したときのように、変な動きをしながらぐったりしている。

 

「…許して、彪瑠。そんなに長い時間回してないはずだけど、ここまでダメージを与えてしまうなんて。

それにしても、あなたってこんなに酔いやすかったかしら?」

「イ、今ひゃラ、らい、いっレんロゥー?」

 

弟が、呂律のまわらない口調で『今更、何をいってるのか』と抗議してきた。目玉が痙攣して、視線が定まっていない。

そういえばこの子は、意外と乗り物酔いしやすい方だった。遊園地の絶叫マシンとかも断固乗ろうとしなかったっけ。

(尤も、その類のアトラクションの多くは、彪瑠は身長制限でもとより乗れなかったが)

自分の意志ですばしっこく動きまわることは得意でも、何かに乗せられたりして、予測できない動きに振り回されるのは苦手なのかも知れない。

 

「三半規管がデリケートなのかしら」

「さしゃヒしゃん?」

「“佐々木さん”じゃなくて“三半規管”。平衡感覚をつかさどる部位。

でも、本当にごめんなさい。知らなかったとはいえ、やり過ぎてしまったわ」

「んニャ…」

「でも、その…こんなことをしてしまってから云うのも気が引けることだけど、今度、この姉さまにも紹介しなさいよ。その摩耶さんっていう、あなたの友だちをね」

 

彪瑠は、一瞬キョトンとした顔を此方に向けたが、

 

「ふァい…」

 

すぐに柔和な笑顔になって頷いてくれた。

 

 

そのときだった。

 

ガシャーンッ!

 

何処からか、 硝子(ガラス) の割れる音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

《つづく》

 

 

 

 





曖昧な描写の為、誤解をされる方もいらっしゃるかも知れないので念の為に付け加えておくと、この作中では、高坂夫妻以外の原作小説のキャラ同士のカップリングを出す予定はありません。

また、瑠璃さん以外の原作小説の女性キャラの、恋愛や結婚等に関する描写も出す予定はありません。



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