少々、シリアスな話です。
すみません、瑠璃さん ほとんど出ません。
作品の出来も相変わらずです……。
2016/3/7:一部誤字修正、文修正。
作品内容の変更はありません。
In the Twilight~宵闇迫れば
《 Prologue 》
俺の息子、高坂
去年、俺がアイツに買ってやった物だ。
ある理由から、わざと小さめの物を買ったので、もう既にアイツの頭は入らなくなっている。
いつかの大掃除のときに妻の
「彪瑠、この汚い帽子、もうあなたには被れないから、捨てても良いわよね?」
と言ったら、我が息子は猛然とした勢いで、
「絶対にダメだよ! これはぼくの大切なものなんだから!」
と、アイツらしくなく怒鳴っていた。
帽子をあげた本人の俺が、その場を何とかおさめたけれども、幼児期の頃はともかく、最近はめったに親に刃向かわなくなっていた息子の久々の反抗に、瑠璃のヤツ、
「た、彪瑠がまた反抗期に……?」
と、まるで関東と房総半島が転覆してしまったかのような顔をしていた。
「あれは、そんなんじゃないんだ」と、彼女を
“親の心、子知らず” って言葉があるけど、親だって、自分の子供の心は、自分で思っている以上には分かっていないものだ。
特に、異性の子供となったら、尚更のことだ。
父親は、娘の考えていることが分からなくなることがあるし、母親は、息子のことが分からなくなることがある。
俺だって、
小学校も高学年になった最近は特にだ。
悠璃はまだ、素直に育ってくれているようだけど、このところの璃乃の考えていることはよく分からん…。
逆に言えば、娘達とは違って、彪瑠の考えていることは、少なくとも瑠璃よりは分かっているつもりだ。自惚れかも知れないけれど。
むしろ、彪瑠は親や姉たちに対して、あれだけ分かりやすいサインを送っているのに、妻も娘たちも、何で気がつかないんだ? と思うよ。
こういうのって、お互い様なのかな?
子供には、大人には分からない宝物がある。
例えば旅行先で拾った石ころだったり、初恋の人からもらった消しゴムだったり……。
彪瑠の帽子に纏わる経緯には、それを買ってやった俺も関わっている。
そして、帽子と同様にホコリをかぶって、部屋の隅に立て掛けてある一本の竹刀も、それに深く絡んでいる。
あれは、去年の夏休み前のことだった ──
《 Part 1》
「スマンッ!
「だから、いいって、高坂。
男の子同士なら、ケンカぐらいするし、こんくらいの怪我だってするさ」
もうすぐ、ウチの子供たちが夏休みに入るという頃、俺は学生時代からの親友の家の玄関で、頭をさげていた。
俺の隣には息子の彪瑠が、友人の赤城の隣には、彼の息子がいる。
不思議な縁で、二人の息子は同じ小学校の同じクラスの同級生だ。
赤城の息子は、頭にたんこぶ、顔や体のあちこちには絆創膏が貼ってある。
その犯人はウチの息子だ。
今日、学校でケンカになり、体力的に優勢なウチの彪瑠が、ほとんど一方的に相手を痛めつけた恰好になってしまい、父親である俺が、こうして息子の不始末を謝りに来たというワケだ。
「けれど、ウチのガキがお前のとこの息子を傷つけたのは事実だし……」
「だから、もういいって。
そもそも、話を聞いてみると、悪いのはウチの子のようだしさ……」
「だけど、どんな事情だろうと暴力は……」
「しつこいぞ、高坂。
そんなことよりも、俺たちの息子が同級生になったのも何かの縁だ。
そのうち、久しぶりにまた一緒に呑もうぜ」
「そ、そうだな……」
幸い赤城は、俺の息子のしたことを許してくれて、しばらくこんな感じのやりとりをしてから、俺たち父子は赤城邸をあとにした。
去り際に、赤城の息子が、彪瑠に向かって、小声で「ゴメンね…」と言って、彪瑠はそれに頷いて応えていた。
* * *
宵闇迫る帰り道。
俺たち父子の影が前の地面に伸びる。
彪瑠は道に落ちていた小石を、自分の影の頭辺りを目指して蹴りながら、俯いてトボトボと歩いている。
俺はそんな息子に歩調を合わせつつ、説教をしていた。
「…さっきも言ったけど、喧嘩するにしても、もう少し手加減しろよ。
お前がビンタするのは、普通の子がグーで殴る三倍くらいの力はあるんだから……」
話すのは一方的に俺ばかりで、彪瑠はムスッと黙り込んだまま、何も応えてくれない。
俺たちの進む先まで転がっていた小石に追いつくと、息子は再び蹴る。先程から、その繰り返しだ。
こいつの表情を見て、反省しているらしいことは分かったから、俺もあまり叱ってばかりでは良くないと思ってやめた。
「お父さん、ボウシ買って」
ずっと無言だった彪瑠が、おもむろに口を開いた。
「どうした? 急に」
「……」
問い返すと、彪瑠は再び黙り込んでしまった。
ちょっと目が潤んでいる。
気まぐれに言い出したことではないようだ。
「……分かった。ならちょっくら街まで寄ってくか」
「……ありがとう」
彪瑠は、それまで自分につき合わせていた小石を、路傍の側溝へ向けて横に蹴った。
蓋のなかった側溝には水が溜まっていたらしく、ポチャンと音がした。
俺たちは、街の方へと進路を変えた。
* * *
「……バカにされるんだ」
彪瑠がボソッと呟いた。
「…この頭のこと、みんなにバカにされるんだ……」
「……ああ、聞いたよ」
「…… “トラ猫頭” だとか “黒猫” とかって…何度も…」
「……」
「それでも、ずっとガマンしてきたんだけど……さっき、お父さんが言ったみたいに、ぼくはキレたらやりすぎちゃうから……」
「…うん……」
「…でも、今日は許せなかったんだ。
『バケネコ、バケネコ…』
『お前はバケネコだ。猫又だ』
『バケネコの母ちゃんもバケネコだ』
『お前の姉ちゃんもバケネコだ』
ぼくだけをバカにするならガマンできるけど、お母さんやお姉ちゃんたちまでバカにするのは許せなかったんだ」
「…………」
「…でも、赤城くんをやっつけたのは、ぼくがいけなかった。
あの子は、ほかのみんなに合わせていただけだから……」
「……」
「そうしないと、あの子もいっしょにイジメられるから……」
「……」
家の中では元気一杯の我が子が、学校でそんな目にあっているとは知らなかった。
そして、そんな我が子の為に、してやれることが何も浮かんでこない自分が歯がゆかった。
“一姫二太郎” とは言うものの、俺の場合、 “二姫”も育てたってのに、親としてはまだまだ経験不足なのかもな……。
でも、“親” って、いつになったら一人前になれるんだ?
とりあえず、今の俺がしてやれることといったら、息子のささやかな願いをきいてやることくらいか。
こいつが “帽子” を欲しがる理由が、俺には分かっていた。
* * *
店に並ぶ中から帽子を選ぶとき、俺はあえて、彪瑠の頭の大きさにはギリギリのものを選んだ。
「…ちょっとキツイかも知れないんだけど……?」
と言う息子に俺は、
「いいから、このサイズにしような。
それから、これを買う前に、お父さんが今から言うことを約束しよう」
「…どんなこと?」
「まずは、学校での授業中には、帽子はかぶらないこと」
「はい」
「授業以外の時間も、もし先生に注意されたら、かぶるのをやめること」
「はい」
「それから、そのうちこれに頭が入らなくなったら、この帽子は卒業すること。
もし、夏の日差しが暑かったら、また新しいのを買ってやるからな」
「………はい、分かりました」
彪瑠は、最後の約束に俺が込めた意味を、理解してくれたようだ。
「よしっ、なら、今からこの帽子はお前のものだ。大事にしろよ!」
「はい! ありがとう、お父さん!」
元気に返事してくれた彪瑠は、店の鏡の前で、新しい帽子をいろいろとかぶりなおして、格好つけたりしていた。
俺はそれを見ながらも、まだ何かが足りないような気がしてならなかった。
《 To be continued 》
『アルバム編』で懲りたはずなのに、何故かまた書いてしまいました。
結果、また自分の首を絞めることに……。