崖の縁のミウたん   作:新六毛

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桃花妖精 (1)

ミウたんもやはり女の子、雛祭りは幾つになっても心が踊る

自分の前世が花の妖精であると信じて疑わないミウたんにとっては殊更、この桃の節句は大事な年中行事の1つなのである

無論、貧しいミウたんの家には雛人形などと言う小洒落た物は無い

無い物は造るしかない…

ビール会社のCMを地で行く須内家の家訓

ミウたんは幼い日の記憶を辿りながら、手にした茹で卵に、細切れの海苔片を貼り付けて行く…

 

 

 

 

 

「今度の日曜日に、梨々香のお家で雛祭りパーティーをやるのれふ! みんなにも来て欲しいのれふ!」

「雛祭りパーティー? 楽しそ~!」

「わ~! 私も行っていい?」

「勿論なのれふ~! みんなで楽しむのれふ~!」

楽しげなクラスメイトの談笑

それが聞こえない振りをして、ランドセル代わりの風呂敷で教材を包むミウたん

だが、その心は雛祭りパーティーと言う単語に過敏な迄に反応を示していた

(雛祭りパーティーか… 楽しそうだな… )

小さな溜め息をつくと、風呂敷を抱え、音も立てずに教室を後にする

雛祭りが女の子のお祭りで、綺麗な雛人形を飾ったり、御粧しをして、甘酒やご馳走でお祝いする物と知ったのは、何時の頃だったか…

知らない方が良かった…

ミウたんのまだ短い人生の中で、既に幾度となく噛み締められたその思い…

道端の石ころを爪先で蹴飛ばす

それがアスファルトを弾く乾いた音が夕暮れの田舎道に響いた

 

「ミウちゃ~~ん!」

 

不意に背後から誰かが呼び止める

「!!………みこしちゃん!」

「ハァハァ… 途中まで一緒に帰ろ~」

「うん! でも今日はスポ少いいの?」

「うん、先生風邪でお休みなんや~」

 

神乃みこしちゃん…

あり得ない程貧乏で、存在自体がコメディとクラスメイトに揶揄され、いつも独りぼっちなミウたんが、クラスで只1人心を許せる存在…

関西から転校して来た彼女も、初めは友達も居なく独りぼっちだった

そんな爪弾き同士が仲良くなるのに時間は掛からなかった

だが、元々社交的な性格の彼女は程無く皆と打ち解け、彼女にとってのミウたんの存在は、沢山いる友達の1人となっていた

更に彼女がにらめっこスポ少に加入すると、二人の関係は疎遠になりつつあった

それでも、こうしてミウたんに声を掛けてくれる存在は彼女しか居ないのだ

 

「今週のフルボッコヒーローズ見たった~?」

「うん! まさかあそこで天井まで引っ張られるとはね~」

「やっぱ、宵越しエナは怖いなぁ~」

他愛ない会話に花を咲かせ、弾む二人の笑い声は、まるで春の訪れを告げる小鳥の囀りの様に辺りの田畑に響いた

「…ところでミウちゃん、梨々香ちゃん所の雛祭りパーティーに、一緒に行かへん?」

「……えっ…… あたしは……」

「?…… ミウちゃん行かへんの? 何でや~?」

「……うん…… ちょっと用事が……」

 

街外れの森の中にひっそりと佇む小さな神社

それがみこしの住まいだった

ある事情で先代が去り、新しい神主としてみこしの祖父が迎えられたのだった

「ほな、また遊んでや~」

みこしと別れ、再びとぼとぼと帰宅の途を行くミウたん…

ミウたんとて雛祭りパーティーに行きたいのは山々である

だが… 行ってどうするのだ…

ミウたんには持参するお土産も用意出来ない

お礼のパーティーを開く事も出来ない

それで無くとも、貧乏で友達のお家にお呼ばれしては、夕食を食わせるまで帰らない、あの娘が来ると何時も貴重品が無くなる、等の出鱈目な噂を立てられているのだ

それに見たく無い物も見えてしまう

知らなければ自分の不幸に気付かないで済む

ミウたんが1年に1度しか食べられないイチゴショートケーキを、友達が毎日食べていると知った時の衝撃を、今でも忘れる事がない…

行っても辛い思いをするだけ…

ミウたんは込み上げて来る何かを紛らわす様に、勢いよく玄関の引き戸を開けた

「ただいま……」

その声に反応すべき存在は今は1人しか居ない

時間に縛られない類いの生業をしているミウたんの父は、時としてその声に応答するが、今日はその在宅を示す玄関の直足袋は無かった

風呂敷包みを自室の四畳半に無造作に放ると、腕捲りをして台所に立つミウたん

父が居ない時はミウたんが料理当番である

特に決めた訳ではないが、何時の頃からかそれが習慣となった

米櫃の底の米粒を掻き集め、炊飯器の釜に掬っていく

ご飯が炊き上がる間に糠床から胡瓜を一本取り出し、ご近所から頂いた味噌と一緒に小皿に盛れば、須内家の夕食は完成である

年代物のブラウン管テレビに映し出される情景を、独りぼんやり見詰めミウたん

 

「あ~あ… くたびれた……」

玄関からそんな野太い声が聞こえた頃にはすっかり陽も落ち、辺りは宵の闇に包まれていた

「お帰りなさい…!」

ミウたんは唯一の家族の帰宅を玄関で迎える

「畜生…… あの店長…… 殺したろか!」

だがその唯一の家族である父は、ミウたんの出迎えに一瞥もくれず、ぶつぶつと何かを呟きながら台所に向かい、戸棚の奥から一升瓶を取り出す

「……………」

駄目だ… 今日は機嫌の悪い父だ… ミウたんはそっと居間に姿を隠す

ミウたんは父が大好きだ

忙しいお仕事で疲れている時でも、時間があれば、よくミウたんと花札やチンチロで遊んでくれた

たまにお土産としてスルメやキャラメルも持って来てくれる

ミウたんが大好きな優しいお父さん…

だが、ミウたんが嫌いな父も居る

それが今日の様な父だ

父は仕事が上手く行かない時に機嫌が悪くなる

この時の父は最悪で、ミウたんはなるべく近付かず、嵐の収まるのを待つのだ

「おい、ミウ! 何で糠漬け一本出したんだ!?」

父が一升瓶を片手に居間に入って来る

「お、お父さんが… お腹空いてると思っ… ブベッ!?」

父の強烈な右フックがミウたんの顔面を捉えた

居間の畳の上を勢いよく転がるミウたん

「何時も糠漬けは半分にしろって言ってるだろ! てめぇが食いてぇ癖に親をダシにするな! 殺すぞ!!」

父の右足が、倒れたミウたんの脇腹を蹴り上げる

「ゲボッ!? ………ウゥ…… 痛い…… ごめんなさい……」

「ったく… どいつもこいつも馬鹿にしやがって…!」

そう吐き捨てると、手にした一升瓶を煽り始めた

痛みが引くのを待つ事もなく、ミウたんは立ち上がり夕食の準備をする

ほんの少しでも立ち上がるのが遅れれば、 追撃が来る事を、体験上理解しているのだ

暗い白熱灯の下、更に暗い空気の中で、父娘の侘しい食事はあっさりと終わる

本当は… 父が何時もの大好きな父ならば… ミウたんは父に相談したい事があった

だが、今日の父では到底無理な話である

痛む左目と脇腹を庇いながら、無言のまま空器を重ねるのだった

 

「……ったく…… 何であれが外れんだぁ~?」

顔を真っ赤にして、すっかり酩酊状態の父

洗い物と、本来は父の当番だった洗濯を済ませ、ミウたんは慌てパジャマに着替える

「おい…… 早くしろ… 寝るぞ!」

「う、うん… 今行く……」

苛立つ父の声にミウたんは襖を開け、飛び込む様に布団に潜り込む

少しの間を置いて、父も同じ布団に入って来る

酒臭い父の息がミウたんの頬を撫でる

次の瞬間、父のゴツゴツした手がミウたんのパンツの中に入り込んで来た

ミウたんは身を目を瞑り強張らせる

父のもう一方の手が上着の中に滑り込み、 ミウたんの桃の蕾の様な乳首を弄ぶ

それと同調する様にパンツの中の手も、ミウたんの敏感な狭間に侵入し、不快な律動を刻み出す

ミウたんは頃合いを計って声を出す

「……あっ ……あっ…… あっ……」

それは決して快感から漏れる吐息ではない

これをタイミング良く発せねば、顔面に父の拳を食らう事になるのだ

ミウたんは心を殺して、ただ時間が過ぎるのを待つ

もうすぐ酔った父は眠りに落ちる

そして明日の朝には優しい何時もの父が隣に眠っているのだ

父の手がミウたんの乳首を強くつねる

反応が疎かになっているという警告だ

ミウたんは慌て快楽に咽ぶ演技を始めるのだった

 

 

 

「どうしたんや~!? その痣!」

休憩中の教室で、みこしがミウたんの顔を覗き込んで叫んだ

ミウたんは気まずそうに左目を撫でる

そこにはパンダの様な鮮やかな黒斑が浮かんでいた

「ちょっと… ぶつけて…」

父に殴られた、と言える筈がない

「そっか~… 気を付けんとな~…」

怪訝そうに答えるみこし

30人からなる教室で、ミウたんの痣に気付いたのは彼女だけである

彼女以外のクラスメイトにとって、ミウたんの存在とはその程度の物なのである

「みこしちゃ~ん 明日の雛祭りパーティー何だけど……」

そんなミウたんと対照的に、みこしはクラスの人気者である

彼女が去れば、また独り教室の隅で、窓の外と黒板だけを見詰める時間がやって来る

放課後、ミウたんは校庭でみこしのにらめっこスポ少上がりを待ったが、沢山の友達に囲まれてやって来るその姿を見て、何も言わず足早にその場を去った

ミウたんはどうしても、その輪に入る勇気を持てなかった

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