崖の縁のミウたん   作:新六毛

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菜箸が摘む愛 (2)

蒟蒻、ゴボウ、蓮根を油で炒め、お湯を入れて沸騰させる

灰汁を取り、ざく切りしたブロッコリーとウインナーを入れて更に一煮出ちさせれば、ミウたん流筑前煮 ~東欧ver~ の完成である

お玉に掬っただし汁を指に付け口に運ぶ

(よしっ!!)

満足気に頷くと、ミウたんは出勤準備に取り掛かかった

 

その日も夜11時を過ぎる頃、あの一家はやって来た

この所、幾分明るさを見せ始めたのは、すっかり顔馴染みになったミウたんの存在が要因か、はたまた、メガサイズバーガーの魅力が引き金か…

この日もいつも通りハンバーガーを1つだけ注文する一家

「お待たせ致しました~」

そしてこれまた普段通り、ナイス接客を見せるミウたん

ただ普段と1つだけ違うのは、そのメガサイズバーガーに筑前煮が添えられていた事だけだった

シチュー皿に山盛られたそれに、一家の視線が集中する

「此方は新商品の筑前煮です 只今、お客様にモニタリングのご協力をお願いしています 宜しければご感想などお聞かせ下さい」

極めて然り気無く、恰も真実の様に新商品の紹介をするミウたん

決して恵んでやってるのではない 貴女方は運が良い、只それだけだ

そう言うシチュエーションにしたかったのだ

ミウたんの十八番である筑前煮への一家の反応が気になる所ではあったが、そこは努めてクールにカウンターでの無意味な凡作業で時間を潰す

やがて椅子を引く音がして、家族の立ち去る気配がする

見送りの挨拶を今日も大声で掛けようと家族を見遣る

だが一家は自動ドアには向かわず、ミウたんの待つカウンターへとやって来た

「何かご注文ですか?」

「いえ…… あの…… 御煮物… 美味しかったですよ… 」

「!!」

微かに笑みを浮かべ、わざわざ感想を述べる女性 その目は充血し涙で潤っていた

「あ、ありがとうございました!」

ミウたんは嬉しかった

手料理を誉められた事よりも、女性のその涙に潤む瞳に、自分や店長の善意が確かに伝わっていたのを感じたからだった

自動ドアから出て行く一家を見送るミウたん

ナイス接客とその肩を叩く店長

それぞれの目から流れる滴が頬を伝い、宝石の様に光輝いていた

 

次の日から、ミウたんの筑前煮は更なるグレードアップを遂げていく事になる

その日は、鰤の切身に大根と焼豆腐、プチトマトが鮮やかな彩りを添える《鰤照りver》

明くる日は、豚足に薩摩芋とマンゴーが意外なマッチングを見せる《南国ver》

食材の出費はミウたんの私生活にとって甚大なダメージだったが、それでもあの家族が最後に言ってくれる「美味しかった」は、他の何より替えがたい物だった

 

 

 

そんな場末の肉パン屋で繰り広げられてきた細やかな人間ドラマにも、終演の時は訪れる

その日も閉店間際にやって来た一家

「いらっしゃいませ~!」

いつもと変わらぬ笑顔で迎えるミウたん

「ご注文をどうぞ~!」

例え注文は分かっていても、その台詞は決して欠かさない

「DXメンチカツバーガーセットを…… 4つ……」

「……で、DXメンチカツバーガーセット、4つです… ねっ!?」

冷静を装うミウたんだったが、予想外の注文に声が上擦る

ミウたんの復唱に厨房の店長も明らかに動きを止めた

ミウたんは心の底から沸き上がる喜びに、その薄っぺらな胸を締め付けられた

何が起きたのかは分からない

只、この一家がもう安いハンバーガー1つで飢えを凌ぐ事が無い、何かが起きた事だけは確かだった

まさか一家心中を決意して今生の別れにと…

チラリとそんな不安も過ったが、数日前からの一家の間に流れるそこはかとない明るさは、今思えば吉兆の裏付けだったのだろう

ミウたんは一度、これまで通り筑前煮を乗せたシチュー皿をテーブルに運ぼうとしたが取り止めた

もうこの家族には必要ないろう

ちょっぴり寂しいが、これで良いのだ!

 

いつもと同じテーブルで、いつもより賑やかで幸せそうな食事を終え、家族は席を立つ

「ありがとうございました~!」

いつもと同じ様に挨拶をするミウたん

いや、その声はいつもよりずっと弾んでいたはずだ

だが一家は自動ドアには向かわず、今日もミウたんの立つカウンターへとやって来た

今日は筑前煮を出して無いのに… ミウたんが少しだけ怪訝な表情で迎える

「何かご注文がお在りでしょうか~」

「あの…… 今まで美味しいご馳走… ありがとうございました… 仕事の都合で… 暫く、こちらには伺えません…… でも、いつかまた… 必ず…… 食べに来ますね……」

そう言うと、女性は深々と頭を下げた

釣られる様に、背後の子供達も頭を下げる

「あ、ありゅがとう… ごりゃいま… した… またのご来店を… お待ち… お待ち… ひておりゅます……!」

ミウたんは溢れる涙を堪える事が出来なかった

嗚咽混じりの挨拶を絞り出すと、ミウたんも一家に深々と頭を下げた

自動ドアを出て行く一家の背中が涙で滲む

そんなミウたんのポンと肩を叩く店長 その頬も滂沱が濡らしていた

 

 

 

次の日から、あの家族は姿を見せなかった

寂しさもあるが、あの家族にはもっと美味しい物を食べて欲しい

ミウたんは気持ちを切り替えてバイトに励んだ

 

いや、励めなかった…

 

あの日から… あの家族が消えてから… ミウたんの奉公する肉パン屋は、ぴたりと客足が途絶えたのだ

もともと人気のある店ではないが、終日の来客数が一桁というのは流石に異常事態だった

頭を抱える店長…

このままでは貴重なミウたんの就労先が消滅してしまう

重い不安がミウたんの心にのし掛かる…

 

「い、いらっしゃいませ~」

その時、この日初めての客が来た

「へ~ ここがあの噂のバーガーショップか~」

三人の若者が何やらキョロキョロしながら入店してきた

「ご注文をどうぞ~」

「うわっ マジでメンチカツバーガーあるw どうする? いってみる?」

「………メンチカツバーガーで宜しいですか?」

「いやっ 止めとくべw! …お姉さん、あれある? なんだっけ? 筑前…煮? 」

「!! 」

ミウたんは驚き目を見開く

何故彼らは筑前煮の事を知ってるのか?

「お、お客様… 筑前煮の事を何処で……?」

「何処でってw 今、結構有名っしょ?」

若者の一人がスマホをミウたんの眼前に突き出した

「……シングルマザー美沙理の…… マイ食べログ………?」

 

『美沙理~ マジピピリンゲなんだけど~ この店チョーウケるw

普通のバーガー頼んでんのに~ チョーデケーの来たしよ~w 頼んでねーつーのw

オニブスの店員マジ頭ワリィし~w 面白れーから毎日頼んだら毎日間違えるしw

ヤバいヤバいw この店チョーヤバいwww

んでマジヤバなのが~ 煮物出てくんのこの店~w あり得なくね~ 煮物ってw

バーガー屋じゃねーのかよw マジピピリンゲw

んでんで、オニブス店員が筑前煮のご意見お聞かせ下さいって~w

ヤバいに決まってんじゃんwww

筑前煮ですらねーよw マジ全てがキモ過ぎる~w

美沙理的食べログ☆1つ~ マジネタだかんね~!』

 

 

 

 

 

最高裁判所第二小法廷で開かれた上告審で、東京都の自称こけし職人、須内ミウ被告に懲役3年、執行猶予5年が言い渡され、結審した

須内被告は昨年4月、飲食店内で以前面識のあった女性を木刀で殴打し、全治2ヶ月の重症を負わせ、逮捕、起訴されていた

須内被告は裁判に於いても反省の色は見せず、出所すればまたやる、今度は必ず殺してやる、等の言論を繰り返し、再犯の恐れがあると厳罰を求められていた

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