崖の縁のミウたん   作:新六毛

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朝日の白銀 (2)

駐日ロシア大使館付き武官として、シーニースベリヤノフが来日するとの情報がミラの元に届いたのは、翌日の事だった

その日の深夜、指定された港の外れの駐車場に止まったワンボックスの中で、ミラは作戦の実行計画書を渡される

ついに来た…

ミラは今までの辛く悲しい日々を思い出す

 

シーニースベリヤノフ…

元ロシア軍チェチェン侵攻部隊隊長

ミラの故郷を焼き、家族を… 友人を惨殺し、ミラの幸せを奪った張本人

ミラはこの男に復讐を果たす為、日本にやって来たのだ

シーニーが軍服を脱ぎ、クレムリンの奥に引き籠ったと聞いた時、ミラは復讐を果たせぬ無念に咽び泣いた

そして、軍服を脱いだのが外交武官として満たされた余生を送る為であり、その希望勤務地が日本と聞いた時、ミラは迷わず日本行きを志願した

 

作戦のあらましはこうだ

空港から大使館に向か途中のシーニーを襲撃する

まず、車列の前方で仲間が自爆テロを敢行し、動きを止める

更に別の仲間が前方から車列に襲いかかる

警護が前方に集中した時、ミラが手薄なシーニーの車を襲撃し、シーニーを討ち取るというものだ

計画は楽ではない 仲間はミラを混ぜて5人

一人は自爆テロで命を落とすが、ミラを含め、残りも生存は出来まい

更にミラの強い要望により、ターゲットのシーニー以外には危害を加えない計画なのだ

陽動役の三人はエアガンと発煙筒で可能な限り護衛を引き寄せる

ミラはこの日の為に会得したポン刀でシーニーを狙うのだ

祖国への殉死を誓い、日本酒で盃を酌み交わすと、計画実行のその日まで、それぞれの準備を整えるべく市井に紛れて行った

 

 

 

事件が起きたのはそれから間もなくだった

仲間の一人が裏切り、日本とロシアの治安当局に襲撃計画を暴露したのだ

アジトは摘発され、仲間は次々と捕縛される

ミラの住むマンションも遂に公安警察に包囲される

間一髪、ミラは類い希な運動神経でマンションの屋根を伝いに包囲を脱する

しかし、最早計画の実行は不可能…

ミラ自身も身の隠し場を無くし、今日も廃倉庫の片隅で疲れた身体を休めていた

 

同じ境遇を生き延び、祖国に忠誠を誓った筈の仲間の裏切り…

復讐計画の頓挫…

肉体的にも精神的にも憔悴仕切っていた

襲撃用のポン刀と共に持ち出した数少ない荷物の一つ、スコッチの最後の一口を飲み干して、空き瓶を放り投げた

お金はあるが、この国ではたたでさえ目立つ風貌

店に手配書が回っていれば、直ぐに足がついてしまう

「最早、これまでか…… 」

ミラは切腹を決意したサムライの様に力無く頭を垂れると、溶ける様に壁に寄りかかった

「!!」

その時、廃倉庫に微かな物音が響く

ミラはポン刀を両手に握ると、壁を背にしたまま、ゆっくりと音のした方向を見遣る

遂に追手が…!?

 

「お菓子… 食べる~?」

「……だぁい好きだよ……」

ミラは豊満な胸を撫で下ろした

視線の先に見えたのは野良幼女、ラムネだった

どうやらこの廃倉庫の先住民だったようだ

ミラは先日の事を思い出す

日本に来てから何かとラムネに縁がある

二人のラムネは何処から拾って来たのか、 スナック菓子の袋からカスをまさぐり口に運ぶ

ミラにはそれが、生ゴミにたかるゴキブリの様に見えて、思わず身震いした

どうしてもこの野良幼女という生き物は好きになれない

こんなものにうろうろされると何かと面倒だ

ミラはポン刀を静かに抜くと、気付かれない様にラムネ達の背後に廻る

その時、片方のラムネの顔に、一筋の鼻血跡を見つけた

「!?」

野良幼女の外見の違いは常人には判別出来ない

だが、この鼻血の垂れ具合、蹴られた頬の腫れ具合は、間違い無くあの日のラムネだろう

ミラの脳裏ににあの日、何度もお礼を言って微笑むラムネの顔が浮かんだ

それと同時に一筋の光明が射し込んできた

(これは… 使えるかも知れない……!)

 

その日から、ミラと二人のラムネの奇妙な共同生活が始まる事になる

初め、突然現れた侵入者に警戒するラムネ達だったが、鼻血の方はミラの姿を見て満面の笑みになる

ミラの予想通りあの日のラムネだったようだ

人なつっこくミラに近づき、歓迎の意思を示している様だ

ミラもコートのポケットに運良く入っていたキャンディを2つ、彼女達に差し出す

人に優しくされるのは初めてなのか、二人ははち切れんばかりの笑顔で合唱する

「「だぁい好きだよ~!」」

 

 

 

野良幼女にも貨幣経済を理解出来る者は存在する

問題は店側の対応だ

心の広い店主、店員ならば、お金を持つ以上客として扱うだろう

だが、大抵の店ではラムネの存在はゴキブリ、溝ネズミ並み…

入店するなり殴る蹴るは当たり前

金は巻き上げられ、酷い場合は命も奪われる

その程度の存在

鼻血ラムネもそれが分かっているのだろう、先程から商店の入り口をうろうろしながら、中の様子を伺う

そして不安げに、建物の陰に身を潜めるミラの方を何度も振り返る

ミラはその度、ラムネを安心させる様に微笑んで頷く

(頼む… 頑張るでござる…… )

ミラは心の中で呟く

その声が聞こえたかの様に、ラムネは意を決して店内に飛び込む

その数分は無限の長さに感じられた

祈る思いで商店の入り口を見つめるミラ

両手に白いレジ袋を抱えた笑顔のラムネが現れた時、ミラは生まれて初めて神に感謝した

 

「これ食べる~!」

廃倉庫の片隅で細やかな夕食会が開かれた

ミラの注文した酒と新聞はなかったが、ジュースに菓子パンと駄菓子、とりあえず飢えは凌げそうだ

いつもの残飯とは違うご馳走に、目を輝かせがっつくラムネ達

改めて彼女達を観察するミラ

どうやら鼻血ではない方のラムネは、身体が弱い様だ

日がな一日、ベッド代わりの段ボールに横たわる

鼻血の方は献身的にそれを労る

ミラの知る常識では、野生の幼女は群れを成さない筈だった

少なくともチェチェンに居たティナ達は成さない

だか、遥か日本で出会った目の前の野良幼女達は、中睦まじい姉妹のような振る舞いを見せる

「これ~~!」

いつまでも手を出さないミラが遠慮でもしていると思ったのか、クリームパンの欠片を差し出す鼻血ラムネ

野良幼女にまで同情されるとは、焼きが回ったな…

ミラは思わず自嘲した

 

 

 

段ボールの上で、薄いタオルケットを被り横になる三人

ミラを挟むラムネ達は既に寝息を立てている

ミラは遠い昔を思い出していた

一つのベッドに兄弟姉妹で潜りこみ、夜遅くまでお喋りしていたあの頃…

幸せだった懐かしい日々…

……皆の仇は… 必ず……

 

予想より暖かいラムネ達の体温に、ミラもいつしか夢の中へと誘われた

懐かしい夢の中へと……

 

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