崖の縁のミウたん   作:新六毛

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朝日の白銀 (3)

明くる日からミラの監督の下、ラムネの謎の訓練が始まった

土嚢袋で作ったリュックを背負い、地面に書かれたバツ印まで走る

そこでリュックから伸びた糸を引く

それが出来るとミラはラムネの頭を撫でて、お小遣いやお菓子ををあげる

ラムネは遊んでるつもりなのか、ニコニコ笑顔を絶やさず、この単純な動作を繰り返す

半日も過ぎる頃には、随分動きも機敏になった

額に汗を滲ませ、大きく息をつくラムネ

予想以上の出来だ

ミラはラムネにお小遣いで買い物に行かせると、1枚の地図を広げる

海浜公園の隅にある、彫刻のオブジェの側、大きな銀杏の木の下にそれは有る筈…

あの時、当局に追われる仲間が必死に持ち出し隠した物

その在処を記した地図をミラは託されていた

仲間は既にロシア当局に引き渡されているだろう

言語を絶する拷問で、計画の全容を聞き出しているに違いない

計画書そのものも或いは奴等の手に…

だとすれば、そこに隠された襲撃用の爆薬は既に発見されている筈だ

望みは薄い

だが、今はそれに賭けるしかない

 

その夜、ラムネ達が深い眠りについた頃、ミラは廃倉庫を抜け出し、闇に紛れ海浜公園にやって来た

目印のオブジェは直ぐに見つかる

ミラは注意深く辺りを窺うと、銀杏の木の下に立つ

掘り返された形跡はない

祈る様気持ちで、地図に印された走り書きを頼りに、その北側を掘っていく

程無くして小さな木箱の蓋が顔を覗かせた

(あったでござる…… )

ミラは思わずその場に倒れ込む

それは疲労や緊張によるものではない

この木箱の存在…

それは捕らえ、激しい拷問にかけられても尚、計画の全容を暴露しない仲間達の存在を表しているのだ

微かな希望… 逃げ延びたミラが必ずや計画を実行に移すと信じて…

どうしてその思いを無にする事が出来るだろうか!

そうとも… やり遂げてみせるとも…

ミラは天頂に瞬く青星に誓うのだった

 

東の空が白む頃、廃倉庫に戻ったミラは奇妙な光景を目の当たりにする

鼻血ラムネが病弱ラムネの上に寝そべり、頬を刷り寄せている

初めそれを見た時、ミラはそれがラムネ種の生殖行為と思い、激しい嫌悪感に思わず切り捨てる所だった

だが、どうも様子が変だ

鼻血は抱き締める様に病弱を抱え、微動だにしない

ミラが近づくと、気付いた鼻血が不安そうに顔を向けてきた

状況が飲めてきた

ミラは病弱ラムネの様子を見る

青い顔でぶるぶる震え、譫言の様な微かな鳴き声をあげている

病弱の額に手をあてる

ラムネの基礎体温は知らないが、人間の基準で言えばかなりの高熱だ

無理もあるまい だだっ広い廃倉庫はこの季節、夜ともなれば気温は氷点下まで下がる

外気と大差は無いそこに薄布1枚で寝ていれば、ただでさえ身体の弱い個体は体調を崩すだろう

鼻血はミラの表情から何かを読み取ったのか、更に病弱の身体を抱き締め、頬を押し付ける

鼻血なりに彼女を温めているつもりなのだろう

「無駄でござる… 」

ミラはそう言うと羽織っていた真紅のコートを二人に被せる

そして、倉庫に散らばる麻袋を何枚か集め、彼女達の側でライターで火を着けた

本来ならこれはやりたくなかった

廃墟とは言え市街地の一角、火と煙とその臭いは、付近の住人に廃墟内の異常を知らせてしまう可能性がある

別にやらなくとも良かった筈

計画に関係の無いラムネが1人死のうが生きようが…

何故自分がそうしたのか、ミラ自身も分からない

小さな炎が立ち登り、僅かに周囲の空気を暖めていく

それを見た鼻血が驚いた様に顔をあげ、ミラを見つめる

ミラはそれを無視すると、二人に背を向けて段ボールに横たわった

 

ミラは子供の頃を思い出す

チェチェンの春の風物詩、 野焼き

長い冬の終わりを告げるその日は、ちょとしたお祭りで、村の広場に屋台が出たり、近所の人々が集まって大皿料理を作ったりする

ミラもそんな雰囲気が大好きで、よく友人や兄弟達と大人達に混ざり、野焼きを手伝った物だ

野焼きの目的は枯れ草の除去と、冬の間にそこに巣くう野良幼女の駆除だ

ティナと呼ばれるピンク色の頭髪をした野良幼女

チェチェンでは冬になると何処からか人里に集まり、田畑に簡単な住居を築き越冬する

枯草に着けられた炎は瞬く間に一面を舐め廻していく

方々からあがるティナ達の悲鳴

高台から炎に追われるティナ達が右往左往する様を、屋台で買ったパンケーキを頬張りながら眺めたものだ

ミラはこの生き物が嫌いだった

近くで接した事は無いが、炎が枯草を焼き尽くした後に晒される、彼女達の黒焦げの死に様に、いつも嫌悪感を抱いていた

幾重にも折り重なり、自分だけが少しでも上へ上へ中へ中へと、仲間を押し合いへし合いして果てたその姿を、心底侮蔑していた

野良幼女はそういう生き物だと教えられてきたし、ミラ自身もそう思っていた

だが…

日本で出会った野良幼女は、ミラの想像していた生き物とは少し違った

彼女は仲間を思いやる心を持っていた

国も違えば野良幼女の質も違うのだろう…

 

「!?」

不意に背後で気配がして、ミラの頬に柔らかい物が当たった

ラムネの頬だった

彼女はミラに覆い被さると、先程病弱ラムネにしていた様にミラを抱き

締めてきた

 

私を… 温めているつもりなのか…?

 

コートを脱いで、独り横たわるミラが凍えると思っているのだろうか…?

ミラはじっとしたまま、ラムネの好きにさせた

意思の疎通が面倒だったし、何よりその行為がミラの心の奥に得体の知れない蟠りが広げて行き、それへの整理に意識を奪われていたからだ

 

もしも… もしも、このラムネが… ありふれた野良幼女の標準的な個体なら……

野良幼女にも、仲間や家族を思いやる感情があるという事なのだろうか……

ミラが忌み嫌ったティナ達にも、仲間や家族があったのだろうか……

もし… もしそんな感情がティナ達にあったのなら…

あの折り重なり倒れた黒焦げのティナ達は……

 

ミラは故郷がロシア軍に攻撃されたあの日を思い出す

炎に巻かれ、方々からあがる悲鳴

家族をを呼び会う悲痛な叫び

親が子を、兄姉が弟妹を庇い、撃たれ、焼かれ、殺されていったあの光景……

ミラの心を喩え様の無い黒い霧が覆っていく

考えたくは無い

ティナ達は野良幼女だ 感情等ある筈が無い

ミラは尚も頬を押し付けるラムネの油ぎった頭を撫でると、その身体を押し退け目を瞑った

 

 

 

ミラには微かな勝算があった

連中はミラの組織が壊滅したと思っているに違いない

そこに隙が生じる筈

警戒は増すだろうが、それが更なる傲りも生む筈だ

ミラは敢えて当初の計画通り、大使館に向かうシーニーの車列を狙う事にした

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