俺“達”の家族がこんなに可愛いわけがない   作:武太珸瓏

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2015/10/30
後半部分、修正しました。
長ったらしくてすみません…。


2016/3/7:
いろいろ微調整しました。
ずっと気にしていた誤字脱字の修正がメインで、話はそのままです。

それにしても、この章、書いている最中に自分でも思いがけない方向へ転がっていって、正直かなり苦労しました。

出来ればそのうち全体的に書き直したいです。







帽子と竹刀と夏休み 《 Part 3 》
Family Talk ~夫婦と兄妹と義姉妹と


 

 

この日、高坂家のダイニングキッチンで夕食後に開かれた家族会議は、当の彪瑠本人が受け入れたことが決め手となって、俺の親父が言い出した『彪瑠を夏休みの初頭に一人で “期間限定の修行” に出す』という話がほぼ決定の方向で終わった。

我が息子、彪瑠の真摯な姿勢からは、この案に反対だった瑠璃と桐乃を、束の間とはいえ黙らせるくらいの力が発せられていた。

親父は「具体的なことは後々決めていこう」ということだけを告げると、

 

「彪瑠、今日はもう遅いから寝なさい」

 

と孫に促してから、お袋と共に食卓を離れた。

彪瑠は、幼いなりに申しわけなさそうな態度で、

 

「おやすみなさい…」

 

と俺たちに挨拶して、最近与えられた自分の部屋 ──昔、俺が使っていた部屋── に戻っていった。

瑠璃も桐乃も、表面上は普段通りに、

 

「お休みなさい」

「オヤスミ、タッくん」

 

と返して、彼を呼び止めようとはしなかった。

 

ウチの子供たちがみんな小学生になってから、それに合わせて大きくなった今のダイニングテーブルには、俺と瑠璃、桐乃の三人が残っていた。

別に、お互いに申し合わせていたわけではない。

俺たち三人の間で暗黙のうちに交わされた意志の伝達によって、ここを出ようとしなかったのだ。

 

今の俺の右隣の席は、さっきまでいた彪瑠がいなくなったため空席となっており、そこを挟んだ、俺から見てこのテーブルの右端の席に瑠璃が、そして彼女と直角に向かう位置に桐乃が座っている。

これは、今回の家族会議の当事者が彪瑠だったためによる少し変則的な席の配置だ。

普段、家族で食事をするときには、親父とお袋、俺と瑠璃の夫婦、そして子供たちはそれぞれ並んでテーブルの四辺に座り、桐乃がこの家に帰って来ているときには、今まで通り俺の隣に座ってもらうことが多い。

(俺たち夫婦が桐乃を挟むこともあるし、桐乃が子供たちと一緒に並ぶこともある)

 

しばらくは誰も、話そうとも動こうともしなかった。

やがて桐乃が立ち上がると、何を思ったのか、俺の左隣まで椅子を持ってきて、それを強引に割り込ませてきて座りやがった。

俺は、妹が何か口撃でもしてくるのかと身構えたが、我が妹はそのまま頬杖をついて、視線を中空に漂わせたまま黙っている。

すると瑠璃がおもむろに立ち上がり、

 

「二人とも何か飲む? ココアで良いかしら?」

 

と、意外と穏やかな声で訊いてきた。

 

「…お、おう」

 

俺は何とか応えたが、妹はムスッとして黙り込んでいる。

瑠璃は、そんな桐乃を見て何か自分なりに納得したような顔をしてからキッチンへと向かい、ほどなく食器の音と、カカオの良い香りがここまで漂ってきた。

 

相変わらず妹は俺と密着したまま黙っている。

はっきり言って、気まずい。

俺は、さりげなく椅子をずらして妹との間隔を空け、さっきまで親父がいた席をぼんやりと眺めていた。

だから、我が愛妻が湯気のたつカップをのせたお盆を持って戻って来たときには、正直ホッとしたものだった。

 

「はい」

 

瑠璃が渡してくれたカップを、俺たち兄妹が受け取る。

 

「ありがとな」

「……サンキュ…」

 

俺たちは、ココアを息で冷ましてから口をつけた。

熱すぎずぬるすぎず、甘すぎず苦すぎない、美味いココアが身体の中に流し込まれると、先程までの緊張感がいくらか和らいできた。

 

瑠璃は自分の分のココアを持ち、今度は俺のほぼ対面 ── さっきまでお袋が座っていた席に座した。

俺は、瑠璃と桐乃の義姉妹に、90度のベクトルで迫られるような格好になった。

何となく、学生時代の三者面談みたいな気分だ。

「瑠璃先生」とでも呼んでみたくなるが、もちろんそんな戯れが許される空気ではない。

 

そういえば、更にもっと昔、桐乃がまだ幼かった頃に、彼女がしでかしてしまった些細なことを、一緒に親に謝ってあげたときにも、こんな配置だったような気がする。

尤も、どちらにせよ今は関係ない話だが。

 

「ねえ…」

 

口火を切ったのは桐乃だった。

 

「…あんた、一体どういうつもり?」

 

ギロッと睨んできやがる。

 

「さっきも親父と話してただろ?

俺が言うとまるで親バカみたいに聞こえそうだけど、アイツは俺たちの子供にしては優良児すぎる」

「自分たちの子供をそんな風に言うなんてバッカみたい」

「だから今『自分でも親バカみたいだけど』って言ったろ?」

「まあね。それに、確かにあの子がいろいろ並外れている完璧超人みたいだってのは、みんな認めることだと思うし。

見た目だけなら、アンタらの子だなって思うけれども、それにしてはヤケに賢すぎるし、身体能力も将来オリンピックに出られるんじゃないかってぐらいだし、何よりも、アンタたちの子にしては可愛すぎる!

ず~と前から言いたかったことなんだけどさ、悠璃ちゃんにしても、璃乃ちゃんにしても、それにタッくんにしても、アンタらの子供がこんなに可愛いわけがない!」

「おい、桐乃! 話が脱線しかかってるぞ?」

「そうよ。あなたもいい歳なのだから自重なさい」

 

瑠璃も、まるで桐乃の実姉ような調子で窘める。姉というよりは、まるで母親のようだ。

まあ、実際三児の母親なのだけど。

 

「あ、ゴメン。アタシとしたことが…」

「……と、とにかくだ。お前も言ったように、あの歳の子供にしては人並み外れた能力を持ったアイツだけれど、成長するに連れて、徐々にアイツ自身でも、自分の持っている力を上手く制御出来なくなってきている。

それは、お前らも気づいているだろう?」

 

「まあね…。何だかしょっちゅう物を壊してるみたいだしネ」

「ええ、確かにそうね。幸いなことにあの子、性格的には真面目に育ってくれているから、この程度で済んでいるけれども」

 

「今、瑠璃も言ったけど、大事なのはそこなんだ。幸いアイツは良いヤツに育ってくれている。

けれど、ほかの子供でもそうだろうけど、今の彪瑠は非常にデリケートな時期なんだ。

今ここで何か間違えたら、将来取り返しがつかないことにならないとも限らない」

「昨日の、学校での喧嘩のことね?」

「そうだよ、瑠璃(かあさん)。アイツ、昔からよく髪のことでからかわれきたらしい」

「タッくんにそんなことするヤツは、アタシがぶっ飛ばす!」

「桐乃…お願いだから、話の腰を折らんでくれ…」

 

そんなことで問題が解決するのなら苦労はない。

瑠璃と桐乃、この二人を俺一人だけで同時に相手にするのは相変わらず大変だ。

まあ、これでも大昔に比べたら随分とマシ…というか和やかになってきているのだが…。

だから、たまに今みたいなやりとりがあると、昔に戻ったみたいで密かに懐かしく感じている。

 

「でもあの子、そんなこと母親の私にも相談しに来たことはなかったわ。何か悩んでいることには気づいていたけれども、話を訊こうとしても、あの子、家族の前では努めて明るく振る舞っていたみたいだから」

「瑠璃、俺も昨日アイツから人生相談されて初めて知ったのだけれど、彪瑠をいじめている奴らのうち、本当にアイツに悪意を持っているのは、ほんの一部らしい。

そいつらが幅を利かせて、みんなにアイツに嫌がらせをさせているようなんだ。

昨日俺が会った赤城の息子も、本当はウチの子に悪意は持っていなかったみたいだけど……」

「言うことをきかないと、今度は自分が標的になる…てわけね?」

「……そうだ」

 

「うっわ~、陰湿~っ! 気持ち悪い!」

「子供って意外と残酷なものよ。人間の本来の性格が剥き出しになっているのだから。

ましてや、学校という群れの中では、一旦そういったものが沸き出てきたら、いくらでも陰湿にも陰険にもなるものよ」

「ウ~、何だか腹たってきた!」

「同感ね…」

 

俺もだ。

桐乃との会話の中で瑠璃の言った “子供の残酷さ” についての話には、正直、反論したい気持ちもあった。

しかし、出来なかった。

俺の中には、高校に入りたての頃の瑠璃 ──“黒猫” の姿が蘇っていた。

 

「── 昨日のアイツは…」

 

俺は、話を戻すことにした。

 

「…自分のことをバカにされてケンカしたわけじゃないんだ」

 

「……どういうこと? 貴方」

 

瑠璃が首を傾げて訊いてきた。

俺は、話を戻すための話題の選択を誤ったような気がした。

もちろん、この二人のことを信じているが、俺は一応、念をおすことにした。

 

「…その前に、今から俺がお前らに話すことは、子供たちには ── 特に彪瑠には絶対に秘密にしておいて欲しい。

アイツは、このことはお前らには知られたくないだろうけど、俺はこの話は、瑠璃には知らせておきたいんだ」

 

二人は、一瞬だけ戸惑っていたようだったが、すぐに、

 

「…ええ、約束するわ」

「OK! アタシも誓う!」

 

── 秘密を守ることを約束してくれた。

 

俺は、しばし逡巡していたが、思い切って話し始めた。

彪瑠、ゴメンよ……。二人にはこれを知っておいてもらわないと話が進まないんだ……。

 

「…アイツは、自分だけがからかわれるだけなら、まだ我慢できるって言っていた。

昨日アイツがキレたのは、お前や、悠璃や璃乃のことまで悪く言われたからだそうだ」

 

「……」

 

二人とも、わずかに表情が動いたようだったが、無言で話の続きを促してきた。

 

「……正直、俺だって彪瑠と同じ気持ちだ。さすがに大の大人がよそのガキとマジで喧嘩するわけにはいかないけど、尻を叩くぐらいは、させてもらっても良いんじゃないか?

 

おっと、スマン。つい話が逸れちまったけれども、彪瑠のことだったな。

アイツは、そういうヤツなんだよ。自分のためのことは辛いことでも我慢できる。

だけど、家族のため ── 大切な人のためにだったら本気で怒るヤツなんだ。

けれどもその一方で、たとえ相手に非があったとしても、あとになってから、一時の感情で力を行使して傷つけちまったことを後悔して悩みまくるっていう、矛盾した性格をあわせ持ったとても不安定なヤツなんだ。

だから、だから……」

 

話しているうちに、俺は何故か急激に冷静さを失っていった。

胸の底から得体の知れない何かがマグマのように噴き出てきて、今まで経験したことのない興奮状態に陥っていった。

そして、自分が何を言いたいのか分からなくなってきて、次の言葉が出てこなくなってしまった。

 

そんな俺を見て、しばらく呆然としていた桐乃と瑠璃だったが、やがて、どちらからというでもなく顔を見合わせると、二人揃ってまるで何かに得心したような笑顔になった。

何だか、妙に息があっている。

 

一体どういうことだ?

喋っている俺自身でも、自分が何を言っているのか分からなくなっていたのに、お前ら、勝手に何に納得しているんだ?

 

ほどなく桐乃が、家族会議の直後とはまるで別人のような柔和な表情で、俺の顔を覗き込んできた。

 

「兄貴、さっき言ったこと訂正する。

タッくんは、兄貴に似ているのは見た目だけじゃない。

あの子は、間違いなく兄貴たちの子だよ」

「……へ? 急にどうしたんだ、桐乃? 今の俺の話から、どういう脈絡でそんな話になるんだ?」

「さあねえ? あとで、もうちょっと頭が冷えてから自分で考えたら?

そんなことよりもさ……」

 

妹は、何処となく微妙に悪戯っぽい顔で…

 

「……さんざん長々と喋ってくれていたけど、アンタ、あたしの質問にはまだ応えてくれていないよ。

もう一度訊くよ?

 

あんた、一体どういうつもり?

 

分からない? なら訊き方を変えようか?

 

あんた今、一体どんな気持ちなの?」

 

…先程と同じ質問を、先程とはまるで違う表情で訊いてきた。

 

「……どういうつもりって?……どんな気持ちって……?」

 

駄目だ! やっぱり言葉が出てこない。

心の中で、何かが引っかかっている。

それさえ取れれば、一気に何かが流れ出してきそうな気がするのだけれど……。

 

 

「……ああもう、焦れったいわね」

 

今度は瑠璃が痺れを切らした。

 

「桐乃の求めている答えは、別にそんなに苦悶しながら勿体ぶるようなことでもないのに…。

それほど、あなたの意識の底に潜むトラウマの影響力は強大なのかしら?」

 

そして、まるで子供をあやすような穏やかな口調で続けた。

 

「…なんなら、ヒントを差し上げましょうか、()()()()?」

「……ヒントって、お前には俺の考えていることが分かるのか? 俺自身が分からなくなっているのに?」

「分かりますよ。私も()()()、貴方に()()()()気持ちにさいなまれていたのだし、今は、貴方と()()()()気持ちでいるのだから。ね、“兄さん”?」

「あ……!」

 

一瞬で全部わかった。

詰まっていたものが取れて、一気に流れ出して、嘘のようにスッキリした。

 

何だよ。

そんなことかよ。

そんな簡単なことに悶えていたのか。

 

これって、ついさっき、“思い出した気”になっていたことじゃないか?

 

何故、忘れていたのだろう?

 

それにしても、これは恥ずかしすぎる。

 

もっと早くに口に出していたら、ここまでの羞恥心には襲われなかっただろうに、これだけ勿体ぶらせて今さら言えない。

 

“たったの二週間だけでも、家族と離れるのが寂しい”

 

── なんて。

 

バカか?

子供か?

 

「……全く。

ついさっきまで、私の中を痛切な感情が支配していたのに、貴方の悶える姿を観ていたら、一気に醒めてしまったみたいよ、おかげさまでね」

 

瑠璃の言葉の通り、先程の家族会議の最中に漂わせていた重い気配は、今の彼女からは随分と消え去っていて笑顔さえ浮かべている。

 

まあ、俺の犠牲が無駄にならなくて良かったですよ……。

一方、桐乃は…

 

「それでもあたしは、やっぱりちょっと寂しいかな? タッくんが二週間くらいで帰って来るとしても、タイミング悪くて、今度はあたしがその頃また仕事でこの実家を離れちゃうから、その分、この家に家族全員が揃う場に居合わす時間が減っちゃうし……」

「桐乃、その気持ちはとてもよく分かるけれどもね、今回、京介のトラウマのスイッチを入れたのは自分だという自覚はある?」

「う…」

 

瑠璃の指摘に妹が固まった。

 

…そうだよ。

家族会議の直後までは、俺は割と冷静に親父の話には納得していたはずだった。

 

そして、自分の祖父の話からその意図を汲み取り、自ら新しい世界へ向かおうと決めた息子の意志を、俺は親としてしっかり受け入れていたはずだった。

 

けれどもそれは、実は俺の中では微妙なバランスで成り立っていたものだったようだ。

 

そんなところへ、桐乃が俺に対してきた不可解な言動──

 

急にこんな話が出て、不機嫌になるのはよくわかる。

 

だけど、いきなり俺の隣に移動してきたかと思うと、そのまま黙り込んでしまったり ── そんなことをされたら、何かあるんじゃないかって不安になっちまうじゃねえか?

 

そうかと思うと、突然、

 

『どういうつもり?』

 

なんて思わせぶりに訊いてきたり ── そんなことは、この話の発案者の親父に訊けよ!

 

突然、妹にそんなことをされたせいで、俺の心の深いところで、こいつが昔、急にアメリカに留学しちまったときのことが蘇っちまったようだ。

 

それも無意識に。

 

ある日突然、いつもいるのが当たり前だった家族が一人いなくなっていた。

しかも、事情を知らないのは俺だけだった。

 

その体験は、俺自身が思っていた以上にトラウマになっていたようで、もうあれから何年もたっていようと、そして今は、本人がこうして近くにいてくれても、心の底に根深く潜んでいたようだった。

 

しかも厄介なことに俺自身に自覚がなかったため、この心の古傷が一つ開いたのをきっかけにして、あの時期に俺の周りで立て続けに起こった、濃密で波乱に満ちた状況の中で味わった感情の化石たちが連鎖的に蘇っていって、俺をパニック状態にしてしまったみたいだ。

 

「ゴメン、兄貴。あたしはそこまでアンタをイジメるつもりはなかったんだけど……」

「…やっぱりあれは、嫌がらせだったのかよ……」

 

俺のそんな涙ながら(比喩抜きで)の訴えを受けて、桐乃は気恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。

けどな、俺はもっと恥ずかしいんだぞ!

 

もう十何年も前のことが、未だに克服されていないなんてことを今更さらけ出してしまうなんて、穴があったら入りたいどころか、その穴の底に更に穴を掘り続けて、もぐってもぐって、もぐり続けて、マグマにこの身を溶かしてしまいたい気分だ。

 

不幸中の幸いは、あの醜態を見たのが、この二人だけだったということぐらいか。

 

「── 随分と悶絶していたようだけれども、そろそろ落ち着いたかしら?」

 

ふと我に返ると、いつの間にか瑠璃が俺の右隣に座っていた。

我が愛妻は、俺が小さい頃にお袋がしてくれたように、俺の頭を優しく撫でてくれた。

妻の方が年下なのに、今はまるで俺の方が子供になってしまったような心地だ。

俺は、かなり気恥ずかしくなりながら応えた。

 

「……あ、ああ、何とか」

「鎮静剤でも飲む?」

「そんなもんウチにあったっけ?」

「ふふ、どうやら大丈夫なようね」

 

妻は、安心したようにそう言うと、俺の頭からそっと手を離してから、ニッコリと微笑んでくれた。

正直、ちょっと名残惜しかったけれども、妹の前で兄貴が、いつまでもこんな姿を見せ続けるわけにはいかない。

彼女の包容力のある笑顔を見て、俺は漸く人心地がついたようだった。

惚気てんなってか? ほっとけ!

 

やがて桐乃が、やや気まずそうに、

 

「…兄貴、本当にゴメン。わざとじゃなかったけど、とりあえず謝っとく」

 

と、殊勝な態度を見せた。

柄にもなくしおらしくなっている。

俺の方も、大分落ち着いてきたので、

 

「いや、いいよ。俺の心が思いのほか弱かったのが悪いんだから」

 

素直に返すことができた。

けど ──

 

「…けど、これで二度目なんだよなあ、この感情…。

だけど、前とは何かがちょっと違う気がする。今回の相手は自分のガキだ。お前のときよりも更にたちが悪いかもな」

「兄貴、本当に大丈夫?」

「ああ、心配するな。

ただ、どうも俺は、自分の子供のことを自分の身体の一部のように錯覚していたみたいだな。

へっ、勝手なもんだ。いくら自分の子供だからって、結局は別の個性を持った一人の人間なのにな。

寂しいことだけど、子供はいつか自分の力で自分の道を歩んでいく。

ていうか、そうでなきゃならないんだよな。

 

さっきお前は俺に『どういうつもり』か、訊いてきたよな?

 

そうだな……。

いつかアイツが ── 彪瑠がその “自分の道” を歩いていくときのことを考えると、今のアイツを、このままの状態にしておくのは良くないと思う。

もちろん、今のアイツを育てる責任は親である俺たちにあるのは間違いないし、これからもアイツの支えになっていくのも絶対やめないけど、一人の人間が育つのには、親以外の力が必要になってくるのだろうな。

さっきも言ったけど、アイツの能力は、正しく導いてやれば、きっと将来、アイツ自身にとっても、周りの人間たちにとっても、きっと良いものをもたらすはずなんだ。

だけど、そうなるためには、俺たちだけでは力不足なのかも知れない。

瑠璃、もし気を悪くさせてたらゴメンな? 誤解をまねく言い方だったかも知れないけど、決してお前のことを頼りにしていないわけではないんだぜ。

むしろ、俺の力不足を補ってくれて、いつも感謝してるんだ」

「分かってますよ。続けて、京介(あなた)

「ありがとう、瑠璃(かあさん)

 

穏やかな笑みを浮かべながら、話の先を促す妻に感謝して、俺は話を続けた。

 

「で、それは、さすがの親父でさえも、自分に対してそう思っているらしい。

身内の甘さが出てしまってる面もあるのかも知れないけど、彪瑠の場合、身内があまり世話を焼くのも ── 厳しくするのも甘やかすにしても ── 合っていないと思うし、だからといって逆に放任するのも今はまだ危険だ。

昨日みたいなことが、更に悪化して繰り返されないとも限らない。

だから、もし今のアイツを正しく導ける人がいるのなら、任せてみようというのが、親父の考えだと思うし、俺も同じ考えだ。

あの親父が、可愛がっている自分の孫のことを任せようと思うような人だ。

きっと、彪瑠を預けて間違いのない人だと思う。

 

その一方で俺が『どんな気持ち』かって訊かれると……。

 

そりゃあ寂しいさ。

さっき桐乃も『寂しい』って言ってたけど、俺の方が寂しいって自信を持って言えるぜ。

毎日、同じ家にいるのが当たり前だと思ってたヤツが、しばらく家を離れるんだから。

親父の言うには、その期間は、夏休みの最初の二週間ほどらしいけど、もしこれが何ヶ月もの話だったら、さすがに俺も反対していたと思う。

どうやら俺は、よほど家族と離れるってことが怖いらしい。

こんな調子じゃ、悠璃や璃乃がお嫁にいくときには一体どうなっちまうのかな?」

 

「あら? そんなに卑下することもないのですよ、“お父さん”」

 

瑠璃が諭すように言った。

 

「慰めてくれるのかい、“母さん” ?」

「いいえ、さっきも言ったでしょう? 私も貴方と全く同じ気持ちだと。だからこれは、いわば傷の舐め合い。

家族と離れることが寂しく思えるのは良いことよ。

尤も、その気持ちと上手く向き合えればの話ですけど。

ねえ、桐乃?」

「は? 何よ! わかってるわよ、 “ 瑠璃(ねえさん)”!」

「ふふ…♡ それにしても、あの、お義父(とう)さまの尊敬する “先生” って、一体どんな人なのかしらね?

とても興味あるわ。京介、何か知ってる?」

「いや、何も心当たりないけど……。

不知火(しらぬい)”って名前の人だってことも、さっき初めて知ったことだし。

桐乃、お前は何か知ってるか?」

「あたしも知らない。でも、あのお父さんのお師匠さんなんだし、それに “シラヌイ” なんて名前からして、きっと純和風の、厳格な凄く怖~い人なんじゃないの?」

「おい、脅かすなよ。彪瑠のヤツ、大丈夫かな? 何だか心配になってきたぞ」

「まあ、“可愛い子には旅をさせよ” っても言うしね☆」

「そんな無責任な……」

 

お前、さっきはあんなに反対していたじゃねえか。

 

今、俺の頭の中には、二刀を構えた宮本武蔵の肖像画が浮かんでいた。

だから、後々、俺たちはその “不知火先生” にお会いして、そのあまりにも意外な “正体” と不思議な縁に、この上なく驚かされることになるのだが……。

 

ともあれ、図らずも自分の深層心理に直面してしまった俺だけど、自分の心を乱すものの正体が解ったのなら、今度こそもう大丈夫……だと、思う。

 

もう二度とあんな醜態はさらさないと深く誓う俺 ── 高坂京介だった。

 

 * * *

 

因みにその直後、彪瑠から家族会議の内容を聞き出したらしい悠璃と璃乃が乱入してきてまた一悶着があったことは、いずれまた機会があったらお話しするとしよう ──

 

 

 

 

 

 






ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます。

実はこの章、こんなに長くするつもりはありませんでした。
京介も、後半であんなに壊れる予定ではありませんでした。
これには、書いている私自身がかなり困惑して、ペッチャンコになってしまいました。

ちょっとダウン……。










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