「らな楽た赤―さ沢さ奈…?」
「えっ…!?」
「差焼てな2イ勢ぐパンさ!?」
「えぇっ…!?」
怖くなったミウたんは走り出した
訳が分からない…
店を飛び出し、駐車場の隅の植え込み、子供の背丈程あるコニファーの陰に身を隠したミウたんは頭を抱えて踞る
一体私はどうしたの? 頭がおかしくなってしまったの?
魂を砕かれ、生ける屍の如く重い体を引き摺って、お客様サービスセンターに向かかったミウたんは、まるで異世界に放り込まれた様な異常な状態に陥っていた
トイレから出てきた時、最初の違和感に気付いた
「錆夜ポ薇、200鳴キ」
正月用の板蒲鉾が陳列するケースに掲げられた一枚の張り紙
初めミウたんは、珍しい銘柄の蒲鉾だと思い特に気にも止めなかったが、隣接する数の子売り場にも
「はぽ漠根ーわラサ俛」
と書かれた張り紙が…
更に向かいの焼豚コーナーにも
「8家景ガヶ全にヌ」
の張り紙…
(なんだコレ? 誤植ってやつかしら?)
何気なく辺りを見回すミウたん
「!!」
そんなミウたんの目に飛び込んで来たのは、店内を埋める意味不明な文字の羅列の数々
陳列棚の張り紙だけではない 食品のラッピングに打たれた品名、値札、案内標示、
店員のエプロン柄に至るまで、解読不能な文字が並んでいる…
(な、なんなの!? 一体何が起きたの!?)
まるで一瞬で外国に来たかの様な異郷感
だが、そこは紛れもない見馴れたヨーカ堂の生鮮食品売り場
ミウたんは軽いパニックに陥っていた
そんなミウたんが考えついた可能性は、『ドッキリカメラ』だ
かわいい自分はもしかして、素人ドッキリカメラのターゲットに選ばれたのではないか?
だとしたら、今までのキョトリ振りはちょっと恥ずかしい…
引きつった作り笑いで辺りを見回し、隠しカメラを探すミウたん
すると天井の一角にカメラを発見!
ミウたんは鬼の首を取ったかの様にカメラに向かってVサインをし、プラカードを持った仕掛け人の登場を待つ
だがそれから10分たっても誰もやって来ない
更に天井のカメラも、そういえば何時も有る店内監視用の物じゃないかと気付く…
「………………」
何だか怖くなって来たミウたん
遂にギブアップして、鮮魚コーナーで試食のイカゲソのバター炒めを配ってるおば様にすがりついた
「あの… もう… ギブアップです… 」
そして先程のやり取りに至るのだ
文字処か言葉まで意味不明
日本語に似ているが、全く意味が分からない
ミウたんはここに至り、遂に自分の置かれた状況の深刻さを理解した
次にミウたんが想定したのは、慣れない伊達巻選びによって目が回り、それが何らかの脳の異常を引き起こした、とする説だ
ではどうすれば良い? 病院に行くにも意思の疎通が……
その時、背後から複数の足音が響いて来た 無意識にコニファーの向こうを覗くミウたん
そこで三人の警官と、二人の店員と目が合った
どう考えても自分を追って来た雰囲気…
カキフライの件がバレたか… それにしても早すぎる…
たかがカキフライ5個入り如きで、いきなり警察沙汰などあり得るだろうか…?
「……………………」
もしかして自分の病状を察し、保護しに来てくれたのか?
でも、ならば何故警官…?
上手く表現出来ない何が、ミウたんの頭の中に警鐘を鳴らす
「……こわ… がら…ないで…… あなた…ほご…… します…」
先頭の警官の言葉、片言ながら理解が出来る!
つい30分前まで当たり前だった筈の状況に、ミウたんはヘナヘナと力と緊張が抜けて行くのを感じた
だが次の瞬間、後ろの警官がミウたんの背後に目配せしたのを見逃さなかった
振り向くミウたんの視線の先に、完全武装の機動隊員が数人静かに近づいて来るのが見えた
「いやぁっっ!!」
ミウたんは全速力で走り出した
何故かは分からないが、少なくともこの人達が自分に友好的でない事だけは分かった
「へ市加5ボ!!」
背後で意味の分からない怒号と男達の足音が響く!
(嫌っ! 怖い! 助けて! 何故私を追うの? 私がカキフライを盗ったから? 一体私に何が起こったの? )
ミウたん如き小娘の足が、鍛え上げられた権力の犬達の健脚を振り切れる筈などない
たちまち間が詰まり、今にも捕らえられんとした時、ミウたんが走る歩道の脇に1台の赤いスポーツカーが急停車する
「乗れ!」
その言葉は明確に聞き取れた
考える余裕は無い、助手席に飛び乗ると車は急発進し、そのGにシートに押し付けられた
ミウたんは突然の展開に混乱しながらも、 このドライバーにお礼を言わねばと、運転手を見遣る
「!!」
ミウたんは息を飲んだ
赤い髪に艶やかな白い肌、彫像を思わせるその横顔だけでもかなりのイケメンと分かる
ミウたんも乙女である 思わず頬を染めながら語りかける
「あ、ありがとうございます…」
「とりあえず僕の家に向かう」
ミウたんは胸の鼓動が高鳴るのを感じた
(い、いきなりお持ち帰りされるのぉ!?)
呑気極まる妄想を膨らませるミウたんだったが、車窓の流れる外の景色に再び現実に引き戻される
正確に言えば、見馴れた何時ものマイタウンに浮かぶ意味不明な文字の羅列…
道路標識、ビルの看板、コンビニやファミレスの幟…
あの店内と変わらない…
やっぱり自分はおかしくなってしまったのだ…
再びもたげる不安に項垂れるミウたん
そんな彼女の心を見透かした様に、男はハンドルを握ったまま語りかける
「君は『こちら側』に紛れ込んでしまった… 今から『あちら側』に送り届ける」
「……えぇっ!?」
「理解しろとは言わない、ただ余り時間が無い… 僕を信用してくれ」
ミウたんは呆然と男の顔を見詰め、そして大きくため息をついた
(こんなイケメンなのに… 絵に描いた様な厨二病だなんて… 残念過ぎる…… )