崖の縁のミウたん   作:新六毛

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自動包装梱包機の自立思考 (1)

ベルトコンベアーを流れて来るどら焼きを、5つずつ紙箱に詰める

詰め終わった箱の封を閉じ、後ろのローラーレーンに流す

それを8時間で1480回繰りし、終業3分前に操業日報を纏めると、終業のチャイムと共に作業室を後にする

其処から徒歩13分の所にあるデイリーヤマザキで、ズワイガニクリコロを2つ買い、其から6分後に自宅アパートの玄関を潜る

7分間で着替えと洗顔を済ませ、ズワイガニクリコロとサトウのご飯で本日の消費カロリーを補うと、22時15分にベッドに横たわり、スリープモードに突入する

毎日毎日、私は決められたプログラムをなぞり、其に基づいた行動のロジックで、日々の業をこなして行く

明日も何の変化もない、無味乾燥なタイムスケジュールを厳密に刻んで行くのだろう

嘗ては私にも感情というものがあった気がする

だが、自己保存と環境適応に追われる日常の中で、何時しか私のその感情は生存に不合理な物と判断され、プログラムから消去された様だ

そもそも私のオリジナルからして感情の起伏は乏しかった

心が死んでいた… というべきかもしれない

今日は珍しく昔の事など回想して、スリープのタイミングが5分ずれた

そんなイレギュラーな事も稀にあるのだ

若干体勢を傾けると、布団の中に顔を埋めて意識をシャットダウンした

 

 

  

稀に発生するイレギュラーの原因は外的要因も由縁する

その日起こった其れは、正にそんなものだった

出勤直後の緊急集会

私のメモリーの中では過去、そんなタイミングでの緊急集会は記録されていない

緊張に強ばる管理職員達の表情は、明らかなエマージェンシーの発生を告げていた

壇上に上がった工場の長はマイクを握りしめ、落ち着きない様子で口を開いた

往々にして責任にある立場の人間の会話は、無意味な領域が占める割合が多い

私のプログラムは自動的にそんな言葉を選別要約し、簡潔に結論を纏める

どうやらこの工場から出荷から出荷された "どら焼き" で健康被害が発生しているらしい

原因は不明だが、どら焼きから農薬の成分が検出され、工場では意図的に混入されたと見て、警察に相談しているとの事だった

工場の当面の操業停止への理解と、捜査への協力要請がなされ、最後に全従業員による被害者への謝罪行脚の実施が業務命令として出された

今日も変わらぬ筈の変哲のない日常は、望まぬ形で打ち壊された

最適な業務の遂行に向けて、私はプログラムを再構築すると、その日の担当被害者宅 へと時速6キロメートルで歩み始めた

  

 

 

街外れの丘の上に立つ人造建造物

私にインストールされている情報に基づけば、其処は凡そ人間の住める住環境にはなかった

往来の妨げになる程草蒸す、住居外保有空地

物理的対応年数を越えた古い建屋は、明らかに均衡を失いつつあり、その為、窓やドアは本来の位置に定まらず、その本来の役目を果たしていない

外壁は毒々しい桃色で染められており、色褪せた其れは、見る者の精神状況を不安定にせずには置かない

庭の隅に突き立てられた、木の棒と空缶の不気味なオブジェは、まさにそんな住人の精神状態を表している様に感じられた

私の自己保存プログラムが警戒レベルを引き上げ、知覚センサーの感度はMAXになる

不測の事態を想定しながら、選定したルートを進行する

 

『ピンポ~ン』

 

玄関と思しき1枚板の脇のボタンを押す

推測通り呼鈴だった様だ

「は~~い!」

だが、次の推測は外れた

環境と状況から事前に予想された物とは異なり、返って来たのは能天気な迄に明るい女性の声だった

 

「この度は大変ご迷惑をお掛けしました…」

 

完璧なタイミングとイントネーションで繰り出しされた初対面での謝罪

女性は私を室内へと誘った…

外観から比べれば、その内装は一応、一般常識の範囲内だった

質素ではあるが、随所に一定の気が配られた室内は、やはり女性の住まう趣があった

「改めてまして、この度は当社の製品で大変なご迷惑をお掛け致しました事、慎んでお詫び致します…」

「そ~なんですよ~ も~ウンチもビチャビチャで~ ゲロもゲ~しちゃて~ バイトも休んじゃって~ 大変だったんですよ~!」

年の頃は二十歳前といった所か、ショートヘアーにくりっとした瞳、見た目は悪くはない

だが、その口から出てくる台詞には知性の欠片も感じられなかった

持て成しのつもりか、ティッシュの上に落花生を3粒乗せて私に差し出した

一瞬、迷惑を掛けられた企業人に対する意趣返しかとも思ったが、和やかな笑顔で "ご遠慮なく" と進めてくる姿に邪心は感じられない

どうやら本心からの心使いの様だ

だが、おかしいだろう… お茶も出さずにお茶請けなのか?

それもティッシュって…? 落花生3つって…?

勿論、自分の立場を考えれば不平を言える物ではない

だが、彼女に対して沸き上がるある種の疑念を、私は抑えられなくなっていた

 

「現在、社内で原因を調査をしておりまして… 少しご協力をお願い出来ますでしょうか? 当社の製品をお買い上げ頂いた経緯と、品名、日時等お教え頂きたいのですが…… 」

「えっ… 経緯? え~と… どら焼きを食べたらお腹が痛くなって~ おトイレに行ったらウンチがビチャビチャで~ その後、お風呂に入ってたら~ またお腹が痛くなって~ それでまたビチャウンが出て~……」

「あの… 大変なご迷惑をお掛けした事は申し訳ありません… 出来ればお買い上げの経緯と、品名等を……」

「……あの… えっと~ その後、ゲ~もしちゃて… お腹も痛くて… 朝方またビチャウンしちゃて~…… 」

私は自分の立場を忘れ、目の前の彼女を張り倒したい衝動に駆られていた

下らなく退屈な日常の連鎖から、望まぬ形とは言え解き放たれたかと思えば、今やっている事は何だ?

噛み合わない言葉の往訪、この白痴な女に何が悲しくて頭を下げているのか?

無くしていた筈の感情が何時の間にか甦り、プログラムではない何かが私の行動を支配しようとしていた

 

 

 

ミウたんは困惑していた

ネットで得た情報と違う…

ミウたんがどら焼きを食べ、お腹を壊した時、初めは食べ慣れない甘物によるショックかと思った

だが、ニュースでどら焼きへの農薬混入事件を知ると、即座にお客様相談窓口に問い合わせを入れた

ミウたんは知っているのだ

食品テロの被害者が多額の賠償をせしめる事が出来る事を…

日頃、ネットでお金の匂いのする情報や知識を漁っていたのは無駄ではなかった

神が… 天が… 薄幸の美少女である自分に遂に差し伸べた救いの手…

ミウたんの予想では、今日謝罪に訪れるお菓子会社の人間は、お詫びの品として大量のどら焼きと、休業保証と慰謝料として現ナマ、ウン十万を持参してくる筈だった

だが現実はどうだ?

やって来た女性は手ぶらで、謝罪はすれど一向に賠償の話はしない

それどころか、頻りにお腹を壊した時のエピソードを聞きたがる

変態趣味の人だろうか…?

ミウたんは、さして自分と歳の違わぬ女性の顔を繁々と眺めながら、思い切って本題を切り出す事にした

「あ、あの… それで… 言いづらいんですけど… バイトとか休んだんで……」

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