「nana(ママ)……! nana(ママ)……!」
炎に包まれた家々、肌を焦がす熱風が四方から襲い来る
馴れ親しんだ故郷の村が、地獄の様相を呈する中、少女は必死に我が家を目指す
『シュッ!!』
耳元を一際熱い何かが掠める
次の瞬間、少女の身体は宙を舞う
一瞬置いて…
『ドゥゥゥゥゥン!!』
凄まじい衝撃音が響き渡る
強かに地面に叩きつけられた少女
全身を襲う激痛 霞む少女の視界に、巨大な金属うねりが近づく
直ぐに其れが戦車のキャタピラだと気付くが、痛む身体は動かない
衝撃音で聴力を失ったのか、辺りを異様なまでの静寂が包み込む
少女は自分を曳き殺さんと近づく戦車をキッと睨み付ける
せめて、せめてコイツらに意地の一欠片を見せつけたい!
目の前に迫る金属の轍 少女が死を覚悟した瞬間、それは突然小さく震え動きを止める
直後、車内から火だるまの搭乗員が飛び出して来る
何も聴こえないが、のたうち回るその姿から、凄まじい絶叫が伝わってくる
何が起きたか解らず、呆然とする少女
そこで力が抜ける様に彼女の意識は途絶えた…
「お客さん、起きて下さいよ! 閉店です」
誰かが肩を揺すっている
「!?」
カウンターに伏せっていたミラは起き上がり、辺りを見回す
「オ、ミ、セ、オ、ワ、リ……OK?」
「かたじけない… 」
外見から日本語が不自由なのかと思い込み、若干馬鹿にしたようなイントネーションで話かけたバーテンは、彼女の古風で流暢な返しに面喰らう
会計を済ませ、店を出る
既に時刻は深夜2時を回っている 酔った身体に冷たい空気が心地良い
ちょっぴり覚束ない足下 酒には逃げたくは無い、そう思いながらも、最近飲み過ぎる事が増えた
「!?」
行く手の路上で、若い男達が何やら騒いでいる
男達の足元には踞る幼い少女…
穏やかではない雰囲気に、ミラは顔をしかめながら近づいて行く
「このヤロ~ タダで済むと思ってんのか!」
「最近、店のゴミ漁ってんのテメ~だなぁ?」
「……ごめんなさ~い ……ごめんなさ~い」
香水の匂いをプンプンさせる茶髪の男… ホスト… という連中だろうか?
足元に踞る緑色の髪の幼女を足蹴にする
緑色の髪… それがラムネでなければ、ミラは当然とっくに男達を伸してその幼女を救い出しただろう
ラムネ……
主に日本に生息する野生の幼女
日本に来て間もない頃、飛び出して来た
ラムネをミラは車で跳ねた事がある
初めは子供を轢いたと思い動揺したものだ
まさか日本にも野生の幼女が居ようとは…
ミラの故郷、チェチェンではピンク色の頭髪の種族、日本で言う所のティナが主流だった
ラムネより一回り大きいが、存在感が無いのが特徴といえば特徴
チェチェンでは春になると、畑に巣くうティナを駆除する為、野焼きを行う
炎に追われて泣き叫ぶティナの声は、チェチェンに春を告げる風物詩だ
何処の国でも野良幼女は害獣なのだろう
ミラは男達の脇をすり抜ける
途中、男の一人がミラを見て下品な口笛を吹いたが、ミラからすれば頭一つ分も背の低い東洋の猿など、相手にする気も無かった
その男がその言葉を発しなければ……
「ヘ~イ! 綺麗だね~ 何処から来たの? 肌白いね~…… ロシアかなぁ?」
「!!」
ミラはその言葉に立ち止まる
「正解? ロシアの女の子、綺麗だもんね~ ロシア大好きよ~ あいらぶロシア~グェッ!? 」
男は最後まで喋れなかった
ミラの右手が男の首を締め上げていた
既に男の足は宙を泳いでいる
「な、何しやがんだテメー!」
仲間の異変に気付いた男達がミラに詰め寄る
ミラは右手に握る男を、その連中に向け、まるで人形の様に突き放つ
「うわっ!」
それを受け止め、よろけた先頭の男の側頭部に、白くしなやかな鞭が吸い込まれる
鞭… ミラの長く美しい御御足は、男達の目には実際そう見えた
三メートルを吹き飛び、路側の垣根に頭から突っ込む男
「畜生!」
別の男がミラに掴みかかる… が、ミラはその腕を掠める取ると、ガードレールに向け豪快な一本背負いを叩き込む
「ぐえっ…… 」
息一つあげず、ネオンの灯りを受けて踊る様に体術を繰り出すミラ
さすがに男達も、目の前の女が只者で無い事に気付いた
「お、覚えてろよ!」
伸びた仲間を抱えると、ザコ風味全開の捨て台詞を残し、男達は夜の街に消えて行った
「フゥ……… 」
ミラは大きくため息をついた
最近の自分はどうかしている
今、彼らに振るった暴力は必要なものだったろうか?
彼らに悪意があった訳では無いはずだ…
自己嫌悪と酒の悪い回りで気分が悪くなったミラは、足早にその場を離れようとする
「………だぁ~い好きだよ……」
不意に誰かに声をかけられた
「……だぁ~い好きだよ!」
見れば、先程まで男達に足蹴にされていたラムネだった
鼻血を出しながら、満面の笑みでミラを見詰める
どうやらミラが自分を助けてくれたと勘違いしている様だ
「これにて御免… 」
ミラはそんなラムネに背を向け、夜の闇に消えて行った