崖の縁のミウたん   作:新六毛

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桃花妖精 (2)

日曜日、ミウたんは朝から近くの公園に来ていた

父はすっかり何時もの優しいお父さんに戻っていたが、結局ミウたんは何も言えず仕舞いだった

その父は今日も朝からお仕事に出掛けた

独りで家に居てもつまらない

公園でも独りではあるが、そこに溢れる喧騒はミウたんにそれを忘れさせてくれる

ミウたんは独り、公園の隅で輪転がしに耽る

金属の輪が芝生や土塊の上をカタカタ走り抜ける様は、ミウたんの頭の中を空っぽにしてくれる

嫌な事を全て忘れさせてくれるのだ

 

「ミウちゃ~~ん!」

「!?」

聞き覚えのある声が、ミウたんの名を呼ぶ

「ミウちゃん、今日は用事あるんちゃうんか?」

その声の方を見遣れば、みこしとクラスメイトが二人、両手に荷物を抱えて立っていた

(はっ… しまった…)

ミウたんは今日が雛祭りパーティーである事を失念していた

「用事無くなったなら、うちらと梨々香ちゃん家行かへん?」

ミウたんは困惑した

用事が無いとバレた以上、明確に誘いを拒む理由が無い

拒めば要するに、その主催者が嫌い、というニュアンスに受け取られかねねない

クラスメイトを誘ってのパーティーを催そうと考える程の活動的存在を敵に回すのは、ミウたんのスクールライフに致命的ダメージを与えるに違い無い

かといって参加して惨めな空気を味わうのも…

「なっ! 一緒に行こ!」

みこしは屈託の無い笑顔をミウたんに向けてくる

(みこしちゃんと一緒なら… 楽しいかもしれない… )

彼女のその笑顔は、屈折したミウたんの心を春の日差しの様に温めた

本当は… 雛祭りパーティーという単語を聞いた時から… ミウたんの中では無限のイマジネーションが広がっていたのだ

ミウたんが憧れる、普通である筈の女の子の日常…

頭では拒否していても、心の何処かでは誘いの言葉を待っていたのかも知れない…

ミウたんがぎこちない造り笑顔で、みこしの誘いに乗ろうとした時、その雰囲気を察したみこしの背後の二人が、彼女の洋服の袖を引く

「…………何で? 何でなん?」

( …………………… )

ミウたんには聞こえない三人の会話だが、その内容は容易に想像出来た

自分に来て欲しくないのだろう…

人一倍ご馳走を食べて、金目の物をくすねると噂の自分に…

何時も同じ服を着て臭そうな自分に…

顔に大痣を晒す無様な自分に…

「……あっ! ミウちゃん!」

ミウたんは走り出していた

別に悲しくも辛くも無かった

これで良いのだ

来て欲しく無いのだから、行かなくとも問題は無いだろう

ミウたんは田んぼの畦道を架けて行く

目的地等無い

とにかく誰も居ない所に行きたかった

寒色の田舎道を、ただひたすら駆けて行く

ミウたんの前方に、一本杉の丘陵が見えて来た

(あそこに行こう… )

街の景色を一望でき、沈む夕陽もちょっとだけ長居する其処は、ミウたんの秘密のリラクゼーションスポットの1つであった

民家も道路も近くには無い

独りになりたい今には、持ってこいの場所だ

 

「ハァ… ハァ… 」

急勾配を一気に駆け上がり、大きく肩で息をするミウたん

丘の中央にある一本杉の根元に寄り掛かる

頬を撫でる冷たい風が、火照った身体に心地よい

透明な青空を流れる雲を、ミウたんはじっと眺めていた

ここに初めて来たのは、幼稚園の遠足だったろうか…

そう言えば、みこしと初めて遊んだ場所もここだった

転校してきたばかりの彼女は、たまたまミウたんの隣の席になり、担任の指示でまだ彼女に届かぬ副教材を共有したのが縁であった

明るく朗らかな彼女とミウたんは直ぐに仲良くなり、彼女はミウたんの生まれて初めての友達となった

誰にも知られたく無い秘密のスポット

だが、みこしにだけは例外だった

ここはミウたんのパーティールームなのだ

貧乏なあばら家の代わりに、大事なお友達を招待する、お花と青空と絶景を揃えた女の子のお部屋なのだ

ミウたんは枯草の茎を束ねて冠を造り始めた

未だ白詰草は花を咲かせない

あの日、みこしがミウたんの頭に被せてくれた白花の冠

ミウたんには野に咲く小さな花が冠になっていく様が驚きだった

ミウたんには花冠の造り形を教えてくれる母も姉妹も友達も居なかったのだ

 

 

 

どの位時間がたったのだろう…

陽は既に落ち、夜の闇が天空を覆い、一番星が其処に瞬いていた

ミウたんの回りには、何十もの枯草の冠が転がっていた

昼間よりずっと気温が下がり、ミウたんの吐く息が白く濁る

悴む手元にその息を吹きかけながら、それでもミウたんは一心不乱に冠を造り続ける

遠い街の明かりが、そんなミウたんの姿を微かに浮かび上がらせていた

 

「ミウちゃん!! ……やっぱり此処に居ったんや!」

「!!」

息を切らせながら、みこしがミウたんの元に駆け寄って来た

「どないしたん? みんな… ミウちゃんのお父さんも心配しとるで!」

「………………」

ミウたんは何も答えず、再び枯草を編み込んでいく

「………ミウちゃん…………… 」

みこしは一言呟くと、ミウたんをじっと見詰める

沈黙が二人の間を夜風と共に流れる

「……ミウちゃん! 此処に来る途中、いいもん見つけたんや! …こっちに来てや!」

そう言うと、みこしは今来た坂道を下り始める

「こっちや! 早う!」

ミウたんは躊躇したが、これ以上みこしを無視する訳にもいかず、ゆっくりとその後を追った

文字通り丘を巻く坂道の中腹で、みこしがこちらに手招きをする

 

「これや!」

みこしの指差し先には、彼女と同じ位の高さの小木があった

「…………!?」

「なっ 可愛ええやろ~」

それは小さな小さな一輪の桃の花だった

星と街の放つ微かな明かりの中、淡い桃色の花弁が浮かんで見える

「雛祭りの事、桃の節句てゆうやろ? でも、咲くのは本当はもうちょい後なんや この時期に咲くのは珍しいんやで~」

「……へぇ……」

この道は昼間にミウたんも通った だが、その時は目に入らなかった

本当につい今しがた咲いたのかも知れない

「まるで、うちらをお祝いしてくれてるみたいやな~! どんなお雛様より、これのがずっと可愛ええで~!」

「……うん!」

みこしのその言葉は決して大袈裟に聞こえなかった

闇に浮かぶ一輪の桃花は、今までミウたんが見たどんな花より綺麗だった

「……ミウちゃん、ちょっと元気になったな~ やっぱ元気なミウちゃんが一番や!」

その言葉にミウたんは恥ずかしそうに俯く

一体自分は何をしていたのだろうか? 何に苛ついていたのだろうか?

わざわざここまで自分を探しに来ててくれた友達 落ち込む自分を必死に励ましてくれる友達

自分にはこんな素晴らしい友達が居るではないか…

二人を照らす明かりがもう少し強ければ、赤面し、涙を浮かべたミウたんの姿がみこしの目に映ったかも知れない

「うちな~ ミウちゃんって、実は妖精さんちゃうかと思っとったんや~」

「……えっ?」

「だって、ミウちゃん優しいやろ それに、こんな素敵な所も知っとるし~ なんや… こう… 上手く言えへんけど… 自分の世界を持ってるもんな~! きっと妖精さんの生まれ代わりなんやで~!」

「……えへっ…… えへへっ……」

「あっ そうや! はよ帰らんと! ミウちゃんのお父さん、心配しとったで~!」

「うん!」

「ほな、街まで競争やで~! 負けた方がお尻ペンペンや~! よ~~い…」

「あの、みこしちゃん……!」

「なんや? ハンディは無しやで!」

「………ありがとう……」

「………よ~~い、ドンや!」

 

 

 

「ただいま……」

ミウたんはゆっくりと玄関の引き戸を開けた

きっと父は怒っているだろう

もし今日のお仕事が上手くいってなかったら、きっと明日には痣だらけの顔をみこしちゃんに見せねばならなくなるだろう…

「遅かったじゃないか! ご飯冷めるぞ~ 早く手を洗って来なさい」

「……うん」

ミウたんは胸を撫で下ろした

どうやら仕事は上手く行ったようだ

だが、それにしても機嫌が良すぎる… 炊事洗濯の当番をさぼったのに…

ミウたんは狐に摘ままれた面持ちで、濡れた手をタオルで拭うと、居間の襖を開けた

「!!……… お父さん…… これ……!?」

 

ミウたんは目の前の光景に絶句した

「あぁ 見た目はいまいちだが、父さん頑張って作ったんだぞ 」

そう恥ずかしそうに照れ笑いする父の前、卓袱台の上に鎮座するそれは、ミウたんが父にねだりたくて、でもとうとう言い出せなかった雛飾りの…

お内裏様とお雛様…

……に似た何かだった

お世辞にも上手とは言えないその造形

ミウたんが近付いて見れば、それは折り紙と新聞紙でできた衣装に、茹で卵に海苔とケチャップで描かれた、雪ダルマの如き崩れたお顔を、ジョイントしただけの、簡易極まる手工芸品であった

「……来年は、きっと本物の雛人形を買ってやるぞ 」

ポリポリ頭を掻きながら、独り言の様に呟く父

ミウたんの大きな瞳から滴が溢れた

それは、みすぼらしい雛人形を与えられた悲しみに由来する物ではない

本当に本心からの喜びから来る物だった

今までずっと自分の生い立ちを呪い、父や周囲に対して、言葉にならない苛立ちを向けていた自分が恥ずかしかった

自分にはこんなにも愛してくれる父や友が居るではないか…

自分は決して不幸では無い

自分は世界一の幸せ者なのだと…

「……ありがとう、お父さん!」

ミウたんが父に向けたその笑顔は、その日のどんなお雛様よりも輝いていた

 

 

 

結局その後、父の仕事は5号機時代とやらになり更に立ち行かなくなり、そして遂に雛人形を買って貰う事なく、父の突然の失踪に繋がって行くのであるが、今でも雛祭りの季節になるとミウたんの心に、少女だったあの日の微笑ましい記憶が甦るのだった

出来上がった茹で卵の澄まし顔を、あの日と同じ新聞紙の十二単に刺すミウたん

 

「………そろそろ、いいかな」

 

傍らの男性が静かにそのミウたんに声を掛けた

それに黙って頷き、両手を差し出すミウたん

「3月3日、午後3時33分… 強盗殺人、死体遺棄の容疑で逮捕……」

その手首に男性は手錠を掛けた

 

ミウたんハウスの玄関を抜け、その先に待つパトカーに連行されるミウたん

ふと何かに気付いたミウたんは立ち止まり、腰縄を引く男性に語り掛けた

「……刑事さん! ほら、桃の花! 今の季節に咲くのは珍しいんですよ……!」

 

 

 

 

 

最高裁判所第2小法廷で開かれた上告審で、東京都の自称こけし職人、須内ミウ被告に対し、求刑通り死刑が言い渡され結審した

須内被告は一昨年2月、幼馴染みの神乃みこしさんを、金銭と猥褻目的で誘拐し、奥多摩の山中で殺害、遺体を遺棄した容疑で逮捕、起訴されていた

須内被告は法廷で、「とんでもない事をした、死んで被害者にお詫びしたい」「龍玉詐欺をされ、かっとなった」「生まれて来るんじゃなかった」「うんちがビチャビチャ!」等、一定の悔悛の念も示したが、当初の想定通り極めて厳しい判決となった

 

 

 

 

 

そんな夢を見て、北国の麗羅は目を覚ました

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