崖の縁のミウたん   作:新六毛

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迷惑な奇跡

田中衛門助郷(1531~1604)は室町時代末期から安土桃山、江戸時代初頭にかけて活躍した、武将、武術家、こけし匠である

田中家は代々、足利将軍家に仕え、御所の門衛を務める家系だったという

助郷は幼少の頃から武術に秀でており、とりわけ操棹術(詳細不明)において天下無双の評があり、二十歳の時、時の将軍、足利ヨシテルに見込まれその警護役に抜擢される

当時、将軍家は三好、松永ら逆臣の暴虐に晒されており、ヨシテル自身も幾度となく京を追われ、流浪を余儀なくされていた

助郷はその都度、細川藤孝、松井康之らと共にヨシテルと添い寝し、御所の奪還にも尽力したという

1562年(永禄5年)、その活躍に対しヨシテルから偏諱を受け、カルロス田中衛門と改名する

だが1565年(永禄8年)、所謂永禄の変により、ヨシテルが三好、松永らとくっころ関係になると浪人、武者修行の旅に立つ

途中、その操棹術に惚れ込んだ毛利モトナリや、徳川イエヤスから破格の禄で出仕を求められるも此を辞退、1580年頃には高野山の一角に庵を結び、以降こけし制作に没頭していったという

我が国こけしアートの創始と謂われるカルロス田中衛門の作品は、江戸元禄年間に大ブレークし、そのこけし様式はメゾ・プロレタリア風と呼ばれ、こけし界のみならず、当時の芸術や文化の偉人達にも強い影響を与えていく事になる…

 

激動の時代を駆け抜けたカルロス田中衛門には様々な逸話や伝承も多い

有名な逸話の1つに、達磨落としの逸話がある

カルロスは晩年、将軍イエヤスが京で催した達磨落としの会に招かれた

当時の知識層のたしなみであった達磨落とし…

カルロスも二段胴田貫などの荒業を繰り出すなどし、会は大いに盛り上った

そしていよいよイエヤスの番、衆目の中、事件は起きた

イエヤスが達磨に槌で渾身の一撃を加えんとした時、側に仕える小姓が粗相をし、達磨を崩してしまう

イエヤスは激怒し、小姓を手討ちにせんと帯刀を抜くが、カルロスが咄嗟に短歌を詠んでそれを制する

「達磨さん、五つに割れし達磨さん、とがをばわれに負ひしけらしな」

(訳:あんまり細かい事気にすんな)

これにイエヤスも勘気を収め、小姓は命拾いしたという

カルロスの機知の深さを伝える逸話である…

 

 

 

こけしアーティストを志すミウたんにとって、カルロス田中衛門は当然、尊敬する歴史上の人物第一位である

歴史の事はちんぷんかんぷんだが、いずれ自分もカルロス田中衛門の様に歴史に名を残す名工に成りたい…

だが今のところ、ミウたんの名は世間では全く知られていない

今月の縁日でも結局こけしは一本も売れなかった

ミウたんのこけしアーティストとしての評価は、「月刊こけし世界」に於ける「次世代のこけしアートの旗手たち」という新人賞で得た佳作が最高である

確かに、かのカルロス田中衛門でさえ作品の商的評価はその死後ではあるが、彼の場合、少なくとも生前からこけしアーティストとしての地位は衆目の知る処であった

カルロス田中衛門にあって、自分には無いもの……

ミウたんはぼんやりと虚空の一点を眺めていた…

 

 

 

 

 

住宅街の一角、ぺんぺん草の生える荒れ果てた空き地と、錆びた遊具が幾つか佇む小さな公園

それを広い庭に内包する、草臥れた平屋造りの建物…

住宅としては幾分大きめな建坪と、無駄に広い敷地が相まって、寂寥感がマジぱない

 

 

「イチゴ先生… 朝ご飯… まだ……?」

「昨日… 食べたばかりでしょ……」

空の器を虚ろな瞳で見詰める少女

食べ盛りの少女の胃に、昨日の昼に食べた芋粥など残っている筈がない

彼女の後ろには、やはりまだ年端もいかぬ少女達が、窶れた表情で力無く屯する

先生… と呼ばれた彼女でさえ、少女達とほぼ歳は違わない

身寄りの無い子供達が集まり暮らす養護施設…

そこのパパ先生とママ先生が失踪したのは1ヶ月前…

施設の暮らしに異変が始まったのは、その前からだった

電気は3ヶ月前に点かなくなり、ガスも1日15分だけしか使えなくなる

水道は井戸を掘って凌ぐ様になり、食事の量と回数は徐々に減っていった

最年長のイチゴと呼ばれた少女が新しいママ先生になり、年少者の面倒を見る様になったが、施設の運営を子供がこなせる訳はない

僅かな支援金では10人近い施設の子供たちを養う術がない

世間ではもうすぐクリスマスらしい…

家々ではご馳走が準備され、プレゼントが用意され、暖かい部屋の中で幸せの時を噛み締めるのだろう

だが施設で暮らす少女達には関係の無い話だ

今夜食べる芋粥を得る為の近所へのどさ回りが、また始まる…

 

 

 

差し込む寒さに耐える様に一つの部屋にかたまり、丸くなって微かな寝息を立てる少女達

「マ、ママ先生止めてー!!」

突如あがった悲鳴に僅かな安らぎの時は打ち壊される

「い、いったい何の騒ぎですか~!?」

飛び起きた今夜もブラを付け忘れた褐色の少女の目に映ったもの…

それはポリタンクから刺激臭のある液体を寝室に撒き散らしているイチゴの姿!

直ぐにそれがガソリンと分かった

周りの少女達が必死にイチゴを押さえる

「みんなで天国に行こう! 永遠の天国モードに移行しよう! …覚悟はい~い!?」

イチゴの目は狂気に血走る

「ポリタンクを取るのじゃ~!」

その声に褐色の少女が立ち上がり、イチゴの手からタンクを取り上げる

「う…うぅ…… ありえ… ない………」

漸く押さえられ、落ち着きを取り戻したイチゴの瞳から涙が零れる

イチゴだけではない みんな泣いていた…

誰一人イチゴを責める者は居なかった…

誰が責められようか…

『ピンポ~ン… ピンポ~ン…』

玄関のチャイムが鳴る

騒ぎで近所の住民が起きたのだろう

ママ先生の補佐的役目を務める黒い長髪の少女が、涙を拭いながら玄関に向かう

こんな時位、自分がしっかりしてイチゴの代わりを務めなければ…

 

 

「み、みんな! 早く来て!」

玄関からの叫び声に、一同はガソリンの臭いの充満する部屋を飛び出して行く

玄関にやって来た少女達は目を疑った

開け放たれた玄関の先には一台の雪車…

その上には綺麗にラッピングされた大小様々なプレゼント箱の山…

突然のサプライズに、施設でも一際年少の幼女組は、歓声をあげてそれに駆け寄る

イチゴと長髪の少女は、プレゼント箱の間に挟まれた便箋を見つけ広げた

 

"伊達直人より、心優しき君達へ…"

 

 

 

 

 

「うぅ…… ぐすん…… バレバレね……」

世界感動実話集の再現ドラマを見がら、ミウたん号泣していた

感性鋭いミウたんには分かる

この伊達直人とは世を忍ぶ仮の名で、本当はタイガーマスクなのだろう…

世の中には、まだまだ良いプロレスラーが居るものだ…

ぐじょぐじょに溢れる鼻水をティッシュで豪快にチンしたミウたん

彼女の脳天に白熱電球が点灯したのはその時だった

 

(こ・れ・だ!!)

 

 

 

その夜、制作ステージの明かりが消える事は遂になかった

作業台に向かい、何かに取り憑かれた様に鑿を振るうミウたん

(見えた…!)

タイガーマスクが養護施設にプレゼントを送った話を聞いた時、カルロス田中衛門にあって自分に無いもの、その答えが漸く見えてきた

 

自分の作品には… エピソードが無い!

 

それがミウたんの見つけた答えだ

こけし、それは所詮工芸品だ

その工芸品に魂を吹き込むもの、それは作者の力量と、其れを手にした者に感慨を与えるエピソードなのだ

冬の遅い夜明けに東の空が漸く白む頃、遂にミウたんの手が筆を放す

(完璧だ… )

作業台に並ぶこけし群を満足そうに見渡すミウたん

そのままピンクミウたん号を暖気すると、最後の仕上げに取りかかった

 

 

 

「ママ先生… 玄関に… あの……」

珍しく動揺したメンヘラ少女に連れられて、玄関にやって来たママ先生イチゴ

彼女は目の前の光景に沈黙する…

 

「フフフッ… ターゲット確認~」

そんな玄関先でのやり取りを、施設の門柱に隠れて覗き見るミウたん

ミウたんが徹夜で制作した物、それはクリスマス仕様のサンタクロースこけしだった

本来、木目の温もりを生かすこけしの王道に逆らい、真っ赤にペイントしたボディに白いアクセントを付けて、更に緑のもみの木の葉をワンポイントを加えた、ミウたん渾身の自身作

其れを施設の人数分拵え、早朝の施設の玄関に並べ、チャイムを押したのだ

今、そのこけし達を見つけて感動に打ち震えているであろう子供たち…

ミウたんは門柱に寄りかかり、胸に手をあて目を瞑った

クリスマスの朝、不幸な養護施設の子供たちの元に届けられた、心のこもった贈り物…

こけしに添えられた手紙には、ミウたんの名と住所が綴られている

明日には感動に咽ぶマスコミが大挙して押し寄せるだろう

良い事をした… これは伝説になる… 伝説のこけし匠ミウたんの誕生だ!

ミウたんの瞼から透明な雫が零れた…

 

「お早うございますぅ~」

「ニーハオアル!」

不意の挨拶に度肝を抜かれ、ミウたんは目を見開く

そんなミウたんを気にするでもなく、二人の少女は透明なゴミ袋を、門の先のゴミ捨て場に重そうに運んで行く

 

ミウたんは見た… ゴミ袋の中で窮屈そうに絡まり合う…

 

真っ赤なこけし達を……

 

 

 

施設から流れる芳しい味噌汁の香りと、子供たちの談笑

ミウたんはゴミ捨て場に放置された角材を手にすると、施設に向けゆっくりと、だが力強く歩を進める…

そんな殺気溢れるミウたんを、何処からともなく現れた雲水姿の翁が手にした杖で制し、歌を詠む

 

「糞こけし、塵と捨てられ塵こけし、とがをばわれに負ひしけらしな 」

 

「!?」

 

大好きなカルロス田中衛門の短歌の捩りに、ミウたんは我に返る

静かに目を瞑り、暫く俯いたミウたん…

 

「……………………」

 

ダメだ、やっぱり我慢できない! 完全にブチギレた!

再び顔をげた時、そこには鬼の形相のミウたんがいた…

そしてその鬼は、大股で施設に乱入して行くのだった

 

少女達の悲鳴と絶叫が木霊し、ガラスの割れる音が響く施設の前を、携帯で110番通報しながら通りすぎる謎の翁…

裏庭に無用心に干してあるイチゴ先生のパンティを小袖に捩じ込むと、粉雪の舞散る中、煙の様に姿を消した…

 

今年はホワイトクリスマスになりそうだ……

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