後世のミウたん研究家の説によれば、ミウたんが己を可愛い女の子であると信じて疑わない理由は、大きく分けて次の3つであるという
1つは父親の過剰愛護…
ミウたんの父にとっては、愛する妻の忘れ形見である1人娘
どうしてもフォトショ並の補正が掛かり、溺愛する傾向が強まる
その様な歪んだ父娘関係の中で、自分に対する勘違いが生じたというもの
2つ目は露店商の存在…
ミウたんが小学三年生の夏祭りに、露店商から掛けられたという言葉
「そこの可愛いお嬢ちゃん、寄ってきな…」
不特定多数に向けられたその言葉を真に受け、歪んだ人格を形成したというもの
3つ目は中途半端な料理趣味…
ミウたんが幼少の頃、よく母親代わりを努めてくれた近所の老婆が、ミウたんに頻繁に聞かせたという格言
「料理上手は愛情上手、賄い上手は床上手」
これを玉串として育ったミウたんは、中途半端に料理にのめり込み、中途半端に料理の腕を上げ、止まる事を知らない自己陶酔の世界に浸ったというもの
取り分け、この3つ目の要素はミウたんの人生観にも多大な影響を与え、女の価値は筑前煮の味付けで決まると宣うまで、その価値観を歪ませる原因となったという…
そんなミウたんはこの日も台所に立ち、独り善がりに食材を弄んでいた
はんぺんをコンロで炙り、それを烏賊ゲソと茹で卵と供に醤油と味醂で煮詰める
ミウたんにとって、鍋と醤油を使う料理は全て筑前煮である
ミウたんの言う 《かわいい》の程がそこに垣間見える
鍋が煮立つまでの間、ミウたんはテレビで料理番組を観賞する
世間では美人と評価される女子アナやアイドルが、助手として辿々しい手つきを見せる
それがミウたんに、この上ない優越感を与えるのだ
ミウたんは妄想の世界に浸る…
美人女子アナとの料理バトル…
ありきたりでありふれた、何の変哲も無いハンバーグを無造作に皿に盛る女子アナ…
仕込まれた歓声が客席から上がる
一方、ミウたんは無骨ながら誰も見たことの無い、オリジナル筑前煮を手際よく丼に盛っていく…
アクセントとして最後に乗せたハイビスカスが、強烈なインパクトを与える
女子アナの時とは対象的にスタジオは静まり帰る
審査員のイケメン俳優は二人の料理を試食する…
そして女子アナの作ったハンバーグに唾を吐くと、ミウたんに婚姻届を差し出すのだった
翌日のスポーツ紙に踊るクッキングビューティーミウたんの文字…
恍惚の表情のミウたんは、吹き零れた鍋の音で我に帰り、慌てパンツから右手を引き抜く
今日の筑前煮も良い出来だ…
ミウたんは満足気に菜箸を踊らせていた
「いらっしゃいませ~ ご注文をどうぞ~」
寂れた肉パン屋で、今日も健気に声を弾ませるミウたん
夜も11時を回りそろそろ店仕舞い…
その一家が現れたのはそんな時だった
自動ドアの向こうに映った影は店内を覗き見る
既に客足は途切れ、無駄に明るい照明に照らされたテーブルだけが、寂しげに鎮座する
恰もそれを確認したかの様に自動ドアは開き、髪の長い女性と、その背後からまだ幼い3人の子供が入って来た
「いらっしゃいませ~」
こんな時間に子供連れなんて…
軽い違和感を感じながらもメニュー表を提示するミウたん
「ご注文をどうぞ~」
「……あの…… ハンバーガーを……… 1つ………」
「ご一緒にポテトかドリンクは如何ですか? 只今キャンペーンでホタテの串焼きもお勧めしてます」
「………お忙しい所 ……申し訳ありません……… ハンバーガーを1つだけ………」
「ワンバーガー、オーダー入りました~」
気まずそうに注文を終えると、子供を誘い静かに席に着く女性
皆、俯き加減で会話も無い
「………………」
ミウたんはカウンターの上を無意味に片付け、努めて平然を装った
一家四人でハンバーガー1つ…
この店で最も安いそれを、何食わぬ笑顔でテーブルに届ける
「お待たせ致しました~」
母親であろうその女性は、ハンバーガーの包みを開けると、それを3等分し子供達に与えた
何かを言葉を交わしたのかも知れない
子供達は一斉にハンバーガーに食らい付くと、たちまち平らげてしまう
物足りなそうにソースに濡れた指をしゃぶる男の子
女の子はハンバーガーの包みからパン屑を摘まみ口に運んでいる
ミウたんは視界に入るその光景を、遂に堪える事が出来なくなった
レジ裏の物陰に飛び込んで両手で顔を覆う
ミウたんには分かる
いや、ミウたんだからこそ分かるのだ 貧しさに喘ぐ人々の苦しみが…
ミウたんは清貧である
バイトの収入はこの半年で通算で60万余り
本業のこけし匠の都合から、シフトは余り入れられない
作業単価で見れば安くないかも知れない
だが、半年を60万でやり抜くのは極限の工夫と節約が求められた
それでも… そんなミウたんでも… ジャンクフードですらまともに食せない程お金に困る事は無かった…
静かに椅子を引く音と足音が耳に入り、ミウたんは物陰から飛び出した
「ありがとうございました~……」
嗚咽を必死に堪えて、いつも以上に明るく挨拶するミウたん
自動ドアから一家が出て行くのと同時に、ミウたんの目鼻から汁が溢れた
「……ナイス接客………」
厨房の奥から調理担当の店長が姿を表し、ミウたんの肩を優しく叩いた
店長もこの光景を奥から見ていたのだろう
ミウたんはその声に小さく頷くと、涙を流しながら、賄いのDXメンチカツバーガーを口に運ぶのだった…
その日から、あの一家の事がミウたんの脳裏を離れる事は無かった
自動ドアが開く度に、無意識にあの一家の姿を探してしまう
それが彼女らの幸せを意味する訳でもないのに……
「いらっしゃいませ~ お客…様!?」
自動ドアから実際にあの一家が姿を現したのは、それから数日が経過した、やはり閉店間際の事だっだった
「ご注文をどうぞ~」
ミウたんはその言葉に祈りを込めた
どうかDXメンチカツバーガーセットを注文してくれと…
ホタテの串焼きを注文してくれと…
あの日のあの光景は幻だったという事にしてくれと…
「………すいません ……ハンバーガーを1つ……」
しかしミウたんの祈りは通じなかった
「ワンバーガーオーダー入りました…」
ミウたんは今回も努めて冷静に明るく普段通りにオーダーを復唱する
この前と同じテーブルに着き、同じ様に俯く一家四人…
厨房から上がったハンバーガーをトレイに乗せ、テーブルへと運ぶ
「お待たせ致しまし… た!?」
ミウたんは思わず声を上擦らせた
一家に提供する段になって、トレイの上のそれが、普通のハンバーガーではなく、メガサイズになっている事に気付いたのだ
未だ嘗てオーダーを違えた事の無い店長が…
思わず厨房に視線を送るミウたん
其処には腕組みをして、小さく頷く店長の姿があった
ミウたんは全てを悟り、何事も無かった様にトレイをテーブルに置く
「今週はメガサイズがサービスでスタンダードになっております」
よく分からない横文字の羅列は、ミウたんなりの気遣いだった
人にはプライドがある
善意の心遣いが相手を傷つける事もある
ミウたんは店長の意を汲み、咄嗟に機転を働かせたのだ
子供達の喜ぶ声を背中に浴びてカウンターに戻るミウたん
店長は何事も無い様に、揚げ油の廃棄作業を行っていた
ミウたんの機転の一言が彼らの心を動かしたのか、次の日からあの一家は閉店間際に来店するようになった
オーダーはいつものハンバーガー1つ
店長はそれを無言でメガサイズに代える
ミウたんも笑顔で接客する
「ありがとうございました~」
今日も一家の姿を見えなくなるまで見送るミウたん
閉店後、彼女は思い浮かんだあるアイデアを実践する為、ゴミ袋をダストボックスに叩き込むと、足早に帰宅の途に着いた