俺“達”の家族がこんなに可愛いわけがない   作:武太珸瓏

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このエピソード「あね、おとうと」には、原作のその後についての独自設定があります。
そういったものに拒否反応のある方はご注意下さい。
別に気にならない方は、そのまま気軽にお読み下さい。

宜しくお願いします。





※この章は悠璃の心象描写がメインの為、大部分が地の文です。
次章は会話が中心になります。


16/5/22~23
一部に時系列に関するミスがあったため、修正しました。
お恥ずかしい限りです。



















あね、おとうと
その壱《稲妻》


 

 

カーテン越しでも眼が眩みそうな閃光が一瞬室内全体を青白く照らしたかと思うと、殆ど間を置かずに、何かが大爆発でもしたような轟音が鳴り響いてきた。

その暴力的な響きに怯えたかのように、机の上の小物類がカタカタと音をたてて震えた。

 

そのとき私は、双子の姉の悠璃(ゆうり)と共同で使っている ──ほんの二年ほど前までは弟の彪瑠(たける)も一緒だった── この部屋の中で独り本を読んでいた。

 

その本との出逢いは、ちょっとした偶然だった。

いつだったか、家族で東京まで遊びに行ったとき、ビルの間に隠れるように営業していた小さな古書店が目に入った。

それぞれ趣味嗜好は違えど、私たち姉妹弟(きょうだい)はみんな紙製の本が好きである。

『今どき珍しい子たちだ』とよく言われる。

 

読書好きなところは、おそらく母さまから受け継いだのだろう。

私たちの読書の原体験も、母さまの書庫にあった、おそらく実家から持って来たらしい昔の小説だったし。

そういえば、小さい頃に読んだ絵本も、母さまたちのお譲りだった。そこかしこに、幼い頃の珠希おばさまの手によると思われる可愛らしい落描きの跡があったのを覚えている。

それらの本の内の何割かは、既に紙媒体のものは絶版になっているし、更にその中の何冊かは電子書籍化さえされていないので、どれも大変貴重なものだ。

私たちにとって、母さまの書庫はいわば宝箱なのだ。

母さま自身が書いた本も見つけたけれど、私が読んでいるところを、何故だか顔を真っ赤にした母さま本人に取り上げられてしまい、その後どこかにしまい込まれてしまったみたいで、未だに再読は叶わずにいる。

なかなか面白そうな内容だっただけに残念だ。

 

ともかく私たちは両親にお願いして、その店にちょっと立ち寄らせてもらった。

 

店内は、絵に描いたような『The・古本屋』といった様相で、本棚には、若干薄汚れた背表紙が並ぶ物もあれば、比較的新しめのコミックスが並ぶ棚もあり、それぞれの棚の上にも、本が平積みに何冊も載せてある。

店の奥には、古書に埋もれるように座ったお爺さんが、彫像のように微動だにせず本に没頭していた。動いているのは文字を追っている眼球くらいか。

老眼鏡に灰色のチョッキ姿 ──“ベスト”というよりも“チョッキ”という呼称の方が似合うデザイン── の老人は、失礼かも知れないけど、それこそまるで、この店で売っているであろう昔の探偵小説や幻想譚の挿絵から飛び出してきたかのようだった。おそらく店主さんだろう。

店内には、私たち以外の客はいないようだ。

店の雰囲気といい店主さんの風貌といい、写真や映像でしか見たことのない二十世紀のイメージそのもので、私たち家族だけ、時の流れから取り残された空間に迷い込んだかしら、と錯覚してしまった。

お爺さんは、一瞬顔を上げて私たちを一瞥すると、再び本の世界へと戻ってしまった。

 

私たちはめいめい、自分の好きな本がありそうな棚へと向かった。

両親は、店先に置かれたワゴンに陳列されている文庫本に目が留まったようだ。

 

『ねえ、これって貴方の妹の書いた小説じゃない?』

『え? ああ本当だ。懐かしいなあ』

『意外と沢山刷られているのね、これ』

『へえ、この小説がねえ。買う奴の気が知れねえな』

『それにしては、やけに嬉しそうね』

『お前もな。……なあ、瑠璃(るり)、お前はもう何か創ったりとかしないのか? あの人とは未だに付き合いが続いているわけだし』

『律儀な人なのよ』

『いやでも──』

 

……相変わらず、仲の宜しいことで…。

きょうすけも、随分と簡単に言ってくれるものだ。母さまだって忙しいのに。

まあ、両親が仲睦まじいことは感謝すべきことなのかも知れない。

それに、もし母さまが創作活動を再開するというならば、私も出来るだけ家事などを請け負って、母さまの力になっても良いと思っていた。

そのときには、姉や弟や、きょうすけの力も必要になるだろうけど、おそらくみんな協力を拒まないはずだ。

我が親ながら母さまの技能は、町内の活動の広報などにイラストや文章を寄せたり、ネット上にある市民活動のページのレイアウトを担当しているだけでは勿体ないと私は思う。

 

一方、店内では──

 

『ねえ、タケ、これってアンタがいつも読んでる作家さんの本でしょ?』

『ん、どれ? あっ、それ確かに同じ人がかいてる本だけど、ぼくが好きなシリーズじゃないよ。まえに璃乃(りの)ねえにかりて読んだことがあるけど、なんだかキモチワルい話で、ひいちゃったんだ』

 

……どうやら、私の貸した本は、あの子にはまだ早すぎたようだ。彼ならあの耽美世界を理解してくれると期待したのだけど、逆にトラウマを植えつけてしまったみたいだ。ジュブナイルとしてリライトされたバージョンもあるから、そちらを渡せば良かった。

しかし、出来れば此方に聞こえないよう気を配って欲しかった。ちょっと傷ついてしまったから……。

 

そうして、私が格安のまとめ売りの棚を物色していたときだ。

僅かに店内が揺れた。すぐ近くを旧式の鉄道が通っているから、おそらくその振動だろう。私たちも、その路線を使ってこの街まで来たのだし。実際、耳を澄ましてみれば、電車が線路を走る音がかすかに聞こえる。

 

『お姉ちゃん、なんか、ゆれてない?』

『そう? 何も感じないけど』

 

弟と姉の会話が聞こえてくる。

店の外へ目を移すと、

 

『やっぱり揺れてるわよ』

『そうかあ?』

 

両親が似たようなやりとりをしている。

同じ場所に居ても、人によって気づいたり気づかなかったりする。その程度の振動だった。

 

揺れはすぐにおさまった。

するとそのとき、

 

ドサッ。

 

棚から私の目の前に数冊の本が降ってきた。

少し驚いたけれども、まるで『私を読んで下さい』とでも言わんばかりに現れたそれらの書物に思わず目を注いだ。

どれも、随分と昔に印刷された物のようで、古書特有の匂いがややきつめだった。

そのうちの一冊を手にとって巻末にある発行日を見たら、何と私達の両親が生まれるよりもはるか昔の日付だった。

そんな時代の本にしては保存状態は良い方だろうけど、だとしても、少しでも乱暴に扱えばすぐにバラバラになってしまいそうな頼りなさ。よく、落ちてきたときにそうならなかったものだ。本同士を(くく)っていた紐は解けてしまったみたいだけど。

一体どんな内容なのだろうと、裏表紙の解説を読んでみた。

私には少し古く感じさせる文体ではあったが、そこから窺われる内容には強く惹かれるものがあった。

試しに、一緒に落ちてきた別の本の解説や書き出しも読んでみたが、そのどれもが私の心の琴線に触れた。

 

値段は私にとっても手頃なものだった。

私は即座にそれらの本を、たまにページをめくる以外は相変わらず微動だにせず読書に没頭していた、店主らしきお爺さんのいる台へと持って行った。

 

『すみません、これください!』

 

人前ではめったに出さない強い声が口から発せられて、自分でも驚いた。

背後に姉たちの視線を感じる。

完全に衝動に任せた買い物だった。

しかし、そうして出逢ったこの本を、私はその後何度も読み返すことになるわけだから、人生は何がどうなるか分からないものだ。こういうとき、この世にはやはり《運命》というものがあるのでは? と思ってしまう。

 

《運命》──

それが存在するのかしないのか ──

その疑問は、時折私を悩ませる。

 

“それ”を信じたい気持ちと、そんなものには支配されたくない気持ちが、私の中で葛藤している。

 

もし“それ”があると信じてしまえば、人間の行く道はあらかじめ決められていることを認めてしまうことになる。

 

自分の意志で道を選択したつもりなのに、実は、私がその道を選ぶことさえも、既に運命のノートに記述されていたことだとしたら──

 

──怖い。

 

どう足掻いても逃れられないものがあるなんて、想像するだけでも不安に苛まれる。物事の流れが初めから決まっていて、変えることが出来ないなんて認めたくない。

 

しかしその一方で、心のどこかで何かを期待している自分もいる。

未だ()えない道の先で、何か魅惑的なイベントが自分を待ってくれているのではないかと──

 

 

 

再び窓外から照射してきた光が、私の思考を中断させた。

 

私は、外の様子を観ようと椅子から腰を浮かし、窓の方へ手を伸ばしてレースのカーテンを開いた。

つい先ほどまでの青空が嘘のように、ぶ厚い雲が立ちこめている。

しばらく待っていると、曇天を強烈な稲光が走った。

続いて、巨大な怪物の怒号の如き雷鳴が襲ってくる。

雷はかなり近いようだ。

私はカーテンを厚手の物に閉め直そうとしたが、ふと気が変わり、そのまま自分の机に戻って、読んでいた本を閉じ、読書の為に点けていた卓上の照明を消した。

 

そして、立ち上がって窓際まで移動し、全てのカーテンを全開にして、暗い室内から外の風景に見入った。

 

稲妻の光量は莫迦にはできない。直視するなど愚行だろう。

しかし、空が光る度に一瞬照らされる風景や、やがて降ってきた豪雨が地面を叩きつける様子を見ていると、不思議と陶然とした気持ちにさせられる。

 

風も強くなってきた。嵐だ。

少し前まで行われていた家の増改築工事の名残で、まだ土の固まりきっていなかった地面を、矢のような雨粒が打ちつけて跳ね上がり、泥水となって流れて、庭がまるで沼のようになる様子を見ながら、私は先程まで読んでいた小説の内容を思い出していた。

 

“きょうだい”でありながら、それぞれ家庭を持って独立した生活を続けるうちに、いつの間にか他人のような、せいぜい親戚程度の関係になってしまった一族の話。

 

例え血の繋がった家族といえども、いつかはバラバラに離散して、たまに会うのも億劫になってしまうのだろうか?

 

彪瑠が自分の部屋を欲しがるようになり、今のように別部屋となるに至ったこと。

 

彪瑠が小学校最初の夏休みの始めに、一時的に家を離れて二週間後に戻って来たとき、一緒に着いて来た少しエキゾチックな顔立ちの年上の女の子と異様に仲が良さそうだったこと。

──彪瑠本人は仲好しなのをムキになって否定していたけど、その後も付き合いが続いているようで絶対に怪しい──

 

これまで私たち姉の保護下にいた弟も、着実に自分の世界を広げていって、私たちの下から離れて行くのだろうか?

 

それに私たち姉妹もそのうち、それぞれが誰かと結ばれて、別々の家庭を築くことになるのだろうか?

 

そしていずれ、自分たちにもあの小説のような将来が訪れるのだろうか?

 

そう思うと、何だか胸の奥をキュッと掴まれたような切ない気持ちに襲われる。

 

そこまで考えたとき、今は外出中の姉、悠璃のことを思い出してハッとなった。

何の前触れもなく突然、

 

『クルミゆべしが食べたい!』

 

と言い出して、天気予報が、

『降水確率30%、くもり、所により一時雷雨』

と伝えているのを聴いても、

 

『近所だし、すぐに戻って来るから、きっと大丈夫だよ』

 

と、父きょうすけの幼なじみの麻奈実さんの経営する和菓子屋の老舗《たむらや()()()》(先代までの屋号は漢字で『田村屋』だったらしい。お店の雰囲気も、今よりもっと和風だったそうだ)へと出掛けてしまったのだ。

確かに、自分もあの餅菓子は嫌いではないし、更にあのお店の胡桃ゆべしの完成度は、きっと本場の味を知る人も認めるレベルだと思う。

それに、急に何かを食べたくなる衝動は自分にも覚えはある。

しかし、天気が不安定だと予報が告げているにも(かか)わらず、わざわざ胡桃ゆべしの為に出掛けるなんて、一体何が姉さまを其処まで駆り立てたというのだろう?

普段は、どちらかというと莓大福を好む人なのに。

 

ところがどうやら運悪く、天気予報の言う“所”と“一時”に当たってしまったようで、この有様だ。

姉は…悠璃は本当に大丈夫なのだろうか?

一応、傘は持って行ったみたいだったけど…。

私は、この天気を観ていて少しでも高揚してしまったことを悔いた。

 

そうして独り悶々としていた私の耳に、雨音とは別のノイズが交じって聞こえてきた。

これは屋内のものだ。誰かと誰かが、何か云いあっている。

喧騒の正体を探ろうと耳をそちらに傾けてようとしたら、

 

コンコン。

 

ノックの音がした。

 

「はい」

「ぼくだけど」

 

返事をすると、弟の声がした。

続いてドアを開けようとする音がガチャガチャと聞こえる。どうやら、無意識に鍵を掛けていたようだ。

 

「待ってて、今開けるから」

 

私は部屋の入り口まで行って解錠した。

鍵を外しても、弟はドアの影に隠れていて姿を見せない。

 

(さては、やるな?)

 

と思っていたら案の定──

 

「ばあ~」

 

光量の弱い旧式の懐中電灯で下から自分の顔を照らした彪瑠が顔を出した。あまりにも想定通りの行動に少し呆れてしまう。

 

「なーに、やってるのよ、タッくん」

 

私は苦笑いしながら、思わず彪瑠の額を人差し指で突っつこうとしたが、ふと、

 

(ハッ、これではまるで悠璃(ねえさま)みたいじゃないの)

 

と思い、延ばした手を方向転換させて、部屋の明かりを点けた。

 

「意外とビックリしないんだね」

 

彪瑠が、少し残念そうに言った。

 

「今更そんな子供じみたことされても驚けないわよ」

「お互いに子どもなんだけど…?」

「それもそうね。ともかく入りなさい」

 

私は弟を部屋に招き入れた。

 

 

 

 

 

《つづく》

 

 

 

 

 

 

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