崖の縁のミウたん   作:新六毛

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白き魔物と雪冠の女神 (2)

「ママ先生が帰って来ましたね~」

未だ衰える事を知らない雪空の下、パイプレンチを肩に担いだ少女が声を上げる

雪を掻き分けるイチゴの姿に最初に気付いた彼女は、黒人の血を引く浅黒い肌の少持ち主、通称アマ子

勿論、義姉妹達に肌の色等気にする者は居ない

機械弄りが大好きで、施設の設備のメンテナンスを担当する

その彼女の声に、周りの義姉妹達も反応する

「ママ先生、お帰りなさ~い!」

「お帰りなさいです~!」

「お帰りなのじゃ~!」

その声に気付いたイチゴは手を振って応える

だが、その顔に笑顔はない

ドサ回りの収穫が得られなかった事もあるが、設備担当のアマ子がこの雪の中屋外に居る事は、何らかの設備の不具合の発生を意味しているからだ

幼い義妹達は無邪気に初めて見る大雪に戯れている

漸くその側に近づいたイチゴにアマ子が声を掛けた

「水が出ませんね~ 凍ってポンプ回りがやられたかも?」

施設の水は井戸からポンプで汲み上げている

嘗ては水道を利用していたが、ある日パパ先生が井戸を堀り、ポンプを設置したのだ

思えばその頃から運営資金に行き詰まっていたのかもしれない

「アマ子、寒い所悪いけど、もう少し頑張ってみて… ショコラ、雪の綺麗な所を浴槽に運んで… さぁ、あなた達も手伝ってあげて…」

「了解ですよ~」

「「は~~い!」」

てきぱきと指示を出すイチゴ

元々は少し内向的でおっとりした性格の彼女だったが、数ヶ月のママ先生としての実務が、彼女を逞しい《母》に変えていた

パイレンでパイプを叩くアマ子

そのサポートをしていたショコラは、年少組二人とバケツに雪を詰めていく

 

「お帰りなさい…」

玄関先で雪を払うイチゴにザクロがタオルを差し出した

手ぶらで帰って来たイチゴに何も聞かず、井戸の不具合や留守中の様子を報告する

「この雪、当面止まないみたい… あちこちで観測記録だって… 大変な事になってるみたい…」

賢いザクロの言わんとする所が、当座の糊口を凌ぐ術である事をイチゴは理解する

実質的に施設の運営の中心にある二人は、多くを語らなくとも、互いの心の中を読み取れるのだ

「まだ幾らか余裕はある筈よ こんな時の為にと思って小麦粉も蓄えてあるし… 其より手の空いてる子で雪を浴槽に運んでね」

ポンプの復活は望み薄いだろうが、幸い生活に必要な水は、周りに埋もれる程あるのだ

イチゴは降り頻る外の雪に、長期の籠城を覚悟していた

 

 

 

フライパンに油をひいて、溶いた小麦粉に卵と隠し味の麺つゆを加えた物を薄焼きにする

ざく切りキャベツと天かす、お肉代わりの白玉餅を乗せて二つに折れば、イチゴ流特製お好み焼きの完成だ

手際よいフライパン捌きで、たちまちテーブルの上の皿を埋めていく

「やったアル~! 今夜は人形館焼きアル~!」

三つ編みを揺らして、中国生まれの少女は歓声を上げた

「お茶も入りました…」

台所の隅でヤカンを操る、何となく影の薄い彼女は、夕方から飲料用水の製造に専念していた

昼過ぎに井戸の修理を断念し、外の雪の清浄な部分を煮沸

其れを木炭とガーゼで濾過して、お茶にして飲用とした

非常事態の水分補給として、やむを得ない処置だった

根気のいる作業だったが、寡黙で真面目な彼女はその任には最適だった

最後の1枚を皿に乗せる頃には《家族》の皆は食堂に終結していた

イチゴ達の暮らす養護施設には、"人形館" という冠名がある

彼女達は屡々、この施設オリジナルの料理や流儀を"人形館風"と呼ぶ

幼いなりに、自分達の暮らしと世間との解離を理解しているのだろう

其処には若干の自虐や皮肉の意味も込められる

だが、このお好み焼きに限れば、きっと此より美味しいお好み焼きは世の中には無い、という自慢と期待の意味が込められていた

彼女達の住まう世界は、例えこの大雪が無くとも、狭く閉ざされた物でしかないのだ

「「いっただきま~~す!」」

楽しげな合唱を合図に、少女達が人形館焼きにがっつく

イチゴは彼女達の幸せそうな笑顔に目を細める

だがテーブルの一角に、主を待つ椅子と皿が寂しげに佇んでいるのを見つけると、静かに立ち上がる

気付いたザクロに小さく頷き、その主を待つ皿とコップをトレイに乗せて、1人食堂を後にした

 

暗い廊下の突き当たり、その横にあるドアの前に立つと、静かに其れをノックをした

「シャル、ご飯だよ… 入るわよ…」

部屋の中は闇だった

窓にもカーテンは引かれず、その向こうの雪明かりに、壁に背を凭れる少女のシルエットが朧気に浮かび上がる

「明かり位つけなさいよ…」

ドアの側のスイッチを押すと蛍光灯が瞬き、やがて折り畳まれた布団と小さな手提げ鞄だけが畳の上に鎮座する、殺風景な6畳間を照らしだした

少女は壁に凭れたまま微動だにしない

ただ、雪の降り頻る窓の外をじっと眺めている

「今日は人形館の人気メニューよ 気に入って貰えたら嬉しいな」

そう言うと、イチゴは少女の前に湯気の立つトレイを置いた

彼女の名前はシャルロット

この人形館に数ヶ月前にやって来た新参である

新参と言っても、その他がほぼ生まれて間もなくこの施設に入所した事を考えれば、 施設始まって以来の新入りと言ってよかった

勿論、イチゴ達は心から彼女を歓迎したが、彼女はけっして打ち解けようとしなかった

彼女は空港で保護された

父は日本人らしいが、彼女もその顔は知らない

北の国の出身である母と共に、その日、母の祖国に帰る筈だった

だが、ここで待っていて、と言う台詞と額のキスを最後に、母は姿を消した…

彼女は今でも母を待っているのだろう

まだ余りに幼い彼女は、これから始まるであろう過酷な運命の第二章を、素直に受け入れる事が出来ないのだ

私はただの迷子で、此処にいる子達とは違う…

そんな思いが彼女の頑なな態度に結びついていた

そしてその思いだけが、押し潰されそうな彼女の心を支えていたのだった

「おかわりが欲しかったら言ってね こっそり作ってあげる…」

イチゴはシャルの頭を優しく撫でると、イタズラっ子の様に舌を出してウインクして見せた

今の彼女に心を開く事を無理強いしても、それが逆効果である事は、イチゴもザクロも理解していた

こんな時にパパ先生やママ先生ならどうしたのだろう…

シャルが来て間もなく2人は失踪した

甘えられる大人が突如消えた事も、彼女の心を閉ざした原因なのだろうか…

イチゴは自分の非力を責めるのだった

窓の外を眺めたまま、反応を見せないシャル

イチゴは静かにドアを閉め、食堂へと戻る

今のママ先生は自分だ シャルだけに気を割く事は出来ないのだ

 

 

 

昼間の内に運んで置いた雪塊

其れを溶かして沸かしたお風呂は、ガス代の節約もかねて芋洗い形式になる

浴槽は家庭用に比べれば多少大きいが、それでも皆が一度に入るには狭すぎる

代わる代わるに身体を洗い、熱目の湯船に順番に浸かれば、後は寝室に雪崩込んで、就寝までの余暇タイムだ

1日の中で最もリラックス出来るこの時は、《家族》にとってこの上ない触れ合いの時間でもある

施設の中で一番大きなその部屋で、時にはカードゲームに興じたり、或いは枕投げで対戦したり、又はたわいもない雑談に花を咲かせたり…

《家族》が《家族》である幸せを体感出来る至高の一時…

イチゴもこの時間が大好きだ

既に窓のすぐ下まで迫る雪嵩と、宵の口から強くなってきた風

そのせいか一際冷え込む今夜は、皆の布団を部屋の中央に集め、其処に潜り込んでのかまくらごっこだ

各自が秘蔵の駄菓子を持ち込んで、まん中で顔を合わせ、お喋りしながら何時の間にか眠りに就いて行く…

それはイチゴが正月に民生員から頂いた南部煎餅の包みに手を掛け、布団の山に潜り込もうとした時だった

 

『ブゥゥゥゥォォォ……』

 

一際強い風が唸りを上げ、人形館を撫でた

その瞬間、恰も、プツン、と音がしたかの様に蛍光灯の明かりが掻き消えた

「あ…… 停電………」

そのイチゴの声に、布団の中からぞろぞろと義姉妹達が顔を出す

「断水の次は停電…? 雪と風のせいね… この天候だと暫くは……」

他の義姉妹達が突然の停電を、サプライズイベントの様に騒ぐ中、ザクロが視線を向けてくる事は暗闇の中でも分かった

「きっと明日には直るわよ… さぁ 丁度良かった かまくらの中でお喋りしましょう」

その声で再び布団のかまくらに潜り込んで行く少女達

大雪に停電…

何時もと違う非日常の中、普段より若干興奮気味のお喋りは大いに盛り上がる

それでも夜半を過ぎる頃には、1人、また1人と睡魔によって夢の世界に引き摺り込まれて行った

イチゴもまた、皆の寝息に誘われて、微睡む意識をゆっくりと溶かして行った

 

その次の瞬間…

 

『ババババババンッ!!』

 

「「きゃぁっ!!」」

「何ですかー!」

「何なのじゃあ!?」

突如謎の轟音が響き渡り、少女達は微睡みの世界から叩き出された

「風よ! 大丈夫! 安心して!」

イチゴは皆を安心させようと反射的に声を上げた

事実、その言葉を言い終わると同時に新たな風の一陣が人形館を叩き突け、その振動が窓を大きく鳴らした

「お家、飛ばされないかな~」

「怖いです~」

何時の間にか台風を思わせる程、勢いを増した風

その音に不安を覚えながらも、隣にある温もりに癒されて、再び眠りにつこうとする少女達

誰かの微かな寝息が聞こえ出した時、また轟音が響いた

 

『ドドドドドドドドッ!!』

 

「「きゃぁぁぁっ!!」」

壁を殴りつける様な風の音に少女達は跳ね起き、側の誰かと抱き絞め合う

「……だ、大丈夫だからね……」

そう言って皆を励ますイチゴも、沸き上がる恐怖を押さえるのに必死だった

暗闇の中、吹き荒れる風と、悲鳴にも似た人形館の軋みだけが響く

こんな時に頼れる大人が居てくれたら…

ふと浮かんだそんな思いを、イチゴは頭を振って払った

この中で一番の大人は自分だ 自分が皆の頼りにならなければ…!

その時、寝室の前の廊下に足音がして、襖が静かに開いた

「「きゃぁぁぁっ!?」」

すっかり怖じ気付いている少女達は反射的に悲鳴を上げる

だが、イチゴは直ぐにその音の正体に気が付いていた

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