崖の縁のミウたん   作:新六毛

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カブリツク ~こけし忍法帳~ (1)

前世の記憶……

唐突だが、ミウたんは時に其を強烈に意識する瞬間がある

良識ある大人なら一笑に付すだろう

博識な者なら理論的に否定するかもしれない

だが、ミウたんにとって其はオカルトでも妄想でもない

生々しいリアリズムを持って、彼女に時空の彼方のもう1人の自分の存在を意識させるのだ

例えば町内を流れる小川の岸壁、舗装された石組の川縁を見ると、ミウたんは忽ち強い既視感に襲われる

(この雰囲気は……!)

 

濃い霧が立ち込める中をゆっくりと進んで行く一群

漆の地に金銀の細工が施された、絢爛な造りの駕籠を中心に五十名ばかり列を成す

皆、重厚な鎧兜に身を包み、手にした長槍や旗差し物を高く掲げ、厳かな空気で辺りを制する

やがて隊列の前に、丘陵の上に築かれた荘厳な館が姿を表す

「姫、もう間もなく城ですぞ」

駕籠の脇に付き添う老侍が声をかけた

駕籠の小窓が僅かに開く

そこには打掛け姿のもう1人のミウたんがいた

駕籠は今、堀にかかる大手橋を渡って行く

ミウたんはその小窓の隙間から、苔むす城の石垣を眺めていた……

 

そう、自分の前世は戦国時代の姫君だったのだ

ミウたんは確信している

子供の時からミウたんは、自分が他の子達とは何かが違うと感じていた

その頃、自分の前世は、ディズニーのプリンセスだと思っていた

もう少し大きくなると、自分は変身魔法少女の生まれ変わりだと信じた

だが様々なデジャブや明晰夢を体感し、大人になった今、最終結論として、自分は室町末期、川中島を領した戦国大名、須内家の姫当主であるという結論に達したのだ

 

「美鵜姫、今日こそ答えを聞かせて頂こう! いざ我が妻となりて、共にこの戦国の世を平定せん!」

「そうはいきません信玄殿… 美鵜姫の心は既にこの謙信の物… 邪魔立て致すのなら毘沙門天の裁きを喰らわせるまで……!」

「やめて二人とも! どうして… どうして争うの? 昔はあんなに仲良しだったじゃない? ……私のせいなの? 私のせいなのね! 私が居なければ二人は昔の様に愛し合えるのね!」

「「美鵜!!」」

天守閣から身を投げ出そうとするミウたんを、間一髪で抱き止める信玄と謙信

「すまなかった… 俺達がお前をそんなに苦しめていたとは……」

「もう戦は終わりです… 此れからは三人で仲良く暮らしましょう…」

夕陽に照らされた天守閣の中で、三人はいつまでも抱き合っていた……

 

 

 

満開喫茶の一室で、BL漫画を枕に下卑たニヤケ顔を晒し、涎を垂らして爆睡するミウたん

隣室から響く謎の摩擦音に夢の世界から引きもどされ、辛くも延長料金を免れたミウたんは、暮れ泥む街にディナーを摂りに向かうのだった

 

 

 

湯気の立つ、熱々の卵とじカツ丼を頬張る男性

つまみ上げたカツの一切れを口内に捩じ込むそのタイミングに合わせて、ウィンドウの向こうのミウたんは冷たい塩むすびにかぶり付く

昼間は幾分寒気も衰えたかに見える今日この頃…

だが陽もとっぷりと落ちた今は、凍てつく外気がミウたんの絶対領域を撫でる…

その怪しげな女に声を掛けられたのは、そんな "かつや" でのエアディナーを終え、凍える身体を抱き締めながら、足早に帰宅の途を行く道中だった

 

「お嬢さん… 随分と珍しい星をお持ちの様だ… 如何かな? 一つ占いでも…」

 

小さな雑居ビルの谷間

街灯の光も届かない闇の中から、ミウたんを呼び止める声

「!?」

その闇の中に目を凝らすミウたん

浮かび上がってきたのは、紫色の布を掛けたテーブルの向こうに腰掛けた、緑色のとんがり帽子を被る女だった

真冬にも関わず、豪快に上半身ビキニで、その上にマントを羽織るその姿を見た時、さしものミウたんも得体の知れない恐怖に身震いした

(面倒な奴に絡まれた…)

無視を決め込み通り過ぎようとした時だった

「……木偶の母なる存在…… 争乱の真相を握る宿命の子……」

テーブルの上のタロットカードを捲った女は、そのカードをミウたんに向ける

無意識にカードを見詰めたミウたんの意識は、そこで溶ける様に途切れた……

 

 

 

炎が薪を割る香ばしい音と、芋の煮える甘い香り

次にミウたんが意識を取り戻したのは、そんな何処か懐かしい空気のする、藁葺き屋根の下だった

布団に寝かされている事に気付き、上半身を起こす

そこは板張りの簡素な作りの部屋だった

部屋の中央には囲炉裏があり、掛けられた鍋から甘い香りの湯気が上がっている

「おぉ 気がついたか… 具合はどうじゃ…?」

背後の物音にミウたんが振り向くと同時に、土間から姿を現した老婆が話し掛けてきた

「まだ起きちゃならん ゆっくり休むのじゃ」

板の間に上がった老婆はそう言うと、ミウたんの肩に手を掛けて、再び布団の上に横たわらせる

ミウたんは老婆の顔を見詰めると、何故か自然にその言葉が口を衝いて出た

 

「婆様、美鵜はもう大丈夫です…」

 

 

 

引き戸がゆっくりと開き、美鵜が姿を現した

まだ残雪の残る庭先には白梅の蕾が綻び、 待ちかねた春の訪れを告げていた

美鵜は裏山から涌き出る水を貯めた蹲に向かい、その冷たい水で顔を洗う

不思議な夢を見た

見知らぬ土地で可笑しな格好をした自分が、眩しい光の中、見た事も無いとても美味しそうな食べ物を頬張る男性を見詰めていた

何故か自分はその食べ物の味を知っていて、其が口に入らぬ悲しみや嫉妬に心が張り裂けそうだった

不思議だが、何故か懐かしい気がする夢…

これも全ては幻術の成せる技なのか…

桜色の小袖から手拭いを出して顔を拭う美鵜

その背後から元気な声がした

「美鵜姉ちゃん、元気になったんだ!」

近所に住む子供達が庭の向こうから覗き込んできた

独りっ子の美鵜にとっては本当の弟妹同然の存在

美鵜は彼らの頭を撫でて、たわいも無い会話を交わす

「早く俺にも闘い方を教えてくれよな!

もう美鵜姉ちゃんだけに辛い思いはさせたくないぜ!」

年長の少年の言葉に美鵜の表情が曇った

何時までも幼いと思っていたこの子達…

だが、彼らもこの里に生まれた宿命を自然と感じ取っていたのだろう

美鵜は子供達をぎゆっと抱き締めた

出来ればこの子達を争いに巻き込ませたくは無い

自分の味わった辛さを経験させたくは無い…

そう… 自分がもっと強くなって、この子達を守らねばならないのだ…

 

囲炉裏を挟み向かい合う美鵜と婆

芋粥をよそった器を美鵜に差し出しながら、婆は語り掛けた

「此度、命を拾ったのは奇跡と言うて良い… お前も身をもって知ったじゃろう… 最早、この闘いは多くの血を見ずには終わらぬ…」

美鵜は受け取った器に視線を落とす

「私にもっと力があれば……」

「自分を責めるでない… 今の世が… この時代を作った婆達の責めじゃ…」

婆の気遣いが逆に美鵜の心を締め付ける

不甲斐ない自分の存在が許せなかった

婆や里の子達に気苦労を掛けてしまう情けない自分が…

「さぁ 冷めぬうちに食え 今は鋭気を養うのじゃ…」

老婆の言葉に美鵜は頷き芋粥を啜る

何もなくとも、婆と囲む夕げが美鵜にとっては至福の時だった

幼い頃に両親を無くした美鵜にとって、文字通り母親代わりの存在

何時までもこの幸せが続く事、それが美鵜の願いだった

「美鵜… 無事で何よりじゃった…」

そう呟きながら老婆も芋粥の器を口に運ぶ

その思いは老婆とて同じだった

 

 

 

満月が照らす大岩の上に小さな影が現れた

それに反応するかの様にもう1つの影が対面に浮かび上がる…

里から遠く離れた渓谷 周囲を見下ろすその頂で相対する二つの影…

「孫娘は大事無い様じゃな…」

先に現れた影が口を開いた

「あぁ… じゃが… いずれ死人が出るじゃろう… 最早、血を見ずには収まらぬ…」

その声に応えたのはあの老婆だった

年を思わせぬ飄々とした動きで間合いを詰める

「こうなったのも我らの責めじゃろ… これ以上、若い者を巻き込めん…」

老婆のその問いに、月明かりに姿を浮かび上がらせた翁が頷く

「儂らで決着を着けん 生き伸びた者が争いを治めるのじゃ」

そう言うと翁は構えを取る

「この様な形で主とまみえるとはな…」

老婆のその声は、深い悲しみを纏っていた

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