崖の縁のミウたん   作:新六毛

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鰯雲の思い出

ミウたんの住むあばら屋から少し郊外に歩くと、小さな神社が見えてくる

名前も曖昧なそこには、毎月15日に縁日が立つ

広くはない境内だが、その日は何軒もの出店がたち、わざわざ遠方から訪れる人もいて結構な賑わいだ

そんな境内の片隅に蓙を敷き、きちんと正座をするミウたんがいた

彼女の前には数本のこけしが無造作に並ぶ

勿論そのこけしはミウたんの作

社会風刺とウィット、それを十代の瑞々しい感性でスタイリッシュに表現した自慢の最新作である

毎月一度、縁日が立つこの日にミウたんは自作のこけしの展示即売会を行うのだ

こけし界においては新世代こけし表現者の一人として注目を浴びるミウたんだが、そこはやはりアートの世界…

他の芸術界の多分に漏れず、若手が容易く糊口を凌げる程、甘い世界ではない…

かの有名な室町時代のこけしの名匠 "カルロス田中衛門" でさえ、作品が金銭的価値を生み出したのは、江戸時代中期、元禄年間の頃である

事実、ミウたんは未だこの即売会でこけしが売れた事は一度もない

それでもミウたんはこの縁日に通い続ける

これは彼女にとって芸術家としての一種の修業なのだ

この縁日で自分のこけしが完売した時、それが彼女が真のこけしアーティストになる時なのだ

"修業舞台(ステージ)"

彼女はこの場所をそう表現する

 

麗らかな日射しが降り注ぐ境内を行き交う人々…

華やかな喧騒が辺りを包む中、ミウたんの座る一角だけがまるでモノクロ写真の様に、暗く静かな異空間を作りだしていた

まるでこけしの様に生気のない瞳で縁日の風景を見つめるミウたん…

今日、この蓙の前で立ち止まったのはたった一人…

ガタイの良い中年の外国人だけだ

観光客風のその男は、如何にもジャパニーズなミウたんのこけしに興味を示し、ミウたんも脈有りと見て一生懸命こけしの魅力をアピールした

だが、その男は一通りこけしを弄り倒した後、

「HAHAHA!HEY! MUTANT!」

と彼女のこけしを化け物扱いした揚げ句、唾を吐きかけ笑いながら去って行った

自分の芸術を足蹴にされる屈辱…

これには流石のミウたんもショックを受け、お昼ご飯として用意した自作の五目いなりも喉を通らなかった

「どうして誰も解ってくれないの……」

小さなお胸のミウたんの、その大きな瞳が透明な成分に満たされる…

 

 

 

縁日の帰り、近所のヨーカドーで買い物を済ませたミウたん

抱える大きな紙袋からはグレープフルーツがのぞいていた

最近のミウたんのお気に入り、キンキンに冷やしたグレープフルーツを二つに切って、ひとつまみの砂糖を振りかけるだけのお手製お手軽スイーツを作るのだ

温めの湯船に浸かった後に頂くそれは、自分へのささやかなご褒美だ

結局、今日もこけしは売れなかった

それでも今日一日、きちんと修行舞台で踊り続けた自分を誉めてあげたい

小さく舌を出してお楽しみの時間に思いを馳せるミウたんは家路を急ぐ

 

ミウたんの爪先がコツンと道端の小さな石ころを弾いた

それが転がって、オドロオドロしい、ピンクのモルタル壁の家の前に止まる

壁を這う蔦、傾いたスレート葺きの屋根、雑草に埋もれる庭…

このあばら家こがミウたんが住まう、前衛芸術の発信拠点

『ピンクミウたんハウス』

彼女は愛情を込めてそこをそう呼んだ

 

"あれ?なんだろ~コレ?"

庭先に立てられた、棒切れの先に空缶を結わえ着けただけの、彼女が頑なにポストと呼ぶそれから垂れた細い糸…

無意識に引っ張るミウたん

辺りは光に包まれた……

 

 

 

雄大な日本海に沈む紅の太陽

さざ波と鰯雲を鮮やかに染めて、時は今サンセットモード…

真っ直ぐに続く砂浜の上で、ミウたんは目の前に描かれた光のパノラマに心を奪われる

「帰るぞ、ミウ!」

背中の向こうからの不意の呼び掛けに我に帰るミウたん

「待って、お父さん!」

防波堤の上で自転車を押す父の元へ、ポニーテールを揺らし白いワンピース姿のミウたんが駆けて行く

寄り添う二つの影が夕暮れの浜道に長く伸びる

幼い頃母を亡くしたミウたんを男手一つで育てる父

ミウたんの大好きなお父さん

様々なデータからお馬さん競争の順位を予想するという、とっても難しく大変なお仕事をしていながらも、お父さんは暇を見つけてはミウたんと仲良く遊んでくれた

ミウたんのお家は友達と比べれば決して裕福ではなかった

いや、きっとずっと貧しかった

ミウたんのお洋服は全部ご近所さんから頂いたお古だったし、遠足のお弁当は梅干しのおにぎりが二つだけ…

当然おやつも買えなかったから、遠足の時はいつも一人ぼっち…

ちょっぴり寂しい思い出…

でもミウたんは一度として父を恨んだ事は無かった

貧しくとも沢山の愛情を注いでくれた父

ある日、ミウたんが転んで膝を擦りむいた時は、四時間にも渡り血の滲んむ膝頭をペロペロ舐めて治してくれた

一緒にお風呂に入れば、いつもゴツゴツした大きな手でミウたんの身体を隅々まで丹念に洗ってくれた

ミウたんはいつも途中で気持ち良くなり頭の中が真っ白になって寝んこしてしまった

ちょっぴり恥ずかしい思い出…

何時までもお父さんと一緒に紡いで行くはずだった幸せの日々は、だがある日突然終演を迎える

まだ肌寒い早春の1日、中学校の入学式の日、お父さんは忽然と姿を消したのだ

 

それからのミウたんの人生は苦難の連続だった

退魔師を務める親戚の家へ養女として預けられたミウたんは、そこで小生意気な義理の妹と一緒に退魔師として悪霊と闘ったり闘わなかったり…

イケメンの許嫁が出来たり出来なかったり…

最後は自分が悪霊となって警視庁を潰したり潰さなかったり……

過酷で悲惨な毎日…

そんなミウたんを支えたのは、もう一度大好きな父に会いたいという思いと、

父がクリスマスのプレゼントとしてミウたんに買ってくれた『マルハン』という変わった名前の付いたこけしだった

ミウたんの瞼に微かに浮かぶ優しい母の面影…

このこけしの顔はなんとなくそんな母に似ているような気がして、ミウたんはとても気に入っていた

ある時からミウたんは夢を持った

 

こけし職人になりたい…

 

自分と母の姿を合わせたこけしを造り、世に送り出せば、いつか父の目に止まるかもしれない

そして自分の事を 思い出してくれるかもしれない!

ミウたんは南京袋に彫刻刀セットと宝物のこけしをしまうと、東京行きの各駅停車に飛び乗ったのだった……

 

 

 

閃光と煙が収まるのを、ミウんはドクダミの茂みの中で見詰めていた

夕陽に照らされる茜雲… あの日の雲に良く似てる

袋から溢れたグレープフルーツの香りが、微かにミウたんの鼻腔を擽った

空缶ポストに仕掛けられていたのは、間違いなくプラスチック爆弾だった

運が良かったのか、それとも警告の意味なのか、爆薬は少なく、ミウたんは軽症で済んだ

ミウたんには犯人の目星が直ぐに着いた

「ビック… バースト……」

奴等はミウたんを見逃すつもりは無いらしい

これから始まるであろう戦いの日々に、ミウたんは己の運命が大きく変わって行く様な気がして、思わず身震いした

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