俺“達”の家族がこんなに可愛いわけがない   作:武太珸瓏

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珠希と瑠璃の姉妹の会話がメインです。

2016/3/7:
一部の言い回しを微妙に書き直しました。言葉の意味や内容は変えていません。





高坂家、新しいアルバム : Part 2
 2枚目の写真


 

 

「ふうっ……」

「姉さま、いいから早くソファで休んで下さい。

あと、お茶碗とお盆を落っことしてしまってすみません。

これも私が片付けますから……」

「ごめんね珠希、そうさせてもらうわ。

実を言うと、あの人の言ったとおりもうクタクタだったの……」

 

姉さまは荒い息で何とかそう言うと、若干フラフラとした足取りでソファーまでたどり着き、ドサッと倒れ込むように身体を沈めました。

 

私は、着物の乱れを直してから、お盆を落としてしまった床に目を移しました。

どうやらお盆もお茶碗も急須も割れてはいないようです。

けれど、お茶碗の底に残っていたお湯が床に少しこぼれて、更に急須に入っていたお茶っ葉が飛び散っています。

 

こういうのを不幸中の幸いと言って良いのかどうか分からないけれど、被害の範囲はフローリングに留まっていて、絨毯の方へは及んでいないようです。

もしかしたら床が少し傷ついたかも知れないけど……それは黙っておきましょう…。

 

さて、これを片づけなければならないんだけど、昔からちょこちょこ遊びに来ていたとはいえ、所詮は客人の私。

何がどこにあるのか、よく分からない。

 

「……あの、ね、姉さま? すみませんが、掃除用具はどこでしょう?」

 

すると、部屋の奥の方から、悠璃の元気な声が聞こえてきた。

 

「珠希お姉ちゃん、それ、私がやっとくよ!」

 

悠璃にとって私は叔母に当たるのだけど、彼女は私のことを「お姉ちゃん」と呼んでくれる。

 

それはともかく……

 

「え? でも、落としたのは私だし……」

「いいよいいよ、お姉ちゃんはお客さんなんだし、それに今のはお姉ちゃんは悪くないもん。

全部、彪瑠のせいだもん」

「だけど……」

「珠希、ここは悠璃に任せてみたら?」

 

瑠璃姉さまが話に入ってきた。

因みに息づかいの方は、大分落ちついてきているようだ。

 

「え? でも…いいんですか?」

「いいのよ。子どもたちには、今のうちから、いろいろと出来るようになってもらいたいから。

もちろん、危ないことはまださせられないけど、見たところ、このくらいのことは悠璃でも出来るし、本人もやりたがっているのだから」

「…そうですか、瑠璃姉さまがそうおっしゃるなら、頼んでみようかな?

じゃあ悠璃ちゃん、ここのお片付け、やってもらえる?」

「はい!」

 

悠璃は元気に返事をすると、テテテ…と、リビングを出て行きました。

 

「…叔母さま?」

 

今度は璃乃が話しかけてきた。

 

「珠希叔母さま、私にも何か使命をお与えくださいますか?」

「ええと……」

「璃乃」

「……何でしょう? 母さま」

「お母さん、とても喉が乾いてしまったわ。

珠希叔母さんの分も一緒に、お茶を淹れてきてもらえるかしら?」

「……わかりました、母さま…」

 

璃乃は母親に静かに返事をしてリビングを出て行きました。

双子なのに、璃乃は悠璃に比べて何故か陰があるような気がする。

姉さまに対しても、どこか素直でないような……。

 

姪が二人とも出て行ったので、今、リビングには私たち姉妹だけです。

 

「……姉さま」

「ん? 何かしら珠希」

「璃乃ちゃんは今、もしかして反抗期なのでしょうか?」

「…さあ……? もしそうだとしたら、一体誰の影響かしらね?」

 

姉さまは、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見てきました。

 

「!……それは、その……ゴメンナサイ!」

「ふふ、冗談よ。別に珠希が謝ることはないわ。

それよりも、こっちへ来てここに一緒に座ったら? 久しぶりに二人だけでお話ししたいから」

「……はい…」

 

私は、姉さまの隣に座りました。

 

「久しぶりね、こうして並んで座るのは」

「そう…かも知れませんね」

「……」

 

瑠璃姉さまは、それっきり黙ってしまいました。

ついさっきまで全力で走りつづけていたので、まだ息が少し苦しいのかも知れません。

このまま二人で黙っていても、瑠璃姉さまとなら私は気まずくはならないのですが、さっきの衝突事件のときに少し気になることがあったので、思い切って話しかけてみました。

 

「…姉さま」

「ん? なあに、珠希?」

「…あの、こんなこと、私が姉さまに訊いて良いのか分からないのですが、でも、ちょっと気になるので……」

「? …何かしら?」

「さっき、京介義兄さまとぶつかったときなんですけど……」

「ええ」

「あのとき、その…私、無様に倒れてしまったので、着物が乱れてしまったのですが……」

「それはまあ、いつもその格好していたら当然の帰結ね」

「でも、あのとき義兄さまは、私のそんなはしたない姿は全く目に入らない様子で、ただ私を気遣ってくれました」

「ええ、そうね。それがどうかしたの?」

「私、男の人については、まだそんなに分かっているとは思わないけど、でも、男性は女性のああいう姿を見ると、多少なりとも気になるものではないのでしょうか?

それとも、私って、女性として魅力がないのでしょうか……?

ご免なさい、こんなことを訊いてしまって……」

「ふふ、珠希……」

 

姉さまは、私が小さい頃のように、私の頭を優しく撫でながらおっしゃいました。

 

「大丈夫よ、珠希。あなたはとても魅力的な女性よ。私が保証するわ」

 

私はそれを聞いて、顔が火照ってゆくのを感じました。

 

「あの人にとってあなたは、もう自分の身内なの。その大切な身内のあなたの身体が心配で、それ以外のことまで気が廻らなかっただけ。それだけのことよ」

「……何だか、姉さまも変わりましたね。昔だったらああいう場面になると、勝手に誤解してヤキモチを焼き出すか、そうでなければ、

『ふっ、この雄の魂は既に私の所有物。貴女ごとき小娘に惑わされたりはしないわ』

とか言って余裕ぶったところなのに」

 

瑠璃姉さまは、綺麗な手を口元にあてて、コロコロとお笑いになった。

何というか、とてもお似合いな仕草でした。

 

「クスッ、もう三人も子供つくっておいて、今更そんな恥ずかしいことはしないわよ」

「義兄さまのことを信頼なさっているのですね?」

「あら? これでも私、あの人が外で浮気でもするんじゃないかと、いつも気が気でないわ」

「義兄さまは、そんな人ではありません」

「ええ、あの人の方からそんなことはしないと信じている。

でも、たとえ行為に及ばなくても、誰か別な女に少しでも心が浮ついたことがあるんじゃないかと思うと落ち着かない気持ちになるし、それ以上に、何処かで誰か私の知らない女が、あの人に異性として好意を寄せるようなことを想像するだけでも、はらわたが煮えくり返ってくるわ。

ああいう人だから、そういった可能性は大いにあり得るでしょう?」

「そうですね、あの“にいさま”ですものね」

「そうよ、あの“兄さん”だもの」

 

私たちはそこで、まるで申し合わせたようなタイミングで笑いあいました。

そこへ、璃乃がお盆に二杯のお茶碗と、急須をのせて戻ってきました。

 

「ありがとう、璃乃。

お部屋に戻っていていいわ」

「はい、母さま」

 

璃乃は、行儀良くお辞儀して、リビングを出て行きました。

入れ替わりに悠璃が来て、テキパキと床の掃除を始めました。

 

天井からは、騒々しい物音が聞こえてきます。

どうやら、戦場は二階に移ったようです。

 

「そういえば姉さま、今日のタッくんはどうして暴れだしたのですか?」

「それがねえ…今朝、庭遊びから戻ってきた彪瑠が汗になっていたから、シャワーを浴びさせようと思って服を脱がせている最中に、突然逃げ出したのよ」

「あ~」

「何故かしら?」

「きっと、恥ずかしかったのですよ」

「あの子、まだそんな歳じゃないわ」

「でも、あの子けっこう、おマセなところがありますよ」

「…それもそうね。

でも、そうかと思うと、急に甘えん坊になることもあるのよ。

私とか、京介とか、悠璃に……」

「璃乃ちゃんには甘えないのですか?」

「あの子、何故か璃乃のことは少し苦手みたい」

「…そ、そうですか……」

 

私、何となく罪悪感を覚えるのは何故でしょう……?

 

「甘えたいときには寄ってくるくせに、いざ可愛がろうとすれば逃げ出す……。

自由気まま、まるで猫みたいよ」

「…“黒猫”の子だけに…」

「や、やめて頂戴、その呼び名……古傷が痛むわ……」

「…じ、実は私もです……」

 

 

「ねえ、お母さんも“黒猫”だったの?」

 

大人しく床のお掃除をしていた悠璃が、突然話に割り込んできたので、私たちは思わずあたふたしてしまいました。

 

「…き、聞いていたの、悠璃?」

「そりゃあ、聞こえてくるもの。

でも、へ~え、そうだったんだぁ♪

日向叔母さんの言ってたことは本当だったんだね?」

「あの子ったら余計なことを……」

「それよりも、ね、ね、もっと今の話聞かせて! お母さんも、少し前までの珠希お姉ちゃんみたいに、イタいことやってたの?」

「だ、黙りなさい悠璃! そんなことよりも、掃除は終わったの?」

「うん、今ちょうど」

 

(早っ?)

 

「なら、部屋に戻って璃乃と大人しくしていなさい!」

「ぶ~……」

「返事は?」

「は~い」

「…あ、ありがとうね、悠璃ちゃん」

「どういたしまして、珠希お姉ちゃん」

 

悠璃は、元気に返事をすると、慣れた手つきで掃除用具を持って出て行きました。

 

「…ところで珠希、あなた今、好きな人とかいるの?」

「なッ!? ゲホッ、ケホッ……」

「だ、大丈夫? 珠希!」

 

咳き込んだ私に、姉さまが慌てて手拭いを渡してくれた。

 

「一体どうしたの? 珠希。急に咽せりだして…」

「……ね、姉さまが急に変なことを訊くからですよ!」

「…ご免なさいね。でも、日向もあの通りだし、いい加減、心配になってくるのよ」

「それは姉さまたちが、まるで絵に描いたように順風満帆に進み過ぎなんですよ!

運命の出逢い、相思相愛、両家公認、結婚、幸せな家庭を築く…まあ、その間にいろいろあったみたいなことは、日向お姉ちゃんから少し聞いてるけど、いろんな問題を乗り越えて、無事に初恋の人とゴールイン出来たんですから! 自分の身内に起こったことでなかったら、『それって何の“お話”?』って思ってしまいますよ 」

「……そうね、確かに

ここに至るまでには“いろいろ”あったわね…………」

「……姉さま?」

「…珠希」

「は、はい?」

「今あなたは、結婚のことを“ゴールイン”と言ったけど、それは違うわ。

結婚は“始まり”なのよ。

新しい旅への“スタートライン”

それも、二人だけでの楽しい旅(travel)などではなくて、周りの沢山の人々を巻き込んで、次から次へと迫り来る幾多の試練にどう打ち勝つかでお互いのことが試される長旅(trek)

結婚は、お互いが生きていく為の協力者(partner)と結ぶ“契約”なのよ、何よりも先ずは…ね」

 

姉さまは、かつて恋する乙女だった頃、よく“契約”という言葉を使っていたけど、今のその言葉には、そんな甘い響きはなかった。

 

「随分とドライな言い方をするのですね」

「珠希、あなたもすぐに分かるときが来るでしょうけど、よく“恋愛”という風に、恋と愛をまとめた言い方がされるけど、実際は、この二つは別なものなのよ。

それに、恋愛と結婚も別なもの。

結婚は、家族をつくる為の“契約”。

家族は“試練の長旅”を生き抜くためのパートナー。

“長旅”の中では、脱落していく人も大勢居るし、ただズルズルと続ける人々も数え切れないほど居る。

“何故、この人たちは一緒にいるんだろう?”

そんな疑問を抱かせる家族は、まだまだ人生経験の浅い私でさえ、たくさん見てきたわ。

結婚生活を鳥籠に例える人もいるし、お互いを“空気のような存在”だと嘆く人もいる。

でもね珠希、たとえただズルズル続けるのだとしても、お互いを生かしあっているのならば、それはそれでもいいのではないかしら。

一人では越えられない山にぶつかったときも、誰かと一緒なら越えられるかも知れない。

“空気のような存在”というのは、決して蔑みの言葉ではないと、私は思うの。

だって、空気がなければ生きていけないもの。

生きていくのに必要なものだからこそ、感謝して、大切にすべき。

私はそう考えているわ……」

 

正直、今の私にはまだよく解らないというか、納得しづらいこともあった。

恋愛譚を“ロマンス”というからには、やっぱり恋とか愛にはロマンチックなものを求めていたいから。

まだまだ“恋愛”に夢を見たいお年頃なのです。

けれども一方では、心の何処かにズシンとくるものもあった。

それは、私が本当の意味で大人になることの兆しなのでしょうか?

 

でも──

 

「……でも、姉さまが得たものは…今の姉さまを囲繞(いじょう)しているものは…そして、それに向けて姉さまの抱いている想いは、実はそれだけのものじゃないんでしょう?」

「……ええ、確かにそうね…」

 

姉さまは、ニッコリと微笑んだ。

そして、一旦私から目を離して、遠いものを見るような眼になって、幾分か独り言のように呟いた。

 

「…平穏こそ幸せ…か……」

「え?」

 

何となく、私の知っている瑠璃姉さまと違う様子だったので、私は思わず訊き返しました。

姉さまは、再び私に眼を戻し、とても穏やかな口調で、

 

「昔から、あの人がよく言っていた言葉よ。

あの人は、私と出会った頃はそれを求めていた。

まるで信条のように。

同じ頃の私は、場合によっては多少のデカダンスに身を墜としてでも、自分の望みを叶えるべきだと考えていたわ。

でも今思えば、あの頃の私は、かなり強がっていたのかも知れない。

もちろん、努力することは大事だわ。それは今でもそう。

でもあの頃の私を顧みると、怖いぐらいに無理や無茶をしていたわ。まるで自分自身をぎゅうぎゅうと限界以上に締めつけるかのように。

きっと、あのままでいたら、いつか壊れていたでしょうね……」

「……私にとっての瑠璃姉さまは、いつも優しくて、家族のことを想って、毎日の家事とか、私たち妹のお世話とかに勤しんでいる良い姉さまでした。

今でもそう思います…」

「……そう…、結局、私もあの人も──京介も、本当は同じものを求めていたのかも知れないわね。

私は、京介や桐乃や沙織たちと出会うことで変わることが出来た。

出会った当初はもう波瀾万丈で、どこか少しでも歯車がズレていたら、一体どうなっていたのか分からないくらい危なっかしい時期だったし、若気の至りで莫迦もしたけれど、みんな何とか乗り切って、いろんなことが実を結んで、今は、お互いが本当に求めていた理想に至ることが出来たと思う。

私は、本当に恵まれているわ。

それこそ、いろいろなことや、いろいろな人たちにいくら感謝してもし尽くせない程に……。

…珠希、もちろん、あなたにもね。

私を──私たちを支えてくれて、本当にありがとうね……」

 

そう言って姉さまは、私に優しく微笑みかけてくれました。

それは、とっても素敵な、最高の笑顔でした。

 

「……私だって、姉さまには小さい頃からずっと、凄くスッゴく感謝してます。

いつもありがとうね、瑠璃姉さま……」

「……そう、これからも宜しくね、珠希……」

「はい♡ こちらこそ!」

 

姉さまは、さっきみたいに私の頭を温かい手で撫でてくれました。

きっと私の顔は、小さな子供のようにフニャッと緩んでいたことでしょう──

 

「……ところで珠希、好きな人はいるの?」

「え~? また、その話に戻るのですか!?」

「当然でしょう? うまく話が逸れたと思ったら大間違いよ!」

 

その時──

 

ドンガラガッシャ~ン!!

「うぉぉォ!?」

 

二階から凄い騒音と、悲鳴が聞こえてきた。

さすがの姉さまも驚いたようで、

 

「ちょっと見てくるわ!」

 

と、リビングを出て行った。

私がホッと胸を撫でおろしたのは、内緒の話です……。

 

 

 

《つづく》

 

 

 

 

 

 

 

 

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