"珍満祭"……
東北地方の裏の方の一角で、旧正月に行われる伝統祭事
五穀豊穣と子孫繁栄を祈願し、白装束に身を包んだ男女が、神社の境内で夜通し押し競饅頭をするという、日本七大奇祭の一つである
そもそもは奥州藤原氏の時代、領民が普請に対する褒美として与えられた白餅を奪いあった事に由来するという…
(民明書房刊「みちのくの祭と因習~神話世界のスキャンダル~」より)
「ネ、ネズミさん……」
薄暗い納屋の中、麗羅は布団叩きの柄を握り直すと、段ボール箱が重なる奥の一角にゆっくりと歩を進ませた
麗羅の家に不法侵入者の痕跡が発見されたのは3日前…
朝起きると台所の床に泥の足跡、茶箪笥の引戸に隙間が有り、更に冷蔵庫の取っ手にも泥の手形を発見する
幸いこの時は食物が保管されていなかった為、実害は無かった
ただ、不衛生な何者かに台所を漁られた不快感は、麗羅と義理の母姉達を戦慄させるに十分だった
次の日には被害が二階にまで及ぶ
音模姉さんの部屋に侵入した何者かは、タンスやクローゼットを蹂躙する
泥まみれの床一面に散らばる洋服や熊のヌイグルミ… 食べ掛けだったのじゃがりこの空容器…
帰宅した音模姉さんの耳を劈く悲鳴
そして麗羅は不法侵入者の発見、駆除を命じられたのだ
雪に埋もれた庭に家族以外の足跡が無い事から、犯人が屋内に潜伏していると確信した麗羅
家族と顔を合わせず潜伏出来る場所は台所に隣接する納屋しかない
状況から見て犯人はかなり大きなネズミだ 反撃を受けるかも知れない
麗羅は緊張と恐怖から思わず内股になる両足を何とか引き摺って、段ボール箱を布団叩きで突っついていく…
『ガタッ』
一番奥の一箱を突っついた時、遂に何者かが反応した
「ひゃあ! お化け!?」
自分で突いた事も忘れて、思わず飛び退る麗羅
放り投げた布団叩きを拾い上げ、構え直すと、今一度納屋の最深部に目を凝らす
そこで二つの瞳と目が会った
「麗羅、やるのです!」
渾身の跳躍から繰り出される布団叩きの一撃が、段ボール箱を薙ぐ
「ごめんにゃにゃい……」
「!?」
弾かれた段ボール箱の陰から姿を表したのは、薄汚れ、痩せこけた野良プリシラだった
「麗羅ちゃん… ネズミは見つかったのかしら…?」
麗羅が手渡すお茶碗を受け取りながら宛子が尋ねる
「はい、お姉さま… ネズミさんにはお引き取り頂いたのです…」
「何で殺さないのよ! ホント使え無いわね~!」
真理亜は箸でロールキャベツ突き刺しながら悪態をつく
「やめてよ… ネズミの血が飛び散ったりしたら気持ち悪いじゃない… べ、別にネズミを庇ってる訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」
長女の李里江は独り善りに頬を染めて味噌汁を掻き込んだ
「失礼しちゃうわよね……」
最大の被害者である音模はボソリと呟くと、苦手なほうれん草を真理亜の皿にこっそり移した
慌ただしい夕食の片付けも麗羅の仕事である
姉達はリビングで思い思いに寛ぐ
その様を横目で確認した麗羅は、鍋の底に残して置いたロールキャベツをタッパーに詰める
ゴミを出す振りをして納屋に入った麗羅は、段ボール箱の陰に声を掛ける
「野良プリシラさん、遅くなってごめんなさい… 麗羅自慢のロールキャベツを召し上がれ…」
その声に反応して、段ボール箱の陰から野良プリシラが姿を見せた
「ぴぴるれにゃん… ぴぴるれにゃん…」
お礼を言う様に二度鳴くと、野良プリシラはロールキャベツを貪った
余程お腹が空いていたのだろう 瞬く間にタッパーは空になり、汁の一滴も残らないまで舐め回した
"プリシラ"… 日本に生息する四大野生幼女の一種
生息数はラムネ種に次ぎ、比較的目に付きやすい
性格は臆病で用心深い
また他の野良幼女と比べると知能レベルは高く、個体によっては人間との簡単な意思の疎通も可能である
魔女帽子と、そこから伸びるおさげ髪が特徴
にゃんにゃんと猫に似た鳴き声を上げる
麗羅はその特徴的な魔女帽子越しに野良プリシラの頭を撫でると、昼間の内に用意していた毛布をその背中に掛けてあげた
「……あ… ありがとーにゃん……」
どうやら知能の高い個体の様だ
空腹も満たされ麗羅に心を開いたのか、
辿々しいながらも明瞭な声で改めて麗羅に感謝の意を示した
麗羅は納屋の隅で飢えと寒さに震え、恐怖と絶望の視線を向ける彼女を、氷点下の外界に追い立てる事がどうしても出来なかった
そして姉達は決して彼女の存在を受け入れない事も理解していた
その日から麗羅はこの新しい家族を納屋に匿う事にしたのだ
毎日少し多目に作るご飯を納屋に運び、少しでも快適に暮らせる様にと、毛布やこけしを与えた
そして姉達が外出して留守な時は、彼女を部屋に上げてお風呂に入れたり、着衣を洗濯したり、一緒に遊んであげるのだった
「プリシラさん、今日は麗羅とトランプしましょう」
「ぴぴるれにゃん!」
いつしか麗羅は、このプリシラとの秘密の生活が何よりも楽しみになっていた