俺“達”の家族がこんなに可愛いわけがない   作:武太珸瓏

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その伍《雨あがる》

 

 

昔からよく云われている。

 

『案ずるよりも産むが易し』

 

──と。

 

 

最初こそ、久しぶりに姉妹弟(きょうだい)全員で入浴することは、変に意識してしまって照れくさかったのだが、ふと気づけば、いつの間にか私たちは、少し前までのように自然に一緒の空間を過ごしていた。

不思議なものだ。

 

二人に抱きついたときには、彪瑠に暴れられて周りにシャワーの水が飛び散り、祖母には『洗濯物が増えたわ』と呆れられてしまった。

祖父には『もっと素直になりなさい!』と叱られ、悠璃には散々からかわれてしまった。

 

どうも、今日の姉は何かがおかしい。

私も人のことを云えないけど。

 

 

三人一緒に入るには、我が家の浴槽は少々狭いものになっていた。

だから、湯船に浸かるのは二人ずつにして、残りの一人は浴槽の外で身体を洗ったりすることになった。

今は、彪瑠が身体を洗う番だ。

 

 

「ねえ、タケ」

 

私の隣でお湯に浸かっていた姉、悠璃が、浴槽の縁に腕と顎を乗せながら、目の前で身体を洗っている最中の弟、彪瑠に呼びかけた。

 

「ん、なーに、お姉ちゃん」

 

彪瑠が、鏡を見ながら姉に返事をする。

 

「今ふと、思ったんだけどさー」

「なにを?」

「あんたの“それ”って、ギリシア文字の小文字のβ(ベータ)に似てるよね?」

「はああっ!?」

 

彪瑠は慌ててタオルで前を隠した。

姉のとんでもない発言に動揺したのは私も同じだ。

だから、思わず恥ずかしいことを口走ってしまった。

 

「ななな何てことを云うの姉さま?

おかげで、今後ギリシア文字の“β”を見る度に、彪瑠の“それ”を思い出すようになってしまったじゃないの?」

「璃乃ねえまで変なこといわないでよ!」

 

まずい。

また彼に新たなトラウマを植え付けてしまったか?

 

先程述べた『少し前までのように自然に』の部分を訂正させて頂きたい。

若干、前よりも騒々しくなっているかも知れない。

 

そもそも、悠璃ってこんな人だったかしら?

私の知る姉とは、まるで別人だ。

確かに元々“(ネガ)”というよりは“(ポジ)”の人ではあったけれど、ここまで躁狂な言動をする姉ではなかったはずだ。

やはり、今日の悠璃(ねえさま)はおかしい。

 

 

「あれ? ねえ、タケ」

「え、今度は何?」

 

頭を洗っている最中だった弟が、再び自分を呼ぶ姉に警戒の色を見せる。その返事にも、あからさまな(とげ)がある。

さいぜんのことがあるから、当然の反応だろう。

 

「いや、今度はさっきみたいな変な話じゃないから。

タケ、今の頭の状態のままで、ちょっとそこで待ってて。

璃乃ちゃん、ちょっと私と一緒にタケの隣まで行こ、ね?」

 

悠璃はそういうと、私を半ば強引に浴槽から引きずり出し、彪瑠の横に並ばせた。

そして、

 

「ちょっと頭借りるね」

 

と言うなり、シャンプーをつけた手で私の頭をこねくり回した。

う…少しくすぐったい。

 

「ん~、こんなもんかな?」

 

そして一人で何かに満足すると、今度は鏡を見ながら、自分の髪を(いじ)くっている。

 

「璃乃ねえ、悠璃お姉ちゃんは、なにをする気なんだろ?」

「しらないわよ、そんなこと」

 

私たちがワケも分からずにいるうちに、悠璃の方も仕上がったようだ。

 

「よし、完成!

じゃあ、璃乃ちゃん、タケ、一緒にこっちへ来て三人で並んでみよ!」

 

「悠璃お姉ちゃん、いったい、なにがはじまるっていうの?」

「いいから、いいから」

 

彪瑠の当然の疑問を適当にあしらいながら、悠璃は少し曇りかけていた鏡をスポンジで(ぬぐ)った。

 

「わあ…」

「へえ…」

「ほらね、やっぱり!」

 

鏡の中には、そっくりな容姿の子供が三人並んでいた。

双子である悠璃と私は勿論のこと、彪瑠までもが私たち姉妹とよく似た容貌になっていて、まるで三つ子のようだ。

彪瑠だけミニサイズなのはご愛嬌だが。

 

「ねっ、そっくりでしょう?

彪瑠はどちらかというと、おとーさんに似ているってよく言われるけど、おかーさんの面影だってけっこうあるから、こうしてちょっと手を加えてみると、おかーさん似の私たち姉妹とそっくりになるんだねー」

 

「本当、驚き…」

 

私は改めて、自分たちが“きょうだい”なのだと実感させられた。

 

そして、そのときふと、私はある 遊戯(あそび)を思いついた。

もうせん、私たち姉妹が今よりもっと幼かった頃に周りの大人たちに仕掛けた覚えがある、(ささ)やかな悪戯(いたずら)だ。

今、急にそれをやってみたくなったのは、こうして久々に姉妹弟(きょうだい)(たわむ)れたことで、幼少期の感覚が呼び覚まされたこともあるのかも知れないが、同時に私の中には、別な思惑(おもわく)も生まれていた。

この機会に、試してみたいことが出来たのだ。

 

私は姉に向かってアイコンタクトを送ってみた。

この、姉妹間で交わす合図(サイン)に、私は不思議な懐かしさを感じた。

それを受けた悠璃(あね)は、私の思惑(しわく)まで読みとれたのかどうかは判らないが、何か企んでいることには気づいてくれたようで、ニッコリ笑ってイエスの反応を返してくれた。

 

私はそれを確認すると、

 

「タッくん、流すわよ」

 

一応断ってから、シャワーで弟の身体に着いていた泡を洗い流した。

 

「わっ! いきなり何するの?」

 

弟は目をショボショボさせている。

 

「タッくん、競争しましょう?」

「何を?」

「どれだけ息を止めていられるか」

「ふうん?」

 

弟は急な提案について来れずに、目をパチクリさせている。

 

「ねえタケ、別にギリギリ限界まで我慢することはないんだよ。

前に学校の旅行のとき、無理して鼻血出しちゃった子がいたんだから。

下手すると命に関わるからね。

でも、あんたなら三十秒くらいは出来るよね~?」

 

彪瑠は、(にわ)かに二人の姉が調子を合わせてきたことに明らかな当惑の色を見せつつも、

 

「まあ、前にプールで一分以上はできたから、だいじょうぶだと思うよ」

 

と応えてくれた。

 

「よしっ、じゃあ、早速タケから始めよう!」

「え? いきなりぼくから?」

「そうだよ、三十秒我慢できれば合格だからね。それ以上は無理しなくて良いから」

「わかった、やるよ!」

 

彪瑠はそう応えて、浴槽の中へ身体を沈めた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

ぼくは、お湯の中で秒数をはかりながら考えていた。

今日はいろんなことがあった。

 

お父さんとお母さんは、昔からの友だちの集まりに行って、この家にはいなかったけど、そのかわり璃乃ねえとは、珍しくたくさんしゃべったな…。

璃乃ねえは、なんだか妙にぼくのことをかまってくるから、ちょっとニガテなんだけど、今日のおしゃべりは、けっこう楽しかったかもしれない。

いつもはちょっとコワいおじいちゃんの、カワイイとこを見られたのもおもしろかった。

おばあちゃんに連行されてくとこは、動画にとっときゃよかった。

 

カミナリがなったり嵐がきたりして少しコワかったけど、悠璃お姉ちゃんが無事に帰ってきたときはスゴくホッとした。

お風呂からあがるころには、お父さんたちもかえってきてるのかな?

何年たっても集まれる友だちがいるって、いいな。

ぼくも、 (うしお)くんやマヤちゃんと、そんなふうになれるのかな。

 

それにしても二人とも、急にこんなことさせて、どういうつもりだろう?

 

また、何かヘンな遊びでも思いついたんだろうか?

 

……って、そろそろ息が苦しくなってきたな……。

 

そろそろ出よう。

 

お姉ちゃんたちも、ムリしなくていいって、いってたんだし……。

 

よし……。

 

 

 

 

 

「ぷはあっ!」

 

お湯から顔を出して、バスタブの横についてる電話の時計を見た。

 

(また、一分ちょっとか……)

 

やっぱりこれが、ぼくのムリしない平均タイム。

べつに、のばそうとは思っていない。

 

まわりを見ても、だれもいない。

ま、予想していたことだけどね。

 

さて、さっきは中断させられたけれど、今度こそ、きちんとカラダをキレイにあらわなくちゃ。

 

たぶん今ごろお姉ちゃんたちは、さっき思いついたっぽい遊びのしかけでもしているんだろう。

二人で楽しそうにもりあがっているんだろうな。

 

それにしても、さっき璃乃ねえにも言ったみたいに、ぼくが家族みんなのことが大切なのはホントだけど、もうすこし、“ぼく(・・)ぼく(・・)”だってことを、わかってくれないかなあ。

 

このあともまた、ヘンなことに つき合わされんのかな~?

もしバレバレなイタズラだったら、あんまり長くつき合うとつかれるから、ちゃちゃっと終わらせてほしい。

 

みんなは、日記にかくことがないって困ってるけど、日記にかくことがありすぎるのも、けっこう困るんだよね。

ゼータクかもしれないけど。

 

うーん、やれやれ……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

さっきまでザーザー滝みたいに降っていたのが嘘みたいに、今は真っ赤な夕焼け空だ。

その赤い光が窓から差し込んでくるから、家の中も赤い。

 

 

夕焼け空は、あかい。

家の中もまた、あかい。

 

 

うーん、やっぱりパクリは良くないな。

全然うまくないし。

もとはマジメなお話だったし。

私、ワンワン泣いたお話だったし。

うーん…ゴメンナサイ。

 

そんな夕日を照明がわりにして、私は手鏡で自分のルックスを最終チェックした。

ついさっきも、この私たちの部屋でお互いをチェックし合ったから大丈夫だと思うけど、念には念を入れて、ね。

 

うん、大丈夫そうだ。

(ごしら)えにしては、我ながら上手にイメージチェンジできてるはずだ、うん。

 

私は、左隣にいる私そっくりの女の子に、その手鏡を渡した。

右手で鏡を受け取った我が相方は、同じように自分の容姿をチェックして、満足そうにうなずいていた。

 

そのとき私は、ほんの少しだけ、何だか不思議な気分になっていた。

その気持ちが何なのかは分からない。

それに今は、そんなボンヤリしたことについて考えている余裕もない。

私は、この変な感覚を振り払った。

 

私たちは部屋を出て、そのままいつもの習慣でダイニングキッチンへと向かった。

キッチンの方からは良い香りが漂ってくる。

ということは、もうほとんど晩ご飯はできあがっているのかな?

つまり、今夜の晩ご飯はいつもよりも少し早い、ということか。

私、もうお腹ペコペコだから、ちょうどいいかも。

 

キッチンへ向かう途中、すでにダイニングテーブルに待機していたおじーちゃんがこっちを向いた。

おじーちゃんは、なぜか不思議そうな顔をして、私たちを交互に見比べている。

私たちは軽くおじぎして、そそくさとその場を通りすぎた。

 

キッチンへ入ると、私たちの気配を察したのか、おばーちゃんがこっちを振り返った。

 

「あら、あなたたち、もうあがったの?」

 

おばーちゃんはそう言ってから、今のおじーちゃんと同じような顔をして、私たちを見比べてながら聞いてきた。

 

「……えっと…二人とも、少し髪形変えた?」

「え、ええ…少し“イメチェン”しようと思いまして……」

 

私がそう答えると、

 

「“イメチェン”なんて言葉、今も使われてるのかしらね」

 

といって、クスクスと笑った。

そんなおばーちゃんに、私の相方がきいた。

 

「そ、それよりも、おばーちゃん、今日の夕飯、いつもよりも早いみたいだね?」

「そうよ。さっき京介から、

『今日の嵐のせいで電車とかバスのダイヤが乱れてて、とてもいつもの時間には間に合いそうもないんだ。だから、このまま今一緒にいる友だちと夕食も一緒にとるから』

って連絡があって、それを聞いたおじいちゃんが私に、

『それなら今晩は、早めに夕食をとらせてもらえないか? 急に勝手なことを言ってすまんが、今日はいろいろあって少し疲れたからな』

なんて言うものだから、こんな時間にもう作っているんだけれどもね。

事後承諾になっちゃうけど、あなたたちは、それで大丈夫かしら?」

 

おばーちゃんは、とても上手な物まねを交えながら事情を説明してくれた。

ダイニングの方から、『ウォッホンッ』て感じの、おじーちゃんの少しわざとらしい咳払いが聞こえてきた。

私たちは、おばーちゃんからの願ってもない話に、言葉遣いに注意しながら答えた。

 

「う、うん…だ、ダイジョウブだよ!」

「え、ええ。むしろ今日はもうお腹ペコ………と、とてもお腹が空いているので、むしろ大歓迎です…わ?」

「は…う、うん。タッ…タケも、きっと、それで良いって言うと思う…よ?」

 

おばーちゃんは、そんな私たちの様子を見て、なぜかまたクスクスと笑った。

 

「そ、それはともかく、お、お祖母さま、何か私たちに手伝えることはありますか?」

 

「そうねえ、今晩の夕食は簡単なものにしたから、実はもうほとんど出来上がっているの。

だから、盛りつけと、運ぶのだけ手伝ってもらえる?」

 

「はい!」

「わかりました」

 

 

 

こうして私たちは、おじーちゃんのいるテーブルへ、盛りつけた料理を運んでいった。

 

おじーちゃんは、はじめの頃は私たちを交互に見比べて、何か言いたそうな顔をしていたけど、やがて、おばーちゃんが自分の近くに来たときに、目でおばーちゃんに何かをきいていた。

そして、おばーちゃんがおじーちゃんに何か耳打ちすると、突然おじーちゃんの様子が変わった。肩を揺らしながら笑いをこらえだした。

ほんとは大笑いしたいのを、必死にがんばってこらえているみたいだった。

なんか、おじーちゃんらしくない。

 

いったい、二人ともどうしたんだろう?

 

そんなところへ、いつもより長湯していたらしい彪瑠が入ってきた。

 

彪瑠は、私たち姉妹を見たとたん、なぜか目をまんまるに見開いた。

そして、次におじーちゃんとおばーちゃんの方を向いて、ほんの短い間、三人で目で会話してたみたいだった。

なんか、さっきの私たち姉妹みたいだな。

 

そのあとの彪瑠は、おじーちゃんやおばーちゃんと違って、一気になんだか呆れた顔になって、いつもの自分の席に座ったっきり黙り込んでしまった。

 

おじーちゃんとおばーちゃんは、なんだかニヤニヤしている。

 

本当にいったい、どうしたんだろう?

 

 

 

 

 

《つづく》

 

 

 

 

 

 

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