崖の縁のミウたん   作:新六毛

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先刻までは… (1)

初めは微かな亀裂だった

ビルの解体工事から響く振動が、地下の老朽化した水道管に少しずつプレッシャーを掛けていた

亀裂から染みでた水は、徐々にではあるが辺りの土を泥に変え、静かに液状化させていく

やがてその僅かな圧力ランスのズレが、一掴みの土塊を崩す

それが合図となった

小さな崩壊が別の小さな崩壊を生み、その崩壊の連鎖が、より大きな土塊の崩壊を呼ぶ

誰も気付かぬ地下の世界で、破壊と破滅の序曲が奏でられていた…

 

 

 

その日、ミウたんは返書の為、図書館を訪れていた

「日本妖怪全集」…

児童書コーナーのそのタイトルに魅入られたミウたんは、

こけし制作の参考の為と自分に言い聞かせ、司書の冷たい視線に耐えながら貸し出しの手続きを済ませたのだ

目眩く妖怪世界… 自然科学の粋を集めた造形と設定… 郷土の信仰と伝承の融合…

思わず高鳴る胸の鼓動…

納得の内容に心奪われたミウたんは、時が経つのも忘れて貫徹していた

眠い目を擦りなが図書館を後にしたミウたんは、バイト先に向かうべく、地下鉄のホームへ続く階段を降りて行った

平日の昼間は地下鉄も空いている

ミウたんは暖房の効いた車内に潜り込むと、その暖かさに忽ち夢の国へと誘われて行った

地下鉄の運転手が前方を塞ぐ白い影に気付いたのはその数分後だった

 

『ギ、ギィィィィィィッ!!』

 

凄まじい金属の悲鳴を響かせながら地下鉄は急ブレーキをかけた

突然襲い懸かるのGに、車内では悲鳴が木霊する

溶けた泥田坊の様にシートに凭れ、飢えた狐者異の如く涎を垂らしながら爆睡するミウたんは、その加重移動に対応出来ず、ゴム人間のように吹き飛び、手摺の支柱に激突する

「んびぎゃっ!」

気持ち悪い悲鳴を上げて、鼻血を垂らしたミウたんが目を覚ました時、再び強い衝撃が車両を襲った

地震の様な激しい揺れと衝撃音

再び車内に響く悲鳴と叫び

ミウたんも硬い何かに必死に捕まり体を押さえる

一体何が起きたのか? 数秒だった様な気がするし、もっと長かった気もする

揺れと轟音が収まると、今度は照明が消え、車内は暗闇に包まれた

床が傾き、低知能のミウたんでも車両が脱線したのが解る

乗客達が動揺と困惑の声をあげている

漸く落ち着きを取り戻したミウたんは、鼻血を拭いながら辺りを見回し、状況を観察した

窓の外では、僅かに遠くのトンネル照明の光が流れて、うっすらと外壁を浮かび上がらせていた

誰かの声が外から聞こえる

非常コックでドアを開けた人々が車両から降りている様だ

ミウたんの車両でもそれに反応して、非常コックでドアを開けようと、幾つかの影が動いていた

ミウたんは手摺を伝って立ち上がる

主に顔面が痛い… それ以外はとりあえずかすり傷の様だ

10人程の車両の乗客達にも、さほど重症者はいない様だ

漸くドアが開いた

 

「大丈夫かい? 立てる?」

不意に声を掛けられた

大分暗闇に慣れてきた目で、それがサラリーマン風の中年男性だと分かった

多分、向こうもミウたんを可憐な美少女と認識したのだろう

感性鋭いミウたんは直ぐに男の下衆な下心を読みとる

(この男、暗闇に託つけて私を犯るつもりね…!)

自意識過剰で統合失調症の疑いがあるミウたんは、無愛想な返事を返すと、開いたドアから勢いよく飛び降りた

『ビシャッ!』

ミウたんの両足が水を跳ねた

(水!?)

踝まで浸かる量の水が暗い地面を覆っている

その時、車両の前方から聞こえる滝の様な水音に気付いた

その暗い前方に目を凝らすと、遥か先に天井から落ちて来る白い影と、その下に盛り上がる黒い塊

そしてその塊に突っ込んで傾いた地下鉄の先頭車両の姿が見えた

どうやらあれが脱線の原因の様だ

様だと言っても、あれが何なのかミウたんにはよく分からない

 

「怪我をされた方は居ませんか? ここは危険です 車両後方へお進み下さい!」

運転手だろうか、制服姿の男性が大声を上げて乗客達を誘導している

暗い地下トンネルでの脱線事故…

「危険」というキーワードは乗客達に大きな緊張感を与えた

ぞろぞろと黒い群れが車両の後方に歩き出す

ミウたんもその群れに紛れて歩み出した 大変な事に巻き込まれた

バイトは遅刻だし、怪我もしてしまった よく分からないが、これは損害賠償が請求 出来るかも…?

地上に出たら、マスコミのインタビューを受けたりして…!?

ひょっとして、そこからアイドルデビューとか…!

馬鹿としか言い様のない糞呑気な妄想を膨らませるミウたん

下卑た金勘定も頭を過り、無意識にスカートのポケットに入っている蝦蟇口に手を伸ばす

(!!)

そこで初めてそれが無くなっている事に気付いた

ミウたんの当座の全財産、4700円が入った大事な蝦蟇口

どう考えても先程の転倒の際に落としたのだ

損害賠償はともかく、あのお金は無くせない

ミウたんは踵を返し、自分が乗っていた車両に小走りで戻って行く

「危ない! 戻って!」

運転手の制止を振り切り、傾いた車両のドアによじ登るミウたん

暗い車内 ミウたんはスマホの明かりで床を照らす

「……ターゲット確認!」

車両前方のシートの下にミウたんの蝦蟇口はあった

まるで標的を捉えたスナイパーの様な堂々たる表情で、蝦蟇口を拾い上げるミウたん

その時だった

再び地震の様な振動が伝わってきた

直ぐにそれは激しくなり、轟音が響き渡る

咄嗟に頭を押さえて踞るミウたん

再び静けさが戻り、恐る恐るドアから外を覗く

何も見えない…

先程まで、微かにトンネル内を照らしていた 照明の光が見えない

急に怖くなったミウたんは皆の後を追うべく慌てドアから飛び降りた

『ガボンッ!』

(!!)

ミウたんの膝から下が水に飲まれる

(あ、あれ? 水位が… 増えてる…)

さっきまで踝だった水位が、膝下まで来ている

流石に危機感が沸いてきたミウたんは、ガボガボ水を掻き分けながら、皆の後を追い車両後方へと向かう

だが直ぐにそれは阻まれた

ミウたんの目の前に土砂の壁が築かれていたのだ

(そ、そんな… もしかしてさっきの振動は……)

ミウたんの予測は残酷にも的中していた

ミウたんが蝦蟇口を拾い上げ調子に乗っている間に、車両後方で新な落盤が発生していたのだ

間一髪、運転手と乗客達は難を逃れ、最寄りの駅へと待避に向かう

だが命より小銭を惜しんだミウたんは、完全に地下の密室に幽閉されてしまったのだ

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