外食産業に赤字は許されない
収支は勿論、それを維持する為、カレンダーにも赤字など無い
多くの人々が新しき一年の訪れを祝い、華やいだ雰囲気に街中が浮かれる正月と言えども、例外ではない
「いらっしゃいませ~! ……お待たせしました~!」
日本の外食産業を、その最先端でマネージメントするイケてるキャリアウーマンミウたんは、この三ヶ日もフルシフトである 世間的には不味い、高い、遅い、豚の餌、あんなの食う奴ド底辺、と散々な評価のミウたんの勤めるファーストフード店も、流石にこの時期は大盛況で、シフト上がりの夜11時には、ミウたんの傷んだヘアーも、揚げ油の飛沫で一本一本補修&密閉で内側からLUXスーパーリッチな輝きを放っていた
「お疲れ様でした~」
そんな冷めた骨無しチキンの様な、淀んだ残り香をロッカールームに漂わせ、ミウたんは夜の街を疾走する
ミウたんが毎月こけしの展示即売会を開く神社の大鳥居を潜ったのは、夜の11時50分だった
「なんとか間に合った…… 」
正月も三日目の夜ともなれば、境内の人影も殆どない
白い息を弾ませ幣殿に向かう
ミウたんは何とか三ヶ日の内に初詣を済ませたかった
一昨日は独り双六、昨日はバイトが早朝から深夜に及び、体力的余裕が無かった
普段、社会の食べ滓を舐め取って生きてる様なミウたんだからこそ、この様なげん担ぎや縁起行事は大切にするのだ
身の程も知らずにも念入りに願掛けしたミウたんは、次いで毎年恒例の御神籤を引く
生まれてこの方、小吉以上を引いた事がないミウたんは、今年こそ幸多からん事を祈り、百円玉を放って籖を引く
(………末吉)
正直、小吉と末吉のどちらが良いのか分からないミウたんは、神妙な表情で籖の内容を読み漁って行く…
金運…… 望み無し
健康…… 可もなく不可もなく
恋愛…… 身の程を知れ
仕事・学業…… 底辺ワロス
人間関係…… 宿命の輪が閉じる
「はぁ………」
ため息をつくミウたん
中卒ミウたんでも内容が散々な事位は分かる
ミウたんは籖を丸めて参道に叩きつけるという暴挙に出ると、そのままブツブツ悪態をつきながら神社を後にした
自分の宿命の輪が閉じるようとしている事にも気付かずに……
次の日、遅ればせながら正月休みを頂いたミウたんは電車に揺られていた
ミウたんが贔屓にしているこけしアート用品専門店の、初売り兼、新年イベントに参じる為である
基本的に移動は徒歩かピンクミウたん号のミウたんであるが、残念ながらこの専門店は都心に位置する
一応、運転初心者の意識があるミウたんは、流石に都心のど真ん中を走る勇気が無い
駐車場も基本有料になる事を考えると、ミウたんは都心に向かう場合、必ず鉄道を使うのだ
だが、ミウたんはこの電車という乗り物が好きではない
正確に言えば「駅の改札」が苦手なのだ
自動改札……
ミウたんの田舎の何とか半島の根元にも、其が無い訳ではない
ただこの大都会に於いて、自動改札程、全体主義と己の凡庸性を求められる物は無いとミウたんは思う
ミウたんは初めてこの都会で、自動改札を通過しようとした時の事を忘れられない
氾流の様な人の波の中、ところてんの様に自動改札に流されたミウたんは、田舎での僅か二回だけの経験に基づき、緊張を隠し極めて何食わぬ顔でクールに切符を投入口に流した
けたたましい警告音と共に、下腹部を金属の板に強かに打たれ、踞ったのはその直後だった
ミウたんはその物理的痛みより、心の痛みの方が辛かった
背後から聞こえた大きな舌打ち
お腹を押さえながら照れ隠しにはにかむミウたんに、誰独り目もくれずそそくさと流れて行く人波…
ミウたんは叫びたかった
自分は決して自動改札も知らぬ田舎者ではない
ただ、余裕が… 切符の向きや料金を確認する時間的余裕が無かっただけなのだと…!
都会の人達だって、初めからクールに自動改札出来た訳ではない筈なのに…
以降、自動改札はミウたんのトラウマとなる
今でこそ、自動改札の一発通過率は8割を越えるが、出来うる事なら近寄りたくない存在なのである
そんな恥辱の過去を反芻する間に、電車は目的の駅に到着する
都内有数の巨大駅 氾流の様な人の波
今は幾らかその波を掻き分けられる様なったミウたんが、中央改札 に差し掛かった時だった
「……銀色の扉です………」
ミウたんの目の前に、大きなリュックサックが立ち塞がる
見れば、ミウたんより幾らか年下に見える少女が、自動改札を前に仁王立ちしているではないか…
人の濁流の中州に、取り残された様に立ち尽くす少女
誰の目にも典型的なお上りさんと映る
慣れない都会の、人と物の洪水に身の置き所も無いのだろう
数年前、自分がそうだったミウたんには分かる
(……自動改札になんて、負けません!)
背中でそう語る少女の視線は、激しい開閉を繰り返す自動改札に注がれている
その姿があの日の自分に重なる
ミウたんが彼女の肩に優しく手を掛けたのは必然であろう
ミウたんは彼女の手を引くと、彼女が見える様に自分の切符を自動改札に飲み込ませる
ミウたんの優しい笑顔と手解きのお陰か、少女も難無く自動改札を突破した
喧騒の中、互いの声は殆ど聞こえないが、少女は笑顔で何度も何度もミウたんに頭を下げ、人混みの中に消えて行った
ミウたんもその姿が見えなくなるまで、手を振っていた
あの時、自分がして欲しかった事を、今日、あの子にしてあげる事が出来た…
真冬の寒空の下でも、ミウたんの心はぽかぽかと温かかった