崖の縁のミウたん   作:新六毛

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自動包装梱包機の自立思考 (2)

「………………」

私の中で微かなシグナルを発していたプログラムが、その言葉に反応し、メインアラートを展開した

やはりそうか… この手の人種だったのか…

 

《モンスタークレーマー》

 

企業等の隙や死角を常に伺い、一度付け入る機会を見つければ、吸い尽くせるだけ甘い汁を吸い尽くす、企業にとっては正に毒虫の如き存在

業務命令により謝罪行脚に出される時に渡されたマニュアルにもその記述はあったが、謝罪執行人モードに移行した私のプログラムは既に、この手の存在が出現する可能性を高確率と示唆していた

そしてこの家の外見を視認た時、その確率は実に80%に達していたのだ

私のプログラムは何らエラーを起こす事なく、次のステップへと展開していった

「賠償に関しましては、当社製品との因果関係が確定した時点で、改めてましてご相談致したいと思います… つきましては、該当商品の品名と購入日時を……」

「……えっと~… 商品名? …は "どら焼き" で~ 買った日? …は ……去年… かな ……?」

「お客様、申し訳ありませんが、もう少し具体的にお願い致します… 当社に "どら焼き" という名の製品は御座いません… 包装やレシート等、お持ちではありませんか? お買い上げの店舗は…?」

「えっと~… えっと~… "どら焼き3個パック" ……だったかなぁ?… えっと~… レシートは無いし… 買ったのは… えっと~… 多分… 去年のクリスマス… の後かな……?」

女の言動が明らかに不信さを増して行く

具体的要項を追及され、しどろもどろに不可解な説明を繰り返す

その説明の節々に、今回の事件との矛盾が露呈されていく

確定の様だ… では、反撃を開始する…

私はプログラムをクレーマー対応モードに切り替える

「お客様… 只今のお客様のご説明では、今回の体調不良と、当社製品との因果関係を立証出来ません 今回の賠償は見送らせて頂きます」

 

 

 

ミウたんは激怒した

純然たる被害者である自分の前に手ぶらで来る時点で、既に内心プチオコであるのに、賠償出来ないとはどういう事なのか!?

あれ程ビチャウンに苦しみ、バイトも休業に追い込まれた事態に対する保証は出来ないというのか!?

ミウたんはテーブルに掌を叩き付けて声を荒げた

「ちょっと、どういう事!? 私は被害者なのよ! 大きいのがそんなに偉い の!?」

最後の一節はミウたんの個人的コンプレックスから出てきた物だった

大きな胸をひけらかし、人を小馬鹿にしたこの女の態度が、初めから気に入らなかった

「どうかご冷静に… 納得なさるまで説明させて頂きます…」

 

 

 

顔を紅潮させ興奮する女を前に、私は淡々と事の矛盾を指摘していく

「まずお客様の仰る商品名ですが、現在、当社には存在しない物です… 更に、お買い上げの日時が昨年末という事ですが… 当工場で農薬が混入されましたのは… 今年1月6日製造分からなのです…」

「!!」

私の説明に女は固まった

口をパクパク開閉させて、何とか反論を試みるが、意味を成す言葉は出て来なかった

「お客様の体調不良と今回の件に因果関係は無い物と思われます…」

「ちょ… ちょっと待って! だって、あんなにお腹ピーピーで… ゲロゲロで… ウンチビチャビチャで…!」

「失礼致します…」

立ち上がる私に女はすがり付いてきた

「ま、待ってよ! もう、注文しちゃったんだよ! ロボット掃除機ルンバとマキタの充電式草刈機! お金払ってよ! ウンチビチャビチャだったんだよ!」

とうとう正体を現したこの醜い生き物を、私は最大限に侮蔑した表情で睨み付けた

 

「所詮、ザコですよね…」

 

心の底から湧き出た嘲りの言葉を言い終わると同時に、強烈な衝撃が私の顔面を襲った

眼鏡が吹き飛び、バランスを崩した私の身体と共に、スローモーションの様に床に叩き付けられた

一瞬遅れて激痛が私の身体を駆け抜けた

「くっそぉぉぉぉぉぉぉっ! 殺してやるぅぅぅっ!!」

般若の如き形相の女は、何処から取り出したのか、赤子の体躯程あるこけし人形を倒れた私の顔面に振り下ろして来た

「!!」

咄嗟に庇った右腕に重い衝撃が走る

明らかに右腕の骨が砕けた感触がした

「逝っけぇぇぇぇぇぇっ!!」

役を為さなくなった右腕がだらりと落ちて、ガラ空きとなった頭部目掛け、次の一撃が降り下ろされる

私は次の瞬間に襲い来るであろう激痛を想像し、思わず身を強ばらせた

誰かの名を呟いた様な気もする

 

「其処までだ!!」

 

野太い声が響き、突如現れた黒い影がこけしを振りかざす女を跳ね飛ばした

一瞬の出来事だった

まさに間一髪、女はこけしを両手に握り締めたまま、がたいの良い若い男性によってフローリングの床の上に捩じ伏せられていた

何かを喚く女の声が私の鼓膜を刺激する

「大丈夫ですか? 怪我は有りませんか?」

部屋の奥からもう1人、生え際に白髪の目立つ中年の男性が現れた

「何とか間に合った様ですな… 警察です… 会社から貴女が此処に向かったと聞きまして… いゃぁ 危ない所だった…」

 

 

 

何故私はあの時、右腕を出したのだろう…

あの時私は、誰に助けを求めたのだのだろう…

私はあの時、解体されるべきだった

私はこの下らない輪廻が終わる、その時だけを待って居たのではなかったのか…

病院のベッドの中、ギブスで固定された右腕と、ガーゼを充てられた左頬を晒し、答えの出ない自問を繰り返す

 

「どうして… あんな事をしたんだい…」

 

ベッドの脇に座る男が声を掛けた

あの時、私に声を掛けた刑事だ

どうして… と言われても答えなど無い

終わらせたかった… せめてそれが理由か…

ただ自分だけが苦しみ、消えて行くのが許せなかったのだ

自分より愚かで醜く悪徳な出来損ない共が人生を謳歌し、幸せを掴むのが許せなかった…

あの時確かに、私は自分を殺した…

奥手で声は小さいが、打ち解けると意外と剽軽で… そして友達思いで、器用で、機械弄りとずんだアラモードが大好きな、エンジニア志望のエマという女を殺したのだ

あの時から、エマの造り出したアンドロイドは自立し始めた

亡き主に代わり、この腐った世の中に復讐を決行する為に…

エマを受け入れず、愛さず、夢を弄び、ただ来る日も来る日もどら焼き造りを強いるこのイカれた世界に…

「院長先生の許可は貰ってある… 少し、署で話を聞かせて貰おうか… 車椅子が必要かな…?」

刑事の声に首を振ると、二人の警官に肩を抱かれる様に病室を後にした

エレベーターを待つ踊り場の先 窓から沈む夕陽が見えた

「解体しますね…」

そう呟くと、私は警官の一瞬の隙を突いて、その窓に全身を打ち突けた

刑事の叫び声も、窓の割れる音も、耳には入らなかった

ただ夕焼け空の中を私は飛んでいた

エンジニアとして自分の造った飛行機で、沢山の友達と世界中を冒険したい…

そんなエマの夢を、ほんの少しだけ叶えられた気がした

でも何故だろう… アンドロイドの筈の私は… 沢山の涙を……

 

 

 

最高裁判所第二小法廷で開かれた上告審で、東京都の自称こけし職人、須内ミウ被告に対し、懲役6年が言い渡され、結審した

須内被告は昨年2月、農薬混入事件の被害者と偽り、メーカーから慰謝料を騙し取ろうと企画、面会に訪れたメーカー従業員が慰謝料の支払いに応じなかった事に激昂し、こけしの様な物で殺害しようとしたして、殺人未遂等の罪で起訴されていた

須内被告は法廷で 「ウンチがビチャビチャ」「大きかったら隙間を通れない」 「事故って万枚」「ピンクは淫乱」 等の不規則発言を繰り返し、弁護側が重度の精神障害の疑いを主張していたが、それを退ける形の判決となった

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